「無事か?」
「麗ちゃん、帰ろう」
焦った顔の葵と目が合う。麗はすぐに目を逸らし、背を向ける。
晴が麗の肩にそっと触れる。麗はその手を振り払い、心配そうに揺れる晴の瞳を睨みつけた。
「帰る? どこに?」
「どこって、うちだよ」
「また私を閉じ込めるの?」
足を引いて晴と距離を取る。愕然とした顔の晴を押しのけ、葵がその分距離を詰めてくる。
「何言ってんだよ。行くぞ」
「いや! あんなとこ、もう戻らない!」
「行くところもないくせに。ひとりでどうするつもりなんだよ」
「あんたには関係ないでしょ」
「関係あるだろ! いいから来い!」
葵が麗の腕を掴んで引っ張るが、麗は足を踏ん張って抵抗し、声を張り上げた。
「いい加減にして!」
「……は?」
葵が引っ張るのをやめ、唖然とする。
「6年間、私がどんな気持ちで耐えてきたか。全部知ってたくせにあんなひどいこと……。絶対に許さない!」
「麗……」
葵の顔から血の気が引く。掠れた声が麗の鼓膜を震わせる。
そんな声で呼ばないでよ。
麗は唇を噛み締める。
大きく開かれた葵の瞳が揺れている。
初めて見る表情に、麗の胸の奥がざわつく。
何であんたが傷ついた顔してるの。
怒りと恨みをぶつけたのに、文化祭の時みたいにすっきりしない。
怒りが治まらないから?
嫌悪感のせい?
……違う。
心の先端に重苦しい何かが引っかかってかき乱される。
これは……罪悪感。
私は何も悪くないのに。被害者なのに。
もっと傷つけないと気が済まないはずなのに。
何でこれだけのことで、 葵の傷ついた顔を直視できないの……。
「つべこべ言ってねえで乗れ」
しびれを切らした恒一が麗の背中を押して無理やり車に乗らせる。
「ちょ、ちょっと、やめてください。私は戻らない……」
「ガキがいきがってんじゃねえよ」
この場を支配する重低音。絶対に逆らってはいけない恐怖に包まれて、体が動かない。葵と晴に挟まれるように、後部座席に押し込まれた。運転席から出てきた黒スーツの組員が助手席のドアを開け、恒一が乗り込む。
「出せ」
「はい」
ハンドルを握った組員は、緊張の面持ちで車を走らせる。
誰も話さない重々しい雰囲気が車内を包む。
両隣の葵と晴は互いに窓の外を見ている。
すぐ傍にいるのに、遠くにいるみたいだ。
冷たい空気がまとわりつく。
麗は俯き、膝の上で拳を握りしめた。
「おまえを自由にしすぎたようだ」
鹿島家についてすぐ、麗は恒一にスマホを奪われ、自室に連れていかれた。
「部屋から出るな」
「……え?」
「監視をつける。勝手な行動は許さない」
「ま、待って!」
麗が反論する間もなく、恒一はドアを閉め、外から鍵をかけた。
「開けて! こんなの、ひどすぎる!」
ドアを何度も叩く。だが、ドアの前には運転をしていた組員が意にも介さず仁王立ちをしている。
「親父、どういうことだよ!」
「父さん、さすがにこれはやりすぎだよ」
葵と晴が恒一に詰め寄る。
ドンッ!
恒一はドアを殴り、2人を黙らせる。麗は暗い部屋の中で肩をびくつかせる。
「こいつは大熊に狙われてんだ。さっきみたいなことがあってみろ。……殺されるぞ」
葵と晴が息を呑む。麗の背筋が凍りつく。
「大熊を甘く見るな。麗のためだ」
恒一はドアに拳を当て、その上に額をつける。苦悶の表情で奥歯を噛み締め、声を絞り出す。
「父親のこと、聞いたんだろ。モズのことは、俺にも責任がある。あいつのためにも、おまえを殺させるわけにはいかねえんだよ」
言葉尻が震える。
麗は心臓が鷲掴みにされたような痛みに顔をしかめる。ドアに背中をつけ、力なく座りこんだ。
「そんな言い方、ずるい……」
晴はドアを見つめて、唇を引き結ぶ。
葵は恒一を睨みつけ、髪をかきむしって苛立ちを露にする。
「モズってなんだよ。親父と大熊に何の関係があるんだ。何で麗が大熊に狙われてんだよ。訳分かんねえ」
「おまえがそれを知ってどうする。これは鹿島組と大熊組の問題だ。俺が決着をつける」
「俺だって鹿島だ。それに、麗が狙われてんのに黙ってられるか!」
葵の声をドア越しに聞いていた麗は、膝を抱えて固く目を閉じる。
何なの、あいつ。
どういうつもりで言ってるの?
