鬼龍院家
それはあやかし界で有名な一族。
あやかしの中でも莫大な霊力を持ち合わせ、優れた能力を駆使している。
その特別な力であやかし界最強とも言われていた。
私はそんな一族の双子の姉として生まれてきたが私には霊力がなかった。
代わりに妹は強い霊力を持って生まれてきた。
現当主である私の父は私を「無能」と呼び、存在を無視した。
逆に妹はその強い霊力を期待され、両親だけでなく一族の者からも大切にされてきた。
唯一、私の味方だった母だけだった。
しかし、そんな優しい母も私が幼少期の頃に流行り病で亡くなってしまった。
亡くなる前に母はこんな言葉を残していった。
「玲花・・・貴方はー」
でも、この後の言葉を言う前に母は亡くなってしまった。
それ以降、私は孤独に生きていた。
そして今日は私の十歳の誕生日。
「誕生日おめでとう!薫」
「ありがとう。お父さん、お義母さん!」
今年も双子の妹の薫は祝われたが私は祝われずに無視されている。
昔は母が祝ってくれていたがその母ももう居ない。
今は血の繋がりのない継母が現当主の妻だ。
いつも私を無能として嫌い、家事を押し付けられる。
私は、父や継母、妹・・・そして親戚を含めた一族に嫌われ虐げられている。
私は誰からも必要とされていない。
その事実が私の心を苦しめ、生きる希望を失う。
でも、無能の私に権利はない。
今も幸せそうな家族を遠くから見守っている。
私はここに居ても邪魔な存在。
だから、気付かれないように音を立てずに部屋を出る。
自分の部屋に入り、やっと思うように呼吸が出来るようになった。
寒い部屋にたった一人。
これからも私は誰にも必要とされず、愛されずに死んでいく。
「誰か・・・私を、生きてて良いって言って」
そんなことを言っても誰も私を助けてくれない。
無能には何の価値もないのだから。
悲しみを紛らわすために、笑顔を作る。
「もう、疲れたなっ」
生きていても、虐げられる日々を永遠に過ごすだけ。
なのに、生きている意味があるのだろうか。
どうせ、私が死んでも・・・・・悲しむ人なんていない。
「そんなことはない。私が必要としている。」
えっ・・・誰?
ここには私一人しか居ないはずなのに。
辺りを見回しても誰も居ない。
しかし、声だけは聴こえる。
「大丈夫だ。君にはもうすぐ、運命の出逢いが訪れる」
「貴方は・・・誰なの?」
でも、もうその声は聴こえなかった。
「気のせい?」
日々の疲労が蓄積して、幻聴が聞こえたのかも。
でも、その知らない誰かの優しい声に安心した。
それからというもの苦しい日々を耐え続けた。
あの知らない声の言葉を信じて。
それから5年が経った。
「今日から私も、高校生に...」
あれからも私は無能として生きてきた。
そんな私は高校生になった。
でも、まさかあのエリート学園・エトワール学園に入学できるなんて思ってもいなかった。
エトワール学園
日本随一の名門校。
この学園の特徴は強い霊力を持つ人間とあやかしが共に通う数少ない学園であること。
本来、人間とあやかしが関わることはない。
しかし、この学園だけは日本で唯一、人間とあやかしが通うことを許された。
せめて誰か一人でも友達ができたらいいな。
「どうか、この3年間...平穏な学園生活を送れますように」
小さな声で神頼みをしながら教室へ向かう。
この学園では主に3つのクラスに分かれている。
霊力が他のあやかしよりも高く成績優秀が集うAクラス
霊力が基準値でほとんどのあやかしが入るBクラス
霊力がほとんど無く、落ちこぼれと呼ばれるCクラス
私は勿論、Cクラス。
辺りを見ながら教室に向かう途中、生徒たちの声が聞こえた。
「ねぇ、あれって・・・もしかして、噂の鬼龍院家の落ちこぼれじゃない?」
「えっ、あの無能が!?この学園に来る意味ある?」
数多く聴こえる悪意ある声に私は悲しくなった。
無能には幸せになる権利すら無いのだろうか。
「ここがCクラス?」
教室に着いて入ってみると生徒はたったの数人程しか居ない。
おかしいと思うかもしれないがこれが普通なのだ。
本来、あやかしの殆どは霊力を持って生まれてくる。
寧ろ、霊力が無いほうが珍しいとも言われている。
「あれって、鬼龍院家の無能じゃ・・・」
「本当だ。霊力が無いなんて・・・」
どうやら噂はCクラスにまで広がっているようだ。
声が聞こえないふりをして、席に座る。
すると、教室に担任が来た。
「皆さん。入学おめでとうございます」
「自己紹介は各自で。先生は落ちこぼれの相手をするような時間が無いのでこれで失礼します」
教師と思えない発言をして出ていった担任。
この態度に生徒から悔しそうな悲しそうな声が聞こえた。
「教師なのにあの態度は酷くない?」
「仕方ないよ。あの担任が言うように私達は落ちこぼれなんだから」
私はそんな声をただ聞くことしか出来なかった。
「私の名前は鬼龍院 玲花です。皆さん、これからよろしくお願いします」
担任が居なくなりそれぞれ自己紹介を始めた。
そして、私の名前を聞いて全員が予想通りの反応をした。
「やっぱり...あの有名な鬼龍院族の落ちこぼれ」
「でも、良かった。自分よりも落ちこぼれな人がいると安心」
「分かる!本人の前で言うのもなんだけど、事実だしね」
どうやら皆さん、かなり緊張していたらしい。
自分よりも落ちこぼれが居ると知り、心底嬉しそうだ。
その姿を見てクラスメイトとも仲良くできないのかなと悲しくなる。
「あのっ、皆さん・・・そんなこと言うのはやめましょう。同じクラスなんだし仲良くしましょう」
私の話で盛り上がっていた時、今の状況を制する小さな声が聞こえた。
後ろを振り返ると水色の髪と瞳を持つ可愛らしい少女がいた。
可愛いっ
私が見惚れているとその子に向かって数人が近づいた。
さっき、私の悪口を言っていた人達だ。
「何?ノリ悪すぎるんですけど〜」
「事実なんだし良いじゃん!」
「いい子ちゃんぶって。気持ち悪っ」
「・・・っ。ごめんなさい」
私の為に止めてくれたのに。私のせいで怒られてしまっている。
私はその中に割って入った。
「皆さん、私のせいですみません」
先程、私の悪口を言っていた子達に謝ってから止めてくれた少女の手を引く。
直ぐに話したかったが空気が悪いため一旦教室に出た。
そして、先程の子達が着いてきていないことを確認して少女に話す。
「こんにちわ。少しだけお話しても良いかしら?」
私の声にこくこくと可愛く首を縦に振る彼女。
本当に可愛らしい子だ。
「さっきはありがとう。嬉しかったわ」
「いいえ。当たり前のことを私はしたまででっ」
私がお礼を言うとしどろもどろ返事をしてくれる彼女。
そんな微笑ましい行動に顔が緩んだ。
「あのっ、私・・・雪乃 冬美と申します」
突然、自己紹介を始めた彼女。
驚きながらも私も自己紹介をする。
「私は鬼龍院 玲花。よろしくね」
