チート勇者が転生してきたので、魔王と共に知恵と努力で撃退します。

『魔王アーリアに告ぐ。俺は南の選ばれし勇者リオウだ』

 それは犯行声明――否、北の地への宣戦布告だった。

『今から一週間後、貴様らの大地を我々の軍が蹂躙する。まずは勇者がいなくなった西の地、東の地から手中に収めることとしよう。……一週間待ってやる。それまでの間に、貴様らの対応を決めるがいい。降伏するならそれで良し。そうではないなら……それはそれで面白い。この俺に勝てるつもりでいるならそれも一興。面白い戦いができるなら歓迎しよう、正々堂々……戦争だ』

 椅子にどっしりと足を組んで座り、不敵な笑みを浮かべる黒髪の青年。魔王なのはどっちだ、と紫苑は素直に感想を零してしまう。明らかに、言ってることもやってることもよほどアーリアより魔王っぽいではないか。北の地を攻撃するために、西と東の地も巻き込んで大戦争を起こすと堂々宣言してきているのだから。
 具体的には。

『貴様らの返事がなければ、一週間後に西と東の地にそれぞれ我々の魔砲弾をありったけ撃ち込んでくれよう。町も人も、容赦なく破壊する。何人死ぬことになるんだろうな?そうなったら……東と西から勇者を奪った貴様らの責任問題は免れられまい?まあ、自らの故郷だけ守ることができれば問題ないというのなら、見捨てて様子を見るのも一つ選択肢としてはあるがな』

「この声明から、リオウの性格が見えてきますね」

 こうなった以上、アーリアとも喧嘩している場合ではない。あちらもそれはわかっている。今は会議室で、彼も素直に紫苑の分析結果を聞いている状態だ。

「彼は東と西を支配するのに、まず“爆弾を落とす、投げ込む”という手段を取ると言っています。つまり、直接兵を攻め込ませるのではなく、南の土地に本人がいる状態で攻撃を仕掛けてくると言っている。……マサユキと違って、自らのチート能力の効果範囲を正しく把握している可能性が高いでしょう」
「つまり、北の地におびき寄せる、というマサユキの時の手はまず使えないってわけだね」
「その通りです。そして標的に選んだのが西と東であることを考えると、アーリアの判断を面白がっている、試したがっているというのもあるでしょうが……恐らく、南の地にいる状態で北の地の主要都市部に攻撃を仕掛けるのが難しいのではないか、という予測が立ちます。つまり、彼の黒魔法や召喚魔法の効果範囲、あるいは化学兵器の効果範囲がその距離までである可能性は十二分にあるのではないかと」

 彼は自分の力に絶対の自信を持っている。が、過信するタイプかといえばそうではないのかもしれない。存外慎重で、自らの実力以上に思い上がることのないように思える。
 ただ、このような声明を出してきたのは単なる合理性が理由ではあるまい。一週間もの猶予をこちらに与える理由の最たるところが、彼が“それを見てこちらがどう慌てふためくか、あるいは冷静に動くか観察したい”であると考えられるからだ。

「彼は自信家で冷静、同時に愉快犯かつ冷徹な一面があります。……一週間も猶予を与えたのは、観察や面白半分というのが透けている。攻撃の準備時間として彼らの方にもそれだけの時間がかかる、という可能性もゼロではないですが……そんなもの、宣戦布告する前に済ませておけばいいだけのことですから」

 彼の能力は、『どんな相手であってもその戦闘能力を上回ることができる』である。つまり、普通に敵と戦えば負けはない。絶対的に勝ちの目を出せるチートと言っていい。――裏を返せば。どんな相手にも簡単に勝ててしまうことはつまり、戦いそのものを非常に退屈にしているとも言えるのだ。
 そんな能力を選ぶくらいだから、彼は相当好戦的なタイプであるはず。つまり、戦いそのものに楽しみを見出している可能性が高い。それなのに戦う相手がいなくなるというのは、チートならではの悩みであるのかもしれなかった。
 彼はあえて猶予を与えることで、こちらが己の喉元に届きうる牙を磨くのを待っているのかもしれない。そして最後に、練りに練ったとっておきの作戦を全てへし折り、膝を折る魔王を見下ろしたい魂胆なのかもしれなかった。だとしたら、相当性格がひん曲がっているとしか思えないが。

『ああ、ちなみに。貴様らがどうやってマサユキ、アヤナの両名を捕らえたかは知っているし分析済みだ。同じ手は通用しないと思っておけ。……なんなら一週間を待たずして、アヤナを落としたという“参謀”の小娘をこちらに送り込んできても構わないぞ?最も……今度は、護衛なんぞは許さないがな』

 アヤナを倒したやり方は看破されているらしい。一週間を待たずしての交渉は受け付けるが、護衛は許さないと言っている。また同じように彼を一対一で揺さぶりたいというのなら、紫苑はクラリス抜きでリオウの元に向かわなければいけないということだ。

――まあ、そう言ってくるのは予想通りではありますけどね。僕がリオウでも、護衛は許さないでしょうし。……でも。

 交渉を許す、ということは。
 むしろ交渉してこい、と誘っているようなもの。
 リオウはアーリアを試すと同時に、紫苑のことも試したいと思っているのだろうか。マサユキとアヤナを倒した作戦を立てたのが紫苑だと知れれば、興味を持たれるのも当然と言えば当然だろうが。

――だとしたら、そこに唯一隙がある、か?

