チート勇者が転生してきたので、魔王と共に知恵と努力で撃退します。

 女神三人の仲が悪い、なんてのはリア・ユートピアでは有名な話ではある。そもそも、それぞれの神の教えが『女神は一人、あとは紛い物』というものなのであるから、仲が良いはずもないだろう。互いが互いに、自分だけが真のこの世界の神様だと思っているし、その考えを曲げる気がない。ともあれば、仲良くなんて普通にできるはずもないのだ。
 ただし、仲が悪いと一言で言っても、性格はそれぞれバラバラであるし『嫌い』の中身も根本的に異なる。また、どちらかというと相手が苦手なだけで嫌いとは違う、ケースも。
 南の女神、ラフテルにとってもそうだ。自分の世界だと思っていた場所に、何故か女神が他に二人もいた。それ自体が苦々しいものではあるが、殊に個人的な“相性”に限定するなら、ラフテルにとってのメリッサとマーテルはだいぶ印象が異なるものなのである。
 単純明快。ラフテルはマーテルのことは『馬鹿すぎて生理的に受け付けない』であるのに対し、メリッサのことは『お色気ムンムンで押してくることは苦手意識があるが、話してわからない奴ではない』と思っていたということ。今回の三人の諍いも、元々はマーテルが無理を言い出したことがきっかけである。最終的に三つ巴のバトルになったしまったが、何もラフテル自身はできれば無益な争いなどしたい方ではなかったのだ。特に、同じくマーテルの我が儘に付き合わされそうになったメリッサに対しては、同情を禁じ得ないほどである。
 それでも最終的に、ラフテルもまた他の女神たち同様に勇者を呼び出すことを選んだのは――ひとえに、自らの土地の者達を守りたいからという本能ゆえに過ぎない。勇者を召喚して守りを固めなければ、自分達の土地は容易く他の勇者の手によって蹂躙されてしまうことだろう。以前にも女神の誰かが勇者を呼んだケースはあったからわかっているのである。異世界から呼び出され、この世界の理さえも越えてしまうチートを与えられた勇者という存在が、たった一人であろうとどれほどの脅威であるのかということが。

――あの時の私は、勇者を呼ぶ以外に南の人々を守る手段はないとばかり思っていた……でも。

 ああ、今から思えばどうして、過去に他の女神が呼んだ勇者が何をしたか、どうなったのか――最低限の文献だけでも読んでおこうと思わなかったのか。
 異世界から転生させられた過去の勇者は、圧倒的な力で世界統一を果たした。だが、無理矢理異世界転生させられたことに恨みを感じていたその男は、自らの力を使って人々を好き勝手に蹂躙し始めたのである。
 彼に与えられた恐ろしいチート能力は――相手の性別、年齢、種族を問わず己に忠実な『子孫』を産ませることのできる力だった。
 勇者に見初められた者も、勇者を怒らせた者も、たまたま目について八つ当たりの対象にさせられた者も。次々女に変えられ、無惨に蹂躙されては子供を産まさせられて衰弱しきって死んでいった。その相手は生物以外の存在でさえ見境がない。勇者は歯向かうものを弱体化させて屈服させると同時に、己に付き従う子孫を好きなだけ増やし、世界を己のものにしようと暴走を始めたのである。
 最終的に彼を倒せたのは奇跡のようなものだった。むしろ、彼が己の能力ゆえに自滅しなければ、本当にリア・ユートピアは滅んでしまっていたかもしれない。――そう、彼が。自分だけが頂点に立つために子孫たちに生殖能力を与えず。その子孫達が勇者の次席を争って自ら殺し合う結果にならなかったのならば。

――勇者を異世界から召喚することには、危険が伴う。なんせ、人一人の人生を強引に終わらせ、こちらの都合で書き換えてしまうことなのだから。

 罪悪感がないわけでは、なかった。
 それでもあと二人の女神が即座に勇者を召喚し、戦いの準備を始めてしまうのを見て――ラフテルに一体何ができたというのか。
 北の魔王のような、この世界に生きながらも勇者に立ち向かう勇気を持った者が南の地にいればまだ良かったのかもしれない。しかし実際には、南の地の者たちは勇者が現れたと聞いてあわてふためくばかりで、自らで運命を変えてやろうという勇敢な者など一人とて存在しなかったのである。
 自由と平和を司るマーテル。
 愛を司るメリッサ。
 そして、ラフテルが司るものは――力。武の女神として、そんな南の地の人々に失望してしまったことを、一体誰が責め立てられるというのか。
 ラフテルは、せめて過去の勇者と同じ過ちを犯さぬよう、可能な限り迅速に戦いを終わらせられる力を与えることにした。勇者リオウに与えられた“どんな相手の戦闘能力も上回ることができるチートスキル”は、戦いをより短期決戦で終わらせるための代物であったのである。
 実際、他の女神たちが与えた力よりも最もシンプルで実戦向きであったのは間違いないことだろう。
 問題は想像した以上に、呼んでしまった勇者がクセ者であったこと。
 まさかそのチートスキルが、加護を与えたはずのラフテルにさえ適用されるとは思ってもみなかったということである。

