両片想いは両成敗



光義は優しい。
時々意地悪だけど、それは俺に対してだけ。
意地悪する理由も薄々気付いているから。尚さら無防備になってしまう。
彼は俺のことが大好きなんだ。
自惚れ過ぎで自己嫌悪に陥りそうだけど、最終的にここに着地する。

「光義は酷いことは絶対しないって……わかってるから」
「…………」

震える声で呟くと、彼は顔を手で覆い、大きなため息をついた。
「望。あんまり可愛いこと言わないで。マジで襲いたくなる」
彼を信頼してるが故の告白だったんだけど、逆効果らしい。苦しげに俯いてる彼の前髪を持ち上げ、覗きこんだ。
俺のことでこんなにも喜び、苦しむ。
可哀想だと思う反面、たまらなく愛しくなった。
「く……ごめん。すぐにどく」
「あっ」
光義が身を引こうとしたから、反射的に彼の手を掴んだ。
「何?」
「え。ええと……」
あれ。俺何で引き止めたんだ?
自分で自分のしたことがわからず、頭が真っ白になる。
何がしたいのかもわからないのに、手は彼を離そうとしないし。
これはもう、俺の方がやばい奴だろ。
熱くて汗をかきそう。結果として、うーうー唸るだけになってしまった。
「望、時々キャラ戻るよね。いや、今はアザラシっぽい」
「違う……」
自分でも思ったことだけど、つい否定してしまった。
マジで挙動不審だ。俯き、ぎゅっと口端を引き結ぶ。
「ほら。そうやって噛むから唇が切れるんだよ」
光義はバームを取り出し、自由な方の手で俺の唇に塗った。
「……っ」
右から左へなぞる指に、身体が震えた。下着を奪われた時に比べればなんてことない接触なのに、全身が熱を帯びる。
もっとも光義はそれに気付かず、バームの蓋を片手で器用に閉めた。
「でも、冷静に考えると俺が噛み締めさせたようなもんか……ごめんな」
「ううん。俺の癖。です……」
情けなさから敬語になる。もう感情ぐしゃぐしゃでへこんでると、不意に頭を撫でられた。
「自分の唇噛み締めそうになったら、俺の胸に飛び込んできてよ。そんで俺の服を噛めばいい」
「そんな年齢制限ありそうなことできないよぉ……」
「大丈夫。ハグぐらいなら、友達だってするだろ?」
光義は俺と目線を合わせると、無邪気に笑った。その笑顔が可愛くて、でも恥ずかしくて……とにかく今の自分の顔を見られたくなくて。
息を吸い、彼の胸に抱きついた。
「あはっ。初めて甘えてくれたね」
耳元で、光義の嬉しそうな声が聞こえる。
降参だ。彼といると俺はおかしくなる。端的に言って、恋愛脳になる。

いいや、まだだ。まだ好きにはなってない。
だから大丈夫。のはず……!

彼の袖を痛いほど握り締め、目を瞑る。誰もいない教室で、空が薄闇に変わるまで彼の胸の中にいた。





朝日が昇る。アラームが鳴る前に目覚め、制服に着替えた。
平和だナー……。
だいぶ新しい高校にも慣れた。イメチェン計画も順調。けど、光義の存在が俺を狂わせてる。
朝の登校中、コンビニに寄った。買い物カゴに大量のパンやスナック菓子を入れてることに気付き、ひとり戦慄する。
( 俺は何を……! )
自分が食べようと思ったのではない。大食いの光義が昼前や放課後に腹を空かせて元気をなくしたとき用に買おうとしていた。
いやいや、こんなことする必要ないだろ。あいつはただの友達だ。棚に戻そう。
レジに向かい、スマホの決済バーコードをピッして店を出る。
「買っちゃった!!」
買うつもりなかったのに。気付けば二十四時間光義のことを考えてる。一体どういうことだ。
とにもかくにも俺は青春をしたくて……でもよく考えたら試験勉強もしないといけなくて……。
あっそういえば中間テストなるものが来月控えてる気がする。俺だけテスト範囲全然わかんないの既に詰んでない? 先生に泣きついてハンデもらいたいぐらいだ。

「特に数学……法に触れない範囲で……」
「望、朝から独り言止まらないけど大丈夫?」

梅雨のみぎり。全校集会で体育館の天井を見上げてると、後ろから心配そうな声がかかった。
光義だ。大体こういう場所では名前順で整列する為、同じま行の光義とは前後一緒になる。
と、それはさておき。
「え。俺独り言言ってた?」
「うん。何の話してるかはわからないけど、青春したいとか楽して金を得たいとか」
「煩悩まみれ!」
全然記憶ないんだけど、内容が最低過ぎる。嫌な汗を滝のように流しながら、後ろを向いた。
「悩みが尽きないんだ。受験もそうだし、お前のこともそうだし」
「俺?」
光義はまばたきし、不思議そうに呟いた。
「ごめんね。俺また何かしちゃった?」
「いや〜……! お前が、っていうか……お前は悪くない! 悪いのは、もだもだしてる俺の方で……」
眉を下げてる光義を励ますべく、慌てて言い訳を考える。すると目の前に影がかかり、そばに誰かの足元が見えた。
「こら。私語厳禁」
「んはっ!」
上から頭を押され、その場に両手をつく。見上げると、クラスは違うが三年の担任の先生が佇んでいた。
まだ若く、イケメンの青年。体育を担当してる、確か三澄(みすみ)先生。
「望君だっけ? 君、この前も体育の授業中叫んでたよね。集会終わったあとここに残りなさい」
「えっ」
まずい。早くも先生に目をつけられてしまった。若干泣きたくなりながら前を向くと、後ろからこそっと囁かれた。
「大丈夫。俺も残るよ」
「光義……」
とても心細いので助かる。元はといえば彼が話しかけてきたんだけど。体育の件も、彼に下着を奪われたからだけど。
恨み言を言っても仕方ない。光義は良い奴だから、大抵のことは涙を飲もう。

