午前零時、籠にいられない私は裸足で舞う

「王和心皇后陛下、どうも今日は天気がいいですね。」

「王和心皇后陛下。こちらの花は何というのですか?」


 あの宴以来、使者は私がどこに行っても必ず現れる。

 使者は一か月程こちらに滞在するみたいで、なるべく鉢合わせしないようにしている。

 なのに、


「王和心皇后陛下。軽く舞を見せてくれませんか?」

「え…。」


 ちなみに、あの宴の時の舞は彼からは何も特に言われなかったが、侍女長に「伝統はお守りくださいませ!」と少しお叱りを受けた。

「今日は少し調子が悪いので…。」

「軽く一回だけで構いませんから。」


 私と使者の攻防戦をしていると、すかさず横から


「ダメだ。」

「陛下…。」

「これはこれは皇帝陛下ではありませんか。珍しいですね、散歩ですか?」


 普段はこの時間は執務室にいるのにどうしたのだろう?


「あぁ。何やら、お二人が楽し気に話しているのが見えてな。我も交ぜてくれるか?」


 う、うん?

 なんだか彼が黒い笑みを浮かべているんだけど…?

 これはどんな心情?


「ただ世間話をしていただけですよ。」

「ほう、てっきり距離が近いので親密な話をしていたのかと思ってな…。………で、いつまで皇后の手を握っているのだ?」


 あ、私も気づかなかった。

 彼の指摘に使者は手を慌てて離す。


「こちらに来い皇后。」

「はい。」


 言われたと通り、彼の隣に立つ。

 ………私に、彼の隣に並ぶ資格はあるのかな?

 皇后らしい笑みわ貼り付けながら考える。


「……二人の馴れ初めはよく聞きますが、皇帝陛下は皇后陛下を溺愛しているのですね。なんでも、皇帝陛下の一目ぼれだとか。」


 で、溺愛!?

 どんな風に話に尾ひれがついているの!?

 彼は否定するの?

 気になってチラッと見ると、彼はニコリとした笑顔で動揺することはなく、


「あぁ、我の一目惚れだな。あまりの美しさに身も心も奪われてしまった。己の立場も忘れてな。」


 ひ、否定しないの!?

 あ、でも彼が否定したら私は立場が危うくなっちゃうのか…。

 それに本人がいる手前や他国の人にこんなことは言えないよね。

 これは彼なりの優しさなのだろう。

 さっきのは嘘だと言い聞かすも、本当だったらいいのにって思う気持ちがどこかにある。


「なるほど…ですが、お互いどこかぎこちないと思いますが…。というのも、二人とも名前で呼んでいるのを聞いたことがない、と思いまして…。」


 使者は鋭い。

 私と彼の馴れ初めを知っているのなら、未だに初夜がないことも距離が縮まっていないのも知っているのだろう。


「ふむ、我の名前を呼ぶ皇后の声は我だけが聞いていればいいと思うのだが…。」


 そ、そう言えば…私がいつしかここを出ようとしていた時に彼は名前を呼んでくれた。


「陛下、前に名前で呼んでくださってその…胸がときめきました。私の名前を呼ぶ彼の甘い声は私が独り占めしていたいので、お聞かせすることはできません。」


 作戦その一、使者がいようが二人の世界に入ろう!作戦。

 彼は私の考えに気づいたのか、


「というわけだ。皇后の愛らしいところは我だけが知っておればいい。」


 そういうと、彼は私の腰を引き寄せて抱きしめた。その手は離さないと言わんばかりに少し力強く、そしてどこかぎこちない。


「顔が赤い。我以外に見せるな。」


 陛下のせいです!と言いたくても、更に顔が熱を帯びていくのが止まらない。


「ところで、使者よ…。」

「はい、なんでしょうか?」


 彼は話を上手く逸らしたみたいで、二人はしばらく私には難しい貿易に関することを話し始めた。

 しかし、私はずっと彼に抱きしめられたままで彼の腕の中で鼓動が早いのを感じていた。

 彼の鼓動も早いことに気づく。

 いや、私が彼も私と同じだったらいいな、と思って感じている幻聴かもしれない。

 無意識に彼の皴一つもない服をキュッと握っていた。

 彼の腕の中は、ずっとここにいたいと思えてしまうほど心地よくて温かくて、もう何もかもを捨ててしまいたくなるほどに。

 いっそのこと、彼にずっと言わないままが幸せになれる気がしてきた。

 もう私は彼と出会う前の私には戻れないところまで来た。

 この温もりを知ってしまった私はもっと欲しがってしまう。

 彼の優しさが例え嘘でもいいから…。