二週間後、GW明けの最初の土曜日。
僕はお馴染みの白と紺のジャージ姿で、競技場に立っていた。
前回のジャパンオープンと同じ、幾何学屋根を持つオシャレな会場だ。
今いるのは客席。
黄色い座席が階段状にずらーーっと並んでいる。
聞いた話によると、4000席近くあるらしい。
「よ・こ・か・わ! よ・こ・か・わ! 一中ッ! ファイオーッ!!!」
「ねえ、じゃがりんこいる?」
「いるいるー♪」
会場内は熱気と笑顔で溢れている。
一方で僕は変わらずぼっちだ。
けど、今日は大丈夫。へっちゃらだ。
時折求められる握手やサインに適宜応じながら、心穏やかにその時を待つ。
「来た」
水着姿の選手達がプールサイドに足を踏み入れていく。
その中には永良の姿もあった。
でも……何あれ?
表情も動きもガチガチ。かなり緊張しているみたい。
流石にちょっと気負い過ぎじゃないかな。
今回の大会は中総体出場に向けた、謂わば前哨戦みたいなものだ。
仮にいい結果が出なかったとしても、予選が始まる七月までに調整すればいい。
あがり症なのかな?
あ……もしかして、僕との約束のせい?
「……ふふっ」
片側の口角が勝手に持ち上がる。
我ながら浮かれまくってるな。
『男子平泳ぎ200メートル、予選第二組の試合を開始します』
会場内にアナウンスが響き渡る。
永良の泳ぎを生で観るのはこれが初めてだ。
膝のあたりにある手すりを掴んで、少しだけ身を乗り出す。
あの後、僕なりに彼のことを調べてみた。
けど、大した収穫はなかった。
得られたのは永良のレース映像ぐらいのもので、彼と僕の接点を明らかにしてくれるようなものは何一つとして見つけることが出来なかった。
どうしてあんなに気遣ってくれてるんだろう?
嬉しい反面、考えれば考えるほど謎は深まるばかりだ。
『Take your marks』
選手達が一斉に飛び込んだ。
各々すーっと伸びて、10メートルを境にバシャバシャと泳ぎ出す。
「……………」
永良は6コースだ。
彼を目で追いつつ、その泳ぎを観察する。
彼の長所は何と言っても脚力だ。
スタートとターンの伸びには光るものがある。
課題は『反り腰』だね。
腰が沈んで、折角の勢いを台無しにしちゃってる。
やるべきことは大きく分けて二つあるんだけど……たぶん、永良も彼のコーチもそれを分かってない。
何せ二年前からずっとあの調子だからね。
よそ様の指導に口を出すのはどうかと思うけど、永良は僕にざまあするって約束したんだ。
ここは遠慮なく踏み込ませてもらおう。
「ユキちゃん惜しかったね~」
「あぁ! もうちょっとだったんだけどなぁ~……」
10分後、永良は客席に戻って来た。
コンコースで男の子とお喋りをしている。
友達いたんだ。……何だかちょっとモヤっとする。
お友達は黒い短パンに白いTシャツ姿。
永良とほぼ同じ格好をしてる。
言うまでもなく同じスクールに通ってるんだろう。
「やっぱ後半だよな~。もっと体力つけねーと」
何が体力だ。的外れにも程がある。
やっぱり来て正解だったな。
「!」
「ん? 何だよ」
触れられるほど近付いても、永良は僕に気付かなかった。
ただ、お友達には気付かれた。
まぁ向かい側にいるんだし、当然だよね。
しーっとジェスチャーをして、黙っててもらうようお願いをする。
彼は苦笑いだ。ありがたいことに、僕を止める気はないらしい。
「どうしたんだよ、リズ――ぎゃっ!?」
永良のTシャツに手を突っ込む。
そしてそのまま、ふにゃふにゃなお腹をぎゅーーーーーーーーっと抓った。
「いぎゃあああああ!!!? 何す――」
「君がやらなきゃいけないことは、お腹まわりの筋力UPとフォームの矯正だよ」
「っ!!?? いいいっ、厳巳!!?」
「ほらっ、ちょっと貸して」
僕は永良の手を掴んで自分のお腹に押し当てた。
ジャージ越しだけど感触は伝わっているはずだ。
自分で言うのもなんだけどバッギバキ。
くっきり六つに割れているのが分かるだろう。
「ちょっ!!??」
「ちゃんと触って。ちゃんと覚えて」
手を引っ込めようとしたので、もう片方の手でも掴んで無理矢理に触らせた。
まったく世話の焼ける。
「分かった? せめてこのぐらい鍛えなよ」
「…………なっ、ななっ……」
「永良?」
顔、真っ赤だ。まさか照れてるの?