「面白くなってきたじゃないか」

 暗く、光を閉ざされた一室。浮かび上がるのはホログラムと、その光に照らされた『勇者』の笑顔のみ。

「さすがに予想外だった。……俺の前に最後に立ち塞がるのは、アヤナとマサユキであるとばかり思っていたからな。女神の加護もチートスキルもない魔王が、よもや勇者を二人も倒してしまうとは。……根は優しいが、それゆえに甘さがあり、非情な作戦を取ることができぬボンクラな魔王かと思いきや……」

 会議室で、片手でチェスの駒を弄びながら笑うリオウ。黙っていれば、黒髪黒目の絶世の美少年にしか見えないに違いない。線は細いもののその体は鍛え上げられ、眼光は鋭く盤上を睨んでいる。その姿、まさに勇者の貫禄。そして、実に武の女神たるラフテルらしい勇者の姿であるのは間違いないことだろう。
 とはいえ、この姿だけ見ていれば、彼がまだ年若い少年というだけあってさほど特別な存在には見えないのかもしれなかった。彼の本性を間近で見てしまってさえいないのならば。

「どうやら魔王アーリアには、面白い参謀がついたと見える。……マサユキの時とアヤナの時でそれぞれ別の対応をして、見事に相手を屈服させたようだからな。しかも、なかなかえげつないやり方をしていると見た。どちらも捕まえられたまま、城から出てくる気配がないところを見るに……拷問にでもかけられたかな。どう見る、ラフテル」
「……それで、間違ってはいないと思うが」

 どんな相手でも必ずレベルで上回れる能力。そんな相手を前に、一体どんな戦術・戦略が役に立つというのか。
 今、頭を垂れているのはラフテルだけではない。その後ろにずらりと並んでいるのは、屈強な騎士達にモンスター達。アヤナと違ってリオウに意思を操る力はないわけだが、それでも『どんなに戦っても勝ち目がない』相手に心折れずに歯向かい続けることはあまりにも難しい。
 彼は誰かを傀儡にしない。
 誰かの意思を奪うことも、人質を取ることもしない。
 よって歯向かった者に浴びせられるのは純粋にして圧倒的な――暴力だ。
 今も、そう。この会議室にはまるでBGMのごとく、呻き声が響き続けている。――壁に貼り付けられた、巨漢の男から。

「勇者に与えられたスキルは、与えた女神さえ取り消すことができない。他の土地に移れば一時的に無効化させることもできるが、永続的に力を奪うには……勇者を元の世界に転生しなおさせるしかない。が、それを出来るのは女神だけ。女神でさえ……勇者の同意なくば、再度呼び出した勇者を生まれ変わらせることができないからな……」

 男は、少し前までリオウの手下の一人であった者だった。彼はリオウに従うフリをして、虎視眈々とリオウの首を取る機会を伺っていたのである。
 何故なら彼の仲間は全て、リオウに奪い取られた故郷を取り戻そうと戦い、無惨に散っていったのだから。仲間達の弔い合戦のつもりであると思われた。いくら最強無敵のチート能力を持つリオウとて、不意打ちならば勝ちの目もあるはずと睨んでしまったのだろう。
 それが最大の過ちだったわけだが。
 男の目論見はあっさりと看破され、見せしめもかねて皆が集まる会議室の壁に“飾られる”ことになったのである。壁に食い込んだ男は、あるべきところに腕もなく、足も失われていた。斬られたり千切られたわけではない。両手両足の骨を魔法で粉々に砕かれ、肉を潰され、激痛に苦しめられながら死ぬこともできずに放置されているのである。
 男の呻きは、殺してくれという空しい懇願は。そのまま、他の手下とラフテルの精神をガリガリと削り続けているのだ。
 次はお前がこうなるのだぞ、と。悪魔の笑みでリオウが見つめていることを示しながら。

「なるほどな、ラフテル。アーリアは拷問によって、あとの二人の勇者に“もとの世界に帰る”ことを同意させようというわけか。確かに、やつらを無力化させるならば最適の手ではあるが。あの甘ったれた魔王に、よくぞそんな真似ができるようになったものだ……」

 苦痛に満ちた声を全く意にかえさず、リオウは妖艶に微笑んで見せる。
 彼が本気で喜んでいるのが見てとれて、ラフテルは戦慄した。ああ、彼の本性が、北の地に向けられようとしているのだ。あらゆるものを壊し、支配することに愉悦を覚える恐怖の帝王が。

「奴を変えたのは、その参謀か。……情報によれば、現代日本から来た小娘らしいな。実に興味深い。一度、会って話がしたいものだ」

 ホログラムが、切り替わる。
 現れたのは小柄な、制服らしき衣装を纏った少女の姿。

「マサユキはのこのこ北に出向いたから捕まった。アヤナは待ち構えたものの、油断したがゆえに同じ末路を辿った。俺は奴等ほど愚かではない。迎え撃つとも……万全の体制で、な」

 ころん、と。リオウが指先で黒のルークをつついた。駒はあっさりと盤上から転げ落ちていく。それを無頓着に見つめ、踏みつけるリオウ。
 最後の戦いが、直に始まることだろう。
 リオウが勝ったら最後、この世界に希望は完全に失われるに違いない。底知れぬ絶望と後悔が、ラフテルの全身を包み込んでいた。