両片想いは両成敗



「光義、ありがとな。泊まりに来たのに皿洗いまでしてくれて」
「全然。これぐらい当たり前だよ」
夕飯が終わると、光義は皿洗いや片付けを率先してやってくれた。やらなくていいと言ったけど譲らないから、有り難くその間に洗濯をさせてもらった。
ただでさえ楽しい金曜の夜。二人だけの空間で過ごせるとか幸せ過ぎる。もはや奇跡だ。
「こうやって家事してると、望と暮らしてるみたいで嬉しい」
「おー。……そだな」
俺も同じことを思っていた。でもそれを言うのは照れくさくて、咳払いする。
手を拭くタオルを渡し、光義の隣に佇んだ。
「あ。光義、風呂沸かしたよ」
「ありがとっ。でも俺は後でいいから、先に入りな?」
「いや! 客人より先に入るわけにはいかない。先祖代々のしきたりだから、先に入ってくれ」
「そ、そう? じゃあ有り難く……」
遠慮する光義を浴室へ誘導し、ひと息つく。彼が風呂に入ってる間に、居間にある布団を自分の部屋へ持って行った。
ふう、一々どきどきする。
もうただの幼馴染じゃない。俺達は、恋人だから。
ただ飯食って風呂入って、だらだらゲームして……が正解なのかわからず、もだもだしてしまってる。
両想いって、味方なのに難敵だ。
風呂から出てきた光義は、いつもと違う魅力があった。熱気があって、まだわずかに毛先がぬれてる。肌も艶があり、色っぽい。どれをとっても学校にいるときの彼とは違い、思わず二度見した。
「気持ちよかったよ。望も行ってらっしゃい」
「あぁ……と、その前に。髪ちゃんと乾かすぞ!」
「え? 大丈夫だよ、これぐらい」
「だめ! 風邪ひく!」
不思議そうにまばたきする光義をまた脱衣所に連れていき、ドライヤーの温風をあてた。
猫のように柔らかく、きらきら光る髪。そういえば小さい頃も彼の髪に見惚れたことがあったな。
あまりに綺麗で、思わず触れてしまったことがある。その時は確か、葉っぱがついていたと嘘をついたけど。
「うん、これでよし」
「ありがとね、望」
光義は軽く前髪を整え、俺の額にキスした。
「こんなに尽くされたら、ますます可愛がりたくなっちゃうな」
「もう充分可愛がられてるから大丈夫だよ」
これ以上甘やかされたらマジでとけるから、勘弁してくれ。
俺も光義が可愛いけど、可愛がり方は違うんだよな。光義は無条件で、俺のやることなすこと褒めて、代わりにやろうとしてくれる。
これ、俺は下手したら駄目人間になってくんじゃないか? 猛烈に危機感を覚え、首を捻った。
「望、良かったら頭洗おうか?」
「ありがと。気持ちだけ受け取っておく」
こういうところだな。
ひとりで納得しながらシャワーを浴び、湯船に浸かった。
昔の光義は絶対零度の少年だった。それがあるときから変わったんだ。
思い出しそうになる寸前、靄がかかって見えなくなる。悔しい……。