「帰りたい」

決意はものの三分で覆った。放課後、三澄先生から体育館の倉庫掃除を任されたからだ。
「虫の死骸だけは無理です。許してください」
「ごめん望。俺も無理」
「頼むよ光義。俺達恋人なんだろ?」
「ううん。俺が一方的に片想いしてるだけ」
「くそ……抜け道覚えやがって……」
暗い倉庫の中で、二人で部屋の隅を見つめる。そこには確かに、干からびた何かが転がっていた。
光義は俺に付き合って倉庫に来てくれたけど、虫は駄目と言って倉庫から出ていった。
「薄情だ……」
でも、人間なんて所詮そんなもんだ。愛してると言いながら、次の日には別の誰かを抱いている。
昨日観たドラマで言っていた。ぐすぐすしながらチリトリと箒を手に取る。恐る恐る部屋の隅へ向かうと、逃げたと思っていた光義が隣にいた。
「貸して」
「へっ」
光義は俺からチリトリと箒を受け取ると、さっさと掃いて外へ出ていった。
ぽかんとしながら待ってると、光義は涼しい顔で戻ってきた。
「自然に帰したよ」
「光義……! あ、ありがとう!」
初めてかっこいいと思った。嫌がってたのに、俺の為に勇気を出して……。
「お前男気あるな。惚れ直したよ」
「そ? ありがと」
「うん、マジでかっこいっ!?」
和やかに笑ったのは束の間、高く積まれたマットの上に押し倒される。
褒めた矢先、わけがわからない。呆然と見上げると、光義は暗がりの中でもわかる、明るい笑顔を浮かべた。
「望。今日って何曜日?」
「え。き、金曜日」
「と言うと?」
「あ。パ、パンツを見せる日」
光義は徐に頷く。反対に、俺は倉庫掃除がショック過ぎてすっかり忘れてた。
よく見たら扉に突っ張り棒みたいなの掛けてるし、用意周到だ。何がここまで彼のやる気を掻き立てるんだろう。
「いやっ……待て待て、ここ埃っぽいし、暗いから見てもよくわかんないよ」
「大丈夫。ライトあるから」
彼はスマホのライトを点灯させ、俺のベルトを外しにかかった。
「一週間頑張ったご褒美ちょうだい? 望」
「ま、ま、ま。光義、ちょっと落ち着け……」
目がガチ過ぎて怖い。何とか正気に戻ってほしかったけど、彼は俺に覆い被さり、耳や首すじを愛撫してきた。
「はぁ。やっ…………と触れられた」
「…………っ!」
光義は愛おしそうに呟いた。身を起こし、息が当たりそうな距離で俺に微笑む。
「怖がらないで。酷いことはしないよ」
「お前なぁ……!」
せめてもの抵抗で睨み上げる。半泣きだからあまり意味はないけど。
光義は頬を赤くしながら、俺のズボンを引き抜いた。
「今日はチェックか。昨日履き替えるとき、俺に見られることも考えて決めた?」
シャツを下に下げ、少しでも彼の視界に入らないようにする。けど彼は俺の足掻きを手で押さえ、耳元で囁いた。
「望。教えて」
その声を聞いた途端、全身に電流が走った。
俺の周りで、こんな魅惑的な低音を発する奴はいなかった。驚きはもちろん、もはや感服の域に達する。
( もう存在が罪だろ…… )
こんな幼馴染は知らない。友達とも言い難い……段階に入ってるのかもしれない。
光義は俺をおかしくする。
「考えるに決まってるじゃんか……っ」
羞恥心でのたうち回りそうな告白をした。
「一応、恋人だし……笑われないようにとか、がっかりさせないようにとかは考えるよ! 悪いか!」
むしろ恥ずかし過ぎて逆ギレしてしまった。ここは意識してないって言い張って、スンとするべきだ。頭ではわかってるのに、体が言うことを聞かない。
顔が火照って仕方ない。腕で顔を隠そうとすると、強い力で抱き締められた。
「可愛すぎだな」
光義は俺の頭に手を添え、深く息をついた。
「笑うわけないし、がっかりするわけない。俺は望の全部が好きなんだよ。望の傍にいられるだけで、ほんとはめちゃくちゃ嬉しい。……ただ、我慢したぶん欲張っちゃうんだ」