私の名前を聞いてやっと誰なのか気付いたのか驚いている。
しかし、冬美は他の子のように悪口を言うことはなかった。
「あの、鬼龍院さん!!もし良かったら・・・私とお友だちになってくれませんか?」
「えっ・・・私と!?」
急な冬美の発言に今度はこちらが驚きを隠せない。
何しろ私は、この学園生活で友達ができないと少し思っていたから。
「本当に、私で良いの?他の子のほうが良い気がするけど」
私は嬉しい気持ちだがそれ以上に申し訳なさが勝った。
私と関わる=私レベルの無能と言う認識になるはずだ。
私のせいで冬美の評価が下がるかもしれないと思うと気が引ける。
でも、冬美は私の手を強くにぎり言った。
「私は、鬼龍院さんだから良いんです!!」
その熱い言葉に私は冬美の友達になることを決めた。
まさか、この学園生活で友達ができるなんて・・・
「これからよろしくね。冬美」
「はい!よろしくお願いします」
これからの学園生活が楽しみになった。
「只今から、エトワール学園高等部の入学式を執り行います」
前にいる教頭先生の声と共に講堂の生徒が一斉に立ち上がる。
そして、教頭先生の合図と一緒にお辞儀をする。
今日は入学初日なので、この入学式が終わったら下校になる。
入学式には保護者も参加できるようだが見当たらない。
目線を他のクラスの方に向けるとAクラスの保護者席に座る両親が居た。
どうやら妹の薫の様子を見に来たらしい。
私の双子の妹の薫は、鬼龍院家でも誇られるほどの霊力を持ち合わせている。
そのお陰か、一族から大切にされてきた。
それは両親も同じだった。
今日の入学式も私なんか眼中に無い。
きっと薫の輝かしい入学式を見に来たのだ。
両親は薫を見て、笑みを浮かべていた。
そんな微笑ましい家族の姿が私の胸を苦しめる。
霊力がある。たったそれだけのことでこんなにも待遇が違う。
薫は良いな。両親から愛されていて。
私はお母さん以外の人は誰も愛してくれなかった。
お父さんも継母・・・一族の者も。皆、私を気持ち悪がった。
それが、悲しかった。私はただ、愛されたかった。
それだけなのに・・・無能の私には愛される権利すらなかった。
「ここで、二人の学園代表候補に挨拶をしてもらう」
そんな教頭先生の声で私の意識は現実に戻った。
もう、こんなに進んでいたんだ。
この後は学園代表候補の挨拶を聞いて、入学式は終わりだ。
学園代表候補・・・それはこの学園の代表になる可能性のある生徒の事。
今、教頭先生が二人と言っていたのでその二人で学園代表の座を取り合っているのだろう。
このエトワール学園では学園代表と言うものがある。
しかし、学園代表になれるのは学園で一人のみ。
それもあやかしだけ。
学園代表になるには多くの条件が必要だと聞いたことがある。
まずは今言った、あやかしであること。
次に成績が10位以内に入っている者。
そして、あやかし特性である霊力量と能力が優れている者。
その他にも沢山ある条件に当てはまる者のみが学園代表になれる。
こんな鬼畜すぎる条件でも学園代表を目指している者は多い。
何故なら進路で役立つからだ。
元々、この学園はエリート学園として名高い学園だ。
そんな学園の代表生徒は喉から手が出るほど欲しい存在だ。
しかも、学園代表の生徒には特別な権限が使えると聞く。
だから、この学園のあやかし達は学園代表になろうとしている者が多い。
そんな学園代表候補である二人の生徒の挨拶。
私も興味深く、講堂に視線を向ける。
「学園代表候補生、鏡見 楓」
名前を呼ばれ、舞台に上がる一人の生徒。
この人が、学園代表候補生の内の一人・・・?
その人は美しく洗礼されたされた容姿だった。
そんな彼に何人もの女生徒が顔を赤らめていた。
しかも、鏡見家の人間なんてっ
鏡見家・・・それはあやかしの頂点に立てると言われているほどの実力を持つ一族。
彼らは、鬼龍院家と同じようにあやかし界の世界を支えており、またその特別な力で政権にまで進出したあやかしの憧れの一族。
でも、彼が学園代表候補生に選ばれた理由が分かった。
そんな強い一族の出で有能な彼。寧ろ選ばれない方がおかしいだろう。
「ー新入生の皆様、この度は入学おめでとうございます。この学園は他の学校よりも厳しく難しいですがこの学園の生徒であることを
自覚して日々、励むように務めて下さい。」
入学を祝っていると言う言葉とは裏腹に感情の籠もっていない声。
冷たい表情と声でただ台本のセリフを読むかのように祝いの言葉を述べているように見えた。
挨拶が終わり、舞台を降りた鏡見さん。
「あ〜、楓さん...かっこよかった」
近くに座っている女生徒から声がした。
「分かる...あんな綺麗な人、誰でも恋するよね」
「まぁ、無能の私達には関係ないことだよ」
「...そうだねっ」
小声でコソコソと話す女生徒たち。
その会話が耳に入る。
話を聞くに鏡見さんは相当、女生徒から人気なようだ。
鏡見さんが降りた後、直ぐに教頭先生が次の生徒の名前を呼ぶ。
「学園代表候補生、神城 竜馬」
名前を呼ばれた男子生徒が舞台に上がる。
その姿を見た瞬間、講堂にいる全生徒が彼に釘付けとなった。
漆黒を纏う髪に、見た者全員を魅了する紅い瞳。
遠目から見ても分かる綺麗な人。
あまりの美しさにこの場に居る者全員がはっと息を呑む。
周りを見ると殆どの女生徒が彼の美しさに顔を赤め、恋する乙女の表情をしていた。
でも、そうなるのも頷けるほど彼は美しい。
舞台に上がり、マイクを持ち、スピーチを始める神城さん。
その姿すら様になっていて魅了される。
「新入生の皆さん。入学おめでとうございます。私達、在校生一同は皆さんの入学を心から歓迎しています」
短めの挨拶を終えて、舞台を降りた。
それにしても、さっきの学園代表候補生の神城さん。
彼もまた、鬼龍院家や鏡見家と同じようにあやかし界を支えてきた一族だ。
神城家・・・その昔、あやかしの神の側近をしていたと言われる一族。
神に仕えていたお礼に莫大な霊力を授けられたとされている。
今やあやかし界で一番強いと言われている。
彼はそんな神城家の次期当主だ。
霊力量が多く、能力も優秀なものだと言われている。
この学園は、私が思った以上にすごい学園かもしれない。
まさか、あやかし界の最強と言われる三つの一族の人間が集まっているなんてっ。
あまりにも衝撃的な事実に驚きを隠せない。
私は不快にさせないように空気みたいにこの学園生活を過ごそうと心に決めた。
「・・・ただいま」
入学式も終わり、家に帰ると家の中はまるでお祭りのように騒がしかった。
何事かと思うと薫が部屋から出てきて嬉しそうに私のほうへきた。
「ねぇ、玲花。私ね、あの鏡見 楓さまの婚約者になったの!」
その言葉に私は驚いた。
鏡見 楓って今日紹介されていた学園代表候補生のっ。
薫は今日、初めて会ったばかりだろうにどうやったら婚約者になったのだろう?
