朝目覚めるといつも思うことがある。
『今日も生きている』
と。なぜそう思うのかなんて大抵予想はつくけど、私は、生きていてよかったのだと、隣にいる愛しい人を見て思う。カーテンの隙間から日差しが差し込む。とりあえず、起こさないようにベットから降りる。心地よさそうに寝ている姿にカーテンは開けないでおこうと、そっとカーテンを掴んでいた手を下ろした。
この平和な空間が、すごく暖かくて、「いつまでも」と声に出した自分がいた。
あなたと出会ったことが、何より幸福か、知っているだろうか。
もっと早く出会えたならと今でも思うほどに。
あの日あの場所で、私は変わっていった。変わるはずがないと思っていたのに。
あぁ、いつまでもこの日々が続いてほしい。愛しい人と過ごし、過去を肯定できる今がずっと。
目が覚めた。シーンと静かな朝だ。地元は虫の鳴き声が聞こえていたのに、大学からは一人暮らしで、アパートの集合地に住んでいるとそうはいかない。この静かな空間が嫌いだ。だけど、一年も経てば慣れてしまう。重い体を起こして、洗面台に向かう。眼鏡をはずして、顔を洗い、鏡を見ずにコンタクトを付ける。顔を上げると好きにはなれない自分の顔。すぐに目をそらして、歯ブラシと歯磨き粉を取り出し、鏡に背を向けたまま、歯磨きをする。歯磨きが終わると用を足しにトイレに行く。そして軽く朝食を作り食べる。そんな朝が変化することはなく、淡々と過ぎていく。
家電の電源を切って、窓に鍵をかけ、荷物を確認して、アパートを出る。通っている大学は、徒歩十分のところにある。午前八時の朝の空気は、思ったよりも気持ちがいい。あの飾りっ気もない部屋から出ると、少し気持ちが楽になるのだ。
大学に近づくとちらほらと学生の姿が見える。1限の始まりは、大学生になると早く感じてしまう。高校の時はもっと早く始まっていたはずなのに。
「ふーゆっ」
私を呼ぶ高い声が聞こえた。黙って振り向くと思った通りの人がいた。
「なんだ、柚希か」
「なんだって何よ。嬉しくないの?」
柚希は大学で出会った友達だ。学部も教育学部と一緒だ。仲良くなったきっかけは、同じ苗字だったことだ。『井澤ふゆ』と『伊沢柚希』漢字は違えど、読み方は一緒だ。だから、「いさわさん」と呼ばれるとどっちも振り向くことになる。
「ん?嬉しい嬉しい」
「二回同じこと言ったら嘘なんだよ!」
あのねー!と柚希のちょっとした説教が始まるが聞き流しながら、1限の講義に向かう。適当に相槌を打てば、なぜか満足してしまうところが柚希の可愛いところだ。成績は良いのにバカなのだ。そんなこと言ってしまえば、またグチグチと言われるんだろうなと思いながら笑う。
「柚希、コーヒー買う?」
「どーしよっかなー」
講義室に向かう前に自販機の方へと足を進める。私はブラックコーヒーしか飲めない。甘いものは苦手だ。バックから財布を取り出し、千円札を入れる。ボタンを押して、落ちてきたコーヒーを取り出し、柚希の方を見る。だけど、まだ悩んでるようで、うーんとうなっている。
「……買う!」
私の手元にあるコーヒーを見た後、決断したように言った。柚希のことだから、見たら飲みたくなったんだろうなと思った。単純な子だから。
柚希はいつも通り、甘そうな薄茶色のコーヒー。私には到底無理だなと思いながら、ペットボトルのキャップを開ける。一口ほど飲んで、コーヒーを持ったまま講義室へ向かう。
「お!ふゆず、おはー」
講義室に入ると、相変わらず元気な人がいた。私たちを『ふゆず』と呼ぶ彼は、田渡康貴。入学初日から赤い髪で目立っていた。ちなみに今も赤い髪をなびかせている。彼が私たちを『ふゆず』と呼び始めたのは、ちょうど一年前に戻る。
大学に入学して一週間ほど経った頃、私と柚希は初めて会った時から意気投合して、二人で行動するようになった。
