「開けて! ここから出して!」
麗はドアを乱暴に叩き、教科書やノートなど、目につくものを全部投げつける。
だが、ドアの外からは何の反応もない。
ドアに当たっては床に落ちる物が、虚しく散乱する。
「出してよ……」
コツンとドアに額をつけて唇を噛み締める。
悔しい。
こんなのあんまりだ。
守ってほしいなんて言ってない。
喉が絞められてるみたいに苦しい。
鼻の奥がつんとして目頭が熱くなる。
こぼれ落ちそうになる涙を堪え、窓の鍵を開ける。
だが、思いっきり力を入れても開かない。
外から開かないように細工されているようだ。
「何でここまでして……」
麗は項垂れ、ベッドに腰かける。
机の上に倒れている家族写真を手に取り、抱き締める。
「お父さん、お母さん……」
お父さんは本当に“モズ”なの?
お母さんは知ってたの?
何で私には教えてくれなかったの?
お父さんは、殺し屋に殺されちゃったの?
お母さんは、何で自殺なんかしたの?
どうして……。
「私をひとりにしたのっ……!」
堪えていた感情が崩壊し、嗚咽と共に涙が溢れて止まらない。
今までずっと押し隠してきた。
こんなこと言っちゃだめだって思ってきた。
お母さんはお父さんがいなくなって、ひとりで耐えてきた。私はお母さんのために何もできなかった。お母さんの気持ち、全然わかってなかった。だからお母さんは耐えきれなくなって、あんなこと……。
私がもっとお母さんを支えられていたら。
私がもっとお母さんに寄り添えられていたら。
……そもそも私がいなかったら、お母さんひとりだったら、生活も苦しくなかったはず。
そうしたらお母さんは、自殺なんてしなかったはず。
「私の、せいだ。私がいたから……」
写真の中で無邪気に笑う自分の顔を押し潰す。
微笑んでいるお母さんの顔に、涙が落ちて滲む。
誰かのせいにしたかった。
家族を置いて失踪したお父さん。
私を連れてきて閉じ込めた組長。
見下して嘲笑い続けた葵と晴。
私の人生を壊した誰かのせいにして、復讐を願ってきた。
復讐をしたら、苦しみから解放される?
……本当に?
何を迷ってるの?
ゆらりとレイの黒い影が立ち上がる。
お父さんが失踪したのは、組長がお父さんに依頼したせい。大熊の恨みをかって、殺し屋に狙われたせい。
お母さんが自殺したのはお父さんが失踪したせい。
鹿島家に閉じ込められたのは、組長の罪悪感のせい。
自由も尊厳も奪われて苦しい思いをしたのは、葵と晴のせい。
麗のせいじゃないよ。
レイの透明な手がゆっくり伸ばされる。
温かくも冷たくもない、空気のようなその手が麗の手に重なる。
このままここに居続けるつもり?
復讐、諦めていいの?
レイの囁き声が鼓膜の裏に響く。
「……よくない。でも、ここから出してもらえない」
出してもらうんじゃない。
自分で出なきゃ。
レイがドアを真っ直ぐ指差す。
「どうやって?」
部屋の外に出られる唯一の方法、あるでしょう?
「……トイレ? でも、トイレの前まで監視がついてくるよ」
トイレにも窓があるでしょ。ギリギリ通れるはず。諦めなければ大丈夫。
レイの口角が緩やかに上がる。
麗は頷き、ドアの前に立った。
「あの、トイレに行きたいんですけど」
鍵の開く音がしてすぐ、監視役の目付きの悪い組員がドアを開けた。
「どうぞ」
麗は足早にトイレに向かう。その後ろにぴったり組員がくっつく。まるで監獄の罪人を監視する看守のようだ。ひりついた空気の中、麗はトイレの中に入り、鍵を閉めた。
便器の後方に網戸のついた小窓がある。小さい子供なら通り抜けられるかもしれないが、いくら小柄で細身とはいえ、麗が通り抜けるのは容易じゃない。
「とにかく、やってみないと」
意を決して便器の蓋に上り、窓を開けた。
麗が奮闘している間、トイレの前に立っている組員は深い溜息を漏らした。
「はあー。人質の監視みてえじゃねえか。何で俺がこんなこと……」
その時、コロコロとトランクを引く音と共に体格の良い大柄な男が組員の背後に現れ、野太い声が空気を震わせた。
「人質って何のことだ」
「ひいっ!」
組員はひっくり返りそうな勢いで振り向き、大男を見上げて顔をひきつらせた。
「ク、クロサギさんっ! ひ、人質なんていないっすよ!」
「ならおまえはこんなとこで何してんだ」
訝しげな顔のクロサギに睨まれ、組員は肩をびくつかせ、声を落とした。
「親父から長宮麗の監視を命令されたんすよ」
「やはりそうか」
クロサギはドアに耳を近づける。
クロサギと組員の会話が聞こえていた麗は焦り、急いで窓の外に頭を出すが、肩がつかえて通り抜けられない。
ドンドン!