私のことまだ下僕だって思ってるの?
「てめえに何ができる」
「麗は俺が守る!」
葵の鋭い声に、麗は顔を上げて立ち上がる。
今、なんて?
「おまえが守るだと? 命かかってんだぞ。あいつの代わりに命捨てる覚悟あんのか?」
「ある。麗は俺のものだ」
ドアに耳をつけた麗は目を見開く。
何でそんなこと言えるの。
下僕としか思ってないんじゃないの?
「麗ちゃんはアオだけのものじゃない。ぼくだって麗ちゃんのためなら何でもできる。……殺しでもどんな罪でも背負う覚悟はあるよ」
晴の低い声がドア越しに聞こえ、麗の腕にぞわりと鳥肌が立つ。温度のない不敵な笑みを浮かべている晴の顔が容易に想像できる。
「……来い。教えてやる」
恒一と葵と晴の足音が遠ざかる。
守ってほしいなんて言ってない。
命をかける覚悟なんてしてほしくない。
復讐は自分でやりとげたい。
なのに……。
この部屋からは、出られない。
私はまた、窮屈な鳥籠に閉じ込められた――。
翌日。
葵と晴は登校してすぐ、澪を探しに2年1組の教室に向かった。
廊下を歩く2人の周りを2年生の女子生徒たちが囲み、騒然となる。
「邪魔だ、どけ」
葵が睨むと、女子生徒たちは怯み、道を開ける。
「生徒会長、います?」
笑みをなくした晴が冷え切った声で問いかけると、しんと静まり返った。
「あら、何の騒ぎかと思えば」
1組の教室から澪が姿を現し、葵と晴に薄い笑みを浮かべた。
「話がある」
「わかりますよね?」
棘を含んだ鋭利な視線が澪を射抜く。だが、澪は微笑を崩さない。
「生徒会室に行きましょう」
葵と晴は澪の後についていく。
澪は後ろを振り返り、晴にちらりと視線を向ける。
(笑ってないハルさまも素敵。……2人とも相当気が立ってるようね。麗さんはどうしたのかしら)
澪は連絡アプリを開き、麗とのトーク画面に目を落とす。
『明日、生徒会室でこれからのことを話しましょう』
未だに既読になっていない。
(何かあったみたいね。計画に支障がないといいんだけれど)
「麗の親父のことで知ってること全部話せ」
生徒会室に入ると、葵が扉を乱暴に閉め、澪の前に立ちはだかった。
「麗ちゃんに何を吹き込んだのかも、洗いざらい話して」
澪の背後に立った晴が声を押し殺す。
澪は髪を整えて平静を保ち、前方の葵と後方の晴を交互に見て小さく息を漏らした。
「ええ、いいわ。その代わり、麗さんともお話させて」
「無理だ」
「なぜ?」
「麗ちゃんは部屋に閉じ込められてる。大熊から守るために。あんた、大熊と何か企んでるんでしょ」
晴の瞳が針のように細くなる。澪は髪を耳にかけ、鼓動を落ち着かせる。
「麗さんも災難ね。せっかく復讐できるチャンスをあげようと思っていたのに」
「てめえ、あいつを危険にさらすつもりだったのか!」
「まさか。私は麗さんと一緒に、大熊を潰そうと思っていただけよ。あなたたち鹿島組の力も借りてね」
葵と晴の眉が同時にぴくりと動く。
「詳しく説明して。……この人たちの前で」
晴が言うと同時に、生徒会室の扉が開き、理事長と目白が現れた。
「やあ、佐沖さん。面談を始めようか」
「……理事長。やっぱり、鹿島くんたちと深い関係がありそうですね。目白先生も」
「前にも言ったが、君が本当のことを話してくれたらこちらも話そう。ただ、君の答えによっては帰る場所はないと思いなさい」
静かな口調だが、理事長の放つ気迫が澪を圧迫する。
澪は笑みをなくし、ごくりと唾を飲み込んだ。
「麗ちゃん、帰ろう」
焦った顔の葵と目が合う。麗はすぐに目を逸らし、背を向ける。
晴が麗の肩にそっと触れる。麗はその手を振り払い、心配そうに揺れる晴の瞳を睨みつけた。
「帰る? どこに?」
「どこって、うちだよ」
「また私を閉じ込めるの?」
足を引いて晴と距離を取る。愕然とした顔の晴を押しのけ、葵がその分距離を詰めてくる。