「二人ともいさわなんだよな?」
そんな時に話しかけてきたのが彼。田渡はコミュ力お化けで、容赦なく話しかけてきた。柚希は「噂の赤髪!」と言って、彼が言ったことに「そだよー」と返していた。
「俺は田渡康貴!よろしく!こうちゃんって呼んで」
「おー了解、こうちゃん!」
柚希は了承していたが、私はこうちゃんと呼ぶのは気が引けて、田渡と呼んでいる。未だにこうちゃんと呼ばせようとしてくるのは謎だが。
「二人ともいさわかぁ………」
「うん。だから、ふゆでいいよ」
「私も柚希で!ゆずちゃんでもいいよ?」
いさわだとどっちか分からないから、そう言った。柚希に関しては、田渡に乗っかっている。二人とも同族だなと思いながら笑みがこぼれた。
「ふゆ……ゆず………あっ!ふゆず!」
少し考えた後、彼は思いついたように言った。私からしたら、変な感じがするが、彼は納得いったみたいだった。それから二人そろえば『ふゆず』と呼ぶようになった。片方だけだと、ふゆ、ゆずと呼んでいるようだ。
こんな感じで私たちは知り合い、大学生活二年目を迎えた。
朝の時間帯の講義が終わって、カフェテリアで二人はぐったりとしている。二人とも、大学生になって90分授業になったことに慣れないらしい。たまに寝落ちしているのを見かける。高校は50分授業だったので、長く感じるのは当然だろう。
「もう一年経ったのに、まだ慣れないの?」
そう聞くと、「ムリ」と声が聞こえた。二人の高校時代はなんとなく想像ができる。今と同じように、クラスの中心にいたんだろうなと。
(あの子のように)
「じゃあ、飲み物買ってくるけど何がいい?」
「おーさんきゅー、俺はカフェラテでー」
「私はイチゴミルクがいいー」
「わかったー」
そう言いながら、高校時代の友達を思い出していた。親友だった。何よりも大切で、崩したくなかった関係。柚希のように、元気で少しバカで、ほっとけないような子だった。今度はいつ会えるかなと頭の中で自分の日程を思い浮かべる。大学はそこまで遠くない。同じ県内だ。久しぶりに連絡を入れてみようかなと、思いながら三人分の飲み物を買って席に戻った。
「そういえば、春休みは二人とも何してたの?」
コーヒーを飲みながら、二人に問いかける。
「私は、ふゆと遊ぶか、一人旅してたよ」
「俺は、駆と東京行っていた」
「は?東京?!」
「そそ、駆と東京デート」
「ずるっ、私も駆くんと遊びたい!」
「駆は渡さん!」
相変わらず仲がいい二人。柚希は私と遊ぶか、一人旅っていうのは、想像がつく。友達は多いけど、一人で旅行するのが、趣味らしい。親が旅行会社で働いている影響なのだろう。しかし、田渡が東京行ってたのはびっくりだ。しかも高部を連れて。高部駆は人混みに行くのは苦手そうなイメージだからだ。高部は、田渡とは正反対のような人だ。大人しくて、本が好きな人だ。田渡とは小学校からの幼馴染らしく、大学は違うが、今でも結構遊ぶらしい。そして、高部は柚希の好きな人で、一年の夏休みに四人で遊んだ時に、高部に惚れたらしい。田渡はそれにすぐ気づいて、柚希をからかっている。
「高部が東京行くって意外だね」
思っていたことをそのまま言葉にした。
「あー、東京で駆の好きな作家のサイン会があって、それで釣った」
「なるほどね」
何というか田渡らしいというか。そやって話していると柚希が我慢ならないように言った。
「また、四人で遊ぼうよ!駆くんと話したいっ」
「はいはい」
適当に返事をする田渡に対して、柚希はテーブルの下から、思いっきり田渡の足を蹴った。脛に入ったらしく、痛そうだったのは言うまでもない。