「今日、家に帰ろうとしたらね、たまたま楓さまに会って。私の霊力を見て婚約を交わしたのよ」
興奮気味に説明する薫。でも、納得した。
薫は鬼龍院家の女の子の中で一番霊力量が多くて能力も優秀だ。
そんな薫が婚約者になってくれたら鏡見家も安泰だろう。
「入学式初日であの鏡見様の婚約者になれるなんて。薫は本当に凄い子ね。私達の自慢の娘よ。」
両親は薫が鏡見家の婚約者になってくれたのがとても嬉しいようだ。
確かに、鏡見家が鬼龍院家の娘を娶ってくれれば鬼龍院家の将来は安泰確定だ。
だからか、両親もいつも以上に気分が良いのが分かる。
「今日は薫のお祝いの日ね!」
そう言い喜ぶ両親を見ていると胸が苦しくなった。
妹の幸せなのに素直に喜ぶことが出来なかった。
昨日から日本随一の名門校・エトワール学園に通い始めた私。
今日も周りの視線が痛いけど友達の冬美のお陰で苦しくはなかった。
HRが終わって各々ゆっくりしていると慌てた様子の生徒が教室に入った。
「皆っ、急報だ!!あの鬼龍院 薫様が学園代表候補の鏡見 楓さんの婚約者になった!!」
その生徒の報告に教室に居た生徒たちがザワつき始める。
「嘘っ、あの楓様が婚約者を!?」
「薫さんって、あの無能の妹さんでしょ?」
「双子なのに大違い」
クラスメイトの悪気のない言葉に胸が苦しくなる。
「・・・玲花ちゃん」
冬美が私を見て、心配そうな声を出す。
「ごめんね。少し...外の空気を吸ってくるねっ」
私は教室の空気に耐えられなくなり、走って逃げる。
そして、中庭に着いて誰も居ないことが分かって、やっと息ができた。
昨日、話を聞いていたからこうなることは分かっていた。
それでも辛くて逃げ出してしまった。
しかし、すぐに教室に戻らないといけない。
なので少ししてから私は教室に帰ろうと後ろを振り返った。
すると、一人の男子生徒がいた。
よく見てみるとその人は昨日の入学式で学園代表候補生の一人、神城 竜馬さんだった。
私は誰も居ないと思っていたので驚いて、体が動かない。
もしかして...見られていた?
自分の情けない姿を見られていたと知り、恥ずかしくて体温が熱くなる。
しかも、神城さんは私を見て目を見開いている。
「君、名前は?」
少しして神城さんが口を開けたと思ったら、何故か私の名前を聞いてきた。
「・・・鬼龍院 玲花です」
私が名前を教えると神城さんは近づき、私の手を握る。
「玲花。君は今から私の婚約者だ」
神城さんの急な婚約の申し込みに私は硬直してしまった。
私が、神城さんの婚約者に?
驚きすぎて声も出せない。
「っ、すみません」
私は怖くなってその場を逃げ出してしまった。
神城さんが居るのに。
後から申し訳なさが芽生えたが、それ程余裕が無かったのだ。
鬼龍院の無能が神城家の次期当主様と・・・
そんなことあり得ないに決まっている。
そう思い、このことはあまり考えないようにした。
授業が終わり、昼休みの時間になった。
私は冬美とご飯を食べていた。
何気なく色々と話している時だった。
「全校生徒に連絡します。5限目の授業は全校集会に変更になります。繰り返します。ーーー」
突如、アナウンスが鳴った。
どうやら急遽、全校集会になったらしい。
不思議には思ったが対して気にしなかった。
そして昼休みが終わり、全校集会のため講堂に向かった。
講堂に着いて座席に座り、全校生徒が集まるのを待つ。
それまでの間、たくさんの声が聞こえてきた。
「ねぇ、あれ見てよ。鬼龍院の無能よ。」
「よくこの学園に来れたよね。霊力が無いのに」
「きっと薫様のついででしょ」
その殆どは私を見下す内容だった。
どうやら同じ学年だけでなく、全生徒が知っているのだろう。
故に上級生の人達が私を見ては近くの生徒と話していた。
同学年だけでなく、上級生にまで知られていたなんて...
恥ずかしさやら苦しさで胸が張り裂けそうになる。
少ししてから全校生徒が集まり、辛い時間が終わった。
「只今より全校集会を執り行います。」
教頭先生の声が静かな講堂に響く。
その声にはかすかな緊張を感じた。
どうして教頭先生が緊張しているのだろうか?