ドアが乱暴に叩かれ、鍵のかかったドアノブがガチャガチャ回される。
開けるつもり?! 急がなきゃ!
「話がある。今すぐ出てこい」
クロサギって誰?! 初対面なのに、何の話があるっていうの?
「五つ数える間に出てこないと蹴破るぞ。五、四……」
やばい! この人本気だ。今は諦めないと。きっとまたチャンスはある。
麗は窓から下りて、カウントダウンが終わったと同時にドアを開けた。
「出てきたか」
クロサギは細い目を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべる。
麗はいかつい顔にたじろぎながら、既視感を覚え、小首をかしげる。
この人、どこかで見たことあるような……?
「こいつの部屋まで、これを運べ」
クロサギが大型のトランクを組員に押しつける。
「は、はい!」
クロサギの有無を言わせない圧力に押され、組員はトランクを引いて歩きだす。麗もその後に続き、再び部屋へ戻った。
「ずいぶん散らかってんな」
部屋に入ったクロサギは顔をしかめ、組員からトランクを受け取る。
「おまえは休んでろ」
「でも俺は監視を」
「俺が見ている。組長には俺から話す」
「……分かりました」
組員が部屋を出ると、クロサギは散乱している物を雑にどかし、トランクを広げた。
「入れ」
「え?」
トランクを指差すクロサギを見上げた麗は、何を言われたのか理解できず瞬きを繰り返した。
「おまえを連れ出しにきた。ある人の頼みでな」
「ある人?」
「おまえの両親と関係のある人だ。どうしても伝えたいことがある、会って話がしたい、と言っている」
お父さんとお母さんに関係のある人って、誰?
そんな人、本当にいるの?
だったら何で直接顔を見せないの?
この人のこと、信用していいの?
疑わしい眼差しを向ける麗と目線を合わせるように、クロサギは腰を落とす。
「俺は鹿島組と縁のある情報屋だ。危害は加えないと約束する。……あの人は、おまえの両親のことを誰よりも知っている」
麗は目を見開く。
一体、誰なの? その人は。どうしてお父さんとお母さんのことを知っているの?
「知りたくないか? おまえの知らない両親のことを」
「……知りたいです」
「入れ。連れていってやる」
例え大熊の罠だとしても、ここに居続けるよりはいい。
麗は自らトランクに入って窮屈そうに体を折り曲げる。
「閉めるぞ」
ゆっくり蓋が閉められ、視界が暗闇に覆われた。
その頃。
生徒会室では、葵と晴、理事長と目白が、澪に険しい目を向けていた。
「つまり、表向きは大熊に従いながら、裏では私の学園を掌握しようとしていたということか」
「理事長にはいずれ、私の真意をお話しようと思っていたんです」
葵が澪の前に一歩踏み出し、剣呑な眼差しで見下ろす。
「てめえの欲望のために、麗を利用しやがって。これ以上あいつは巻き込ませねえ」
「あら、何か勘違いをしているようね」
「はあ?」
「私は麗さんに本当のことを伝えただけよ。利用するつもりなんかないわ」
晴が葵の隣に立ち、澪に冷淡な視線を向ける。
「大熊が元凶だって言えば、麗ちゃんを引き込めるって分かってたんでしょ」
澪は晴の視線を受け止め、緩みそうになる口許を引き締める。
「麗さんは自分から私に協力するって言ってくれたの」
葵と晴が奥歯を噛み締める。澪は理事長と目白に目を向ける。
「私は大熊組を潰して、新たな組織を作り上げます。そのためには、鹿島組の力も必要なんです」
目白はぼざぼさの頭を撫でつけ、針のように瞳を細める。
「図々しいな」
澪は怯まず、うっすらと笑みを浮かべる。
