可愛いの定義




 俺は、昨日の事件のせいで一睡も出来なかった。あの童顔男が、同じ学校なのが気になって仕方がない。朝起きて、直したくま子(ミニくまマスコット)をじっと見つめながら、ずっと考えいた。
 突然、部屋のドアが開いて「りゅう! いつまで寝てんの!」花音が入ってきた。
 俺は、慌てて持っていたくま子を後ろに隠したが、スーパーウーマン(花音)に取り上げられた。

「りゅ〜〜う〜〜の〜〜す〜〜け〜〜ま〜〜たこんな物を〜〜また、あんな目に遭いたいわけ?」花音が、俺の頬にくま子をグリグリ押し付けた。

「やめてよ…ねぇちゃん…くま子が可哀想」俺の顔に、押し付けてくる花音の手からくま子を取りめそめそ泣いた。
「用意出来てるなら、早く学校行かないと遅刻するわよ!」
「嫌だ! 学校行きたくない!」
「何言ってんの!」
 花音は、力強くで俺を部屋から連れ出し玄関まで引っ張ってきた。
「あらあら、朝から騒がしいわね。りゅうちゃん忘れ物」母の乙葉が弁当を持ってきた。
「学校行きたくない!」俺が、駄々をこねていたら首根っこを掴まれた。
「いつまでも泣いてんじゃね……とっとと行けよ!」
見た目、ゆるふわ清楚系乙葉は、至近距離で汚い言葉の羅列をいい「はい、弁当。けんちゃんが作ったんだから残したらタダじゃすまねぞ!」玄関のドアが閉まった。真城家、乙葉は一番『漢』(おとこ)である。

  *

 登校中、あの童顔男に会わないか内心ヒヤヒヤしながら正門を入った。俺は、昇降口で上履きに履き替え、二年三組の教室へ向かった。教室の前まで来て、安堵のため息を吐いてからドアを引いた。
 俺の隣りの席に人が集まっていた。高二になってから、一度も見たことがない隣りの席に座っている人物は、黒髪、長めの前髪がふわっとウェーブかがっている。くりっとした目元が印象的な所謂、俺が求めてやまないゆるふわ可愛いが詰まった容姿だった。
「りょう、おはよう」仲田が俺に手を振った。
「あ……おはよ」
「りょう、会ったことなかったっけ? まひろ…星野真紘(ほしのまひろ)…」
「真城龍之介!」星野は、仲田達を割って立ち上がり、上着のポケットから何かを取り出して俺の目の前に差し出した。それは、昨日から行方不明だった生徒手帳。顔写真が貼ってあるページだった。更に星野は、パラパラめくり俺が密かに愉しんでいるお気に入りシール達のページを開いた。

  見られた……俺の聖域が……

「ましろちゃん、よろしくね」
 星野は、にっこり笑った。俺は、星野が持ってる生徒手帳を奪い取った。

  うん、今日死のう……

「え? りょう、真紘……知ってんの?」
「い……や、知らない……」
「え? ほら……覚えてない? 」
星野は、左避け、右避け、左受け払って右ストレートをやってみせた。俺があの時、夢中で放った花音伝授の奥義……。
「え?! くま子? 何それ?」仲田が笑った。
「くま子って何? 真城くん」傍にいたクラスの女子が言う。
 星野は、俺の目の前で同じ動きを繰り返す。思考回路がショート寸前……いや、そんなこと言ってる場合じゃない。
 俺は、机を両手で叩き星野を連れて近くの男子トイレに入った。俺は、星野を壁に押し付け逃げられないようにした。

「……おい」
「や〜〜ん、ましろちゃんの凄み刺激的〜〜」星野は、わざとらしく語尾に抑揚を付けた言い方をする。
「くま子を……」
「……え?」星野が驚いた顔をした。
「……悪く…言わないで……」

俺は、目から大量の涙を流していた。それに、ぎょっとし星野は「は? 誰も悪くいってねぇ〜〜だろう。あっそうだ、これ」ハンドタオルで、俺の目元を拭き俺の手に握らせた。

  あの時の……

 更に泣き出した俺に星野は、オロオロ慌てし出した。
「おまえの中のくま子設定はどうなってんだ」星野は、再び泣き出した俺の目元に、さっきのハンドタオルを押し当てた。
「うっ……可愛いは正義だ!」
「はいはい、そうそう…そうな」星野は、あやすように俺の背中をとんとん叩いた。
 泣くはずじゃなかったのに、緊張と不安と日々の鬱々としたものが溢れて止まらなかった。