昨日は大変な一日だった。
いや、前言撤回。
昨日“から”俺の平穏な日々はがらりと変わってしまった。
「望っち、ポッキー食べる?」
「あ、ずるーい。望ちゃん、私のチョコも食べていいよ」
「あふぁっ……だ、大丈夫。ありがとう」
朝。教室に入るやいなや、近くにいた女子達に話しかけられる。しばらく女子という存在と関わりがなかった為、挙動不審で露骨に狼狽えてしまった。
けど彼女らは気を悪くするでもなく、「かわいー」だの「照れてる」だの言って笑った。情けなくて朝から泣きそうだけど、反感を買わないだけ幸せと思おう。
「あ。望先輩、おはようございまーす」
「……」
いじめっ子だと思ってた面々も背筋を正し、俺に会釈をして通り過ぎていく。
───何故こうなった。
「何か一組に来た転校生が、クラスを統率してんだって」
「マジ? イカつい奴なの?」
「いや全然。人畜無害って感じ」
…………。
一歩廊下に出ると、自分の噂話が聞こえる。
もはや新手のイジメだろ。噂話も、本人が嫌がってたらイジメなんだぞ。
決して悪い方面で目立ってるわけじゃない。昨日、東間君の為にウェイウェイグループに一喝したら正義の味方認定をされ、今に至る。
俺は東間君がドMということを知らなかった。だからこそ評価が爆上がりしたらしい。周りと群れず、果敢にも独りでいじめに立ち向かった転校生と称された。
おかげでカオナシというあだ名は取り払われたけど、まだ不充分だ。しばらくぼっちでいたせいで、コミュニケーション能力が著しく低下してる。急に話しかけられると、アザラシみたいにアオアオ言ってしまう。
これはマジで直したい。普通にクラスの輪にとけこんで、人並みの青春を送りたい!
それに昨日のアレも正義感で動いたんじゃないし……。ノーパンということがバレたら死ぬという、極めて不純な理由で動いただけだ。俺自身は平凡でチキンな高校生に過ぎない。
てか嘘をついたわけでもないのに、人に言えない秘密が増えてて困る。
究極は、あの美少年。
「おはよ、望。今日も可愛いね」
「……っ!」
光義絢斗。
人目を引く目鼻立ち、それに長駆。一般人らしかぬオーラを放つ幼馴染。
……今は恋人、になる。まだ恋人らしいことは何もしてないけど。
「おはよう。でも学校でそういうこと言うのはやめろ。誰かに聞かれたらやばいだろ?」
「そう? 望が可愛いのなんて周知の事実じゃん。クラスの女子、皆カオナシ可愛いって言ってるよ」
本当のカオナシの方かもしれないだろ……。
すごくツッコみたかったけど、口を噤んでぐっと堪える。
昼休み、光義はさっそく俺のところにやってきた。
「一緒にお昼食べよ」
「……うん」
繰り返しとなりますが、ずっとぼっちでしたので……。
誰かとご飯を食べるのは、素直に嬉しかった。
「望、外で食べるの好きだったよね? 中庭に行こう」
中庭の特等席へ行くと、光義は持ってたビニール袋から大量のパンを取り出した。
「おまっ。それ全部今食うの?」
「うん。お腹空いて授業集中できなかったよ」
「マジか」
光義が買ってるのはザ・お惣菜パン。痩せの大食いとは言うけど、見てるこっちが腹にたまりそうな量だ。
ま、まあ健康ってことだもんな。良いことだ。
「ていうか、俺からすれば望のおにぎりも尋常じゃなく大きいよ」
「そう?」
「ほぼ爆弾」
光義は可笑しそうに笑う。確かに大きいけど、その分おかずがいらないから地味に気に入ってる。具は鮭たらこや高菜が入っていて、中々贅沢な一品だ。
口を大きく開けて頬張っていると、不意に頬に触れられた。
「米粒ついてる」
「んん。ありがと」
「いーえ。はぁ……何でこんな可愛いんだろ」
光義は瞼を伏せ、悦に入った様子で呟いた。
「こんなに可愛い恋人と一緒のお墓に入れるとか、今から楽しみ過ぎる」
「オイちょっと待て」
さすがに今のは聞き捨てならない。
まだ社会に出てないのに死後の話をされたのも誠に遺憾だ。おにぎりを何とか飲み込み、嬉しそうに脚を組む彼に向き直る。
「落ち着けよ、光義。まず、俺とつっ……付き合い始めたことに焦点を合わしてくれ」
どうも、光義の頭の中はハイパーカー並みの速さで俺とのライフプランが進んでる。夢広がリングと言いたげな笑顔は可愛いけど、素直に喜んではいけないと思った。
「お前はゲイで、俺も……た、多分ゲイ。お前と付き合うのが嫌じゃないから」
「うん」
「互いに同性愛者。そんな二人が出会って、結ばれたことが、もうめちゃくちゃすごいだろ?」
そのはずだ。だから未来のことを話すのも良いけど、今この瞬間にもっと集中しても良いと思う。