「鹿島組長も、このまま大熊をのさばらしておくつもりはありませんよね? 私には内部から大熊を潰す策があります。鹿島組にもお力添えして頂けるよう、鹿島組長に直談判したいのですが」
理事長の眉がわずかに動く。
「独りで鹿島組に行くつもりかい?」
「はい。来訪の許可を頂けるのであれば今日にでも。麗さんともお話できるといいのですが」
葵と晴が顔をしかめて、澪に詰め寄る。
「調子に乗るなよ」
「あんたのこと信用してないんだけど」
理事長は目白と視線を交わし、葵と晴を押し退ける。
「義兄さんに話してみよう。許可が下りたら、アオくん、ハルくんと行きなさい。だが……」
理事長が口許を笑みの形にする。瞳に鋭利な光が宿る。
「何があっても全ては自己責任だ。鹿島組を甘くみないほうがいい」
澪は柔らかく微笑む。
「心得ておりますわ」
笑顔で向かい合う理事長と澪の間に、冷たい空気が通り抜ける。
トランクの中で背中を丸める麗は外の音に耳を澄ませる。ゴロゴロと音を立てて回転する車輪の音に混じって、インターンホンを押す音が聞こえる。
それからすぐ、クロサギの声がした。
「開けるぞ」
トランクの蓋が開き、光が差し込む。
窮屈に折り曲げていた体を起こし、トランクの外へ這い出る。
「ここは?」
大きな窓に簡易な机とテレビ、シングルベッドが一台。ホテルの一室のようだ。
「大丈夫? こんな連れ出し方しかできなくて、ごめんなさいね」
麗が振り向くと、クロサギの隣にどこか葵と晴に似た美女が立っていた。
「えっと、あなたは……?」
美女は緩く巻いた明るい茶髪を耳にかけ、真っ赤な口紅をひいた唇を笑みの形にした。
「私は、鹿島紗季。葵と晴の母よ」
「……えっ?」
麗はぽかんと口を開け、紗季を見つめた。
麗はドアを乱暴に叩き、教科書やノートなど、目につくものを全部投げつける。
だが、ドアの外からは何の反応もない。
ドアに当たっては床に落ちる物が、虚しく散乱する。
「出してよ……」
コツンとドアに額をつけて唇を噛み締める。
悔しい。
こんなのあんまりだ。
守ってほしいなんて言ってない。
喉が絞められてるみたいに苦しい。
鼻の奥がつんとして目頭が熱くなる。
こぼれ落ちそうになる涙を堪え、窓の鍵を開ける。
だが、思いっきり力を入れても開かない。
外から開かないように細工されているようだ。
「何でここまでして……」
麗は項垂れ、ベッドに腰かける。
机の上に倒れている家族写真を手に取り、抱き締める。
「お父さん、お母さん……」
お父さんは本当に“モズ”なの?
お母さんは知ってたの?
何で私には教えてくれなかったの?
お父さんは、殺し屋に殺されちゃったの?
お母さんは、何で自殺なんかしたの?
どうして……。
「私をひとりにしたのっ……!」
堪えていた感情が崩壊し、嗚咽と共に涙が溢れて止まらない。
今までずっと押し隠してきた。
こんなこと言っちゃだめだって思ってきた。
お母さんはお父さんがいなくなって、ひとりで耐えてきた。私はお母さんのために何もできなかった。お母さんの気持ち、全然わかってなかった。だからお母さんは耐えきれなくなって、あんなこと……。
私がもっとお母さんを支えられていたら。
私がもっとお母さんに寄り添えられていたら。
……そもそも私がいなかったら、お母さんひとりだったら、生活も苦しくなかったはず。
そうしたらお母さんは、自殺なんてしなかったはず。
「私の、せいだ。私がいたから……」
写真の中で無邪気に笑う自分の顔を押し潰す。
微笑んでいるお母さんの顔に、涙が落ちて滲む。
誰かのせいにしたかった。
家族を置いて失踪したお父さん。
私を連れてきて閉じ込めた組長。
見下して嘲笑い続けた葵と晴。
私の人生を壊した誰かのせいにして、復讐を願ってきた。
復讐をしたら、苦しみから解放される?
