夕日を受けて黙って歩く麗の背中に向かって、葵は舌打ちをする。
「おい! いい加減話せよ。あいつに何言われたんだ」
麗は振り向きもしない。
「話してくれないなら、会長に聞くしかないね。麗ちゃんに何してくれたんだって問い詰めないと」
晴が不適な笑みを浮かべる。麗は足を止め、ゆっくり振り向いた。
「やめて」
薄茶色の瞳に鋭い光が宿る。
「なんだよ、その目」
「麗ちゃん?」
葵と晴は怪訝な顔で眉を寄せる。
「澪さんは、私が知りたかったことを教えてくれた」
麗は奥歯を噛み締める。
喉の奥が締まって声が震える。
「私の本当の……復讐相手」
「は? おまえが恨んでるのは、父親じゃないのかよ」
葵の言葉に、麗の顔が強張る。
「……どうして、知ってるの」
「言ってただろ。絶対に許せない、見つけ出してやるって」
「父親だって言ってない」
「それは……」
葵が口ごもる。晴が顔をしかめ、葵を小突いた。
「両親のことは誰にも話してないのに、何で?」
喉元が熱い。唇が震える。
葵は麗から視線を逸らす。
「おまえがうちに来てすぐ、親父たちが話してるの聞いちまったんだ」
「全部、知ってたの?」
晴は目を伏せ、頷く。
「……うん」
「そんな……」
麗は愕然として立ち尽くす。
「なんで、知ってること黙ってたわけ?」
「わざわざ言うことじゃないだろ」
「知られたくなさそうだったし」
目線を合わせずに頬をかく葵と晴が、気まずそうな顔で呟く。
知られたくなかった……。
この2人には。
私の中のどす黒い感情も、醜い復讐心も、本当は知られたくなかったのに……。
でも、ずっと前から知られてた。
知っていながら葵と晴は――。
見下した顔で笑う葵と、笑顔の裏で冷淡な表情を浮かべる晴の顔が脳裏をよぎり、ふつふつと怒りが込み上げる。
胸の奥から黒々としたガスが全身に広がり、むせ返るような息苦しさと吐き気が込み上げる。震える唇から、葵と晴に向かってそれを吐き出す。
「お父さんは失踪、お母さんは自殺、独りになった私を見下して嘲笑ってたんでしょ。下僕扱いして楽しんで、 絶望する顔見て喜んで、さぞいい気分だったでしょうね」
「そういうわけじゃ……」
「麗ちゃん、その……」
気まずそうにたじろぐ葵と晴に、麗は冷たく言い放つ。
「最低」
2人は同時に息をのみ、顔が青ざめる。
「私の人生、あんたたちヤクザのせいでめちゃくちゃ。組長が私のお父さんに依頼しなければ、お父さんは大熊に殺されなかったのに! お母さんも自殺なんてしなかった!」
募らせてきた恨み辛みが、次から次へと溢れてきて止まらない。
胸に石が詰まったみたいに重苦しい。
拳で胸を打ちながら、悲痛な叫びを上げる。
「組長が私を連れていかなければ、あんたたちに会うこともなかった! こんな、苦しい思いすることなかったのに……」
立ちすくむ葵と晴の顔が滲む。
冷たい涙がこぼれ、頬を濡らす。
もう、2人の顔なんか見たくない。
苦痛から解放されたい。
だったら、復讐するしかないでしょ。
レイの声が耳の奥に響く。
大熊に復讐して、人生を取り戻そう。
自由になろうよ。
そのためには、わかるよね?
レイが耳元で囁く。
葵と晴は、もう必要ないよ。
私を閉じ込める鳥籠から抜け出さないと。
行くなら今でしょ。
大丈夫、ひとりじゃないよ。
私も、澪もいる。
さあ、走って。
レイに背中を押されるようにして、走り出す。
「麗!」
葵が追いかけようとするが、晴が腕を掴んで引き留める。
「アオ、今はそっとしとこう」
「何でだよ! 離せ!」
「麗ちゃんを苦しめたのは、ぼくたちだから」
「……くそっ」
葵は晴の腕を強引に振り払う。遠ざかる麗を追いかけたい衝動を抑え、拳で電柱を殴った。
「でも、ぼくたちだけじゃない。元凶は、大熊だ」
晴の目元が険しくなる。
「麗の親父は失踪したんだろ。大熊と何の関係が」
「父さんに聞いたら分かるでしょ」
晴が家の門を潜る。玄関を開けると、ちょうど恒一が靴を脱いでいるところだった。
「おう、おまえらも戻ってきたか」
「父さん、ちょうどよかった」
「麗の親父と大熊、何があったんだよ」
「てめえら……」
葵と晴の後方に目を向け、表情を硬くする。
「麗は? 一緒じゃないのか?」
「はぐらかすなよ!」
葵が睨むと、恒一は葵の胸ぐらを掴んで声を荒げた。
「何でひとりにした! あいつは大熊に狙われてんだぞ!」
恒一は手を離し、葵を突き飛ばす。
「な、何であいつが?」
葵の顔から血の気が引いていく。
「麗ちゃんなら、学校の近くの公園にいる」
晴がスマホで、麗のGPSを表示させた。
「行くぞ」
恒一は車の鍵を出し、険しい顔つきで外に出た。
日が沈みかけている公園には、麗の他に誰もいない。あまりにも静かで、影に覆われた遊具が不気味だ。
「もう、鹿島家には戻りたくない。けど、行くところなんてない……」
ブランコに腰掛け、スマホを握りしめる。連絡アプリのともだちリストに追加された澪の名前を見つめる。
『澪さん、私どうしたら』
そこまで書いてすぐに消し、スマホを裏返した。
「こんなことで頼っちゃだめ……」
何を悩んでるの?
