ざまあをください【完結】

数多の取材を受け切った僕は、閉会式を待たずに帰国した。
戻って早々に向かったのは、『おばあちゃんの原祝(はらじゅく)』で有名な巣鷺(すざき)
目的は勿論、永良(ながら)に会うためだ。

Uoouleの案内に従ってスタスタと歩いていく。
流石にここまで来ると人の数もまばらに。
その分、声を掛けてくる人も減ってきた。

空港や主要駅では本当に大変で……。
よく分かるよね、僕が厳巳(いずみ) (ごう)だって。
そんなにバンバン報道されてたのかな。
これからますます生活しにくくなりそうだ。

「あ、ここか」

駅から15分ほど歩いたところで、目的地に辿り着いた。
二階建てで、屋根はうねうねのトタン屋根。入り口付近のベージュ色の壁には、魚のイラストが描かれていた。

手筈通り僕はとある人に電話をかける。
永良の新しいコーチの須階(すがい)さん。全日本のときに、永良に頗る爽やかに手を振っていたあの糸目のゴリマッチョだ。

そう。永良が転向した先、それは――飛込だった。
報告がなかったのも納得だ。
飛込なら会場が同じになることも多い。
次会った時にでも話せばいいやって、思ってたんだろう。

「それにしても、一言ぐらい欲しかったけど――」
『おーう! 厳巳く~ん、待ってたよ♡』

須階さんが電話に出た。
このテンション感……我喜屋(がきや)君に近いものを感じる。
同じノリで振る舞うこと or このノリを許容するよう迫られているような気がして、僕はどうにも苦手だ。

『小汚いところで悪いね~。もう俺と()()しか残ってないから、我が物顔でずんずん入ってきてくださいな』
「……分かりました」
『あ、そうそう。シャワー室通る前に、ワンコールしてくれない?』
「? まぁ、構いませんけど――」
『おしっ! んじゃ、また後でな♡』

ブツっと勢いよく切られた。
僕は小さく溜息をついて、スマホをポケットにしまう。

「……ユキか」

永良(ながら) 悟行(さとゆき)だから『ユキ』なんだろう。
もやっとする。僕も永良のことをニックネームで呼びたい。
でも、あの人と被るのは嫌だ。

「サト? ガラガラ?」

永良の名前をあーでもない、こーでもないと弄り倒しながら、薄暗いクラブの中を歩いていく。

ガラス張りのギャラリーからプールを眺めることが出来た。
メインプールの明かりは落とされて、飛込台があるダイビングプールの方にだけ明かりが灯っている。

「……永良」

ショートスパッツ丈(太腿に少しかかるぐらいの長さ)の短い水着姿になった彼が、糸目ゴリマッチョこと須階さんから指導を受けている。

背中しか見えないから、表情は分からない。
それでも、何度となく頷くその姿から、とても熱心に練習に取り組んでいるのだということは分かった。

「ホントに、そっちに行っちゃったんだね」

寂しさと焦燥が綯交(ないま)ぜになっていく。
永良との間に大きな隔たりが出来てしまったような、そんな気がして。
早く何か作らないと。君を繋ぎ止める繋がりを。だけど――。

『あの子は辛そうな顔をしておったぞ』

鴫野(しぎの)さんはそう話していた。
十中八九、その辛さの原因を解消しない限り、どんな繋がりを作ったところで永良は僕と距離を置き続ける。
根本的な解決には至らないだろう。

永良は一体、何に悩んでいるんだろうな。やっぱり――。

「どうしても、自分のモットーを曲げられない。オタクでいさせてほしい……とかかな?」

だとしたら、かなり厄介だ。
良い落としどころを見つけられるといいんだけど。

ギャラリーから離れて更に奥に進む。
靴箱のところでサンダルに履き替えて、プールへと続く扉の前に立った。

「……? ああ、これ引き戸か」

自動ドアかと思って、謎に待機してしまった。
見慣れないアルミ枠の扉を恐る恐るそーっと押し開けつつ、手筈通りワン切りにする。

「だぁああ~~!! もういいっすか!?」
「あーー、今度こそOK!! 行け!! バッチリ決めろよ☆」

あ、なるほど。そういう。
僕はそそくさとシャワー室を抜けて、ダイビングプールを覗く。すると――。

「わっ……」

永良が5メートルの高さから、後ろ向きの状態で跳ね上がった。
踏切の音も、重力さえも置き去りにしてふわりと舞う。
翼だ。永良の背中に翼が見える。

永良は腕を高く突き上げたまま横に一回転。
真っ逆さまの状態から一回、二回と物凄い速さで前宙返りをして――ドボンッとけたたましい音を立てて入水……いや、落下した。

僕はその音を聞いて、慌てて息を吸う。
やば。完全に見惚れてた。
自覚して少しばかり照れ臭くなる。一方で物凄く誇らしくもあって。

「やっぱり君は、主人公(ヒーロー)だったんだね」
「ああ、アイツは間違いなく主人公だ」

須階さんだ。
プールに深く沈んだ永良に目を向けたまま、独り言のように続ける。

「脚力、空中感覚(エアセンス)、柔軟性、回転力(トルク)、どれをとっても申し分ない。アイツは間違いなく世界一になれる。日本人初の、な」
「ゲホッ! ガッ……痛~~~~っ!!!」

須階さんの期待とは裏腹に、永良はプールのど真ん中で無様に悶絶している。
入水に失敗して、全身を強く打ってしまったんだろう。
ポテンシャルは十分。けど、まだまだ先は長そうだな。

「ってなわけだから、競泳に引き戻すのは勘弁してくれな」

そう言って須階さんは、苦笑混じりにバスタオルを差し出してきた。
永良にかけてやれってことなんだろう。

「少し外してもらえますか?」
「いいぜ。終わったら声かけてくれ」

僕はタオルを受け取ると、プールサイドにリュックを置いて永良のもとに向かう。

「ゲホッ……ゲホッ……オ゛エッ!!!」

今度は咽返ってる。ほんと落ち着きのない子だな。
僕はやれやれと首を左右に振りつつ、彼の名前を呼ぶ。