ざまあをください

「最速を目指すよ」

そう宣言すると、永良(ながら)は皮肉混じりに笑った。
僕の狙いを察してのことだろう。

「なら俺は、お役目ごめんってことでいいか?」
「それ、分かってて言ってるでしょ?」
「…………」
「ギラギラした僕に戻るから、君は脱オタして僕の親友になってよ」

永良は小さく舌打ちをして顔を俯かせた。
照れ隠しではなさそう。何って言うか……マジだ。
怒ってるのか、悲しんでるのか、それは分からないけど。

喜んでくれるものとばかり思っていたから、この反応はちょっと困る。

「趣旨変わってんじゃねえか」

呆れたように永良が笑う。
そんな彼を前にして、僕は心底ほっとした。
ああ、いつもの永良だってそう思えて。

「それだけ僕は必死だってことだよ」
「巻き込まれるこっちはクソ迷惑だけどな」
「それはごめん。だけど、そのぶん君を幸せにしてみせるから」
「はっ……」

ツッコミ待ちだったんだけどな。
プロポーズかよ、みたいな。

永良はふぅーっと息をついて、薄暗い空を仰いだ。
僕は何だか居心地が悪くて、すっと目を伏せる。

「最速になったら、それで終わりか?」
「うん。終わりにして、君と仲良くしたい」
「ダメだ。そのままずーっと、体が許す限り泳ぎ続けろ」
「ひど。何それ」
「今度はお前が俺のために泳ぐんだ」

君のために泳ぐ……か。
条件によっては、それも悪くないかも。

「見返りは?」
「俺の友情(仮)」
「(仮)って……」
「俺だって人間なんだ。相容れないヤツだっている」
「それって、僕とは親友はおろか友達にすらなれないかもしれないってこと?」
「努力はするがな」

『とか何とか言って、仲良くしてくれるんでしょ?』なんて、思えちゃうぐらいには心に余裕がある。
何やかんやで永良は僕に甘いから。

「で、どうなんだよ。乗るのか、乗らねえのか」
「乗るよ」
「よし。じゃ、もう正式に『ざまあ』はいらねえってことでいいな?」
「うん。今までありがとう。君のお陰でギラギラな僕を取り戻せたよ」
「まだ分かんねえだろーが」
「確定だよ。僕は君と親友になれるなら何だってする」
「……へいへい」

永良は返事をするなり、跳ね起きるようにして椅子から立ち上がった。
相変わらず身軽だな。

「話は済んだな。帰るぞ」
「どっか寄り道してこーよ」
「却下だ。さっさと帰ってカラダ休めろ」

取り付く島もない。
でも、さっきよりは穏やかというか、機嫌が良くなったような気がする。
ワンチャン食らいついてもいいだろう。

「じゃあ、せめて途中まで一緒に帰ろう」
「ホームまでな」
「いや、古宿で乗り換えるまでは一緒だよ――」
「嘘つけ。初手から逆方向だろうが」

……ん???

「もしかして、君……僕の最寄り駅まで知ってるの?」
「っ!!!??」
「ふーん? そう。君、僕のオタクじゃなくてストーカーだったの」
「ちっ、ちげーよ! テメエの最寄りを知ったのは、スレでたまたまで――」
「僕のスレ? そんなの見てるの?」
「うぐっ!?」
「まさかとは思うけどさ、君……アンチスレにまでわざわざ足を運んで、擁護コメなんか書いたりしてないよね?」
「して、ねえ……」

僕の口から、それはそれは大きな溜息が零れた。
そのままやれやれと首を左右に振って、天を仰ぐ。

「脱オタまでの道は険しそうだね」
「だから、ンなバカみてえなことしてねえって! つーか、さっきから何だよ! 人をオタク、オタクって!! そもそも俺は、テメエのオタクなんかじゃねえぞ!!!」
「はいはい」

永良と並んで歩き出す。
駅に向かってゆっくり、ゆっくりと。

君との友情はたぶんこの歩みと同じように、ゆっくり、ゆっくりと育まれていくものなんだろうな。
正直言うと物凄くじれったい。
だけど、こうして君が隣にいてくれるのなら、それも悪くないのかもしれない。