後宮妃のシャープな日常

 それから10年経って、私は23才になった。見た目は7才だったが……。今から退行して2年後には、見た目は5才になっているだろう。そう思うと何だか憂鬱だった。

 退行するときに痛みなどはないが、寝て起きると身体が縮んでいるという状態だった。しいて言うなら、関節が時々鳴るということぐらいだろうか。

 この身体で良かったことと言えば、洋服を新しく作らなくてもよくなったという事ぐらいだった。

 あれからマリアンヌの記憶は思い出せていない。大人になったら、子供の時の事をよく覚えていないと言う人もいるが、さすがに10年も経ってしまったら、思い出すのも難しいだろう。

 伯爵家の家督は弟が継ぐことが決まっている。弟はまだ5才だったが私の事を理解しており、どうすれば接すればいいのか分からずに、私の事を避けているみたいだった。

「マリアンヌ、課題はおわったかい?」

 空から現れ、2階の窓から入ってきた私の教師はシモン先生と言って、変わり者の魔術師として有名だ。勉強は出来るが、教えるのが下手で非常識。それが社交界で噂されている先生の評価だった。

 勉強が出来るなら、上手く話を聞きだせばいいだけの話だ。常識だって、私が教えてあげればいい。

「先生、授業がある日は玄関から入ってくださいと何度も言ってるでしょう? 後でお父様に怒られても知りませんよ」

「別にいいじゃないか、マリアンヌ。私は空から現れたんだぞ? どうだ、すごくないか?」

 父の親友でもあるシモン先生は、実験が大好きで底抜けに明るい。実験や学術の話になると、勉強を教えるのを忘れて一日中しゃべり続けてしまうのだ。

「先生の浮遊魔法を見るのは、今日で238回目です。レディーの部屋へ訪問するのに、テラスから入るのはご遠慮ください」

「そんなー、マリアンヌちゃん。私と君の仲じゃないか。そんな細かいこと言わなくても――いてっ……」

 私がシモン先生の足のスネを蹴り上げると、シモン先生は悶絶していた。7才の蹴り上げなんて、たかがしれている。私は痛い振りをする先生を横目で睨みつけると、授業をしろと目で訴えた。

「マリアンヌちゃんは、アンドレに似なかったんだなぁ」

「……」

 私は先生の呟きを無視して教材を開くと、実験のページを開いた。

「では、今日から錬金術の実験に移りまーす」

「よろしくお願いします」

 私が形ばかりの挨拶をすると、先生は何が嬉しかったのかこちらを見て笑っていたのだった。