どうして自分が、こんな目に遭わなければいけないのか。アヤナは拘束され、北の地の牢屋に投げ込まれてからずっと考えていた。
確かに、敵であるはずのあの女にほだされて、思わず理解を求めようと思ってしまった自分には隙があったのだろう。どれほど恋奴隷を増やしても、美しいだの愛されてるだの囁かれても――心のどこかで満たされないものを感じていたのは、紛れもない事実だ。
あの紫苑が言ってきた言葉は、正しかった。それは認めよう。忌々しいことに、彼女はアヤナの言動や能力だけで、アヤナの過去にあったことの殆どを見抜いてきたのだから。
『アヤナさんの容姿は、日本人っぽいものではないですよね。大変お美しいですが、明るい茶髪で茶色の眼。聞くところによると前世では特にハーフであったわけでもないとのこと。高い確率で、女神によって転生するときに容姿を変えて貰ったと予想することができます』
――そうよ、あんたの言う通りよ。
『ゆえに、貴女は前世では己の容姿に自信がなかった……好きではなかったことがわかる。いえ、自信を持っていなかったのは己の容姿だけではないのでしょう。でなければ、“望んだ異性を恋奴隷にする”なんてものではなく、別のチート能力を望んだはずです』
――私は望んだわ、メリッサに。かつて私が想像した中でも、最も美しく理想的な姿を私に頂戴と。いつかのアニメで見たヒロインのような、可憐で、外を歩けば十人中十人が振り返るような美貌を私に、って。
『己の力だけで、異性を虜にする自信がなかったからこそ、その能力を選んだのでは?ということですよ。僕みたいな凡人からするとどうしても不思議で仕方ないんです。そんな能力などなくても、貴女ほどの美しさがあれば虜にできる男などいくらでもいそうなものですのに。貴女が自ら望んでその容姿になったということは、その姿はアヤナ、貴女が想像しうる最高の美少女であるに違いないのに。……それでも自信が持てなかった。一体どうして?』
――何で見抜くのよ、何でそれを口にするのよ。私だってずっと、ずっとわかってて見て見ぬふりをしてきたことなのに………!それくらいあんたなら、わかったでしょうに!!
『前世で起きた出来事が、貴女から……外見のみならず、内面での自信さえも奪ってしまったのですね』
――自信なんて、持てるわけない、だって。
『多くの男性を従えたいのは、そうすることで自分の正当性に、己の力に自信を持つことができるから。そして、僕のことを当初あまり快く思えなかったのは僕が魔王の手下であるからというだけではなくて……いや、それ以上に。僕が若い女であるという事実に、嫌悪感があったからだ』
――だってあいつらは、誰一人……私に、自信なんてもの……くれなかったんだもの。
思い出す。思い出してしまう。ずっと胸の奥に封じてきて、忘れようと念じ続けてきたことを。どれほどそう願っても忘れることのできなかった、前世の忌まわしい記憶を。
紫苑は言っていた。マサユキが冴えないオジサンの容姿で転生したのは、恐らく彼が己の容姿にさほどコンプレックスを持っていなかったからではないか、と。アヤナもそう思う。彼は非常に地味で、集団に混ざれば簡単に埋没するような残念な見た目であることに間違いはなかった。前世で人に名前を覚えてもらうことにさぞ苦労したことだろう。人から簡単に忘れられてしまう、それが彼のコンプレックスであった可能性は大いにありそうだ。
けれど。アヤナは、違うのだ。むしろアヤナからすればそんな“地味で冴えないおじさん”であるマサユキの容姿さえ羨ましいほどのものだったのである。前世のアヤナは、道を歩けばみんなが当然のように振り返る存在だった――それも、悪い意味で、だ。
両親はどちらも“普通の顔”だった。それなのに隔世遺伝なのかなんなのか、一人娘のアヤナだけが言い尽くせぬほど醜い姿であったのである。
太りやすい体質。ぶくぶくと丸い顔は、少女であるのに肉が垂れ下がってまるでおばさんのよう。目は小さく細いのに、やたらと剛毛の眉毛ばかりが存在を主張する。上向いただんご鼻は、鼻の中まで丸見えだといつも馬鹿にされていた。それでも他に何か特技やチャームポイントでもあれば何か変わったかもしれないが、残念ながらアヤナにはそれさえも皆無と言って差し支えない状態である。
声は低く、男の人というより老婆のよう。しかもガラガラにひび割れていて非常に聞き取りづらい。
成績も頭も悪い。勉強で得意な科目など殆どを無いに等しい。
運動神経なんて、運動音痴という言葉さえ通り越してしまいそうなレベルである。持久走をすればあっという間に後ろが誰もいなくなり、周回遅れになるのは当たり前。リレーで班分けをすれば、アヤナと同じ班になった者達からため息が零れた。例えバランスを取ってそこにクラスで一番のエースを入れても、アヤナと一緒になった時点で敗北は確定したも同然だからだ。なんせ、足が遅いだけではなくどんくさいのでバトンをすぐ落としたり転んだりするのである。
クラスで一番のブス。気持ち悪い。そう陰口を叩かれるアヤナには、悪口や無視以上のイジメはほとんど発生しなかった。喜ばしい理由ではない。アヤナに近づいたり触ったりすることそのものをみんなが気持ち悪がったからだ。アヤナの容姿や声はつまり、周囲の者たちが生理的に受け付けないと思うほどのレベルであったのである。
――日高紫苑。あんたに分かるわけない。可愛い顔で生まれて、当然のように……魔王サマに愛される立場に立てるようなあんたになんか。
ああ、どうして一瞬でも理解してもらえるだなんて勘違いをした?