隣のブランコが揺れ、レイの幻想が微笑む。
葵と晴に言いたいことは言ったし、鳥籠から抜け出せたんだから、あとは復讐するだけでしょ。
「復讐……。私がずっと願ってきたこと」
お父さんとお母さんの命を奪って、私の人生を狂わせたすべてが許せない。
大熊だけじゃない。
お父さんを巻き込んだ鹿島恒一。
私を見下して嘲笑っていた葵と晴。
レイが耳元で囁く。
憎いでしょ。
もう我慢しなくていいんだよ。
麗の思うままにして。
「憎くて憎くてたまらない。私の大切なもの全部奪ったやつらに、同じ苦痛を味わわせてやりたい」
爪が食い込むほどきつく両手を握りしめる。
「この手で、全部終わらせる」
麗はブランコから立ち上がり、明かりの届かない闇へ一歩踏み出す。
「まずは、大熊から」
闇の中にレイの影が揺らめき、手招きをしている。その手には鋭利な何かがぎらついて見える。
もう、引き返せないよ。
いいよね?
麗は頷き、ゆっくりレイに手を伸ばす。
レイの口角が裂けそうなほど吊り上がる。
麗の指先が触れようとした瞬間――。
キキーッ!
急ブレーキが闇を切り裂く。
公園の外からヘッドライトが麗を照らし出す。
麗は眩しさに目を細め、見覚えのある黒い車を凝視する。
「見つけたぞ」
車のドアが開く。険しい表情の恒一が、鋭い眼差しを麗に向ける。その背後から、葵と晴も姿を現した。
麗の顔がひきつり、息を呑む。
「何で……!」
あと一歩だったのに――。
レイはそう呟くと、暗闇へ溶けていった。
「おい! いい加減話せよ。あいつに何言われたんだ」
麗は振り向きもしない。
「話してくれないなら、会長に聞くしかないね。麗ちゃんに何してくれたんだって問い詰めないと」
晴が不適な笑みを浮かべる。麗は足を止め、ゆっくり振り向いた。
「やめて」
薄茶色の瞳に鋭い光が宿る。
「なんだよ、その目」
「麗ちゃん?」
葵と晴は怪訝な顔で眉を寄せる。
「澪さんは、私が知りたかったことを教えてくれた」
麗は奥歯を噛み締める。
喉の奥が締まって声が震える。
「私の本当の……復讐相手」
「は? おまえが恨んでるのは、父親じゃないのかよ」
葵の言葉に、麗の顔が強張る。
「……どうして、知ってるの」
「言ってただろ。絶対に許せない、見つけ出してやるって」
「父親だって言ってない」
「それは……」
葵が口ごもる。晴が顔をしかめ、葵を小突いた。
「両親のことは誰にも話してないのに、何で?」
喉元が熱い。唇が震える。
葵は麗から視線を逸らす。
「おまえがうちに来てすぐ、親父たちが話してるの聞いちまったんだ」
「全部、知ってたの?」
晴は目を伏せ、頷く。
「……うん」
「そんな……」
麗は愕然として立ち尽くす。
「なんで、知ってること黙ってたわけ?」
「わざわざ言うことじゃないだろ」
「知られたくなさそうだったし」
目線を合わせずに頬をかく葵と晴が、気まずそうな顔で呟く。
知られたくなかった……。
この2人には。
私の中のどす黒い感情も、醜い復讐心も、本当は知られたくなかったのに……。
でも、ずっと前から知られてた。
知っていながら葵と晴は――。
見下した顔で笑う葵と、笑顔の裏で冷淡な表情を浮かべる晴の顔が脳裏をよぎり、ふつふつと怒りが込み上げる。
胸の奥から黒々としたガスが全身に広がり、むせ返るような息苦しさと吐き気が込み上げる。震える唇から、葵と晴に向かってそれを吐き出す。
「お父さんは失踪、お母さんは自殺、独りになった私を見下して嘲笑ってたんでしょ。下僕扱いして楽しんで、 絶望する顔見て喜んで、さぞいい気分だったでしょうね」
「そういうわけじゃ……」
「麗ちゃん、その……」
気まずそうにたじろぐ葵と晴に、麗は冷たく言い放つ。
「最低」
2人は同時に息をのみ、顔が青ざめる。
「私の人生、あんたたちヤクザのせいでめちゃくちゃ。組長が私のお父さんに依頼しなければ、お父さんは大熊に殺されなかったのに! お母さんも自殺なんてしなかった!」
募らせてきた恨み辛みが、次から次へと溢れてきて止まらない。
胸に石が詰まったみたいに重苦しい。
拳で胸を打ちながら、悲痛な叫びを上げる。
「組長が私を連れていかなければ、あんたたちに会うこともなかった! こんな、苦しい思いすることなかったのに……」
立ちすくむ葵と晴の顔が滲む。
冷たい涙がこぼれ、頬を濡らす。
もう、2人の顔なんか見たくない。
苦痛から解放されたい。
だったら、復讐するしかないでしょ。
レイの声が耳の奥に響く。
大熊に復讐して、人生を取り戻そう。
自由になろうよ。
そのためには、わかるよね?
