両片想いは両成敗



蒸し暑い日が増えてきた。
天気は不安定で、シャツが肌に張りつく。お世辞にも快適とは言い難い季節。
毎日しんどいけど、俺の幼馴染兼恋人(仮)はいつも楽しそうだ。
「望っ。ポッキーゲームしよ」
「ふえ」
朝。屋上に続く最上階の階段で、光義はポッキーを取り出した。
ちなみに真顔で怖い。ポッキーゲームというより、闇のゲームを始めると言われた方がしっくりくる空気だ。
つうかいよいよ恋人っぽいことを持ち出してきたな。よく考えたら俺達未だにキスもしてないし。
キス……したら、どうなるんだろ。
「望? どしたの、ボーッとして」
「あ! いや、何でもない! やろやろ!」
「やった! じゃあ、ハイ。くわえてね」
「あうっ」
しまった。何とか逃げようと思ったのにノリノリで返しちゃった。
撤回しようと開いた口にポッキーをツッコまれる。光義は反対からポッキーをくわえ、食べ始めた。
( 朝からやることじゃないよおぉ…… )
恥ずかしくて泣きたくなったけど、今さらやめられない。両側から少しずつ食べていく。
このままじゃマジのマジでキスしちゃう。いいのか? まぁ光義の唇が柔らかいことは重々承知してるし、嫌悪感なんてもんは一ミリもない。
でも……キスしちゃったら。俺は本当に、光義の心を縛ってしまうのでは?
俺より良い人なんて星の数ほどいる。その選択肢を奪って彼の特等席に留まることは、どうしても正しいと思えない。
でも、ポッキーは後ちょっとで食べ終える。
守っていた一線を越える。
「!」
互いの唇があたる直前。光義は俺の口元を手で塞ぎ、階段下を振り向いた。
「んむ!」
「望、シッ」
急にどうしたんだ。事態が飲み込めないが、光義は険しい顔をして下の階を注視してる。
ようやく手を離してもらえたから、残りのポッキーは俺が食べた。
よし。訳がわからないけどこれでキスは回避した。
「光義、どうした?」
「……いや」
否定するも、彼はまだ視線を外さない。俺もそこでやっと察し、手すりの向こうに顔を乗り出す。
「誰もいない。大丈夫だよ」
誰か来たのかと思って下の踊り場を覗いたが、そこは静まり返っていた。
光義はゆっくり階段を降り、俺の腰を引き寄せる。
「わっ」
「危ないから、あまり乗り出さない」
後ろから彼に抱き留められ、胸の中にすっぽりおさまる。見上げると、複雑そうな光義の顔が見えた。
「光義? 大丈夫?」
「うん。ごめんね、俺の勘違いみたい」
光義はにこっとして、ポッキーを仕舞った。俺の手を引き、教室へ向かう。
( …… )
何だろう。胸の中がざわざわする。
理由はわからないけど、小さな後悔も生まれていた。光義が笑うなら、そのままキスしても良かったんじゃないか。……と。