彼女は――認めるのも忌々しいが、充分に美人の範疇に入る。小柄で、ほっそりしていて、肌も綺麗。声は少し少年っぽい気がしないでもないが、それでも可愛いと言えなくはないだろう。
何より。自分と違って、度胸がある。
武器を向けられても冷静に、己が攻撃されない状況を作り出す頭と話術がある。
あんな奴に、どうしてアヤナの苦しみが理解できるものか。どうせ本当に大切なものを、何一つ失ったことがないであろう奴に、一体どうして。
――分かるわけない。あんたにはないでしょ。……自分の信じてたものが、バラバラのぐちゃぐちゃに砕け散った瞬間なんて……!
小さな頃から、自分が醜いことを自覚した上で社会に出ればまだマシだったのかもしれなかった。不幸なのは小学校に入るまで、アヤナが己の姿を“お姫様のように可愛いもの”と信じていたことだ。母方の祖父母と同居していた上、母親が専業主婦で父親がエリート実業家だったアヤナは非常に裕福な暮らしをしていた。そして、幼稚園に通わせる必要もなかったと言っていい。幼い頃のアヤナは、専属の家庭教師と親族とのみ接してきたのだ。彼らはみんな、同然のようにアヤナを愛し、あるいは気を使う者たちばかりであったのである。
とんだ親バカを発揮していた両親のこと、娘が不細工ということさえ気づいていなかったかもしれない。アヤナは周囲から世界一可愛いだの、お姫様みたいだの、そんな誉め言葉ばかり浴びせられて育ったのである。小さなアヤナがとんだ勘違いをすることを、一体誰が責められるというだろう。
己は最高の美少女だ、誰にも負けない可愛い女の子なのだ――そんなアヤナの悲しい思い込みは、小学生になって木っ端微塵に打ち砕かれることになるのだ。周囲の、あまりにも気持ち悪く、あるいは可哀想なものを見る目によって。
アヤナがそれでどれほどショックを受け、地の底まで突き落とされたか。きっとこの苦しみは、誰にも理解できるものではあるまい。
――そんな私の救いは、自分で書く少女漫画のような妄想の世界の小説と……ネットで読む夢小説だけだった。
妄想の世界になら、何でもなることができた。誰もが“尊敬”や“羨望”の眼差してこちらを見つめてくる世界。世界最強で、最高の美少女。剣と魔法の世界でお姫様になり、王子様のキスで目覚めることも。学園イチのアイドルになって、俺様やクール、ツンデレ系のイケメン達に争奪戦を繰り広げられることも。現実ならば絶対叶わないことが、夢の世界ではいくらでも叶えることができたのである。
その夢が素晴らしければ素晴らしいほど、現実に戻った瞬間に込み上げる虚しさはどうしようもないものであったけれど。
――あんな風にみんなに避けられて生きてきて、特別な能力もなにもなくて。それでどうやって、自分に自信が持てたっていうのよ。
美しい容姿を得れば、それだけでも自分は解放される。きっとこの異世界なら簡単に幸せになれる――最初はそう思った。でも。
いざ誰かに声をかけることを想像した時、まるでイメージが沸かない己に気づいてしまったのである。アヤナを蝕んでいたものは外見の呪いだけではなかった。誰からもまともに愛されなかったアヤナは、普通に人と会話をすることさえ――美しさを利用して男を落とすことさえも、自分の力で成し遂げられる自信を失っていたのである。
紫苑が言った通りだ。
異性ならば誰であっても恋奴隷にできる能力を選んだのは――己の力では、美貌を持ってしても異性を虜に出来る“内面的自信”がなかったからに他ならない。
そして。
――あいつの言葉で、思い出してしまった。気付いてしまった。