……本当に?
何を迷ってるの?
ゆらりとレイの黒い影が立ち上がる。
お父さんが失踪したのは、組長がお父さんに依頼したせい。大熊の恨みをかって、殺し屋に狙われたせい。
お母さんが自殺したのはお父さんが失踪したせい。
鹿島家に閉じ込められたのは、組長の罪悪感のせい。
自由も尊厳も奪われて苦しい思いをしたのは、葵と晴のせい。
麗のせいじゃないよ。
レイの透明な手がゆっくり伸ばされる。
温かくも冷たくもない、空気のようなその手が麗の手に重なる。
このままここに居続けるつもり?
復讐、諦めていいの?
レイの囁き声が鼓膜の裏に響く。
「……よくない。でも、ここから出してもらえない」
出してもらうんじゃない。
自分で出なきゃ。
レイがドアを真っ直ぐ指差す。
「どうやって?」
部屋の外に出られる唯一の方法、あるでしょう?
「……トイレ? でも、トイレの前まで監視がついてくるよ」
トイレにも窓があるでしょ。ギリギリ通れるはず。諦めなければ大丈夫。
レイの口角が緩やかに上がる。
麗は頷き、ドアの前に立った。
「あの、トイレに行きたいんですけど」
鍵の開く音がしてすぐ、監視役の目付きの悪い組員がドアを開けた。
「どうぞ」
麗は足早にトイレに向かう。その後ろにぴったり組員がくっつく。まるで監獄の罪人を監視する看守のようだ。ひりついた空気の中、麗はトイレの中に入り、鍵を閉めた。
便器の後方に網戸のついた小窓がある。小さい子供なら通り抜けられるかもしれないが、いくら小柄で細身とはいえ、麗が通り抜けるのは容易じゃない。
「とにかく、やってみないと」
意を決して便器の蓋に上り、窓を開けた。
麗が奮闘している間、トイレの前に立っている組員は深い溜息を漏らした。
「はあー。人質の監視みてえじゃねえか。何で俺がこんなこと……」
その時、コロコロとトランクを引く音と共に体格の良い大柄な男が組員の背後に現れ、野太い声が空気を震わせた。
「人質って何のことだ」
「ひいっ!」
組員はひっくり返りそうな勢いで振り向き、大男を見上げて顔をひきつらせた。
「ク、クロサギさんっ! ひ、人質なんていないっすよ!」
「ならおまえはこんなとこで何してんだ」
訝しげな顔のクロサギに睨まれ、組員は肩をびくつかせ、声を落とした。
「親父から長宮麗の監視を命令されたんすよ」
「やはりそうか」
クロサギはドアに耳を近づける。
クロサギと組員の会話が聞こえていた麗は焦り、急いで窓の外に頭を出すが、肩がつかえて通り抜けられない。
ドンドン!
ドアが乱暴に叩かれ、鍵のかかったドアノブがガチャガチャ回される。
開けるつもり?! 急がなきゃ!
「話がある。今すぐ出てこい」
クロサギって誰?! 初対面なのに、何の話があるっていうの?
「五つ数える間に出てこないと蹴破るぞ。五、四……」
やばい! この人本気だ。今は諦めないと。きっとまたチャンスはある。
麗は窓から下りて、カウントダウンが終わったと同時にドアを開けた。
「出てきたか」
クロサギは細い目を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべる。
麗はいかつい顔にたじろぎながら、既視感を覚え、小首をかしげる。
この人、どこかで見たことあるような……?
「こいつの部屋まで、これを運べ」
クロサギが大型のトランクを組員に押しつける。
「は、はい!」
クロサギの有無を言わせない圧力に押され、組員はトランクを引いて歩きだす。麗もその後に続き、再び部屋へ戻った。
「ずいぶん散らかってんな」
部屋に入ったクロサギは顔をしかめ、組員からトランクを受け取る。
「おまえは休んでろ」
「でも俺は監視を」
「俺が見ている。組長には俺から話す」
「……分かりました」
組員が部屋を出ると、クロサギは散乱している物を雑にどかし、トランクを広げた。
「入れ」
「え?」
トランクを指差すクロサギを見上げた麗は、何を言われたのか理解できず瞬きを繰り返した。
「おまえを連れ出しにきた。ある人の頼みでな」
「ある人?」
「おまえの両親と関係のある人だ。どうしても伝えたいことがある、会って話がしたい、と言っている」
お父さんとお母さんに関係のある人って、誰?
