「男子平泳ぎ200メートル。第一位 厳巳 豪君。アクアクラウン、緑山学院大学中等部」
僕は溜息を押し殺しながら、表彰台の上に立った。
手は振らない。軽く会釈をしてメダルを貰う。
直後、両サイドから殺気を感じた。
右は前回五輪の金メダリスト。
左は去年の世界水泳の王者だ。
確かに二人は速かった。
でも、僕との差はそれぞれ 0.46秒と0.50秒 。
1秒にも満たない差だけど、競泳の世界では完全なる敗北を――今の泳ぎでは絶対に勝てないことを示している。
このまま僕がピークを迎えたらどうなるのか。
……止めよう。もう考えたくもない。
照明やカメラのフラッシュを受けて、金色のメダルがキラキラと輝く。
周囲が祝福ムードに包まれる中、僕だけが一人取り残されていった。
「厳巳選手、優勝おめでとうございます!」
「……ありがとうございます」
表彰式が終わるなり、直ぐにインタビューが始まった。
相手は横結びの何ともフレッシュな感じのお姉さんだ。
腕をぐんっと伸ばすような恰好で、僕にマイクを向けてきている。
僕は無駄に図体がデカいから。
一番最近の身体測定では177センチあった。
少し背中を丸めて、マイクに顔を近付ける。
「歴代最年少での優勝! それも、十年ぶりの大会新記録だそうで!」
「良かったですね」
「え゛っ!? あ、……ははっ! 相変わらずクールですね~……」
「………………」
「最年少でのオリンピック出場が期待されていますが、厳巳選手ご自身の意気込みとしてはいかがでしょうか?」
「僕はただ泳ぐだけですよ」
「……はい?」
「泳いだ結果出られるようなら出ますし、ダメだったらダメで別に構わないです」
「おぉ! 弱冠十五歳でこの貫録!! これはもう金メダルも夢じゃないですね!!」
五輪で金メダルを取ったら、いよいよ終わりだと思っている。
僕にとってそれはナンバーワンの証だから。
「…………」
手にした瞬間、もう……きっと諦めちゃう。
主人公なんていない。
これは僕の孤独な無双物語なんだって。
「あっ、あれ? あの……厳巳選手?」
「すみません。ちょっと疲れてしまって」
「そっ、そうですよね! お疲れのところ、ご協力をいただきありがとうございました!!」
僕は軽く頭を下げて、ロッカーに向かった。
周囲では同じ格好の人達――紺色のシャカパンに、白い上着を羽織った人達が談笑をしている。
だけど、僕にはそんな相手はいない。
今日も今日とてぼっちで過ごす。
「準備が出来たらエントランスに来い。バスはもう来てるからな! 急げよ!」
「コーチ」
「あ゛?」
的場コーチ。確か年は四十五歳。
僕が所属しているスイミングスクール『アクアクラウン』の専属コーチで、五年程前から指導を受けている。
中肉中背の色白な垂れ目で、一見すると優しそうなおじさんに見える。
けど、その実体は競泳界でも一、二を争うレベルの鬼コーチだ。
怒鳴り声がデフォで、やたらと高圧的な態度で接してくる。
そりゃもう腹立つくらい鬱陶しいけど我慢してる。
何やかんやで腕はいいからね。
「僕は電車で帰ります。それじゃ――」
「おい、ちょっと待て。さっきのインタビューは何だ!? ちったぁニコリとでもしろや!!」
「……出来たら苦労しませんよ」
ここ数年笑った記憶がない。
家でも、学校でも、競泳でも。
僕だって不味いとは思ってる。
けど、こんな状況下でヘラヘラし出したら、それこそもう終わりな気がして。
「ぐっ!?」
突然、頬っぺたに何かが食い込んだ。これは……コーチの指か。
僕の口角を上げて、無理矢理笑わせようとしているみたい。
これは何ハラにあたるんだろう。
「使えるモンは何でも使え。お前に似た俳優がいんだろ。『塩顔のプリンス』だったか? プリンスに似てんだから、お前もイケメンってことになるんだろ? なぁ?」
コーチが言う通り僕は『塩顔』だ。
目はほんのり丸みを帯びた奥二重で、鼻筋だけが何かやたらと通ってる。
ただ、顔の美醜については正直よく分からずにいる。
ていうか、興味がない。
どうだっていいんだ、そんなこと。
「おい、コラ。シカトしてんじゃねえぞ」
「ひゅみまひぇん。ぼくアニメしか見ひゃいのれ」
ぱっと解放される。
会話が成立しない、とでも思ってくれたのかな。
あ~、良かった。けど、強く握られ過ぎたせいか痛みが引かない。
しばらくは引きずりそうだ。
「発言も見直せ。なーにが『ただ泳ぐだけ』だ。『五輪には行けたら行く』だ。やる気あんのかテメエ」
「ありませんけど」
「テメエ!! いい加減にしろ!!!」
「っ!」
僕の頭の後ろにコーチのゴツい手が触れた――かと思えば、ぐっと引き寄せられてコーチの額に僕の額が乗っかった。
