両片想いは両成敗



「望。おはよう」
「おはよー……」

翌朝。学校の下駄箱へ向かうと、ちょうど光義が上履きを取り出していた。俺も隣に並び、大きなあくびをした。
「眠そうだね。夜ふかししてたの?」
「うーん……何か眠れなくて」
光義のことをずっと考えて眠れなかった。なんてことは口が裂けても言えない。
光義と上手くやってくために、好きになり過ぎないようにしよう。そして、好かれないようにしよう。
彼が大切だからこそ……。ちゃんと線引きして、でも傍にいるんだ。
光義は振り返ると、俺の髪を手櫛で梳かした。
「ちょっと寝癖ついてる」
「あ。ありがと」
「どういたしまして。うん、直った」
彼は目を細め、そのまま俺の頬に触れる。
「ま、寝癖あっても結局可愛いんだけど。イメチェンしないとだからね!」
「……おお」
ちゃんと考えてくれてる。それは素直に嬉しく、有り難かった。
光義は常に超然としてる。だからといって不遜なわけでもなく、誰に対しても同じトーンで接してる。
( 俺なんかいなくても平気そうだけど……不思議だなあ )
首を傾げ、一緒に教室に入った。
すっかり光義といることが定番になって、転校当初の俺のイメージは少し薄れてきてるみたいだった。
「望君、赤ペン持ってたら貸してもらえない?」
「うん。はい」
リハビリの甲斐あり、ようやく光義以外のクラスメイトとも喋れるようになってきた。
「ねえねえ、光義君って好きな芸能人いる?」
「ええと……芸人なら好きだよ。最近この動画とか観てる」
「あ! それ私も好き〜!」
特にお喋り好きな女子とは仲良くなれていった。前の学校なら当たり前だったけど、ここに来てからは初めてのこと。感動して涙が出そうだった。
俺女子と話してる……。
「望、良かったね。すっかり皆と話せてるじゃん」
「光義……うん。ありがとう……俺、やっと生徒Aに戻れたみたい」
嬉しくて目元を拭う。光義も俺の隣に腰掛け、自分のことのように喜んでいた。
やっぱ良い奴だな。
恋愛感情には発展しない。本当の恋人になってやれないことが申し訳ないけど、俺は光義が好きだ。
彼が喜ぶ姿を見たい。これからは、もっとたくさん遊んで、いっぱい笑わせよう。受験前だけど…………。
「わ。あの二人かっこいい」
光義と廊下を歩いてると、そんなこそこそ話が聞こえた。
光義はともかく、俺が……? 光義がイケメン過ぎて、俺まで美白フィルターがかかってしまってるんだろうか。
嫌な汗をかきながら隣を見上げると、光義は花が舞いそうな笑顔を浮かべた。
「どうしたの?」
「い、いや……何か時々、知らない子から視線感じると思って」
「あぁ。望がかわ……かっこいいからだね」
今可愛いって言おうとしたな。
思わず頬を膨らましたけど、光義が真剣な表情だから黙っておいた。
盲目になってるのは周りの生徒だけじゃない。光義も同じだ。
「お前、俺のどこがそんな好きなんだよ」
自販機で炭酸水を買う。光義はコーヒーを買い、ぐっとあおいだ。
「全て?」
「アバウトだなぁ」
そこまでいくと、ほんとは好きな部分なんてないんじゃないか。不審げに見つめると、彼は申し訳なさそうに振り向いた。
「ごめんごめん。……強いて言うなら、真っすぐだからかなぁ。頑張ってる姿が可愛い。何に代えても守ってあげたくなる」
そんなこと初めて言われた。嬉しいけどこそばゆくて、視線をそらしてしまう。
「全然真っすぐなんかじゃないよ。お前は俺を買い被り過ぎ」
本当にそうだ。俺は彼の期待に応えられるような人間じゃない。
「大体俺、最低だよ。……お前に付き合ってほしいって言われたから、義務的に付き合ってるだけなんだ」
この告白は傷つけるかもしれない。けど嘘をついて付き合うことも最低だ。顔を上げ、彼と目を合わせた。
「幻滅して、離れていいんだぞ。そもそも俺じゃお前に不釣り合いだし」
「望」
腕を掴まれ、自販機の影に引き込まれる。一体どうしたのかと驚いてると、光義は俺に覆い被さるように抱きついてきた。
「義務的なのは当たり前だろ。俺が無理やり迫ったんだから」
「で……でもさ。絶対俺のが最低だよ。お前の心をもてあそんでるのと一緒だもん」
俯き、光義の胸に顔をうずめる。頭ひとつ背の高い彼は、俺のつむじを指で押した。
「あはは! もてあそぶ、って良いな」
「何が良いんだよっ。嫌だろ、普通に!」
「ん〜……だって俺が望に片想いしてるだけだし。気持ちが一方通行なのは仕方ないだろ? もっともてあそんで良いよ」
光義は俺の肩を優しく押した。背中に自販機があたる。