「……女神はどうしてこう、性格が複雑骨折している人間ばかり異世界転生させてきたんでしょうか」

 クラリスが心の底からため息をついた。同時に、あちこちから部下達の「本当にその通りだ」「そうだそうだ」と同意する声が漏れる。
 紫苑としても、遺憾としか言い様がない。全員が異世界人、同じ世界の出身者で日本人と来ている。これでは、現代日本への風評被害まったなしではないか。こんなサイコパス予備軍ばかりと思われたらたまったものではないのだが。

――まあ、そういうひん曲がった人間ほど、リア・ユートピアへの適性が高かった可能性もありますけど。

 異世界に想いを馳せ、現世に失望して心が離れ、生まれ変わる自分をイメージして魂をそこまで飛ばす。異世界に呼ばれてチート級の能力を発揮してしまう人間に、そういう性格破綻者が多いというのは全くわからない話ではなかった。普通に生きて、それなりに現世で頑張り、そんな自分にある程度の自負を持つ人間はきっと、異世界の適性を示すことが難しいのだ。何故なら魂の故郷はきっと、どんな人間でもたった一つの場所にしかないのだろうから。
 紫苑も――己も結構な性格破綻者だという自覚はあるにはあるが。魔法の一つの使えない、身体能力も中の下、体力は貧弱極まりないままで転移後も変わりないのはきっと――毒舌だろうとサディストの気があろうと、紫苑自身の心のふるさとは現世でしかないと理解しているからなのかもしれなかった。アーリアのことは好きだし、一緒にいたい気持ちはある。けれど、永遠に此処で暮らすことには躊躇いがあるのだ。何故なら元の地球を、日本を、人並み程度には愛しているのだから。

「……一週間のうちに、リオウが仕掛けてくる可能性はゼロではないですが。肝心なのは一週間の間にこちらがどれだけ準備できるかということでしょう」

 今は、誰かさんの馬鹿っぷりとその原因に思いを馳せている場合ではないだろう。紫苑は話題を先へと進める。

「同時に、リオウはまだ完全にアーリアのことを把握しているわけではない……あるいは、極度の人間不信である可能性が高いと思われます。彼は、アーリアの性格を理解していない、あるいは認めていない。だから、アーリアが北の地を守るために、西と東の地を見捨てる可能性があると思っているフシがあります。アーリアがしてきた今までの行動を分析すれば、見捨てる選択肢などないことくらいすぐにわかりそうなものですのに」
「情報が不足しているか、あるいは『人間が打算抜きで、自分の故郷でもなんでもない土地の人々を助けるはずがないと思っているから』ということですね、紫苑」
「そうです、クラリス。……もしも後者なら、彼は自らが屈服させた部下達のことさえも本気で信用していないかもしれないということ。南の軍は、アヤナの時と違って洗脳されているわけではありません。つまりリオウの能力に怯えてやむなく軍門に下っているだけで、意思を奪われているわけではないということ。裏を返せば、一枚岩ではなく、裏切らせる余地もないわけではないということです」

 完全完璧な能力などない。どんな力にも必ず穴がある。マサユキもアヤナも、事実そうであったように。リオウの能力にも、隙がないわけではないのだ。

「彼の力には効果範囲があり、敵を認識する必要があり、他の勇者同様南の地にいなければ発動させることができない。ただし、マサユキとアヤナと違って呪文を唱えて発動させるタイプではなく、敵と対峙するとオートで能力が発動するという点に違いがあります。対峙した敵の強さにあわせて己の戦闘能力が決定されるということですね。腕力、機動力、魔力などが敵よりも一定以上上になるように設定されるということです」

 不意打ちは有効かもしれない。が、彼の隙はアヤナよりも小さい。認識されても呪文を唱えるか目を合わせる前に制圧すればよかったアヤナに対して、恐らくリオウの場合は向こうに気づかれた時点で能力の網に引っかかってしまう。
 複数人で波状攻撃を仕掛けても、その中で最も戦闘能力の高い相手に自動的に設定を合わせてくるようだ。成功率は、相当低いものと思っておくべきだろう。

「一見すると無敵に見えますが。……既に、彼を倒すためのプランは立ててあります。一週間あれば、ギリギリ準備も完了するかもしれません。ただ……」

 そこまで語ったところで、ちり、と髪が焦げるような痛みを感じる。視線に混じる、殺気にも似た怒り。見るまでもない――アーリアに睨まれている。それ以上は許さない、と言わんばかりに。
 正直、初めて彼を恐ろしいと思う。同時に、泣きたいほどに愛おしいとも。彼がここまで怒っているのは、他ならぬ紫苑自身の為と知っているからだ。きっと彼は自らが危ない目に遭うだけならば、喜んで囮も特攻も引き受けたことだろう。
 もう既にわかっている。アーリア・ランネルという青年が。他人のためにばかり本気で怒りを覚えるような、馬鹿みたいに純粋で優しい人物であるということは。
 だからこそ、紫苑は。

――このまま大きな戦争になれば、たくさんの人が確実に死ぬ。……少なくともアーリア。貴方は間違いなく、リオウに殺される。敵の大将を見逃すほど、リオウはお人好しではない。

 そして、この戦争で正面衝突すれば、北の軍の力では南に対して勝目がないこともわかりきっている。そもそも、リーダーのリオウが最強無敵なのだ、真正面からぶつかった時点で確定敗北フラグだろう。
 戦争の開始はそのまま、アーリアの命運が尽きることを意味する。ゆえに。

――そんなのはごめんだ。僕は……貴方を、守りたい!

「アーリア。……貴方の怒りは最もだし、純粋に嬉しくもあります。ですが、それに反対するなら貴方は代案を出さなければいけない立場だ。それもわかっていますね」
「紫苑……!」
「勘違いしないでください。僕はこんなところで死にたくなんかないんですよ。これはあくまで、全員で生き残るための作戦です」

 だからこそ、紫苑は言う。
 アーリアの目がどれほど怖くても、どれほど彼が納得できないかを知っていても。

「作戦の許可を。……この役目は、“異世界人”である僕でなければできないことのはずです」