ざまあをください。

最初の内は、僕もギラギラしてた。
コンマ一秒でも速くなりたい。
日本一、世界一のスイマーになりたいって。

夢いっぱい。楽しさいっぱい。すごく充実してた。

この競泳人生は、Easyモードなんじゃないか。
そんな漠然とした疑念を抱くまでは。

血塗られた真っ黒な難易度選択画面で、僕の手はぴたりと止まった。
コントローラーを持つ手から力が抜けていく。

ふとPCのモニターから視線を逸らせば光が、カーテンから朝日が差し込んでいるのが見えた。
開けるのも面倒だ。直ぐに夜になるし……なんて思ってたら、控えめにノックされた。

(ごう)。練習に行かなくていいの?」

母さんだ。
心配そうに。酷く言いにくそうに訊ねてくる。

凄くもやもやした。全部ぶちまけてしまいたい。
でも、出来ない。諦めてしまっているから。
どうせ理解してもらえない……なんて、みっともなく不貞腐れて。

「いいよ。別に出ても、出なくても結果は変わらないから」
「そんなこと……」
「大丈夫だから。心配しないで」

煩わし気に返すと、母さんの足音が遠ざかっていった。
ほっと息をついてコントローラーを持ち直す。
選択したモードはVery Hardだ。

「ぐ……あっ! あ~あっ……」

始めて直ぐのところで、無数のゾンビに襲われて食われてしまった。
真っ赤になった画面の向こうでゾンビ達が嗤ってる。

「あんなん無理だって」

コントローラーを放り投げて、ゲーミングチェアに寝そべる。
何か興覚めだな。もういいや。漫画でも読もう。
リクライニングを倒して、スマホを手に取る。

電話もメッセージもきてない。
オフラインにしてるからだ。
予め落としておいた漫画を、鼻歌まじりに選んで読み出す。

「…………」

読み始めたのは所謂『異世界転生』ものだ。
この手の漫画を読む度いつも思う。
こんなふうにイキれたり、褒めてくれる人達を(いたずら)に羨んだりしなければ、もっと楽に生きることが出来たんだろうなって。

「いや、違うな。僕は『ざまあ』される側か」

ヘイト要員達がきちんと報い(=ざまあ)を受けるのも、この手の作品の醍醐味だ。

「……そっか。『ざまあ』……か」

妄想が膨らむ。

主人公が天狗になっている僕を完膚なきまでに叩きのめす。
無様に膝をつく僕を見て、みんなが嗤う。

そんな中で、僕は再起を決意して励んでいくんだ。
それこそ必死になって。なりふり構わず。

それでも、僕は彼を超せない。
そんな僕を見て、みんなが一層嗤う。

もしかしたら、彼も嗤うかもしれない。
けど、それでもいい。
欲を言えば彼のライバルに。
何かしらな形で、意識を向けてくれたら嬉しいけど。

「ははっ、なんてね」

スマホを伏せて、ぼんやりと天井を見上げる。
漫画ももういいや。寝よう。

明日は『ジャパンオープン』。
五輪のメダリスト達に混ざって泳ぐ日だ。
何かが変わることを夢見て、僕はそっと目を閉じた。