「光義、お待たせ。アイス食おう」
「おかえり。わ、いいの?」

部屋に戻ると、光義は静かに床に座っていた。スマホを充電してるから暇だったのかもしれないけど、テレビでも点けて見てればいいのに。
彼は時々俺とは違うものを見てるみたいだ。アイスバーを渡し、二人かぶりつく。
「暑かったから二倍美味しい」
「ほんとだな。てか暑かったら冷房強めていいんだぞ」
やっぱり遠慮してる。シャリシャリのアイスを早食いし、リモコンで設定温度を下げた。
「お前に寛いでほしいのに。我慢されたら意味がなくなる」
「望……」
「俺達恋人だろ。友達より気を遣わなくていい関係なんだから、遠慮は禁止! ちゃんと何が好きで、何がいやか言っていいんだよ」
アイスの棒をゴミ箱に入れ、床に両手をつく。光義はまだ、戸惑いながら俺を見つめていた。
やっぱり、懐かしい気持ちになる。幼い頃の光義は、控えめで、クールで、……俺のあとを必死でついてきていたな、って。
「あっ」
そのとき、光義が持ってるアイスがとけてることに気付いた。慌ててティッシュを取ろうとしたけど、バランスを崩して倒れてしまう。
「危なっ……望、大丈夫!?」
「あ、ああ。わり」
結果的に、彼に抱き寄せられてしまった。光義はとけかけたアイスをひと口食べ、俺に視線を送る。
「まいったな。どっちも手が離せない」
まったくその通りで、俺は彼の胸の中にいる。ひとまず体勢を立て直そうとしたが、口の前にアイスを差し出された。
「望」
「……っ」
何かやらしくないか、これ。
死ぬほど悩んだけど、光義のアイスを齧る。口の中は冷たいのに、顔は沸騰しそうなほど熱い。
これは拷問だ。心頭滅却してアイスを食べてると、光義はふっと目を細めた。
「望が可愛い。でも傷つけるのが怖くて、時々不安になるんだ」
最後のひと口を食べると、光義は棒をゴミ箱に入れた。ティッシュで片手を拭き、俺の口も新しいティッシュで拭いてくれる。
「可愛がるのも初めてだから、どこまでやっていいのかわからなくて……試行錯誤しながら、右往左往してる」
「ははっ。俺もおんなじだから大丈夫だよ」
お互い初めての恋人なんだから、手探りなのは当たり前だ。
ひとつだけ確かなことは、もっと踏み込んでいいということ。傷つけることを恐れて距離を取るなんて以ての外だ。
甘えていい。惚気ていいし、ふざけていい。
その特権を手にしたんだ。俺も、彼も。
「俺は大丈夫だよ、光義。お前のこと信じてるし、……大好きだから」
「望……」
微笑むと、光義は心配なほど顔を真っ赤にした。耳まで赤くし、顔を押さえている。
「嬉しいけど、俺のことを信じ過ぎだよ。逆に心配になる」
光義は俺を自身の膝に乗せ、ため息をついた。でも何が問題なのかわからないから、自分から彼の胸に顔をうずめた。
「好きなんだからしょうがないだろ。そもそもお前が俺をこうしたんだ」
「……確かに」
「そ。だから観念して」
顔を上げ、彼の唇を奪う。甘くて、冷たくて、氷菓のようだ。もっと彼の唇に触れたいと思ってしまう。
何だか俺も彼に似て、変態になってきたかもしれない。彼が下着フェチなら、俺はまさか唇フェチか……?
ちょっと考えたけど、恐ろしいので首を横にぶんぶん振った。
光義は可笑しそうに口元を押さえ、声を弾ませた。
「ほんと、望って見てて楽しいや。子猫みたいだったり、子犬みたいだったりする」
「む……」
やはり、自分はまだ光義のような色気は出せないみたいだ。
起き上がってベッドに座ると、光義も俺の隣に腰かけた。
「遠慮はなし。って言ってくれたから、ひとつ白状していい?」
「ん! 何!?」
急に話が変わった為、慌てて向き直る。大事な話の予感がして、密かに拳を握った。
さっき、いやなことも遠慮せず言うように話したから……さっそく俺の嫌いなところを言おうとしてるのか?
情けないことにガラスのハートなので、心臓バクバクしてきた。もちろん駄目なところは隠さず教えてほしいけど、きついことを言われたら泣く自信がある。
我ながらめんどくさい奴だ。無意識に息を止め、光義の言葉を待つ。
「光義……白状すること、って」
「……俺が、望の下着フェチになった理由」
あっこれ大丈夫なやつだ。
切り替わりは超絶速かった。深呼吸し、真剣な表情で彼を見返す。
「そりゃ大事な話だな。大丈夫、受け止めるから話してくれ」
「ありがとう。小学三年の頃にさ……いつも強かった望が、初めて俺に泣きついたことがあったんだよ。覚えてる?」
「記憶にございません」
光義の言葉に首を傾げつつ、内心では頷いていた。幼い頃の俺はわりとハリキリボーイだった。自分から仕掛けることはないが、負けん気が強く、売られた喧嘩は買うタイプだった。
それがどうでしょう。今やどもりまくりのコミュ障の出来上がり。成長とはかくも残酷なものなのか、と呪った。
と、それはいい。思考を振り切り、光義の話に意識を向ける。
「俺が泣きついたって……何のとき? 同じクラスだったときか?」
「そう。望、昔牛乳苦手で、給食でもいつも残してたんだけど……俺が身長伸びないから飲んでみたら、って言ったら頑張って飲んだんたよ。俺と同じ身長になりたいからって言ってさ。あれはすごく可愛かった」
はぁ……そんなことが。
残念ながら全然覚えてない。でも、牛乳が苦手だったことはよく覚えている。光義は反対に牛乳が好きで、みるみる身長が伸びたことも。
「ええと……それで、どうなったの?」
「望、頑張り過ぎてお腹が痛くなっちゃったんだよ。トイレに閉じこもったから様子を見に行った」
トイレにこもる。……ああ!
思い出した。というか、何で忘れてたんだろう。前に屈み、口元を押さえる。
( 黒歴史過ぎて脳が消去したのか!? )
自己防衛の為ならあり得る。俺は嫌なことはなるべく考えないようにするタイプだ。子どもの頃に犯した失態なら尚さら……成長する過程で揉み消した可能性がある(オイ)。

やばい、どんどん思い出してきた。

『────俺だよ、佑昴。大丈夫だから鍵開けて』

可愛らしいノックと、聞き慣れた声。唯一安心して扉を開けられる存在。
涙で頬をぬらしながら顔を覗かせた。トイレまで迎えに来てくれた幼馴染は、俺を見ると優しく微笑んだ。
『絢斗。どうしよう……服、ちょっとぬれちゃった。出られないよう……』
『大丈夫だよ。だから泣かないで。ね?』
普段は静かで前に出たがらない光義が、俺のことになると人目もかまわずすっ飛んできてくれた。あのときは必死だったけど、彼の優しさが本当に嬉しかった。
でも、あれが全ての発端だったようだ。
光義は懐かしそうに目を細め、恍惚な表情を浮かべた。

「あのときに俺はおかしくなったんだ。こぼした牛乳でもらしたって勘違いして、泣きながらズボンを下ろす望、もうすっっ…………ごい可愛かった」

おあ─────!!!!
もうやめてくれ。羞恥心で殴り殺される!
封印していた記憶が息を吹き返す。絶句して青ざめていると、彼は今世紀最高の笑顔を浮かべた。
「まだ小学生なのに、自分でもドン引きの性癖を無理やり引き出されたんだ。望はピュアだけど、実際は恐ろしい魔性だね」
「おまっ……あ、あんなことで目覚めんなよ!!」