僕は溜息を押し殺しながら、表彰台の上に立った。
手は振らない。軽く会釈をしてメダルを貰う。
直後、両サイドから殺気を感じた。
右は前回五輪の金メダリスト。
左は去年の世界水泳の王者だ。
確かに二人は速かった。
でも、僕との差はそれぞれ 0.46秒と0.50秒 。
1秒にも満たない差だけど、競泳の世界では完全なる敗北を――今の泳ぎでは絶対に勝てないことを示している。
このまま僕がピークを迎えたらどうなるのか。
……止めよう。もう考えたくもない。
照明やカメラのフラッシュを受けて、金色のメダルがキラキラと輝く。
周囲が祝福ムードに包まれる中、僕だけが一人取り残されていった。
「厳巳選手、優勝おめでとうございます!」
「……ありがとうございます」
表彰式が終わるなり、直ぐにインタビューが始まった。
相手は横結びの何ともフレッシュな感じのお姉さんだ。
腕をぐんっと伸ばすような恰好で、僕にマイクを向けてきている。
僕は無駄に図体がデカいから。
一番最近の身体測定では177センチあった。
少し背中を丸めて、マイクに顔を近付ける。
「歴代最年少での優勝! それも、十年ぶりの大会新記録だそうで!」
「良かったですね」
「え゛っ!? あ、……ははっ! 相変わらずクールですね~……」
「………………」
「最年少でのオリンピック出場が期待されていますが、厳巳選手ご自身の意気込みとしてはいかがでしょうか?」
「僕はただ泳ぐだけですよ」
「……はい?」
「泳いだ結果出られるようなら出ますし、ダメだったらダメで別に構わないです」
「おぉ! 弱冠十五歳でこの貫録!! これはもう金メダルも夢じゃないですね!!」
五輪で金メダルを取ったら、いよいよ終わりだと思っている。
僕にとってそれはナンバーワンの証だから。
「…………」
手にした瞬間、もう……きっと諦めちゃう。
主人公なんていない。
これは僕の孤独な無双物語なんだって。
「あっ、あれ? あの……厳巳選手?」
「すみません。ちょっと疲れてしまって」
「そっ、そうですよね! お疲れのところ、ご協力をいただきありがとうございました!!」
僕は軽く頭を下げて、ロッカーに向かった。
周囲では同じ格好の人達――紺色のシャカパンに、白い上着を羽織った人達が談笑をしている。
だけど、僕にはそんな相手はいない。
今日も今日とてぼっちで過ごす。
「準備が出来たらエントランスに来い。バスはもう来てるからな! 急げよ!」
「コーチ」
「あ゛?」
的場コーチ。確か年は四十五歳。
僕が所属しているスイミングスクール『アクアクラウン』の専属コーチで、五年程前から指導を受けている。
中肉中背の色白な垂れ目で、一見すると優しそうなおじさんに見える。
けど、その実体は競泳界でも一、二を争うレベルの鬼コーチだ。
怒鳴り声がデフォで、やたらと高圧的な態度で接してくる。
そりゃもう腹立つくらい鬱陶しいけど我慢してる。
何やかんやで腕はいいからね。
「僕は電車で帰ります。それじゃ――」
「おい、ちょっと待て。さっきのインタビューは何だ!? ちったぁニコリとでもしろや!!」
「……出来たら苦労しませんよ」
ここ数年笑った記憶がない。
家でも、学校でも、競泳でも。
僕だって不味いとは思ってる。
けど、こんな状況下でヘラヘラし出したら、それこそもう終わりな気がして。
「ぐっ!?」
突然、頬っぺたに何かが食い込んだ。これは……コーチの指か。
僕の口角を上げて、無理矢理笑わせようとしているみたい。
これは何ハラにあたるんだろう。
「使えるモンは何でも使え。お前に似た俳優がいんだろ。『塩顔のプリンス』だったか? プリンスに似てんだから、お前もイケメンってことになるんだろ? なぁ?」
コーチが言う通り僕は『塩顔』だ。
目はほんのり丸みを帯びた奥二重で、鼻筋だけが何かやたらと通ってる。
ただ、顔の美醜については正直よく分からずにいる。
ていうか、興味がない。
どうだっていいんだ、そんなこと。
「おい、コラ。シカトしてんじゃねえぞ」
「ひゅみまひぇん。ぼくアニメしか見ひゃいのれ」
ぱっと解放される。
会話が成立しない、とでも思ってくれたのかな。
あ~、良かった。けど、強く握られ過ぎたせいか痛みが引かない。
しばらくは引きずりそうだ。
「発言も見直せ。なーにが『ただ泳ぐだけ』だ。『五輪には行けたら行く』だ。やる気あんのかテメエ」
「ありませんけど」
「テメエ!! いい加減にしろ!!!」
「っ!」
僕の頭の後ろにコーチのゴツい手が触れた――かと思えば、ぐっと引き寄せられてコーチの額に僕の額が乗っかった。