「ここで、学園代表候補生・神城 竜馬からのお話です」
教頭先生の声と共に神城さんが舞台に上がる。
相変わらず美しすぎる神城さんに女生徒は恋する乙女の表情になる。
でも、私はそれどころではなかった。
それは今日の婚約のことがあったから。
神城さんを前に私は表現できない不安に襲われた。
嫌な予感がする。
そして、この予感は的中してしまった。
「今日集まってもらったのは俺の婚約者を見つけたからだ!!」
神城さんのその言葉に講堂が驚きと困惑の声で溢れた。
今、神城さんは婚約者を見つけたって。
その言葉に私の胸は速く脈打つ。
「どういうこと!?神城様が婚約者を見つけたって・・・」
「もしかしたら、私が選ばれたりしちゃって」
何処からか聞こえる女生徒の期待の声に私は緊張で呼吸がしにくくなってきた。
先生を呼んで講堂を抜けようと顔をあげると舞台の上にいる神城さんと目が合った。
「見つけた」
神城さんはそう言い、舞台を降りた。
そして、そのまま歩いてきて私の前に立った。
周りの生徒は何が起きているのか分からずに硬直している。
私は緊張で声も出ない。それどころか息をするのがやっとだった。
神城さんは私も見て、口を開いた。
「鬼龍院 玲花。君こそが俺の婚約者だ」
神城さんのその宣言に講堂が大きな困惑の声に包まれた。
「な、何が起こっているの?」
「神城さんの困惑があの鬼龍院の無能と婚約!?」
「こんなこと前代未聞だ!!」
そんな声から逃げるように顔を俯かせる
皆の顔を見るのが怖い。
気のせいだと思いたかった。
でも、こんなにも真剣な神城さんの表情を見て悟った。
神城さんが言っていた婚約者はやっぱり私だったんだと・・・
どうしようっ。
気持ちは嬉しいけど、私は神城さんの婚約者に相応しくないし荷が重い。
それに神城さんならもっといい人と婚約するべきなはず。
婚約を断るには今しかない。
「あの、神城さん!」
私が意を決して口を開いた時だった。
体に浮遊感を感じた。
見てみると神城さんの美しい顔が目の前にあった。
あまりにも美しい顔の神城さんに見られて、私は恥ずかしくなって視線を背けた。
どうやら私は神城さんにお姫様抱っこをされているらしい。
神城さんの行動にまた辺りが騒がしくなった。
「神城様がお姫様抱っこを!?」
「あの無能・・・許せない」
恨みの声も聞こえて私は不安になったがそれ以上にこの状況が恥ずかしすぎて何も考えられなくなっていた。
こんなに恥ずかしいことは今すぐにやめて欲しい。
そう言いたかったけど・・・
神城さんのほうを見るとあまりにも嬉しそうな様子だったので言えなかった。
神城さんそのまま舞台に上がって、話し始めた。
「これから玲花は俺の婚約者だ。くれぐれも玲花に対する態度を気をつけろ」
「もしも、俺の玲花を傷つけたらその命はないと思え」
そんな神城さんの言葉に全校生徒が怯えて震えていた。
「以上で話は終了だ。一クラスずつ教室へ戻るように」
話が終わると神城さんは強制的に全校集会を終わらせた。
私も教室に戻りたかったが神城さんにお姫様抱っこされていて戻れなかった。
そして、そのまま神城さんに抱かれながら連れて行かれたのは学園代表候補生だけが使える特別な部屋だった。
中はとても広くて、ソファーや机だけでシャワー室やベットまで備わっていた。
神城さんは私をソファーに座らせてくれた。
そして、私が落ち着いてから話を始めた。
「まずは、あんな大勢の中で婚約者と言ってしまってすまなかった。」
神城さんは私を見て謝ってくれた。
悪気はなかったようだ。
何よりすごく申し訳なさそうに謝ってくれている。
「いいえ、気にしないで下さい。大丈夫ですから」
私がそう言うと神城さんはぱあっと明るくなった。
・・・可愛い
男性の人に可愛いと思うなんて失礼かもしれないがそう思ってしまうほど可愛らしい顔だった。
「あのっ、私を婚約者にするって・・・」
今日ずっと疑問だった私との婚約の話。
無能な私とは違って、神城さんは神城家の次期当主で最強とも言われているような凄い人。
本来なら私が近づくことが出来ない存在だ。
そんなあやかしの憧れである神城さんの婚約者がこんな無能の私なんて、理解が出来ない。
「あぁ。そうだが?何か問題でもあったか?」
神城さんは分かっていないらしいが問題しかない。
本来、あやかしは子孫の霊力を高める為にお互いに霊力が釣り合う者同士で結婚する。
しかも神城家の人間なら尚更。
でも、私は神城さんに釣り合うほどの人間ではない。
一族に反対されるはずなのに、どうしてわざわざ私に婚約を申し込むのだろうか?
「でも、私は神城さんに相応しくないです。」
自分が思っていたことをそのまま口にした。
すると、神城さんは顔を顰めた。
もしかして、怒っている?
神城さんを不快にさせちゃったのかと思い慌てる。
そんな私の隣に来て神城さんは私の顔を覗き込む。
彼の紅い瞳に捕らえられ、胸がドキッとした。
「玲花は俺に相応しい。それに俺は玲花に惚れて婚約を申し込んだんだ。」
私に、惚れて・・・?