それからは、それぞれの教科の講義に向かった。柚希は日本だけではなく海外にも足を伸ばし、一人旅を楽しんでいる。その経験を活かし、英語の教師になるそうだ。田渡は、意外にも数学だ。最初は体育の教師にでもなるのかと思ったが、本人は数学が一番得意らしい。私は、国語の教師になろうと思っている。教師になりたいと思いつつ、特に得意な分野がなかった。でも、私の恩師が国語科の先生だったのと、点数が割と高い方だったので国語を選んだ。
そんな私たちは、笑顔溢れる大学生活を送っている。
「ふゆはさ、気になる人いないの?」
「どうしたの急に?」
「だってーいつも私ばっかり話してるじゃん!」
柚希が私の腕につかまって体ごと揺れている。いつもされるので、諦めて揺らされるがままに、いつもの公園で絵を描いているある人を思い出していた。
「あ、これは何かあるな?!」
柚希は目ざとく考え込んだ私につっこんでいた。いつもは「いないよ」と答える私がおかしく思ったんだろう。
「ちょっと気になる人がいるだけだよ」
「え?!」
「ただの好奇心」
「ふゆが興味持つの珍しいじゃん!」
「だれだれ?なになに?」と迫ってくる柚希に負けて、すべて白状した。
帰り道の公園にたまに絵を描いている人がいること。
ちらっと見える絵に惹かれていること。
綺麗な人で性別がどちらかわからないこと。
その人がいるとうれしくなること。
「一目ぼれ?」
「違う」
「話しかけないの?」
「さすがに」
「話しかけてみなよ!気になるんでしょ!」
「いいよ。迷惑だろうし」
「そうかな~?」
柚希にぐちぐちと言われながらも、本当は話しかけてみたいと思っていることを言わずにいた。私は人に話しかけるのも話すのも得意ではなく、ただ見ているだけでも満足だった。話しかけてみたいというよりは多分、何を描いているのか知りたかったし、見てみたかった。あんなに綺麗で優しい目をしているあの人が描く絵はどんな世界をしているのだろうと。
柚希の話は気づいたら高部の話になっていて、私は相槌を打ちながら、柚希の笑顔のまぶしさに目を細めた。
『今日も生きている』
と。なぜそう思うのかなんて大抵予想はつくけど、私は、生きていてよかったのだと、隣にいる愛しい人を見て思う。カーテンの隙間から日差しが差し込む。とりあえず、起こさないようにベットから降りる。心地よさそうに寝ている姿にカーテンは開けないでおこうと、そっとカーテンを掴んでいた手を下ろした。
この平和な空間が、すごく暖かくて、「いつまでも」と声に出した自分がいた。
あなたと出会ったことが、何より幸福か、知っているだろうか。
もっと早く出会えたならと今でも思うほどに。
あの日あの場所で、私は変わっていった。変わるはずがないと思っていたのに。
あぁ、いつまでもこの日々が続いてほしい。愛しい人と過ごし、過去を肯定できる今がずっと。
目が覚めた。シーンと静かな朝だ。地元は虫の鳴き声が聞こえていたのに、大学からは一人暮らしで、アパートの集合地に住んでいるとそうはいかない。この静かな空間が嫌いだ。だけど、一年も経てば慣れてしまう。重い体を起こして、洗面台に向かう。眼鏡をはずして、顔を洗い、鏡を見ずにコンタクトを付ける。顔を上げると好きにはなれない自分の顔。すぐに目をそらして、歯ブラシと歯磨き粉を取り出し、鏡に背を向けたまま、歯磨きをする。歯磨きが終わると用を足しにトイレに行く。そして軽く朝食を作り食べる。そんな朝が変化することはなく、淡々と過ぎていく。
家電の電源を切って、窓に鍵をかけ、荷物を確認して、アパートを出る。通っている大学は、徒歩十分のところにある。午前八時の朝の空気は、思ったよりも気持ちがいい。あの飾りっ気もない部屋から出ると、少し気持ちが楽になるのだ。
大学に近づくとちらほらと学生の姿が見える。1限の始まりは、大学生になると早く感じてしまう。高校の時はもっと早く始まっていたはずなのに。
「ふーゆっ」
