「……寄ってく?」星野がそのアパートを指差す。
「いい……」
俺は、星野の腕を払い自宅の方へ歩き出すと、空からポツポツと雫が落ち始めた。次第に強まり、俺は、持っていたトートバッグが濡れないように抱えた。
「傘貸すから……寄って行けよ。それ濡れんだろう?」星野が俺の持っていたトートバッグを指差す。
俺は、仕方なく傘を借りるため星野に付いて行った。古びた二階建てのアパート二〇五号室。星野は、持っていた鍵で開けて俺を促した。
「いや、傘貸してくれたらいい」
「いいから、入れって!」
星野は、強引に俺を部屋へ招き入れタオルを差し出した。それを受け取り濡れた髪を拭いた。
「大分、降ってきたっぽいからゆっくりしてけよ……俺しかいねぇし、適当に座って」
打ち付ける雨音が激しさを増す。傘を借りても、びしょ濡れなのは確かだ。諦めて星野に従いなんとなく畳の部屋に座った。
外観とは違い、部屋は思った以上に綺麗だった。必要最低限のものがあり、素行が悪い星野だか、至って普通の家庭のように思た。
取り敢えず俺は、スマホの画面をタップし母、乙葉にメッセージを送った。そうしないと俺の命が危ない。友人の言葉に反応した乙葉は、今度連れて来なさいその後に、キラキラしたスタンプが送られて来た。誰があんな修羅の家に連れて行くかと独りごちた。それに、星野を友人といったが実際そうじゃない。
「暖かい飲み物、探したんだけどさ……コーヒーしかなかったわ」星野は、カップを近くのテーブルに置いて座った。星野も濡れた髪をタオルで拭きながら、コーヒーを飲んでいる。
「……頂き…ます」俺は、湯気の立つカップを持ち少しずつ飲んだ。ブラックコーヒーの苦味に顔を顰め、カップを置いて窓の外に目をやった。まだ、雨が強く降っていて止む様子がない。
成り行きでこうなったけれど、何を話していいか分からない。俺は、またカップを手に取って褐色の液体を見つめた。
「なぁ……」
「え……?」
「くま子見せてよ」星野が俺に手を差し出した。
「……なんで?」
「可愛いから」
またそうやって揶揄って……
「嫌だ」
「じゃさ、なんか作ってよ」星野は、俺の横に座って大きな目をキラキラさせた。
星野の子供みたいな目に逆らえず、俺は、さっきの店で買った毛糸と道具を鞄から取り出した。かぎ針に糸を掛けて輪にして、小さなボールを幾つか作り簡単なチャームを作った。
「え?! こんなんできんの! すけぇ!」星野は、チャームを手に取ってまじまじ見ていた。
正直、褒めてもらうと嬉しい。けど、やっぱり褒められるのは慣れてない。
「……気持ち悪いとか思わないの?」
「え?……何が?」
「男がこんな……」
「なんで? 俺こんなの作れねぇもん」
「……そろそろ、帰る」俺は、トートバッグに道具と毛糸をしまった。
「え? ああ……」星野は、俺の後を付いて来て傘を差し出した。
「これ…貰っていいか?」星野は、さっき作ったチャームを持っていた。
「……いらなかったら捨てて…これ、ありがとう」俺は、傘の礼をいいドアを閉めた。階段を早足に下りて、借りた傘を差さないまま歩いた。
誰かにもっと褒められたいなんて、思った事なかったのに……