どういうことだろうか。
神城さんのような素敵な人なら誰でも虜になるだろう。
でも、私は誰かに惚れられるほどの魅力なんてない。
分かっているのに・・・
「玲花。俺で良かったら婚約者になってくれ」
嬉しい。そんなこと、初めて言われた。
どうしようっ
神城さんの側に居たいと思ってしまう。
でも、神城さんの婚約者になったらきっとたくさん迷惑かけてしまう。
どうしたら良いんだろう。
「玲花、大丈夫だ。俺が必ず守るから。」
まるで私の心の中を見通したように安心する言葉を与えてくれる神城さん。
優しい。この人を信じてみたい。
「よろしくお願いしますっ」
神城さんの婚約者になるのは不安なことが多い。
周りからの評価もそうだし、家族のことも・・・
でも、一人は辛い。居場所が欲しい。
この人が私を愛してくれようとしているように私も誰かを愛してみたい。
神城さんは私の了承の言葉に今までで一番嬉しそうに喜んでくれた。
「ありがとうっ。これから、一生幸せにしてみせる!」
神城さんはそう言い、私を強く、でも優しく包み込むように抱きしめる。
その温かさに胸が同じような温かさに満たされた。
神城さんの婚約者になることでひどい目に遭うかもしれない。
でも、今はこの人を信じてみよう。
それはあやかし界で有名な一族。
あやかしの中でも莫大な霊力を持ち合わせ、優れた能力を駆使している。
その特別な力であやかし界最強とも言われていた。
私はそんな一族の双子の姉として生まれてきたが私には霊力がなかった。
代わりに妹は強い霊力を持って生まれてきた。
現当主である私の父は私を「無能」と呼び、存在を無視した。
逆に妹はその強い霊力を期待され、両親だけでなく一族の者からも大切にされてきた。
唯一、私の味方だった母だけだった。
しかし、そんな優しい母も私が幼少期の頃に流行り病で亡くなってしまった。
亡くなる前に母はこんな言葉を残していった。
「玲花・・・貴方はー」
でも、この後の言葉を言う前に母は亡くなってしまった。
それ以降、私は孤独に生きていた。
そして今日は私の十歳の誕生日。
「誕生日おめでとう!薫」
「ありがとう。お父さん、お義母さん!」
今年も双子の妹の薫は祝われたが私は祝われずに無視されている。
昔は母が祝ってくれていたがその母ももう居ない。
今は血の繋がりのない継母が現当主の妻だ。
いつも私を無能として嫌い、家事を押し付けられる。
私は、父や継母、妹・・・そして親戚を含めた一族に嫌われ虐げられている。
私は誰からも必要とされていない。
その事実が私の心を苦しめ、生きる希望を失う。
でも、無能の私に権利はない。
今も幸せそうな家族を遠くから見守っている。
私はここに居ても邪魔な存在。
だから、気付かれないように音を立てずに部屋を出る。
自分の部屋に入り、やっと思うように呼吸が出来るようになった。
寒い部屋にたった一人。
これからも私は誰にも必要とされず、愛されずに死んでいく。
「誰か・・・私を、生きてて良いって言って」
そんなことを言っても誰も私を助けてくれない。
無能には何の価値もないのだから。
悲しみを紛らわすために、笑顔を作る。
「もう、疲れたなっ」
生きていても、虐げられる日々を永遠に過ごすだけ。
なのに、生きている意味があるのだろうか。
どうせ、私が死んでも・・・・・悲しむ人なんていない。
「そんなことはない。私が必要としている。」
えっ・・・誰?
ここには私一人しか居ないはずなのに。
辺りを見回しても誰も居ない。
しかし、声だけは聴こえる。
「大丈夫だ。君にはもうすぐ、運命の出逢いが訪れる」
「貴方は・・・誰なの?」
でも、もうその声は聴こえなかった。
「気のせい?」
日々の疲労が蓄積して、幻聴が聞こえたのかも。
でも、その知らない誰かの優しい声に安心した。
それからというもの苦しい日々を耐え続けた。
あの知らない声の言葉を信じて。
それから5年が経った。
「今日から私も、高校生に...」
あれからも私は無能として生きてきた。
そんな私は高校生になった。
でも、まさかあのエリート学園・エトワール学園に入学できるなんて思ってもいなかった。
エトワール学園
日本随一の名門校。
この学園の特徴は強い霊力を持つ人間とあやかしが共に通う数少ない学園であること。
本来、人間とあやかしが関わることはない。
しかし、この学園だけは日本で唯一、人間とあやかしが通うことを許された。
せめて誰か一人でも友達ができたらいいな。
「どうか、この3年間...平穏な学園生活を送れますように」
小さな声で神頼みをしながら教室へ向かう。
この学園では主に3つのクラスに分かれている。
霊力が他のあやかしよりも高く成績優秀が集うAクラス
霊力が基準値でほとんどのあやかしが入るBクラス
霊力がほとんど無く、落ちこぼれと呼ばれるCクラス
私は勿論、Cクラス。
辺りを見ながら教室に向かう途中、生徒たちの声が聞こえた。
「ねぇ、あれって・・・もしかして、噂の鬼龍院家の落ちこぼれじゃない?」
「えっ、あの無能が!?この学園に来る意味ある?」
数多く聴こえる悪意ある声に私は悲しくなった。
無能には幸せになる権利すら無いのだろうか。
「ここがCクラス?」
教室に着いて入ってみると生徒はたったの数人程しか居ない。
おかしいと思うかもしれないがこれが普通なのだ。
本来、あやかしの殆どは霊力を持って生まれてくる。
寧ろ、霊力が無いほうが珍しいとも言われている。
「あれって、鬼龍院家の無能じゃ・・・」
「本当だ。霊力が無いなんて・・・」
どうやら噂はCクラスにまで広がっているようだ。
声が聞こえないふりをして、席に座る。
すると、教室に担任が来た。
「皆さん。入学おめでとうございます」
「自己紹介は各自で。先生は落ちこぼれの相手をするような時間が無いのでこれで失礼します」
教師と思えない発言をして出ていった担任。
この態度に生徒から悔しそうな悲しそうな声が聞こえた。
「教師なのにあの態度は酷くない?」
「仕方ないよ。あの担任が言うように私達は落ちこぼれなんだから」
私はそんな声をただ聞くことしか出来なかった。
「私の名前は鬼龍院 玲花です。皆さん、これからよろしくお願いします」
担任が居なくなりそれぞれ自己紹介を始めた。
そして、私の名前を聞いて全員が予想通りの反応をした。
「やっぱり...あの有名な鬼龍院族の落ちこぼれ」
「でも、良かった。自分よりも落ちこぼれな人がいると安心」
「分かる!本人の前で言うのもなんだけど、事実だしね」
どうやら皆さん、かなり緊張していたらしい。
自分よりも落ちこぼれが居ると知り、心底嬉しそうだ。
その姿を見てクラスメイトとも仲良くできないのかなと悲しくなる。
「あのっ、皆さん・・・そんなこと言うのはやめましょう。同じクラスなんだし仲良くしましょう」
私の話で盛り上がっていた時、今の状況を制する小さな声が聞こえた。
後ろを振り返ると水色の髪と瞳を持つ可愛らしい少女がいた。
可愛いっ
私が見惚れているとその子に向かって数人が近づいた。
さっき、私の悪口を言っていた人達だ。
「何?ノリ悪すぎるんですけど〜」
「事実なんだし良いじゃん!」
「いい子ちゃんぶって。気持ち悪っ」
「・・・っ。ごめんなさい」
私の為に止めてくれたのに。私のせいで怒られてしまっている。
私はその中に割って入った。
「皆さん、私のせいですみません」
先程、私の悪口を言っていた子達に謝ってから止めてくれた少女の手を引く。
直ぐに話したかったが空気が悪いため一旦教室に出た。
