ざまあをください。

翌日、僕は水泳場にいた。
幾何学的な屋根を持つお洒落な施設で、『水泳競技の聖地』なんて呼ばれていたりもする所だ。

「男子平泳ぎ200メートル。第一位 厳巳(いずみ) (ごう)君。アクアクラウン、緑山学院大学中等部」

僕は溜息を殺しつつ表彰台の上に立った。
手は振らない。軽く会釈をしてメダルを貰う。
それと同時に、両サイドから殺気を感じた。

右側は、前回五輪の金メダリスト。
左側は、去年の全日本王者だ。
身勝手な苛立ちを胸に、表彰台を下りる。

「厳巳選手、優勝おめでとうございます!」
「……ありがとうございます」

少し歩いたところで、横結びの何ともフレッシュな感じの女の人に話し掛けられた。
その人の手にはマイクが。
腕をぐんっと伸ばすような恰好で、僕に向けてくる。

僕は無駄に図体がデカいから。
一番最近の身体測定では、177センチあった。
少し背を丸めて、マイクに顔を近付ける。

「歴代最年少での優勝! それも、10年ぶりの大会新記録だそうで!」
「良かったですね」
「え゛っ? あ、……ははっ! 相変わらずクールですね~……」
「………………」
「じゅっ、16歳! 最年少でのオリンピック出場が期待されていますが、厳巳選手ご自身の意気込みとしてはいかがでしょうか?」
「僕はただ泳ぐだけですよ」
「……はい?」
「泳いだ結果、出れるようなら出ますし、ダメだったらダメで別に構わないです」
「おぉ! 弱冠15歳でこの貫録!! これはもう金メダルも夢じゃないですね!!」
「っ……」

そんなの真っ平御免だ。
それこそ終わり。諦めてしまう。
主人公なんていない。この先も現れることはないんだって。

「あっ、あれ? あの……厳巳選手?」
「……すみません。ちょっと疲れてしまって」
「そっ、そうですよね! お疲れのところ、ご協力をいただきありがとうございました!」

僕は会釈で応えて、ロッカーに向かった。
周囲では同じ格好の人達――紺色のシャカパンに、白い上着を羽織った人達が談笑している。
だけど、僕にはそんな相手はいない。いつも通り『ぼっち』だ。

「準備が出来たらエントランスに来い。バスはもう来てるからな! 急げよーっ!」
「コーチ」
「あ゛?」

的場(まとば)コーチ。確か年齢は45歳。
僕が所属してるスイミングスクール『アクアクラウン』の専属コーチだ。
3年前、僕が12歳の頃からお世話になっている。

色白だけど、やたらとゴツい体つき。
おまけに黒髪の短髪ヘアーで何ともスポーツマンらしい出で立ちだけど、垂れ目であるせいか油断すると直ぐに『くたびれたオッサン化』する。

本人も気にしているようで、無駄に高圧的な態度で接してくる。
正直鬱陶しいけど、僕は僕で自由にさせてもらってる分、お互い様ということで受け入れていた。

「僕はいいです。電車で帰ります」
「~~ったく、お前は。そもそも、さっきのインタビューは何だ!? ちったぁニコリとでもしろや!!」
「……出来たら苦労しませんよ」

ここ数年、笑った記憶がない。
家でも、学校でも、競泳関係でも。

僕だって不味いとは思ってる。
けど、こんな状況下でヘラヘラし出したら、それこそもう終わりな気がして。

「ぐっ!?」

突然、頬に何かが食い込む。コーチのゴツい指だ。
僕の口角を上げて、無理矢理に笑わせようとしているみたい。
……これ、何ハラになるんだろう。

「使えるモンは何でも使え。お前に何か似てる俳優がいんだろ。『塩顔のプリンス』だったか? プリンスに似てんだから、お前もイケメンってことになんだろ? なぁ?」

コーチの言う通り、僕の顔は一言で言えば『塩顔』だ。
目はほんのり丸みを帯びた奥二重で、鼻筋だけは何かやたらと通ってる。

顔の美醜については、正直よく分からない。
モテた記憶もない。
というか興味もない。
どうでもいいんだ、そんなこと。

「ふみません。ぼくあにめしか見ひゃいのれ」

ぱっと解放される。
会話が成り立たないとでも思ったんだろう。
助かったけどほっぺが痛い。
しばらくは引きずりそうだ。

「発言も見直せ。なーにが『ただ泳ぐだけ』だ、『五輪には行けたら行く』だ」
「……何か問題でも?」
「大アリだ!」

僕の頭の後ろに、コーチのゴツい手が触れる。
かと思えばぐっと引き寄せられて、コーチの額に僕の額が乗っかった。