午前零時、籠にいられない私は裸足で舞う

 とある昼下がりの午後。

 私は彼と庭園を散歩していた。

 そんなときに使者が武装している護衛を引き連れて、こちらにやってきた。


「ニティヤ国の使者よ。随分と物騒なのを引き連れているな。」


 承曜は私を使者から守るように前に立ち、護身用の剣の持ち手に手をかけている。

 初めて見た、今にも抜刀しそうな承曜の気迫に慄く。

 いつか、あの気迫と剣先が私に向かうんじゃないか…と。

 不安と焦りでいっぱいの私とは対照的に余裕の笑みを浮かべる使者。


「皇帝陛下。私は戦いなどしたくないのです。」

「では、何が目的だ。」


 勿論、使者の目的は


「皇后陛下を引き渡してくれればいいのです。」


 ほらね。


「和心は我の妻で皇后だ。和心を物のように扱うな。慎め。」

「なるほど、今はそうですね。常帝国の皇后であり現人神の妻。しかし、過去や出自はどうでしょう。皇帝陛下は皇后陛下から自身の出自を聞いてないのですか?」

「知らぬ。」

「でしょうね。……さて、いつまで黙っているつもりですか、皇后陛下。いや、サーマラシャとでも呼んだ方がいいか?」


 その名前に心臓が嫌な音で跳ねて、血流は逆流するように、体全体が恐怖に包まれる。


「和心がナシュタ・サバヤター国の生き残りだと?馬鹿馬鹿しい。冗談も顔だけにしておけ、使者よ。何より確証がないだろう。」

「……。」


 体が小刻みに震える。

 違うって、否定しなきゃいけないのに…。

 だけど、恐怖が喉を焼いて埋め尽くす。


「確証ならありますよ。それは、彼女の所属していた理守行舞団の舞主で彼女の義母にあたる人物から聞いた話です。どうやら、砂漠を移動中に倒れている少女がいた。それが皇后様だったのです。その砂漠の場所はナシュタ・サバヤター国から近く、少女の足で移動するのは簡単でした。」


 やめて…。


「そして、理守行舞団の舞娘となった皇后様は洗剤、簡易料理、を振る舞ったのだとか。この二つはナシュタ・サバヤター国が独占販売していて作り方はナシュタ・サバヤター国出身じゃなければ分かりません。あぁ、それから機械類の手入れはお手の物だったとか。」


 やめてよ…。


「そして、皇后様の特徴とサーマラシャの特徴は外見は勿論、その他諸々一致しているのです。まず、サーマラシャの家系は踊り子として独自の舞をしていました。私が最初に見た皇后様の舞には手足の動きがまさしくそれだったのです。あの時咄嗟に激しい踊りにアレンジしたのもカモフラージュだったのでしょう。」


 もう、やめて…。


「どうでしょうか、皇后陛下。私の推理は。」


 早く、違うって誤魔化さないと…。

 じゃないと、“大切”が壊れてしまう…。

 私が口を開くよりも承曜が、


「くだらぬな。推理小説の読みすぎじゃないか?それから推理ごっこをしたいのなら他所でやれ。」


 そう言って、私をサーマラシャと疑わず、信じて広くて大きな背中で守ってくれる承曜に申し訳なさと罪悪感を感じた。

 いつか人はでかい壁にぶつかる。

 それが長い人生の中で遅いか早いかそれだけだ。

 大丈夫。

 どこかの偉い人も、悪人の良心を掴むに言葉と舞はまさにうってつけ、って言っていたし。


「行くぞ、和心。」


 手を引いてくれようとした承曜の手を握らず、手は空を切る。

 私、もう守られなくても大丈夫ですよ。

 流されて悲観に暮れていたあの頃は違う。

 過去のことで躓いて泣きそうな顔をしている私とはもうさようなら。

 一歩踏み出して使者と向き合い皇后の仮面を貼り付けたまま、


「私は王和心であると同時にサーマラシャ。ナシュタ・サバヤター国の生き残りです。」


 久々に自分でこの名前を口にした。


「やっと認められましたか。」

「えぇ、貴方の推理が余りにも綺麗で完璧だったので、ここは礼儀として明かさなければならないと思いました。」

「ほう。ではこれから身に起こることは勿論分かっていますね?」

「えぇ、分かっていますよ。」


 私はこれからニティヤ国に連れて行かれてあの収容所で殺されるのだ。

 なら、


「なら、どうしてそのように毅然としていられるのですか?」

「毅然?私はただ何もせずにのうのうと後宮で贅沢な暮らしをしてきたわけじゃないですよ?眠れない日々も怯えていた日もありました。ですが生きている限り、幸せだろうと不幸せだろうと平等に残酷に朝日は昇りますから。」

「なるほど。」


 そんな中、一人の護衛が使者に耳打ちした。


「もうそろそろ捕まえなければ船が出てしまいます。」

「分かった。」


どうやら、そろそろ時間らしい。


「私を連れて行く前に一つ聞き入れていただきたいお願いがあります。」


 使者は怪訝そうに眉を吊り上げた。


「……内容によります。」

「舞を一曲分踊りたいのです。楽器はいりません。少しだけ暮らしてきたこの地に舞で別れを言うことぐらい神は赦してくれますでしょう?」

「……いいでしょう。ただし、妙な動きをしたら即刻拘束します。」

「はい、分かっています。」

「和心!」


 私を止めようとする承曜へ振り返る。


「そんな顔しないで、承曜。」


 私は絶対にこれを別れの舞なんかにさせないから。

 大丈夫だよ。

 安心して。

 現人神の承曜ですら私の舞に心を奪われたと言ってくれた。

 なら、私は生き残るために使者の心を奪おう。


「和心、無理をするな。」

「無理?私にとってはこのようなこと無理ではありませんよ。」


 あの日からずっと私は綱渡りでギリギリに息継ぎをするように生きてきたのだから。

 歩き慣れた庭園を進み、中央に立つ。

 最初はただの気休めで始めた日課。

 それがいつしか隣に私の名前を呼んで一緒に歩いてくれた承曜が加わった。

 短くも長い生活。

 その生活もいよいよ幕を下ろすときが来た。