そして、先程の子達が着いてきていないことを確認して少女に話す。
「こんにちわ。少しだけお話しても良いかしら?」
私の声にこくこくと可愛く首を縦に振る彼女。
本当に可愛らしい子だ。
「さっきはありがとう。嬉しかったわ」
「いいえ。当たり前のことを私はしたまででっ」
私がお礼を言うとしどろもどろ返事をしてくれる彼女。
そんな微笑ましい行動に顔が緩んだ。
「あのっ、私・・・雪乃 冬美と申します」
突然、自己紹介を始めた彼女。
驚きながらも私も自己紹介をする。
「私は鬼龍院 玲花。よろしくね」
私の名前を聞いてやっと誰なのか気付いたのか驚いている。
しかし、冬美は他の子のように悪口を言うことはなかった。
「あの、鬼龍院さん!!もし良かったら・・・私とお友だちになってくれませんか?」
「えっ・・・私と!?」
急な冬美の発言に今度はこちらが驚きを隠せない。
何しろ私は、この学園生活で友達ができないと少し思っていたから。
「本当に、私で良いの?他の子のほうが良い気がするけど」
私は嬉しい気持ちだがそれ以上に申し訳なさが勝った。
私と関わる=私レベルの無能と言う認識になるはずだ。
私のせいで冬美の評価が下がるかもしれないと思うと気が引ける。
でも、冬美は私の手を強くにぎり言った。
「私は、鬼龍院さんだから良いんです!!」
その熱い言葉に私は冬美の友達になることを決めた。
まさか、この学園生活で友達ができるなんて・・・
「これからよろしくね。冬美」
「はい!よろしくお願いします」
これからの学園生活が楽しみになった。
「只今から、エトワール学園高等部の入学式を執り行います」
前にいる教頭先生の声と共に講堂の生徒が一斉に立ち上がる。
そして、教頭先生の合図と一緒にお辞儀をする。
今日は入学初日なので、この入学式が終わったら下校になる。
入学式には保護者も参加できるようだが見当たらない。
目線を他のクラスの方に向けるとAクラスの保護者席に座る両親が居た。
どうやら妹の薫の様子を見に来たらしい。
私の双子の妹の薫は、鬼龍院家でも誇られるほどの霊力を持ち合わせている。
そのお陰か、一族から大切にされてきた。
それは両親も同じだった。
今日の入学式も私なんか眼中に無い。
きっと薫の輝かしい入学式を見に来たのだ。
両親は薫を見て、笑みを浮かべていた。
そんな微笑ましい家族の姿が私の胸を苦しめる。
霊力がある。たったそれだけのことでこんなにも待遇が違う。
薫は良いな。両親から愛されていて。
私はお母さん以外の人は誰も愛してくれなかった。
お父さんも継母・・・一族の者も。皆、私を気持ち悪がった。
それが、悲しかった。私はただ、愛されたかった。
それだけなのに・・・無能の私には愛される権利すらなかった。
「ここで、二人の学園代表候補に挨拶をしてもらう」
そんな教頭先生の声で私の意識は現実に戻った。
もう、こんなに進んでいたんだ。
この後は学園代表候補の挨拶を聞いて、入学式は終わりだ。
学園代表候補・・・それはこの学園の代表になる可能性のある生徒の事。
今、教頭先生が二人と言っていたのでその二人で学園代表の座を取り合っているのだろう。
このエトワール学園では学園代表と言うものがある。
しかし、学園代表になれるのは学園で一人のみ。
それもあやかしだけ。
学園代表になるには多くの条件が必要だと聞いたことがある。
まずは今言った、あやかしであること。
次に成績が10位以内に入っている者。
そして、あやかし特性である霊力量と能力が優れている者。
その他にも沢山ある条件に当てはまる者のみが学園代表になれる。
こんな鬼畜すぎる条件でも学園代表を目指している者は多い。
何故なら進路で役立つからだ。
元々、この学園はエリート学園として名高い学園だ。
そんな学園の代表生徒は喉から手が出るほど欲しい存在だ。
しかも、学園代表の生徒には特別な権限が使えると聞く。
だから、この学園のあやかし達は学園代表になろうとしている者が多い。
そんな学園代表候補である二人の生徒の挨拶。
私も興味深く、講堂に視線を向ける。
「学園代表候補生、鏡見 楓」
名前を呼ばれ、舞台に上がる一人の生徒。
この人が、学園代表候補生の内の一人・・・?
その人は美しく洗礼されたされた容姿だった。
そんな彼に何人もの女生徒が顔を赤らめていた。
しかも、鏡見家の人間なんてっ
鏡見家・・・それはあやかしの頂点に立てると言われているほどの実力を持つ一族。
彼らは、鬼龍院家と同じようにあやかし界の世界を支えており、またその特別な力で政権にまで進出したあやかしの憧れの一族。
でも、彼が学園代表候補生に選ばれた理由が分かった。
そんな強い一族の出で有能な彼。寧ろ選ばれない方がおかしいだろう。
「ー新入生の皆様、この度は入学おめでとうございます。この学園は他の学校よりも厳しく難しいですがこの学園の生徒であることを
自覚して日々、励むように務めて下さい。」
入学を祝っていると言う言葉とは裏腹に感情の籠もっていない声。
冷たい表情と声でただ台本のセリフを読むかのように祝いの言葉を述べているように見えた。
挨拶が終わり、舞台を降りた鏡見さん。
「あ〜、楓さん...かっこよかった」
近くに座っている女生徒から声がした。
「分かる...あんな綺麗な人、誰でも恋するよね」
「まぁ、無能の私達には関係ないことだよ」
「...そうだねっ」
小声でコソコソと話す女生徒たち。
その会話が耳に入る。
話を聞くに鏡見さんは相当、女生徒から人気なようだ。
鏡見さんが降りた後、直ぐに教頭先生が次の生徒の名前を呼ぶ。
「学園代表候補生、神城 竜馬」
名前を呼ばれた男子生徒が舞台に上がる。
その姿を見た瞬間、講堂にいる全生徒が彼に釘付けとなった。
漆黒を纏う髪に、見た者全員を魅了する紅い瞳。
遠目から見ても分かる綺麗な人。
あまりの美しさにこの場に居る者全員がはっと息を呑む。
周りを見ると殆どの女生徒が彼の美しさに顔を赤め、恋する乙女の表情をしていた。
でも、そうなるのも頷けるほど彼は美しい。
舞台に上がり、マイクを持ち、スピーチを始める神城さん。
その姿すら様になっていて魅了される。
「新入生の皆さん。入学おめでとうございます。私達、在校生一同は皆さんの入学を心から歓迎しています」
短めの挨拶を終えて、舞台を降りた。
それにしても、さっきの学園代表候補生の神城さん。
彼もまた、鬼龍院家や鏡見家と同じようにあやかし界を支えてきた一族だ。
神城家・・・その昔、あやかしの神の側近をしていたと言われる一族。
神に仕えていたお礼に莫大な霊力を授けられたとされている。
今やあやかし界で一番強いと言われている。
彼はそんな神城家の次期当主だ。
霊力量が多く、能力も優秀なものだと言われている。
この学園は、私が思った以上にすごい学園かもしれない。
まさか、あやかし界の最強と言われる三つの一族の人間が集まっているなんてっ。
あまりにも衝撃的な事実に驚きを隠せない。
私は不快にさせないように空気みたいにこの学園生活を過ごそうと心に決めた。
「・・・ただいま」
入学式も終わり、家に帰ると家の中はまるでお祭りのように騒がしかった。
何事かと思うと薫が部屋から出てきて嬉しそうに私のほうへきた。
「ねぇ、玲花。私ね、あの鏡見 楓さまの婚約者になったの!」
その言葉に私は驚いた。
鏡見 楓って今日紹介されていた学園代表候補生のっ。
薫は今日、初めて会ったばかりだろうにどうやったら婚約者になったのだろう?