「いやいや」

良いわけないだろ。
空き教室に移動し、セルフツッコミする。
時間が経つと嫌でも冷静になる。その場の雰囲気に流されることがあるけど、俺と光義は正式なカップルじゃない。光義の片想いだ。目を覚ませ。
次の授業が体育の為、体操着を机に置く。まだ顔が熱いから深呼吸してると、光義が傍にやってきた。
「よく考えるといたたまれない」
「何が?」
「これって、合法の下着鑑賞会じゃん。俺の望の下着を、皆舐め回すように眺めるチケットを手にしてる」
ひとの下着を舐め回すように眺めるのはお前だけだ。
心の中だけツッコみ、ブレザーとセーターを脱いでいく。光義はちゃんとネクタイもしてるから、徐に解いて机に置いた。
「……光義。俺は自分の心配より、クラスメイトの心配をしてる。お前というとち狂ったモンスターが解き放たれてるわけだし」
「あはは、心配ないよ。前も言ったけど、俺が好きなのは望の下着だけ。他の野郎の下着なんて毛ほども興味ない。何なら燃やしてもいい」
燃やすな。ツッコむのも疲れ、さっさと体操着に着替える。
あれ、てか待てよ?
「そうだ! 体育の授業で強制的に下着見せることになるじゃん! 金曜の下着鑑賞会とかいらなくないっ?」
我ながらグッッアイディア。むしろ何で気付かなかったんだろう。アホ過ぎる。
歓喜の舞を披露したいぐらいだったけど、光義は無表情で答えた。
「これはノーカウント」
「何でえ」
「俺は脱がせるのも楽しみのひとつなんだ。着替えのときは望が自分で脱ぐし、俺の為に脱いでくれるわけじゃないだろ?」
恋人の為に脱ぎ捨てる、その姿勢に胸を打たれるのだと彼は零した。
「望が脱ぐのは授業の為……そう思うと、体育の授業すら憎い。嫉妬で狂いそうになる」
「だからお前は既にクレイジーだって」
結局ツッコまなきゃいけなくて、倍疲れた。これから運動するっていうのにこの疲労感……。
先行き不安だけど、光義と一緒に体育館へ向かう。担当は三澄先生で、今日の内容はバレーだった。
器械体操じゃなければパピパピハッピー。意気揚々とストレッチをし、試合の為にネット付近に立った。
「望っち、頑張って〜!」
「あ! 頑張る!」
まさかの声援。声の方を見ると、女子達が集まって俺に注目していた。
うわ〜、めっちゃ嬉しい。かっこいいところ見せなきゃ。
期待してる女子達の手前、情けない姿は見せられない。最初のサーブは俺達のチームの為、敵側に飛んでいく瞬間を待った。
────ところが。
「あいたい!!」
「ご、ごめん望君!!」
ボールはネットの向こうに届くことなく、俺の背中に直撃した。痛みで振り返ると、諸悪の根源東間君があたふたしながら両手を合わせた。
「大丈夫っ? 本当にごめんね!」
「あ、あはは……大丈夫大丈夫」
足元に落ちたボールを拾い、東間君に手渡す。
こればっかりは仕方ない。得手不得手があるからな。
そう思ってまたネットの方を向いたんだけど。
「いたあっ!」
「ああっ! ごめん、また!」
背中に衝撃を受け、ネットに手をかける。またしても東間君の打ったボールはネットを越えることなく、俺に当たって落ちた。
何で味方から攻撃されてんだ。段々よくわからなくなって、動悸がしてきた。
両手でサーブしてんのかと思いきや、近くの子に聞いたら片手でやってるという。そして必ず左に曲がり、左側を守る俺の背中に直撃してると。
「東間君、上からじゃなくて下から打ったら? その方が遠くまで飛ぶと思う。上からだとホラ、味方を狙い撃ちすることになるし」
「わ、わかった! アドバイスありがとう!」
東間君はわたわたし、持ち場へ戻った。
ふー。球技苦手なひとは下からサーブした方が上手くいくだろう。これでもう大丈夫だ。
「いってえ!!」
と思ったのも束の間。今度は後頭部にボールが直撃した。痛む頭を抱えてその場に崩れ落ちる。
「ごめん、望君!!」
「おいおい、いつまでコントやってんだよ!」
「ボール全然飛んで来ねえぞー!」
敵チームでは野次と爆笑の渦が巻き起こってる。ていうか騒いでるのはあのウェイウェイブラザーズだった。
そもそも東間をサーブに任命した奴が悪い。一生試合始まらないだろ。
かつてないモヤモヤでキレそうだ。その場でボールをダムダムしてると、三澄先生が鋭い眼差しで俺を捉えた。
「望? 今はバスケの授業じゃないけど?」
「あふぁ! すすすすみません!」
いかん。このままじゃまた倉庫掃除をさせられる。ボールを近くの子に手渡し、光義がいる敵チームの方へこそこそ移動した。
「光義。頼む、チーム変わってくれ」
「望!」
小声で話しかけると、退屈そうに腕を組んでた光義はパッと顔を綻ばせた。
「もちろんいいよ。望のお願いなら何でも聞いてあげる」
「助かる。俺は東間君と死ぬほど相性が悪い。互いの為に、あまり近くにいない方がいいと思う」
ということで、無事にすり替え作戦を敢行した。サーブが交代したことで試合も始まり、何とかその日の体育は終了した。

でも始まったときの百億倍疲れた。