レイが耳元で囁く。
葵と晴は、もう必要ないよ。
私を閉じ込める鳥籠から抜け出さないと。
行くなら今でしょ。
大丈夫、ひとりじゃないよ。
私も、澪もいる。
さあ、走って。
レイに背中を押されるようにして、走り出す。
「麗!」
葵が追いかけようとするが、晴が腕を掴んで引き留める。
「アオ、今はそっとしとこう」
「何でだよ! 離せ!」
「麗ちゃんを苦しめたのは、ぼくたちだから」
「……くそっ」
葵は晴の腕を強引に振り払う。遠ざかる麗を追いかけたい衝動を抑え、拳で電柱を殴った。
「でも、ぼくたちだけじゃない。元凶は、大熊だ」
晴の目元が険しくなる。
「麗の親父は失踪したんだろ。大熊と何の関係が」
「父さんに聞いたら分かるでしょ」
晴が家の門を潜る。玄関を開けると、ちょうど恒一が靴を脱いでいるところだった。
「おう、おまえらも戻ってきたか」
「父さん、ちょうどよかった」
「麗の親父と大熊、何があったんだよ」
「てめえら……」
葵と晴の後方に目を向け、表情を硬くする。
「麗は? 一緒じゃないのか?」
「はぐらかすなよ!」
葵が睨むと、恒一は葵の胸ぐらを掴んで声を荒げた。
「何でひとりにした! あいつは大熊に狙われてんだぞ!」
恒一は手を離し、葵を突き飛ばす。
「な、何であいつが?」
葵の顔から血の気が引いていく。
「麗ちゃんなら、学校の近くの公園にいる」
晴がスマホで、麗のGPSを表示させた。
「行くぞ」
恒一は車の鍵を出し、険しい顔つきで外に出た。
日が沈みかけている公園には、麗の他に誰もいない。あまりにも静かで、影に覆われた遊具が不気味だ。
「もう、鹿島家には戻りたくない。けど、行くところなんてない……」
ブランコに腰掛け、スマホを握りしめる。連絡アプリのともだちリストに追加された澪の名前を見つめる。
『澪さん、私どうしたら』
そこまで書いてすぐに消し、スマホを裏返した。
「こんなことで頼っちゃだめ……」
何を悩んでるの?
隣のブランコが揺れ、レイの幻想が微笑む。
葵と晴に言いたいことは言ったし、鳥籠から抜け出せたんだから、あとは復讐するだけでしょ。
「復讐……。私がずっと願ってきたこと」
お父さんとお母さんの命を奪って、私の人生を狂わせたすべてが許せない。
大熊だけじゃない。
お父さんを巻き込んだ鹿島恒一。
私を見下して嘲笑っていた葵と晴。
レイが耳元で囁く。
憎いでしょ。
もう我慢しなくていいんだよ。
麗の思うままにして。
「憎くて憎くてたまらない。私の大切なもの全部奪ったやつらに、同じ苦痛を味わわせてやりたい」
爪が食い込むほどきつく両手を握りしめる。
「この手で、全部終わらせる」
麗はブランコから立ち上がり、明かりの届かない闇へ一歩踏み出す。
「まずは、大熊から」
闇の中にレイの影が揺らめき、手招きをしている。その手には鋭利な何かがぎらついて見える。
もう、引き返せないよ。
いいよね?
麗は頷き、ゆっくりレイに手を伸ばす。
レイの口角が裂けそうなほど吊り上がる。
麗の指先が触れようとした瞬間――。
キキーッ!
急ブレーキが闇を切り裂く。
公園の外からヘッドライトが麗を照らし出す。
麗は眩しさに目を細め、見覚えのある黒い車を凝視する。
「見つけたぞ」
車のドアが開く。険しい表情の恒一が、鋭い眼差しを麗に向ける。その背後から、葵と晴も姿を現した。
麗の顔がひきつり、息を呑む。
「何で……!」
あと一歩だったのに――。
レイはそう呟くと、暗闇へ溶けていった。