『僕は、どうしてもそれが気になって仕方なかったんです。この世界にいれば、確かに貴女を過去に傷つけて苦しめた女達、貴女を見もしなかった男達と離れて……誰よりも貴女“だけ”を愛してくれる美しい男達に囲まれて、幸せに暮らすこともできるのかもしれません。でも、いいんですか?……元の世界で、貴女を散々苦しめ傷つけた連中が……何の罰も受けず、のうのうと暮らしているのを放置しておいて』
――能力を得て男達を魅了しても満たされないのは、過去に私を苦しめた奴等のせいだって。
『復讐なんか良くないと、名探偵は言う。復讐で受けた傷は癒されないと正義の味方は言う。でも僕は。憎しみを、復讐を否定しません。傷つけられて、傷つけた相手を恨むことの何がおかしいのです?そんな綺麗事で、苦しみを飲み込んで……一体誰が、救われるというのですか?』
――未練なんかない。ないはずだった。でも私は……私はクズどもにまだ復讐してない……!私がこんなに苦しんでるのに、あいつらはのうのうと生きて笑ってる……そんな酷いことあっていいはずがないじゃないの……っ!
ああ、最悪だ。最悪すぎる。
せっかく勇者になれたのに、望んだ容姿と能力を手に入れたのに――今更現世への未練を思い出してしまうだなんて。
あの女さえいなければ、余計なことを言って来なければ、ここまで胸をかきむしられるような衝動に襲われずに済んだというのに。
「随分、ご不満そうですね」
牢屋に近づく足音と、声。顔を上げる前から誰であるかがわかってしまう。ギリ、と奥歯を噛み締めてアヤナは顔を上げる。
「よくもまあ……のうのうと私の前に顔を出せたものね、日高紫苑……!」
自分を捕まえた張本人の姿を。鉄格子ごしに、力一杯睨み付けたのだった。
確かに、敵であるはずのあの女にほだされて、思わず理解を求めようと思ってしまった自分には隙があったのだろう。どれほど恋奴隷を増やしても、美しいだの愛されてるだの囁かれても――心のどこかで満たされないものを感じていたのは、紛れもない事実だ。
あの紫苑が言ってきた言葉は、正しかった。それは認めよう。忌々しいことに、彼女はアヤナの言動や能力だけで、アヤナの過去にあったことの殆どを見抜いてきたのだから。
『アヤナさんの容姿は、日本人っぽいものではないですよね。大変お美しいですが、明るい茶髪で茶色の眼。聞くところによると前世では特にハーフであったわけでもないとのこと。高い確率で、女神によって転生するときに容姿を変えて貰ったと予想することができます』
――そうよ、あんたの言う通りよ。
『ゆえに、貴女は前世では己の容姿に自信がなかった……好きではなかったことがわかる。いえ、自信を持っていなかったのは己の容姿だけではないのでしょう。でなければ、“望んだ異性を恋奴隷にする”なんてものではなく、別のチート能力を望んだはずです』
――私は望んだわ、メリッサに。かつて私が想像した中でも、最も美しく理想的な姿を私に頂戴と。いつかのアニメで見たヒロインのような、可憐で、外を歩けば十人中十人が振り返るような美貌を私に、って。
『己の力だけで、異性を虜にする自信がなかったからこそ、その能力を選んだのでは?ということですよ。僕みたいな凡人からするとどうしても不思議で仕方ないんです。そんな能力などなくても、貴女ほどの美しさがあれば虜にできる男などいくらでもいそうなものですのに。貴女が自ら望んでその容姿になったということは、その姿はアヤナ、貴女が想像しうる最高の美少女であるに違いないのに。……それでも自信が持てなかった。一体どうして?』
――何で見抜くのよ、何でそれを口にするのよ。私だってずっと、ずっとわかってて見て見ぬふりをしてきたことなのに………!それくらいあんたなら、わかったでしょうに!!
