両片想いは両成敗




絢斗(けんと)っ。遊ぼ!』
佑昴(たすく)!』

同じマンション。同じ階の住人。幼稚園からずっと一緒の光義は、友達というよりほとんど家族という認識だった。
傍にいるのが当たり前。町内の催しや学校の遠足、どこでも一緒。夏祭りもお泊り会も、楽しいイベントのときは必ず二人で参加した。光義は俺より落ち着いてて、塾とかピアノとか習い事をたくさんしていたけど、俺が誘うと必ず頷いた。
公園や地区センターで遊ぶことが多かった。でも一番はやっぱり、誰も来ない川沿い。
誰にも教えてない、俺達だけの秘密基地だ。

「望。赤点ギリギリだからもっと頑張れ」
「はい(小声)」

七月に入ったものの、まだまだ雨の日が多い。緩やかなようで、雨樋を流れる水流も速く。
恐れていた時期がきてしまった……!

数学の先生から小テストの用紙を受け取り、くるっとUターンして自席に戻る。
中間テスト。全ての学生に平等に訪れる無情の試練。
確信したけど、この学校は以前通ってた学校より問題の範囲が広い。学力が大体同じでも進み具合はまるで違うみたいだ。
新たな学びを得て、俺はまたひとつ賢くなった。もうそれで良いじゃないか。
窓の外に目をやり、現実逃避に勤しむ。これは心の健康を保つ為に大切な自己防衛だ。
因数分解ができないからって誰かに迷惑かけるわけじゃないし……。
瞼を伏せて頬を膨らましていると、突然指で頬を押された。
「望、何リスになってんの」
「光義……」
マイナスイオンを放つ光義が笑顔で隣に佇む。さっきまでのジメジメが和らいだから、彼のオーラには除湿効果もありそうだ。
「あ、テストの結果どうだった?」
「笑いたきゃ笑えよ」
「初手からささくれてるね。いまいちだった?」
いまいちどころじゃない。いまふたつ、いやいまみっつだ。プリントを見せると、光義はフム、と口元に手を添えた。

「どれも惜しい。イコール、望は賢い」
「光義……お前……」

どんだけ優しいんだよ。弱った心に効くからやめてくれ。
感動してると、光義の隣にひとりの男子生徒が並んだ。
「光義〜、お前望のこと甘やかし過ぎじゃない?」
「楯山」
光義と同じく、イケメンリア充のカテゴリに属するクラスメイト、楯山(たてやま)。彼は笑いながら光義の肩に手を乗せた。
「前から思ってたけど、お前何でそんなに望に激甘なの?」
「そう? 誰に対しても同じだよ」
「冗談。他の奴にはそうそう笑顔見せないくせに、望といるときはサービスしまくりじゃん」
へ。スマイルってサービスなの?
心の中で首を傾げてると、楯山は俺の頬を指でつついた。
「ぶっちゃけ、ただの友達には見えないんだけどなぁ」
彼は含みのある笑みを浮かべ、光義を見返す。背中にひやっとしたものを感じたけど、光義は表情を変えず、低い声で答えた。
「かもね。幼馴染だから」
「へえ。じゃ、もしかして感動の再会ってこと?」
光義が頷いたから、俺も頷いた。これはもう隠さなくてもいいことだ。
「お、お互いすぐには気付かなくて……喋ってるうちに思い出したんだ。俺、小学校までこの辺に住んでたから」
「お〜。それはクールな光義も表情豊かになるわけだ。良かったな、光義」
楯山は光義の背中を叩き、去っていった。すぐに納得してくれて助かったけど、目の前に佇む彼はまだ怖い顔をしている。
「光義……」
「ん? どうしたの」
名前を呼ぶと、光義はころっと笑顔になった。相変わらずの切り替わりの速さだ。
「やっぱ、ちょっと違和感あんのかもな。実際お前、俺に甘過ぎだもん」
「可愛いんだから仕方ないだろ。補足、望の可愛さは凡人にはわからない」
「俺も凡人なんだよ。頼むから特別扱いしないでくれ」
周りから見れば、何で俺達が一緒にいるのか不思議でしょうがないはずだ。光義は自立してるし、好んで誰かといるタイプじゃない。転校生の俺とわちゃわちゃしてれば嫌でも目立つ。
けど、光義は周りの目は一切気にしてない様子で。
「好きな子を特別扱いしないなんて不可能」
「もう……」
マジで、聞いてるこっちが恥ずかしくなる。ジタバタ暴れたいところだけど、グッと我慢してプリントを机に仕舞った。
「ところで望。気分転換に、良かったらカラオケ行かない?」
「うう……行きたいけど、勉強しないとやばいんだ」
「大丈夫。俺で良ければわからないところ教えるよ」
やばい。光義が天使に見える。
勢いよく立ち上がり、彼の手をとった。
「お願いします」
「はい。じゃ、学校終わったら行こうね」
神様光義様。
授業中、光義に後光がさして見えた。救世主を拝み、放課後はスキップしそうな勢いで彼とカラオケへ向かった。
「ワケワカメ」
現実は残酷だ。
どれほど教え手が有能でも、学力に差があると意味を成さない。
わかりやすく説明してくれてるんだけど、そもそも俺が授業の内容についていけてない為マイナスからのスタートだ。
「やばい、全然わからない。何がわからないのかもわからないんだ。笑っちゃうよ。アハハ」
「望、目が全然笑ってないよ」
カラオケの個室で向かい合い、乾いた笑いを響かせた。
「大丈夫だよ、望。加点高めの問題は捨てて、簡単なところで点稼ぎしよう。赤点を取らなければいいだけ」
「ウン」
「怖いからまばたきはしてね」
早く大人になりたい。数学をやらなくていいなら何でもしよう。
その後は集中し、途中式の要らない問題を徹底的に解いていった。覚えてしまえば応用が効くから、確かに科学や歴史のような暗記問題よりはマシな気がする。
「うん、正解。今日はここまでにしようか。お疲れ」
「あぁ……! ありがと、光義。ちょっとワンアップしたかも!」
「望は毎日成長してるよ。吸収も速いし、何も心配ない」
光義は問題集を閉じて、テーブルの端に重ねた。
「褒めて伸ばす作戦か? まぁやる気出るし嬉しいけどさ」
「ふふっ。そうかも」
彼は俺の隣に移動すると、両手を広げた。