悪戯心が擽られる。
ちょっと揶揄ってみようかな。
永良の顔を覗き込みながら問いかける。
「見なきゃ分かんない? 見せてあげようか?」
「~~っ、の野郎ッ!!!!!!!」
永良は酷く乱暴に僕の手を振りほどいた。
へえ? 結構パワーあるじゃん。
「こちとらテメエの裸なんて見飽きてんだよ!!!」
「えっ? ヤダ、盗撮?」
「レースの録画だ!! このバカッ!!」
「ふ~ん?」
「なっ、何だよ……」
「レースの録画を、それこそ僕の裸を見飽きるぐらい見てくれてるんだね」
「けっ、研究だ! 研究! 速くなるためだ。仕方ねえだろうが」
やたらと早口。おまけに目まで泳いでる。
もしかしなくても君……。
「僕の泳ぎ、好き?」
「っ!!?? 知るかボケ!!!!!!」
合点がいった。僕は君の『推し』なんだね。
だから、あんなにも気遣ってくれた。
泣き落としもバッチリ効いたってわけだ。
「なっ、何だよその目は?」
「別に?」
「ちっ、違げえからな!! 妙な誤解してんじゃねえぞ、このバカ――」
「あのさ、あのさ! そろそろツッコんでもいい? いいよね???」
永良のお友達だ。ニヤニヤしてる。
ほんの少しだけど、背筋がぞわりとした。
たぶんこの人は、僕が苦手なタイプの人だ。
僕はお馴染みの白と紺のジャージ姿で、競技場に立っていた。
前回のジャパンオープンと同じ、幾何学屋根を持つオシャレな会場だ。
今いるのは客席。
黄色い座席が階段状にずらーーっと並んでいる。
聞いた話によると、4000席近くあるらしい。
「よ・こ・か・わ! よ・こ・か・わ! 一中ッ! ファイオーッ!!!」
「ねえ、じゃがりんこいる?」
「いるいるー♪」
会場内は熱気と笑顔で溢れている。
一方で僕は変わらずぼっちだ。
けど、今日は大丈夫。へっちゃらだ。
時折求められる握手やサインに適宜応じながら、心穏やかにその時を待つ。
「来た」
水着姿の選手達がプールサイドに足を踏み入れていく。
その中には永良の姿もあった。
でも……何あれ?
表情も動きもガチガチ。かなり緊張しているみたい。
流石にちょっと気負い過ぎじゃないかな。
今回の大会は中総体出場に向けた、謂わば前哨戦みたいなものだ。
仮にいい結果が出なかったとしても、予選が始まる七月までに調整すればいい。
あがり症なのかな?
あ……もしかして、僕との約束のせい?
「……ふふっ」
片側の口角が勝手に持ち上がる。
我ながら浮かれまくってるな。
『男子平泳ぎ200メートル、予選第二組の試合を開始します』
会場内にアナウンスが響き渡る。
永良の泳ぎを生で観るのはこれが初めてだ。
膝のあたりにある手すりを掴んで、少しだけ身を乗り出す。
あの後、僕なりに彼のことを調べてみた。
けど、大した収穫はなかった。
得られたのは永良のレース映像ぐらいのもので、彼と僕の接点を明らかにしてくれるようなものは何一つとして見つけることが出来なかった。
どうしてあんなに気遣ってくれてるんだろう?