「今日、家に帰ろうとしたらね、たまたま楓さまに会って。私の霊力を見て婚約を交わしたのよ」
興奮気味に説明する薫。でも、納得した。
薫は鬼龍院家の女の子の中で一番霊力量が多くて能力も優秀だ。
そんな薫が婚約者になってくれたら鏡見家も安泰だろう。
「入学式初日であの鏡見様の婚約者になれるなんて。薫は本当に凄い子ね。私達の自慢の娘よ。」
両親は薫が鏡見家の婚約者になってくれたのがとても嬉しいようだ。
確かに、鏡見家が鬼龍院家の娘を娶ってくれれば鬼龍院家の将来は安泰確定だ。
だからか、両親もいつも以上に気分が良いのが分かる。
「今日は薫のお祝いの日ね!」
そう言い喜ぶ両親を見ていると胸が苦しくなった。
妹の幸せなのに素直に喜ぶことが出来なかった。
昨日から日本随一の名門校・エトワール学園に通い始めた私。
今日も周りの視線が痛いけど友達の冬美のお陰で苦しくはなかった。
HRが終わって各々ゆっくりしていると慌てた様子の生徒が教室に入った。
「皆っ、急報だ!!あの鬼龍院 薫様が学園代表候補の鏡見 楓さんの婚約者になった!!」
その生徒の報告に教室に居た生徒たちがザワつき始める。
「嘘っ、あの楓様が婚約者を!?」
「薫さんって、あの無能の妹さんでしょ?」
「双子なのに大違い」
クラスメイトの悪気のない言葉に胸が苦しくなる。
「・・・玲花ちゃん」
冬美が私を見て、心配そうな声を出す。
「ごめんね。少し...外の空気を吸ってくるねっ」
私は教室の空気に耐えられなくなり、走って逃げる。
そして、中庭に着いて誰も居ないことが分かって、やっと息ができた。
昨日、話を聞いていたからこうなることは分かっていた。
それでも辛くて逃げ出してしまった。
しかし、すぐに教室に戻らないといけない。
なので少ししてから私は教室に帰ろうと後ろを振り返った。
すると、一人の男子生徒がいた。
よく見てみるとその人は昨日の入学式で学園代表候補生の一人、神城 竜馬さんだった。
私は誰も居ないと思っていたので驚いて、体が動かない。
もしかして...見られていた?
自分の情けない姿を見られていたと知り、恥ずかしくて体温が熱くなる。
しかも、神城さんは私を見て目を見開いている。
「君、名前は?」
少しして神城さんが口を開けたと思ったら、何故か私の名前を聞いてきた。
「・・・鬼龍院 玲花です」
私が名前を教えると神城さんは近づき、私の手を握る。
「玲花。君は今から私の婚約者だ」
神城さんの急な婚約の申し込みに私は硬直してしまった。
私が、神城さんの婚約者に?
驚きすぎて声も出せない。
「っ、すみません」
私は怖くなってその場を逃げ出してしまった。
神城さんが居るのに。
後から申し訳なさが芽生えたが、それ程余裕が無かったのだ。
鬼龍院の無能が神城家の次期当主様と・・・
そんなことあり得ないに決まっている。
そう思い、このことはあまり考えないようにした。
授業が終わり、昼休みの時間になった。
私は冬美とご飯を食べていた。
何気なく色々と話している時だった。
「全校生徒に連絡します。5限目の授業は全校集会に変更になります。繰り返します。ーーー」
突如、アナウンスが鳴った。
どうやら急遽、全校集会になったらしい。
不思議には思ったが対して気にしなかった。
そして昼休みが終わり、全校集会のため講堂に向かった。
講堂に着いて座席に座り、全校生徒が集まるのを待つ。
それまでの間、たくさんの声が聞こえてきた。
「ねぇ、あれ見てよ。鬼龍院の無能よ。」
「よくこの学園に来れたよね。霊力が無いのに」
「きっと薫様のついででしょ」
その殆どは私を見下す内容だった。
どうやら同じ学年だけでなく、全生徒が知っているのだろう。
故に上級生の人達が私を見ては近くの生徒と話していた。
同学年だけでなく、上級生にまで知られていたなんて...
恥ずかしさやら苦しさで胸が張り裂けそうになる。
少ししてから全校生徒が集まり、辛い時間が終わった。
「只今より全校集会を執り行います。」
教頭先生の声が静かな講堂に響く。
その声にはかすかな緊張を感じた。
どうして教頭先生が緊張しているのだろうか?