『前世で起きた出来事が、貴女から……外見のみならず、内面での自信さえも奪ってしまったのですね』
――自信なんて、持てるわけない、だって。
『多くの男性を従えたいのは、そうすることで自分の正当性に、己の力に自信を持つことができるから。そして、僕のことを当初あまり快く思えなかったのは僕が魔王の手下であるからというだけではなくて……いや、それ以上に。僕が若い女であるという事実に、嫌悪感があったからだ』
――だってあいつらは、誰一人……私に、自信なんてもの……くれなかったんだもの。
思い出す。思い出してしまう。ずっと胸の奥に封じてきて、忘れようと念じ続けてきたことを。どれほどそう願っても忘れることのできなかった、前世の忌まわしい記憶を。
紫苑は言っていた。マサユキが冴えないオジサンの容姿で転生したのは、恐らく彼が己の容姿にさほどコンプレックスを持っていなかったからではないか、と。アヤナもそう思う。彼は非常に地味で、集団に混ざれば簡単に埋没するような残念な見た目であることに間違いはなかった。前世で人に名前を覚えてもらうことにさぞ苦労したことだろう。人から簡単に忘れられてしまう、それが彼のコンプレックスであった可能性は大いにありそうだ。
けれど。アヤナは、違うのだ。むしろアヤナからすればそんな“地味で冴えないおじさん”であるマサユキの容姿さえ羨ましいほどのものだったのである。前世のアヤナは、道を歩けばみんなが当然のように振り返る存在だった――それも、悪い意味で、だ。
両親はどちらも“普通の顔”だった。それなのに隔世遺伝なのかなんなのか、一人娘のアヤナだけが言い尽くせぬほど醜い姿であったのである。
太りやすい体質。ぶくぶくと丸い顔は、少女であるのに肉が垂れ下がってまるでおばさんのよう。目は小さく細いのに、やたらと剛毛の眉毛ばかりが存在を主張する。上向いただんご鼻は、鼻の中まで丸見えだといつも馬鹿にされていた。それでも他に何か特技やチャームポイントでもあれば何か変わったかもしれないが、残念ながらアヤナにはそれさえも皆無と言って差し支えない状態である。
声は低く、男の人というより老婆のよう。しかもガラガラにひび割れていて非常に聞き取りづらい。
成績も頭も悪い。勉強で得意な科目など殆どを無いに等しい。
運動神経なんて、運動音痴という言葉さえ通り越してしまいそうなレベルである。持久走をすればあっという間に後ろが誰もいなくなり、周回遅れになるのは当たり前。リレーで班分けをすれば、アヤナと同じ班になった者達からため息が零れた。例えバランスを取ってそこにクラスで一番のエースを入れても、アヤナと一緒になった時点で敗北は確定したも同然だからだ。なんせ、足が遅いだけではなくどんくさいのでバトンをすぐ落としたり転んだりするのである。
クラスで一番のブス。気持ち悪い。そう陰口を叩かれるアヤナには、悪口や無視以上のイジメはほとんど発生しなかった。喜ばしい理由ではない。アヤナに近づいたり触ったりすることそのものをみんなが気持ち悪がったからだ。アヤナの容姿や声はつまり、周囲の者たちが生理的に受け付けないと思うほどのレベルであったのである。
――日高紫苑。あんたに分かるわけない。可愛い顔で生まれて、当然のように……魔王サマに愛される立場に立てるようなあんたになんか。
ああ、どうして一瞬でも理解してもらえるだなんて勘違いをした?
彼女は――認めるのも忌々しいが、充分に美人の範疇に入る。小柄で、ほっそりしていて、肌も綺麗。声は少し少年っぽい気がしないでもないが、それでも可愛いと言えなくはないだろう。
何より。自分と違って、度胸がある。
武器を向けられても冷静に、己が攻撃されない状況を作り出す頭と話術がある。
あんな奴に、どうしてアヤナの苦しみが理解できるものか。どうせ本当に大切なものを、何一つ失ったことがないであろう奴に、一体どうして。
――分かるわけない。あんたにはないでしょ。……自分の信じてたものが、バラバラのぐちゃぐちゃに砕け散った瞬間なんて……!