嬉しい反面、考えれば考えるほど謎は深まるばかりだ。
『Take your marks』
選手達が一斉に飛び込んだ。
各々すーっと伸びて、10メートルを境にバシャバシャと泳ぎ出す。
「……………」
永良は6コースだ。
彼を目で追いつつ、その泳ぎを観察する。
彼の長所は何と言っても脚力だ。
スタートとターンの伸びには光るものがある。
課題は『反り腰』だね。
腰が沈んで、折角の勢いを台無しにしちゃってる。
やるべきことは大きく分けて二つあるんだけど……たぶん、永良も彼のコーチもそれを分かってない。
何せ二年前からずっとあの調子だからね。
よそ様の指導に口を出すのはどうかと思うけど、永良は僕にざまあするって約束したんだ。
ここは遠慮なく踏み込ませてもらおう。
「ユキちゃん惜しかったね~」
「あぁ! もうちょっとだったんだけどなぁ~……」
10分後、永良は客席に戻って来た。
コンコースで男の子とお喋りをしている。
友達いたんだ。……何だかちょっとモヤっとする。
お友達は黒い短パンに白いTシャツ姿。
永良とほぼ同じ格好をしてる。
言うまでもなく同じスクールに通ってるんだろう。
「やっぱ後半だよな~。もっと体力つけねーと」
何が体力だ。的外れにも程がある。
やっぱり来て正解だったな。
「!」
「ん? 何だよ」
触れられるほど近付いても、永良は僕に気付かなかった。
ただ、お友達には気付かれた。
まぁ向かい側にいるんだし、当然だよね。
しーっとジェスチャーをして、黙っててもらうようお願いをする。
彼は苦笑いだ。ありがたいことに、僕を止める気はないらしい。
「どうしたんだよ、リズ――ぎゃっ!?」
永良のTシャツに手を突っ込む。
そしてそのまま、ふにゃふにゃなお腹をぎゅーーーーーーーーっと抓った。
「いぎゃあああああ!!!? 何す――」
「君がやらなきゃいけないことは、お腹まわりの筋力UPとフォームの矯正だよ」
「っ!!?? いいいっ、厳巳!!?」
「ほらっ、ちょっと貸して」
僕は永良の手を掴んで自分のお腹に押し当てた。
ジャージ越しだけど感触は伝わっているはずだ。
自分で言うのもなんだけどバッギバキ。
くっきり六つに割れているのが分かるだろう。
「ちょっ!!??」
「ちゃんと触って。ちゃんと覚えて」
手を引っ込めようとしたので、もう片方の手でも掴んで無理矢理に触らせた。
まったく世話の焼ける。
「分かった? せめてこのぐらい鍛えなよ」
「…………なっ、ななっ……」
「永良?」
顔、真っ赤だ。まさか照れてるの?
悪戯心が擽られる。
ちょっと揶揄ってみようかな。
永良の顔を覗き込みながら問いかける。
「見なきゃ分かんない? 見せてあげようか?」
「~~っ、の野郎ッ!!!!!!!」
永良は酷く乱暴に僕の手を振りほどいた。
へえ? 結構パワーあるじゃん。
「こちとらテメエの裸なんて見飽きてんだよ!!!」
「えっ? ヤダ、盗撮?」
「レースの録画だ!! このバカッ!!」
「ふ~ん?」
「なっ、何だよ……」
「レースの録画を、それこそ僕の裸を見飽きるぐらい見てくれてるんだね」
「けっ、研究だ! 研究! 速くなるためだ。仕方ねえだろうが」
やたらと早口。おまけに目まで泳いでる。
もしかしなくても君……。
「僕の泳ぎ、好き?」
「っ!!?? 知るかボケ!!!!!!」
合点がいった。僕は君の『推し』なんだね。
だから、あんなにも気遣ってくれた。
泣き落としもバッチリ効いたってわけだ。
「なっ、何だよその目は?」
「別に?」
「ちっ、違げえからな!! 妙な誤解してんじゃねえぞ、このバカ――」
「あのさ、あのさ! そろそろツッコんでもいい? いいよね???」
永良のお友達だ。ニヤニヤしてる。
ほんの少しだけど、背筋がぞわりとした。
たぶんこの人は、僕が苦手なタイプの人だ。