「だって、絶対好きにさせてみせるし」
「なっ!」

彼は切れ長の瞳をさらに細め、口端を上げた。
やっぱり、不遜だ。……少なくとも、俺に対しては。
怖いぐらい自信家で、強引で、執着心が強い。
「両想いになれたらオールオッケーでしょ?」
「お前なぁ……」
満面の笑みを浮かべる光義に返す言葉がない。
というか、手に負えない。改めてとんでもない奴に捕まった。
「望。もっと俺のこと振り回してよ」
「無理無理! 罪悪感で死ぬから!」
「もう……優しいんだから」
光義は困ったように腰に手を当てる。
「ま……、そういうところも可愛くて大好きなんだけど」
「あー! 可愛い言うな!」
慣れてきたかと思ったけど、やっぱり駄目だ。羞恥心で発狂しそう。
下から睨めつけるも、頬を優しくつままれる。威嚇すら彼には通用しないみたいだ。
「いつか、望の方から好きって言ってもらうから……覚悟してね」
「……!」
俺から告白することなんて絶対ない。
そう思うのに…⋯この胸の高鳴りは何だ。
胸元を押さえ、頭を抱える。光義の顔が無駄に良いせいで、こっちばかり赤面してしまう。
はぁ。顔が熱くて仕方ない。

「もう教室戻ろ!」
「はいはい」

何とか彼の腕から逃れ、乱れた襟を直す。
下着を見られるより恥ずかしいってどういうことだ。
結局その日は放課後まで全身が火照っていた。



「望。唇切れてる」
「どあ!」
「どあ?」
「どっ……ドアラ」
野球の話をする気はなかったけど。帰る直前、光義の顔が鼻先にあった為跳び跳ねてしまった。
教室に残ってるのが俺と光義だけで良かった。せっかく最近ただのクールな転校生に落ち着いてたのに、アホな姿を晒したらまたキャラ転換することになる。
でも光義といる以上キャラを固定するのは不可能な気がしてきた。
「顔近い! びっくりするだろ!」
「ごめんごめん。唇が赤いから気になっちゃって」
光義は屈み、俺の顔を覗きこんだ。
「人為的なものじゃないとは言え、望の体が傷ついてると思うと辛い」
「ありがとう。自然に治るから忘れろ」
「ん〜」
いつも通りクールに返すと、光義は自身の鞄に手を入れ、ごそごそとなにか探し始めた。
「あった。これあげる」
「うぇっ。何それ」
「リップバーム。まだ一回も使ってないから」
「ええ! いいよ!」
気に入って買ったんだろうし、貰えない。ところが光義は「いいから」と言って、俺の手に乗せた。
「じゃ、金払う」
「いいって。……逆にひとつお願いがある」
「何」
「望の唇にこれつけたい」
……。
何か交換条件がおかしいんだよな。今に始まったことじゃないけど……。
「大丈夫。切れてる下にはつけないから」
「上なら大丈夫ってわけでもないぞ」
呆れるけど、小さなお願いだしいいか。一応親切心で言ってくれてるだろうし。

「やっぱり嫌?」
「……いいよ。ん!」

顔だけ突き出し、瞼を伏せる。そのまま彼がバームを塗ってくれるのを待ってたんだけど、中々唇に指が当たらない。
何でやらないんだ?
不思議に思って瞼を開けると、光義は真顔で俺の顔を見ていた。
「ちょ。塗らないの?」
「塗ろうと思ったんだけど、あまりに無防備だから……このまま攫って完全犯罪できるんじゃないかと思って」
「何言ってんだ! こえーよ!」
光義が眉ひとつ動かさないから、後ずさって背後の机に乗り上げてしまった。彼はすかさず距離を詰めて、俺の頬に手を添える。
「今のは望が悪い」
「何故」
「バーム塗るのに目を瞑る必要ないだろ?」
手の甲に彼の手のひらが重なる。逃げられない体勢で、心音だけが爆音を鳴らしていた。
「キスするわけでもあるまいし。……自分のこと好きな男が目の前にいるんだから、もっと警戒しな。ほんとに食べられちゃうよ?」
光義の前髪が揺れ、夕陽に照らされる。
同い年と思えないほど妖しい色気をまとう少年に、もう頭は爆発寸前だった。
顔の前に手を出し、唇を噛み締める。
「わ……悪かったって。でも、警戒とか無理なんだよ……この学校で信じられるの、お前だけだもん……!」