ざまあをください【完結/改稿済】

数多の取材を受け切った僕は、閉会式を待たずに帰国した。
戻って早々に向かったのは、『おばあちゃんの原祝(はらじゅく)』で有名な巣鷺(すざき)
目的は勿論永良(ながら)に会うことだ。

Uoouleの案内に従ってスタスタと歩いていく。
流石にここまで来ると呼び止められることも少なくなってきたな。

空港や主要駅では本当にヤバかった……。
よく分かるよね、僕が厳巳(いずみ) (ごう)だって。
そんなにバンバン報道されてたのかな。
これからますます生活しにくくなりそうだ。

「あ、ここか」

駅から十五分ほど歩いたところで、目的地に辿り着いた。
二階建てで、屋根はうねうねのトタン屋根。
入り口付近のベージュ色の壁には、魚のイラストが描かれていた。

手筈通り中に入っていくと、ガラス張りのギャラリーからプールを眺めることが出来た。
メインプールの明かりは落とされていて、飛込台があるダイビングプールの方にだけ明かりが灯っている。

「……永良」

ショートスパッツ丈(太腿に少しかかるぐらいの長さ)の短い水着姿になった彼が、糸目ゴリマッチョこと須階さんから指導を受けている。

そう。全日本の時に永良に手を振っていたあのコーチだ。
今にして思えば『……知らね。誰かと間違えたんじゃねえの?』なんて苦しい嘘を、なぜ信じてしまったのかと悔やまれてならない。

あそこで気付くことが出来ていれば、また何か変わっていたかもしれないのに。
僕は小さく首を左右に振って更に奥に進んだ。

サンダルに履き替えてプールサイドに出ると、永良がちょうど5メートルの飛込台の上に立っているところだった。

「わっ……」

永良が後ろ向きの状態で跳ね上がる。
踏切の音も、重力さえも置き去りにして。
翼だ。永良の背中に翼が見える。

永良は腕を高く突き上げたまま横に一回転。
真っ逆さまの状態から一回、二回と物凄い速さで前宙返りをして――ドボンッとけたたましい音を立てて入水……いや、落下した。

僕はその音を聞いて、慌てて息を吸う。
やば。完全に見惚れてた。
自覚して少しばかり照れ臭くなる。一方で物凄く誇らしくもあって。

「やっぱり君は、主人公だったんだね」
「ああ、アイツは間違いなく主人公だ」

須階さんだ。
プールに深く沈んだ永良に目を向けたまま、独り言のように続ける。

「脚力、空中感覚(エアセンス)、柔軟性、回転力(トルク)、どれをとっても申し分ない。アイツは間違いなく世界一になれる。日本人初の、な」
「ゲホッ! ガッ……痛~~~~っ!!!」

須階さんの期待とは裏腹に、永良はプールのど真ん中で無様に悶絶している。
入水に失敗して、全身を強く打ってしまったんだろう。
ポテンシャルは十分。けど、まだまだ先は長いってところかな。

「ってなわけだから、競泳に引き戻すのは勘弁してくれな」

そう言って須階さんは苦笑混じりにバスタオルを差し出してきた。
永良にかけてやれってことなんだろう。

「少し外してもらえますか?」
「いいぜ。終わったら声かけてくれ」

僕はタオルを受け取ると、プールサイドにリュックを置いて永良のもとに向かう。

「ゲホッ……ゲホッ……オ゛エッ!!!」

今度は咽返ってる。ほんと落ち着きのない子だな。
僕はやれやれと首を左右に振りつつ、彼の名前を呼ぶ。