私を呼ぶ高い声が聞こえた。黙って振り向くと思った通りの人がいた。
「なんだ、柚希か」
「なんだって何よ。嬉しくないの?」
柚希は大学で出会った友達だ。学部も教育学部と一緒だ。仲良くなったきっかけは、同じ苗字だったことだ。『井澤ふゆ』と『伊沢柚希』漢字は違えど、読み方は一緒だ。だから、「いさわさん」と呼ばれるとどっちも振り向くことになる。
「ん?嬉しい嬉しい」
「二回同じこと言ったら嘘なんだよ!」
あのねー!と柚希のちょっとした説教が始まるが聞き流しながら、1限の講義に向かう。適当に相槌を打てば、なぜか満足してしまうところが柚希の可愛いところだ。成績は良いのにバカなのだ。そんなこと言ってしまえば、またグチグチと言われるんだろうなと思いながら笑う。
「柚希、コーヒー買う?」
「どーしよっかなー」
講義室に向かう前に自販機の方へと足を進める。私はブラックコーヒーしか飲めない。甘いものは苦手だ。バックから財布を取り出し、千円札を入れる。ボタンを押して、落ちてきたコーヒーを取り出し、柚希の方を見る。だけど、まだ悩んでるようで、うーんとうなっている。
「……買う!」
私の手元にあるコーヒーを見た後、決断したように言った。柚希のことだから、見たら飲みたくなったんだろうなと思った。単純な子だから。
柚希はいつも通り、甘そうな薄茶色のコーヒー。私には到底無理だなと思いながら、ペットボトルのキャップを開ける。一口ほど飲んで、コーヒーを持ったまま講義室へ向かう。
「お!ふゆず、おはー」
講義室に入ると、相変わらず元気な人がいた。私たちを『ふゆず』と呼ぶ彼は、田渡康貴。入学初日から赤い髪で目立っていた。ちなみに今も赤い髪をなびかせている。彼が私たちを『ふゆず』と呼び始めたのは、ちょうど一年前に戻る。
大学に入学して一週間ほど経った頃、私と柚希は初めて会った時から意気投合して、二人で行動するようになった。
「二人ともいさわなんだよな?」
そんな時に話しかけてきたのが彼。田渡はコミュ力お化けで、容赦なく話しかけてきた。柚希は「噂の赤髪!」と言って、彼が言ったことに「そだよー」と返していた。
「俺は田渡康貴!よろしく!こうちゃんって呼んで」
「おー了解、こうちゃん!」
柚希は了承していたが、私はこうちゃんと呼ぶのは気が引けて、田渡と呼んでいる。未だにこうちゃんと呼ばせようとしてくるのは謎だが。
「二人ともいさわかぁ………」
「うん。だから、ふゆでいいよ」
「私も柚希で!ゆずちゃんでもいいよ?」
いさわだとどっちか分からないから、そう言った。柚希に関しては、田渡に乗っかっている。二人とも同族だなと思いながら笑みがこぼれた。
「ふゆ……ゆず………あっ!ふゆず!」
少し考えた後、彼は思いついたように言った。私からしたら、変な感じがするが、彼は納得いったみたいだった。それから二人そろえば『ふゆず』と呼ぶようになった。片方だけだと、ふゆ、ゆずと呼んでいるようだ。
こんな感じで私たちは知り合い、大学生活二年目を迎えた。
朝の時間帯の講義が終わって、カフェテリアで二人はぐったりとしている。二人とも、大学生になって90分授業になったことに慣れないらしい。たまに寝落ちしているのを見かける。高校は50分授業だったので、長く感じるのは当然だろう。
「もう一年経ったのに、まだ慣れないの?」
そう聞くと、「ムリ」と声が聞こえた。二人の高校時代はなんとなく想像ができる。今と同じように、クラスの中心にいたんだろうなと。
(あの子のように)
「じゃあ、飲み物買ってくるけど何がいい?」
「おーさんきゅー、俺はカフェラテでー」
「私はイチゴミルクがいいー」
「わかったー」