「何言ってんだよ。行くぞ」
「いや! あんなとこ、もう戻らない!」
「行くところもないくせに。ひとりでどうするつもりなんだよ」
「あんたには関係ないでしょ」
「関係あるだろ! いいから来い!」
葵が麗の腕を掴んで引っ張るが、麗は足を踏ん張って抵抗し、声を張り上げた。
「いい加減にして!」
「……は?」
葵が引っ張るのをやめ、唖然とする。
「6年間、私がどんな気持ちで耐えてきたか。全部知ってたくせにあんなひどいこと……。絶対に許さない!」
「麗……」
葵の顔から血の気が引く。掠れた声が麗の鼓膜を震わせる。
そんな声で呼ばないでよ。
麗は唇を噛み締める。
大きく開かれた葵の瞳が揺れている。
初めて見る表情に、麗の胸の奥がざわつく。
何であんたが傷ついた顔してるの。
怒りと恨みをぶつけたのに、文化祭の時みたいにすっきりしない。
怒りが治まらないから?
嫌悪感のせい?
……違う。
心の先端に重苦しい何かが引っかかってかき乱される。
これは……罪悪感。
私は何も悪くないのに。被害者なのに。
もっと傷つけないと気が済まないはずなのに。
何でこれだけのことで、 葵の傷ついた顔を直視できないの……。
「つべこべ言ってねえで乗れ」
しびれを切らした恒一が麗の背中を押して無理やり車に乗らせる。
「ちょ、ちょっと、やめてください。私は戻らない……」
「ガキがいきがってんじゃねえよ」
この場を支配する重低音。絶対に逆らってはいけない恐怖に包まれて、体が動かない。葵と晴に挟まれるように、後部座席に押し込まれた。運転席から出てきた黒スーツの組員が助手席のドアを開け、恒一が乗り込む。
「出せ」
「はい」
ハンドルを握った組員は、緊張の面持ちで車を走らせる。
誰も話さない重々しい雰囲気が車内を包む。
両隣の葵と晴は互いに窓の外を見ている。
すぐ傍にいるのに、遠くにいるみたいだ。
冷たい空気がまとわりつく。
麗は俯き、膝の上で拳を握りしめた。
「おまえを自由にしすぎたようだ」
鹿島家についてすぐ、麗は恒一にスマホを奪われ、自室に連れていかれた。
「部屋から出るな」
「……え?」
「監視をつける。勝手な行動は許さない」
「ま、待って!」
麗が反論する間もなく、恒一はドアを閉め、外から鍵をかけた。
「開けて! こんなの、ひどすぎる!」
ドアを何度も叩く。だが、ドアの前には運転をしていた組員が意にも介さず仁王立ちをしている。
「親父、どういうことだよ!」
「父さん、さすがにこれはやりすぎだよ」
葵と晴が恒一に詰め寄る。
ドンッ!
恒一はドアを殴り、2人を黙らせる。麗は暗い部屋の中で肩をびくつかせる。
「こいつは大熊に狙われてんだ。さっきみたいなことがあってみろ。……殺されるぞ」
葵と晴が息を呑む。麗の背筋が凍りつく。
「大熊を甘く見るな。麗のためだ」
恒一はドアに拳を当て、その上に額をつける。苦悶の表情で奥歯を噛み締め、声を絞り出す。
「父親のこと、聞いたんだろ。モズのことは、俺にも責任がある。あいつのためにも、おまえを殺させるわけにはいかねえんだよ」
言葉尻が震える。
麗は心臓が鷲掴みにされたような痛みに顔をしかめる。ドアに背中をつけ、力なく座りこんだ。
「そんな言い方、ずるい……」
晴はドアを見つめて、唇を引き結ぶ。
葵は恒一を睨みつけ、髪をかきむしって苛立ちを露にする。
「モズってなんだよ。親父と大熊に何の関係があるんだ。何で麗が大熊に狙われてんだよ。訳分かんねえ」
「おまえがそれを知ってどうする。これは鹿島組と大熊組の問題だ。俺が決着をつける」
「俺だって鹿島だ。それに、麗が狙われてんのに黙ってられるか!」
葵の声をドア越しに聞いていた麗は、膝を抱えて固く目を閉じる。
何なの、あいつ。
どういうつもりで言ってるの?