そんな人、本当にいるの?
だったら何で直接顔を見せないの?
この人のこと、信用していいの?
疑わしい眼差しを向ける麗と目線を合わせるように、クロサギは腰を落とす。
「俺は鹿島組と縁のある情報屋だ。危害は加えないと約束する。……あの人は、おまえの両親のことを誰よりも知っている」
麗は目を見開く。
一体、誰なの? その人は。どうしてお父さんとお母さんのことを知っているの?
「知りたくないか? おまえの知らない両親のことを」
「……知りたいです」
「入れ。連れていってやる」
例え大熊の罠だとしても、ここに居続けるよりはいい。
麗は自らトランクに入って窮屈そうに体を折り曲げる。
「閉めるぞ」
ゆっくり蓋が閉められ、視界が暗闇に覆われた。
その頃。
生徒会室では、葵と晴、理事長と目白が、澪に険しい目を向けていた。
「つまり、表向きは大熊に従いながら、裏では私の学園を掌握しようとしていたということか」
「理事長にはいずれ、私の真意をお話しようと思っていたんです」
葵が澪の前に一歩踏み出し、剣呑な眼差しで見下ろす。
「てめえの欲望のために、麗を利用しやがって。これ以上あいつは巻き込ませねえ」
「あら、何か勘違いをしているようね」
「はあ?」
「私は麗さんに本当のことを伝えただけよ。利用するつもりなんかないわ」
晴が葵の隣に立ち、澪に冷淡な視線を向ける。
「大熊が元凶だって言えば、麗ちゃんを引き込めるって分かってたんでしょ」
澪は晴の視線を受け止め、緩みそうになる口許を引き締める。
「麗さんは自分から私に協力するって言ってくれたの」
葵と晴が奥歯を噛み締める。澪は理事長と目白に目を向ける。
「私は大熊組を潰して、新たな組織を作り上げます。そのためには、鹿島組の力も必要なんです」
目白はぼざぼさの頭を撫でつけ、針のように瞳を細める。
「図々しいな」
澪は怯まず、うっすらと笑みを浮かべる。
「鹿島組長も、このまま大熊をのさばらしておくつもりはありませんよね? 私には内部から大熊を潰す策があります。鹿島組にもお力添えして頂けるよう、鹿島組長に直談判したいのですが」
理事長の眉がわずかに動く。
「独りで鹿島組に行くつもりかい?」
「はい。来訪の許可を頂けるのであれば今日にでも。麗さんともお話できるといいのですが」
葵と晴が顔をしかめて、澪に詰め寄る。
「調子に乗るなよ」
「あんたのこと信用してないんだけど」
理事長は目白と視線を交わし、葵と晴を押し退ける。
「義兄さんに話してみよう。許可が下りたら、アオくん、ハルくんと行きなさい。だが……」
理事長が口許を笑みの形にする。瞳に鋭利な光が宿る。
「何があっても全ては自己責任だ。鹿島組を甘くみないほうがいい」
澪は柔らかく微笑む。
「心得ておりますわ」
笑顔で向かい合う理事長と澪の間に、冷たい空気が通り抜ける。
トランクの中で背中を丸める麗は外の音に耳を澄ませる。ゴロゴロと音を立てて回転する車輪の音に混じって、インターンホンを押す音が聞こえる。
それからすぐ、クロサギの声がした。
「開けるぞ」
トランクの蓋が開き、光が差し込む。
窮屈に折り曲げていた体を起こし、トランクの外へ這い出る。
「ここは?」
大きな窓に簡易な机とテレビ、シングルベッドが一台。ホテルの一室のようだ。
「大丈夫? こんな連れ出し方しかできなくて、ごめんなさいね」
麗が振り向くと、クロサギの隣にどこか葵と晴に似た美女が立っていた。
「えっと、あなたは……?」
美女は緩く巻いた明るい茶髪を耳にかけ、真っ赤な口紅をひいた唇を笑みの形にした。
「私は、鹿島紗季。葵と晴の母よ」
「……えっ?」
麗はぽかんと口を開け、紗季を見つめた。