「望」
「…………」

恋人……ではないんだけど。
疲れたこともあり、彼の胸に倒れた。
「よしよし。偉い偉い」
頭を優しく撫でられる。
子ども扱いされてることは恥ずかしいのに、彼の腕の中は心地いい。
本当はもっといたかったけど、公共の場なので上体を起こした。
「もういいの?」
咳払いして頷く。一回ハグしたら回復するし、充分だ。
でも……。
「お腹空いたし、何か頼もうか」
「うん」
歌は唄わず、オムライスやチャーハン、たこ焼きなどの炭水化物を頼みまくった。
これが健全な男子高校生だな。心の中で苦笑し、大きな一口を頬張る。
「光義って甘いもん大好きだな」
「そうだね。望は?」
「俺も好きだよ。辛いもんも大好きだけど」
せっかくだし、今度光義とスイーツを食べに行っても良いかも。
楽しい想像をしてると、光義はパフェをスプーンですくい、俺の前に差し出した。
「はい。あーん」
「……ん」
これは拒否権ないやつだ。諦めて口を開け、甘い一口を飲み込んだ。
「美味しい?」
「美味い」
即答すると、光義は嬉しそうに微笑んだ。
変態だけど、こういうときの笑顔は可愛すぎだ。
胸のあたりで何かがチリチリと弾ける。線香花火のような、小さいけど確かに熱を持った感情が。
ゴクンと飲み込んでから、光義の横顔をじっと見つめた。

俺は自分が思ってる以上に、彼と過ごす時間を気に入ってしまってるんだ。
楽しくて愛おしくて仕方ない。宝箱の中身そのもの。
彼の片想いと一蹴するのは不誠実極まりない。あまりに卑怯で、臆病だ。
( 俺も……光義を独り占めしたいんだ )
多分。いや絶対。
幼馴染で、物心ついた時から一緒にいた。離れて相当な時間が経ってしまったけど、彼を大切に想う気持ちに嘘偽りはない。
彼の特等席。一度は諦めたそこに、気付けばまた腰を下ろしていた。
「光義」
「え?」
座面に手をつき、腰を浮かす。
彼が振り向くと同時に、唇を奪った。