私のことまだ下僕だって思ってるの?
「てめえに何ができる」
「麗は俺が守る!」
葵の鋭い声に、麗は顔を上げて立ち上がる。
今、なんて?
「おまえが守るだと? 命かかってんだぞ。あいつの代わりに命捨てる覚悟あんのか?」
「ある。麗は俺のものだ」
ドアに耳をつけた麗は目を見開く。
何でそんなこと言えるの。
下僕としか思ってないんじゃないの?
「麗ちゃんはアオだけのものじゃない。ぼくだって麗ちゃんのためなら何でもできる。……殺しでもどんな罪でも背負う覚悟はあるよ」
晴の低い声がドア越しに聞こえ、麗の腕にぞわりと鳥肌が立つ。温度のない不敵な笑みを浮かべている晴の顔が容易に想像できる。
「……来い。教えてやる」
恒一と葵と晴の足音が遠ざかる。
守ってほしいなんて言ってない。
命をかける覚悟なんてしてほしくない。
復讐は自分でやりとげたい。
なのに……。
この部屋からは、出られない。
私はまた、窮屈な鳥籠に閉じ込められた――。
翌日。
葵と晴は登校してすぐ、澪を探しに2年1組の教室に向かった。
廊下を歩く2人の周りを2年生の女子生徒たちが囲み、騒然となる。
「邪魔だ、どけ」
葵が睨むと、女子生徒たちは怯み、道を開ける。
「生徒会長、います?」
笑みをなくした晴が冷え切った声で問いかけると、しんと静まり返った。
「あら、何の騒ぎかと思えば」
1組の教室から澪が姿を現し、葵と晴に薄い笑みを浮かべた。
「話がある」
「わかりますよね?」
棘を含んだ鋭利な視線が澪を射抜く。だが、澪は微笑を崩さない。
「生徒会室に行きましょう」
葵と晴は澪の後についていく。
澪は後ろを振り返り、晴にちらりと視線を向ける。
(笑ってないハルさまも素敵。……2人とも相当気が立ってるようね。麗さんはどうしたのかしら)
澪は連絡アプリを開き、麗とのトーク画面に目を落とす。
『明日、生徒会室でこれからのことを話しましょう』
未だに既読になっていない。
(何かあったみたいね。計画に支障がないといいんだけれど)
「麗の親父のことで知ってること全部話せ」
生徒会室に入ると、葵が扉を乱暴に閉め、澪の前に立ちはだかった。
「麗ちゃんに何を吹き込んだのかも、洗いざらい話して」
澪の背後に立った晴が声を押し殺す。
澪は髪を整えて平静を保ち、前方の葵と後方の晴を交互に見て小さく息を漏らした。
「ええ、いいわ。その代わり、麗さんともお話させて」
「無理だ」
「なぜ?」
「麗ちゃんは部屋に閉じ込められてる。大熊から守るために。あんた、大熊と何か企んでるんでしょ」
晴の瞳が針のように細くなる。澪は髪を耳にかけ、鼓動を落ち着かせる。
「麗さんも災難ね。せっかく復讐できるチャンスをあげようと思っていたのに」
「てめえ、あいつを危険にさらすつもりだったのか!」
「まさか。私は麗さんと一緒に、大熊を潰そうと思っていただけよ。あなたたち鹿島組の力も借りてね」
葵と晴の眉が同時にぴくりと動く。
「詳しく説明して。……この人たちの前で」
晴が言うと同時に、生徒会室の扉が開き、理事長と目白が現れた。
「やあ、佐沖さん。面談を始めようか」
「……理事長。やっぱり、鹿島くんたちと深い関係がありそうですね。目白先生も」
「前にも言ったが、君が本当のことを話してくれたらこちらも話そう。ただ、君の答えによっては帰る場所はないと思いなさい」
静かな口調だが、理事長の放つ気迫が澪を圧迫する。
澪は笑みをなくし、ごくりと唾を飲み込んだ。