小さな頃から、自分が醜いことを自覚した上で社会に出ればまだマシだったのかもしれなかった。不幸なのは小学校に入るまで、アヤナが己の姿を“お姫様のように可愛いもの”と信じていたことだ。母方の祖父母と同居していた上、母親が専業主婦で父親がエリート実業家だったアヤナは非常に裕福な暮らしをしていた。そして、幼稚園に通わせる必要もなかったと言っていい。幼い頃のアヤナは、専属の家庭教師と親族とのみ接してきたのだ。彼らはみんな、同然のようにアヤナを愛し、あるいは気を使う者たちばかりであったのである。
とんだ親バカを発揮していた両親のこと、娘が不細工ということさえ気づいていなかったかもしれない。アヤナは周囲から世界一可愛いだの、お姫様みたいだの、そんな誉め言葉ばかり浴びせられて育ったのである。小さなアヤナがとんだ勘違いをすることを、一体誰が責められるというだろう。
己は最高の美少女だ、誰にも負けない可愛い女の子なのだ――そんなアヤナの悲しい思い込みは、小学生になって木っ端微塵に打ち砕かれることになるのだ。周囲の、あまりにも気持ち悪く、あるいは可哀想なものを見る目によって。
アヤナがそれでどれほどショックを受け、地の底まで突き落とされたか。きっとこの苦しみは、誰にも理解できるものではあるまい。
――そんな私の救いは、自分で書く少女漫画のような妄想の世界の小説と……ネットで読む夢小説だけだった。
妄想の世界になら、何でもなることができた。誰もが“尊敬”や“羨望”の眼差してこちらを見つめてくる世界。世界最強で、最高の美少女。剣と魔法の世界でお姫様になり、王子様のキスで目覚めることも。学園イチのアイドルになって、俺様やクール、ツンデレ系のイケメン達に争奪戦を繰り広げられることも。現実ならば絶対叶わないことが、夢の世界ではいくらでも叶えることができたのである。
その夢が素晴らしければ素晴らしいほど、現実に戻った瞬間に込み上げる虚しさはどうしようもないものであったけれど。
――あんな風にみんなに避けられて生きてきて、特別な能力もなにもなくて。それでどうやって、自分に自信が持てたっていうのよ。
美しい容姿を得れば、それだけでも自分は解放される。きっとこの異世界なら簡単に幸せになれる――最初はそう思った。でも。
いざ誰かに声をかけることを想像した時、まるでイメージが沸かない己に気づいてしまったのである。アヤナを蝕んでいたものは外見の呪いだけではなかった。誰からもまともに愛されなかったアヤナは、普通に人と会話をすることさえ――美しさを利用して男を落とすことさえも、自分の力で成し遂げられる自信を失っていたのである。
紫苑が言った通りだ。
異性ならば誰であっても恋奴隷にできる能力を選んだのは――己の力では、美貌を持ってしても異性を虜に出来る“内面的自信”がなかったからに他ならない。
そして。
――あいつの言葉で、思い出してしまった。気付いてしまった。
『僕は、どうしてもそれが気になって仕方なかったんです。この世界にいれば、確かに貴女を過去に傷つけて苦しめた女達、貴女を見もしなかった男達と離れて……誰よりも貴女“だけ”を愛してくれる美しい男達に囲まれて、幸せに暮らすこともできるのかもしれません。でも、いいんですか?……元の世界で、貴女を散々苦しめ傷つけた連中が……何の罰も受けず、のうのうと暮らしているのを放置しておいて』
――能力を得て男達を魅了しても満たされないのは、過去に私を苦しめた奴等のせいだって。
『復讐なんか良くないと、名探偵は言う。復讐で受けた傷は癒されないと正義の味方は言う。でも僕は。憎しみを、復讐を否定しません。傷つけられて、傷つけた相手を恨むことの何がおかしいのです?そんな綺麗事で、苦しみを飲み込んで……一体誰が、救われるというのですか?』
――未練なんかない。ないはずだった。でも私は……私はクズどもにまだ復讐してない……!私がこんなに苦しんでるのに、あいつらはのうのうと生きて笑ってる……そんな酷いことあっていいはずがないじゃないの……っ!
ああ、最悪だ。最悪すぎる。
せっかく勇者になれたのに、望んだ容姿と能力を手に入れたのに――今更現世への未練を思い出してしまうだなんて。
あの女さえいなければ、余計なことを言って来なければ、ここまで胸をかきむしられるような衝動に襲われずに済んだというのに。
「随分、ご不満そうですね」
牢屋に近づく足音と、声。顔を上げる前から誰であるかがわかってしまう。ギリ、と奥歯を噛み締めてアヤナは顔を上げる。
「よくもまあ……のうのうと私の前に顔を出せたものね、日高紫苑……!」
自分を捕まえた張本人の姿を。鉄格子ごしに、力一杯睨み付けたのだった。



