「光義、最近よく笑うようになったな。望効果か?」
「絶対望くん効果だよ。あそこだけじゃなく表情筋もほぐすなんて、望くんさすが!」
生活は目まぐるしく変わる。家も学校も恋愛も、不変的なものはないと優しく教えられる日々。
とは言え楯山と東間くんは相変わらずで、ツッコミどころの多いやりとりをしていた。
「だから言ったでしょ、諒。望くんはSもMも兼ね備える逸材だって」
「は〜ん。ピュアに見せてるのは計算ってことか」
「そう。転校してきたときの演技といい、とんでもないダークホースだよ」
そう言うけど、俺にとってのダークホースは東間くんに違いなかった。物申したいのを堪え、悦に入る彼らを見守る。
「でもほんとに残念……。諒より先に望くんに会ってたら、僕がひとを支配する悦びを教えてあげられたのに」
「は!? おい、それどういうことだよ!」
およそ理解できない、理解したくない会話が展開している。なるべく無心を保ってると、案の定絢斗に手を引かれた。
「行こう、佑昴。何の生産性もない変態談義に付き合う必要はないよ」
絢斗はヒートアップしてる二人を残し、颯爽と廊下へ出た。
ちなみにお前もちょっと前まであっち側だったぞ。というツッコミは心の内に留め、屋外に位置する渡り廊下へ出た。
恋人同士でも、知らないひとから見れば俺達はただの友人で、ぼんやり歩いてるに過ぎない。
誰も想像もできないだろう。隣り合って、目が合うだけで胸が高鳴る。油断するとニヤニヤしてしまうほど、俺が絢斗を好きで好きで仕方ないことを。
「夏休み終わったら、高校生活もあと半年だな」
「そうだね。あっという間だなぁ」
絢斗は眉を下げ、露骨に落ち込んだ。これからは大学受験を控え、お互い大忙しだ。
でも、以前とは全然違う。俺は不安も恐怖もない。
彼と一緒なら、明るい未来しか見えない。────本気でそう思うほど、浮かれている。
石のブロックに足をかけ、一段上にのぼる。どこまでも広がる青空に手を翳し、太陽の光を透かした。
「絢斗」
「ん?」
「来年も楽しみだな!」
彼がいれば、どこだって何だって楽しめる。そういう、根拠のない自信がある。
手すりに掴まったまま笑いかけると、絢斗も子どもみたいにはにかんだ。
「ほんとにね。佑昴がいれば杞憂だった」
「ん?」
「何でもないよ。ほら、おいで」
絢斗は俺に向かって両手を広げた。ちょっと迷ったけど、手すりから手を離す。
誰かに見られたらやばいなぁと思いつつ、でもいいか、と踵に力を入れた。
恥ずかしい姿なら、もうこの学校で散々晒した。これ以上隠しても仕方ない。
何よりこのいじらしい恋人は、俺のどんな部分も受け止めてくれる。
空みたいに高く、海みたいに深い存在。
夏の日差しに背中を押されるように、彼の胸に飛び込んだ。
◇
その子は確かに、気付いたときには傍にいた。
自己紹介をした記憶はない。でも当たり前のように隣にいたし、名前を知っていた。
『たすく』
名前を呼ぶと、必ず振り向いた。
『佑昴って、漢字難しいね』
『わかる。でも絢斗も難しいぞ』
小学校に入り、ランドセルを背負って二人で登校するようになった。家がすぐ傍だから、幼稚園を卒業しても一緒。俺はあまり他の子と話が合わなくて、いつもひとりだった。
( 何であんな走り回れるんだろ……? )
同い年の男の子は声が大きくて、足が速くて、喋るのも速い。そのペースについていけず、取り残されるのがオチだった。
大人からはおっとりしてるねとか、落ち着いてて良い子だね、とか言われていた。でもじっとしてるのは楽だからだ。同級生の中で一番早く気付いただけ。動き回ると疲れること。疲れるのが嫌いなことに。
男子より女子の方が話が合ったし、落ち着いた。そんな自分をおかしく思い、からかう子もいた。
『光義って変だよな。暗いし、全然笑わないし、おかしい奴』
ある日の下校中、ひとりの男の子に言われた言葉に息が詰まった。暗い……のは、悔しいが否定できない。彼の言うとおりだ。
( 俺はおかしい )
何でか知らないけど、確実に周りと違う。皆みたいに大きな反応をしないし、ちょっとしたことでは笑わない。
それが駄目なのか。笑わない子はおかしい。⋯⋯気持ち悪いんだ。
『は!? そんなこと言うお前の方がおかしい!!』
喉のところで何かが突っかかって、息ができなくなったとき。俺の隣で誰かが叫んだ。正直こっちの方がびっくりして、完全にフリーズした。
『何も知らないくせに。絢斗はよく笑うよ! 笑わないのはお前が嫌な奴だから! 嫌な奴に嫌なこと言われて笑えるわけないだろ!』
『た、佑昴。ちょっとちょっと……』
ものすごい剣幕で捲し立ててる男の子に振り返る。現れたのは幼馴染の佑昴だ。驚いてる少年に、今にもランドセルで殴り倒しそうな勢いで迫っている。
『な、何だよ。そんな奴庇うなんて、お前も変なの』
彼は最後まで悪態をついていたが、逃げるように先へと走っていった。
『ムカつく! 次会ったらボコボコにする!』
『落ち着いて。喧嘩は駄目だよ』
『いや! あんなムカつくこと言われて黙ってる方が駄目!』
佑昴はまだぷりぷり怒っている。でも、喧嘩なんかして彼が怪我したら絶対嫌だ。だから悪口で済んで本当に良かった。
俺は大丈夫だよ、と笑って伝えた。そもそも何で佑昴がそこまで怒るのか、それもよくわからなかった。からかわれたのは俺で、佑昴じゃない。
でも彼はランドセルを背負いなおし、不貞腐れたように頬を膨らました。
『自分よりお前を馬鹿にされる方が嫌なんだ。お前は俺の、一番大事な友達なんだから⋯⋯!』

