八年は長過ぎたと。光義は顔を歪め、苦しそうに呟く。
「また、望が急に消えたら……って思うと、頭の中がぐちゃぐちゃになる」
「……!」
消え入りそうな声。でもその分、間違いない彼の本心なのだと悟った。
「……消えないよ! もう絶対いなくならない。スマホあるし!」
スマホを翳し、強い語調で告げる。小さい頃は持ってなかったから彼と繋がる術がなかった。
引っ越しの際親が連絡帳まで破棄してしまって、光義の家の電話番号も調べられなくなった。あまりに杜撰で後悔してもしきれなかったが、今は違う。
俺達はある程度成長して、ある程度自分の足で移動できる。会いたい人に会いに行くのは、さほど難しいことじゃない。
傍にいることは尚さらだ。
「不安にさせてごめん。ずっと傍にいるから。……大丈夫だよ」
手を伸ばし、光義の頬に触れる。彼の頬は饅頭みたいに柔らかくて、 ビクッとしてしまった。
……そうか。俺、自分から誰かの頬に触れたの初めてなんだ。
初めて誰かに触れたいと思った。その事実に驚いてる。
「……」
光義は少しの間目を見張っていたが、徐に立ち上がった。
満足したようだ。切り替え速すぎてビビる。
「ごめん。取り乱した」
「ううん」
俺からすれば下着を求める時点でずっと取り乱してるから、何も問題ない。
仰向けのままマットに倒れてると、彼は俺の腰に手を回して抱き起こした。
「背中痛くなかった?」
「お、おう」
頷くと光義はホッとして、ズボンを履かせてくれた。
彼のことだからもっと暴走するかと思った。
意外と我慢強いのかもな……。
俺が怖がることはしない、と決めてるのかもしれない。相変わらずよくわからないところで律儀だ。
その後はぱっぱと掃除して、三澄先生に報告しに行った。
「先生、倉庫の掃除終わりました」
「お、ありがとう。仲良いのは何よりだけど、これからはお喋りも程々にな」
「はい」
怒られてるんだけど、仲良しと言われた光義は隣でホクホクしていた。
職員室を出て、再び教室へ戻る。おやつ用のメロンパンを光義に渡すと、彼はより嬉しそうに笑った。
「やっぱり、俺と望って雰囲気似てるのかも。小さい頃も一緒に遊んでると、知らないひとから兄弟? って訊かれたし」
「ああ。駄菓子屋さんとか行くと、おまけ貰ったりしたっけ!」
懐かしいな。あの頃と今では、街の景色もだいぶ変わった。
光義は今や誰もが振り返る才色兼備だし……正直雰囲気は似てないけど、彼が喜んでるから黙っとくか。
上履きを脱ぎ、片足を椅子に乗せる。ポケットから取り出したバームを唇に塗ってると、視線を感じた。
「んっ?」
「使ってくれてるんだ、それ」
光義は頬杖をつき、かすかに微笑んだ。なんてことない仕草なのに大人びて見える。
イケメンって得だな……。
「うん。あれから唇も乾燥しないし、めちゃくちゃ良いよ」
サンキューと笑うと、彼は口元を手で隠し、ため息をついた。
「どういたしまして。……あと、唇に塗ってるときの望、色っぽくてドキドキしたよ」
「色っぽいって……」
およそ俺とは無縁の言葉だ。急に気恥ずかしくなり、顔を背けた。
「女子がやってんならわかるけどさ。あとは、その……お前みたいにイケメンなら、色っぽく見えるのかも」
「え? 俺イケメンなの?」
光義は目を丸くし、姿勢を正した。これは冗談ではなく、素で驚いてるようだ。
「おい、自覚ないまま生きてたのか。俺以外の奴に言ったらやっかみ買うから気をつけろよ」
「いや……ていうか、望に言われたことが一番嬉しいかも」
彼は前屈みになり、白い肌を紅潮させた。
「何照れてんだよ。それこそ周知の事実だろ」
ここまで来ると世間知らずの坊ちゃんだ。呆れて机に手を置くと、彼の手のひらが重ねられた。
「そっか。可愛い望が言うなら、自惚れてもいいのかな?」
「……っ」
光義の薄い唇が綺麗な弧を描く。彼の笑顔に目を奪われ、固まってしまった。
光義には、性別関係なく他者を魅了する力がある。悔しいけど、俺も虜のひとりだ。
「……いいよ。俺の前だけな」
彼は、突出した部分をひけらかすようなタイプじゃない。妬みを買うぐらいなら徹底して大人しくするタイプだ。
それをわかってるから、俺も彼を支えたいと思った。
「あははっ。りょーかい」
光義は可笑しそうに肩を揺らし、涙でぬれた目元を拭った。
やっぱ自然な笑顔が一番可愛い。再びバームを取り出し、彼の唇に塗った。
「これでよし!」
謎の達成感に浸り、缶の蓋を閉める。よく考えると男友達にこんなことしないから……俺は光義を友達以上に思ってるんだろう。
窓から差し込む光と同じ。目には見えない。触れることもできないけど、宝石のようにきらきら光り、視界を鮮やかに染める。
彼といる時間が楽しくて仕方ない。これは紛れもなく、立派な青春だ。
「お前の唇、ほんと綺麗だな」
「……望ほどじゃない」
「はいはい。じゃ、そろそろ帰ろ」
魔の金曜日。と思ってたけど、振り返るとそんなに悪くない一日だった。罰として掃除はする羽目になったけど、幼馴染の可愛いところがどんどん明かされていくから。
「帰りコンビニ寄って、チョコレートフラッペ飲もうぜ」
「いいね」
立ち上がり、鞄を取る。教室を出ようとした際、不意に手を差し出された。
以前の俺なら、その手を取ることに悩んだだろう。
「望。行こっ」
「……おう」
今は考えるまでもなく握ってしまう。
触れられる距離にいることがたまらなく幸せ。光義が傍にいると、踵が浮いて仕方なかった。