そう言いながら、高校時代の友達を思い出していた。親友だった。何よりも大切で、崩したくなかった関係。柚希のように、元気で少しバカで、ほっとけないような子だった。今度はいつ会えるかなと頭の中で自分の日程を思い浮かべる。大学はそこまで遠くない。同じ県内だ。久しぶりに連絡を入れてみようかなと、思いながら三人分の飲み物を買って席に戻った。
「そういえば、春休みは二人とも何してたの?」
コーヒーを飲みながら、二人に問いかける。
「私は、ふゆと遊ぶか、一人旅してたよ」
「俺は、駆と東京行っていた」
「は?東京?!」
「そそ、駆と東京デート」
「ずるっ、私も駆くんと遊びたい!」
「駆は渡さん!」
相変わらず仲がいい二人。柚希は私と遊ぶか、一人旅っていうのは、想像がつく。友達は多いけど、一人で旅行するのが、趣味らしい。親が旅行会社で働いている影響なのだろう。しかし、田渡が東京行ってたのはびっくりだ。しかも高部を連れて。高部駆は人混みに行くのは苦手そうなイメージだからだ。高部は、田渡とは正反対のような人だ。大人しくて、本が好きな人だ。田渡とは小学校からの幼馴染らしく、大学は違うが、今でも結構遊ぶらしい。そして、高部は柚希の好きな人で、一年の夏休みに四人で遊んだ時に、高部に惚れたらしい。田渡はそれにすぐ気づいて、柚希をからかっている。
「高部が東京行くって意外だね」
思っていたことをそのまま言葉にした。
「あー、東京で駆の好きな作家のサイン会があって、それで釣った」
「なるほどね」
何というか田渡らしいというか。そやって話していると柚希が我慢ならないように言った。
「また、四人で遊ぼうよ!駆くんと話したいっ」
「はいはい」
適当に返事をする田渡に対して、柚希はテーブルの下から、思いっきり田渡の足を蹴った。脛に入ったらしく、痛そうだったのは言うまでもない。
それからは、それぞれの教科の講義に向かった。柚希は日本だけではなく海外にも足を伸ばし、一人旅を楽しんでいる。その経験を活かし、英語の教師になるそうだ。田渡は、意外にも数学だ。最初は体育の教師にでもなるのかと思ったが、本人は数学が一番得意らしい。私は、国語の教師になろうと思っている。教師になりたいと思いつつ、特に得意な分野がなかった。でも、私の恩師が国語科の先生だったのと、点数が割と高い方だったので国語を選んだ。
そんな私たちは、笑顔溢れる大学生活を送っている。
「ふゆはさ、気になる人いないの?」
「どうしたの急に?」
「だってーいつも私ばっかり話してるじゃん!」
柚希が私の腕につかまって体ごと揺れている。いつもされるので、諦めて揺らされるがままに、いつもの公園で絵を描いているある人を思い出していた。
「あ、これは何かあるな?!」
柚希は目ざとく考え込んだ私につっこんでいた。いつもは「いないよ」と答える私がおかしく思ったんだろう。
「ちょっと気になる人がいるだけだよ」
「え?!」
「ただの好奇心」
「ふゆが興味持つの珍しいじゃん!」
「だれだれ?なになに?」と迫ってくる柚希に負けて、すべて白状した。
帰り道の公園にたまに絵を描いている人がいること。
ちらっと見える絵に惹かれていること。
綺麗な人で性別がどちらかわからないこと。
その人がいるとうれしくなること。
「一目ぼれ?」
「違う」
「話しかけないの?」
「さすがに」
「話しかけてみなよ!気になるんでしょ!」
「いいよ。迷惑だろうし」
「そうかな~?」
柚希にぐちぐちと言われながらも、本当は話しかけてみたいと思っていることを言わずにいた。私は人に話しかけるのも話すのも得意ではなく、ただ見ているだけでも満足だった。話しかけてみたいというよりは多分、何を描いているのか知りたかったし、見てみたかった。あんなに綺麗で優しい目をしているあの人が描く絵はどんな世界をしているのだろうと。
柚希の話は気づいたら高部の話になっていて、私は相槌を打ちながら、柚希の笑顔のまぶしさに目を細めた。