どきどきしながら返答を待ってると、光義は口元に手を添え、感慨深そうに頷いた。
「……確かに。奇跡かも」
「だろ。だからさ、こうやって一緒にメシ食う時間を楽しもうよ! 俺はお前と笑っていられるなら、それ以上は何も望まないし!」
「……そうだね。望がそばにいる……それだけで、一ヶ月前とはまるで違う」
光義は静かに息をつき、俺の頭を撫でた。
「俺の八年は、死んでたも同然なんだ。趣味に打ち込んだり、勉強を頑張ったりしたけど……望がいないことがいつも虚しかったから」
「光義……」
マジで、何でそこまで俺のことを好……好きなんだ。
おかしいって。そりゃ、物心ついたときから傍にいて、めちゃくちゃ仲良かったけど。
まるで片割れみたいに、離れたことで脆くなるなんて。
( 可愛い…… )
下着を奪ったことはいただけないけど、こんな一途な奴を突き放すのも無理がある。
頭がくらくらして、額を手で覆った。ため息を飲み込み、ビニール袋からフルーツグミを取り出す。
「ほら」
迷いまくった末、ひとつ取って彼の口元に差し出す。
光義はびっくりしていたけど、嬉しそうにグミを口に含んだ。
「ありがと、望」
「ん」
幼馴染の延長に過ぎないのかもしれない。
でも、それならそれで良いと思った。まずは彼と出逢えた幸せを噛み締めて、どんな小さなことも全力で挑みたい。
それにはやっぱり、高校生らしいことをしないと。
「光義。光義がしたいことって何?」
「望の下着鑑賞」
「俺、やっぱ青春したいんだよね」
訊いといてなんだけど、光義の話はスルーして続ける。
「写真部だったから高二までは色んなところに行って写真撮りまくってたんだけど、学校の中での思い出があまり作れてないっていうか……だからもっと楽しいことしたい! で、陰キャのイメージを払拭したい!」
「うんうん。良いと思うよ」
光義は終始にこにこしながら頷いてる。普段こんな温厚なのに、何で下着に執着する変態になってしまったんだ。
悲しみに暮れつつ、立ち上がって拳を握る。
「ということで……! 光義、俺がきらきらした青春送れるように協力してくれ!」
「もちろん良いよ。週に一回下着を見せてくれれば」
なんて交換条件を持ち出してくるんだ。ていうか、
「俺は既にお前の要求飲んだだろ! 付き合うっていう!」
「あれは下着を返す条件だよ。これはまた別件」
光義は脚を組み直し、長い睫毛を揺らす。
く……普通、好きな奴のお願いは無条件で聞くもんじゃないか? いや、それも傲慢な考えか……。
唸りながらその場をウロウロする。まさか青春と週一下着鑑賞会を天秤にかける日が来るとは思わなかった。
( でも光義はクラスどころか他校の女子にもモテてるみたいだし )
黙ってればイケメンなので、校内の彼の評価は凄まじい。そんな彼の協力があれば、俺もすぐ生徒Aの座を取り戻せる気がする。
「わかった。見せる」
「ありがとう。良い判断だ」
うるせえ。
手を差し出されたから、とりあえず握った。話し合い、下着鑑賞会は毎週金曜日にやることになった。
魔の金曜日だ。世の中のひとが狂喜する金曜に、俺はズボンと人権を脱ぎ捨てる。
まあ下着ひとつで青春できるなら安いものか。
「佑昴。何があっても、自分の大事なものと引き換えに娯楽に走るようなことは駄目よ」
帰宅して開口一番、母は険しい顔を浮かべた。
タイムリー過ぎて胸が苦しい。鞄をソファに置き、ゆっくり腰掛ける。
「何の話ですか」
「ほら。弘和叔父さんの奥さんのお兄さんの、そのまた従兄弟の直太君知ってるでしょう」
遠すぎて知らない。でも一応頷く。
「高校生なのに、最近流行ってるマッチングアプリで夜遅くまで遊んで補導されたんですって。事件に巻き込まれる可能性もあるから、絶対やっちゃ駄目よ」
コクコクと全力で頷き、片言で返す。
「ヤラナイ」
「お願いね。お母さんを警察署まで迎えに行かせないで」
自分の部屋へ戻り、ベッドに寝転ぶ。
俺は深夜に歩いたりしないから大丈夫。でも、光義の下着お披露目会は法に触れるのか? 合意の上だから大丈夫だと良いんですけど……。
一応恋人同士だし。
「……光義の片想いだけど」
恋人だけど、俺は義務的な気持ちもある。
彼のことは、友達として好きなんだ。突然の転校で傷つけた負い目もある。
強いて言えば、今しているのは“恋人ごっこ”。光義はやけに俺を好いてるけど、実際の俺は何の取り柄もないグータラだ。
反対に光義は成績優秀の美少年。
きっと、そのうち幻滅して離れていく。だからそれまでの関係だ。
「うぅ……」
それで良い。絶対、その方が彼の為だ。
うつ伏せに転がり、息が苦しくなるほど枕に顔をうずめていた。