「ここで、学園代表候補生・神城 竜馬からのお話です」
教頭先生の声と共に神城さんが舞台に上がる。
相変わらず美しすぎる神城さんに女生徒は恋する乙女の表情になる。
でも、私はそれどころではなかった。
それは今日の婚約のことがあったから。
神城さんを前に私は表現できない不安に襲われた。
嫌な予感がする。
そして、この予感は的中してしまった。
「今日集まってもらったのは俺の婚約者を見つけたからだ!!」
神城さんのその言葉に講堂が驚きと困惑の声で溢れた。
今、神城さんは婚約者を見つけたって。
その言葉に私の胸は速く脈打つ。
「どういうこと!?神城様が婚約者を見つけたって・・・」
「もしかしたら、私が選ばれたりしちゃって」
何処からか聞こえる女生徒の期待の声に私は緊張で呼吸がしにくくなってきた。
先生を呼んで講堂を抜けようと顔をあげると舞台の上にいる神城さんと目が合った。
「見つけた」
神城さんはそう言い、舞台を降りた。
そして、そのまま歩いてきて私の前に立った。
周りの生徒は何が起きているのか分からずに硬直している。
私は緊張で声も出ない。それどころか息をするのがやっとだった。
神城さんは私も見て、口を開いた。
「鬼龍院 玲花。君こそが俺の婚約者だ」
神城さんのその宣言に講堂が大きな困惑の声に包まれた。
「な、何が起こっているの?」
「神城さんの困惑があの鬼龍院の無能と婚約!?」
「こんなこと前代未聞だ!!」
そんな声から逃げるように顔を俯かせる
皆の顔を見るのが怖い。
気のせいだと思いたかった。
でも、こんなにも真剣な神城さんの表情を見て悟った。
神城さんが言っていた婚約者はやっぱり私だったんだと・・・
どうしようっ。
気持ちは嬉しいけど、私は神城さんの婚約者に相応しくないし荷が重い。
それに神城さんならもっといい人と婚約するべきなはず。
婚約を断るには今しかない。
「あの、神城さん!」
私が意を決して口を開いた時だった。
体に浮遊感を感じた。
見てみると神城さんの美しい顔が目の前にあった。
あまりにも美しい顔の神城さんに見られて、私は恥ずかしくなって視線を背けた。
どうやら私は神城さんにお姫様抱っこをされているらしい。
神城さんの行動にまた辺りが騒がしくなった。
「神城様がお姫様抱っこを!?」
「あの無能・・・許せない」
恨みの声も聞こえて私は不安になったがそれ以上にこの状況が恥ずかしすぎて何も考えられなくなっていた。
こんなに恥ずかしいことは今すぐにやめて欲しい。
そう言いたかったけど・・・
神城さんのほうを見るとあまりにも嬉しそうな様子だったので言えなかった。
神城さんそのまま舞台に上がって、話し始めた。
「これから玲花は俺の婚約者だ。くれぐれも玲花に対する態度を気をつけろ」
「もしも、俺の玲花を傷つけたらその命はないと思え」
そんな神城さんの言葉に全校生徒が怯えて震えていた。
「以上で話は終了だ。一クラスずつ教室へ戻るように」
話が終わると神城さんは強制的に全校集会を終わらせた。
私も教室に戻りたかったが神城さんにお姫様抱っこされていて戻れなかった。
そして、そのまま神城さんに抱かれながら連れて行かれたのは学園代表候補生だけが使える特別な部屋だった。
中はとても広くて、ソファーや机だけでシャワー室やベットまで備わっていた。
神城さんは私をソファーに座らせてくれた。
そして、私が落ち着いてから話を始めた。
「まずは、あんな大勢の中で婚約者と言ってしまってすまなかった。」
神城さんは私を見て謝ってくれた。
悪気はなかったようだ。
何よりすごく申し訳なさそうに謝ってくれている。
「いいえ、気にしないで下さい。大丈夫ですから」
私がそう言うと神城さんはぱあっと明るくなった。
・・・可愛い
男性の人に可愛いと思うなんて失礼かもしれないがそう思ってしまうほど可愛らしい顔だった。
「あのっ、私を婚約者にするって・・・」
今日ずっと疑問だった私との婚約の話。
無能な私とは違って、神城さんは神城家の次期当主で最強とも言われているような凄い人。
本来なら私が近づくことが出来ない存在だ。
そんなあやかしの憧れである神城さんの婚約者がこんな無能の私なんて、理解が出来ない。
「あぁ。そうだが?何か問題でもあったか?」
神城さんは分かっていないらしいが問題しかない。
本来、あやかしは子孫の霊力を高める為にお互いに霊力が釣り合う者同士で結婚する。
しかも神城家の人間なら尚更。
でも、私は神城さんに釣り合うほどの人間ではない。
一族に反対されるはずなのに、どうしてわざわざ私に婚約を申し込むのだろうか?
「でも、私は神城さんに相応しくないです。」
自分が思っていたことをそのまま口にした。
すると、神城さんは顔を顰めた。
もしかして、怒っている?
神城さんを不快にさせちゃったのかと思い慌てる。
そんな私の隣に来て神城さんは私の顔を覗き込む。
彼の紅い瞳に捕らえられ、胸がドキッとした。
「玲花は俺に相応しい。それに俺は玲花に惚れて婚約を申し込んだんだ。」
私に、惚れて・・・?
どういうことだろうか。
神城さんのような素敵な人なら誰でも虜になるだろう。
でも、私は誰かに惚れられるほどの魅力なんてない。
分かっているのに・・・
「玲花。俺で良かったら婚約者になってくれ」
嬉しい。そんなこと、初めて言われた。
どうしようっ
神城さんの側に居たいと思ってしまう。
でも、神城さんの婚約者になったらきっとたくさん迷惑かけてしまう。
どうしたら良いんだろう。
「玲花、大丈夫だ。俺が必ず守るから。」
まるで私の心の中を見通したように安心する言葉を与えてくれる神城さん。
優しい。この人を信じてみたい。
「よろしくお願いしますっ」
神城さんの婚約者になるのは不安なことが多い。
周りからの評価もそうだし、家族のことも・・・
でも、一人は辛い。居場所が欲しい。
この人が私を愛してくれようとしているように私も誰かを愛してみたい。
神城さんは私の了承の言葉に今までで一番嬉しそうに喜んでくれた。
「ありがとうっ。これから、一生幸せにしてみせる!」
神城さんはそう言い、私を強く、でも優しく包み込むように抱きしめる。
その温かさに胸が同じような温かさに満たされた。
神城さんの婚約者になることでひどい目に遭うかもしれない。
でも、今はこの人を信じてみよう。
