両片想いは両成敗



金曜日。多くの人が心躍る日。俺も同じく、スキップしそうな足取りで学校を出た。
「光義っ。早く早く!」
「はいはい。……元気だなぁ」
光義は苦笑しながら俺の後に続く。子どもみたいだと思われてそうだけど、嬉しいから仕方ない。
やっと光義を家に誘うことができた。テスト後もバタバタしてタイミングを逃したから、本当に嬉しい。
「急だったけど、お母さん達は何だって?」
「全然問題ないよ。手土産はちゃんと持ってきなって」
「良かった。手土産とかいらないよ、俺しかいないし」
そう。今日は両親とも遠方の親戚の法事に参加するため帰ってこない。だから光義に気を遣わせずに泊まってもらうことができる。
楽しみ過ぎて踵が浮きそうになる。夕焼け色に染まった川沿い。レンガ調の歩道を進むと、不意に髪を触られた。
「どした?」
「葉っぱがついてたんだ」
光義は小さな枯れ葉を見せ、ふっと目を細めた。
「ねえ。ここ、あそこに似てない?」
「あそこ?」
「昔よく二人で遊んだ……俺達だけの秘密基地」
彼は傍の手すりに手をかけ、川を覗いた。下は人が歩けるコンクリート部分もあり、夏場は水遊びができそうだった。
「あぁ、そういや遊ぶ場所決まってたな。時々面白いもの落ちてたりして、宝探ししたっけ」
「うん。生き物もたくさんいたし、一日いても飽きなかった」
光義は風で揺れる前髪を押さえ、かすかに微笑む。
「でも今思うと……望だから、楽しくて仕方なかったんだと思う」
「……!」
土の臭い。花の香りが、風に運ばれて鼻腔をくすぐる。
大人になるにつれて忘れかけていた感覚が戻ってきた。いくら汚れてもかまわずに遊んでいた、子どもの頃のこと。
思い出は美化されると言うけど、記憶の中の少年はさらに美化されて俺の隣にいる。何だか可笑しくて笑ってしまった。
「ありがと。……ちなみに、俺は今も楽しくて仕方ないよ」
ポールに腰を下ろし、光義を見上げる。目線はまるで違うけど、見てる世界は昔と変わらない。
光義だけだ。俺の視界を鮮やかに染めてくれるのは、この少年だけ。
「光義。ひとりにさせてごめんな。……それとありがとう。ずっと待っててくれて」
「…………うん」
ずっと、ちゃんと言いたかった。でも照れくさくて中々言えなかった。
甘えるよりも手強い……謝罪と、感謝の言葉。俺の心を締め上げる木の根は、ようやく緩んだ。
「だいぶ待たせちゃったけど、俺の残りの時間は全部やる! だから、これから改めてよろしく」
「ははっ……ありがと。こちらこそ、よろしくね」
手を取り合い、引き寄せ合う。その力強さは大人そのもの。
だけど弾ける笑顔は幼くて、甘酸っぱい青春そのものだった。


「光義、夜なに食べたい? 俺の家の近くにあんのはラーメンと、回る寿司と、町中華とかはあるけど」
「う〜ん……もしリクエストあるなら、俺が作るよ」
俺の家が近くなってきた。外食する気満々だったけど、光義の言葉に露骨に驚いてしまう。
「お前料理できんのっ?」
「うん。俺の親も帰り遅いから、普段から自分で用意してるよ」
「マジか……すいません」
俺はまだ、母に頼りきってる。申し訳なさで俯くと、光義は可笑しそうに片手を振った。
「謝ることじゃないって。作ってもらえるならそっちの方がいいよ!」
「でもなぁ……俺もそろそろ本気で練習しようかな」
「それは良い心掛けだね。……せっかくだし、夕飯一緒に作る?」
光義は前に傾き、俺の鼻先に人さし指をあてた。
「望は何が好き?」
「唐揚げ!」
「あはは。じゃ、夕飯は唐揚げ大盛りにしよう」
わあ。唐揚げ祭りというだけで胸が弾むのに、光義とキッチンに立つなんて。
やば─────い。テンションおかしくなる。
( いや既におかしい )
スーパーへ行って、買うものを選んで。袋を下げながら帰路についてると、同棲してるみたいだ。
いつか光義と二人で暮らせる日がくんのかな。まだまだ先のことはわからないけど、……一緒に暮らしたら絶対楽しいな。
「お邪魔します」
「ほい。上がって上がって!」
俺は気にしないけど、一応スリッパを差し出して光義を中に引き入れる。
父が転勤族となった為、ウチはマンションやアパート暮らしだ。ここは坂の上だから帰りが少ししんどいけど、コンビニは近いし気に入ってる。
「本当はおじさんとおばさんにも挨拶したいけど……」
「明日ものんびりしたらいいじゃん! 多分明日の夕方には帰ってくるよ」
手を洗い、光義とリビングへ向かう。グラスに氷と買ってきたジュースを入れ、彼に手渡した。
「ありがと。……そうだね、少しだけいようかな」
「うん!」
ジュースを飲み干し、ソファへ座る。手招きすると光義も隣にやってきて、俺の肩に寄りかかった。
「望、ずっと笑ってんね」
「……嬉しいんだ。ずっとお前のこと家に呼びたいと思ってたから」
グラスをローテーブルに置き、顔を横に向ける。頭があたって痛かったけど、それすら楽しい。
「光義。大好き」
「望……ちょっと、一旦タンマ」
「え。悪い、さすがに気持ち悪い?」
「違う。可愛すぎる」
光義は口元を押さえ、複雑そうに前を向いた。
「ここ数日でめちゃくちゃデレてくれるから……嬉しいけど、俺の頭が処理追いついてないっぽい」
「あ、あぁ……そっか。すまん」
デレるには段階を踏まないといけないんだな。内省してると、光義はソファの座面に手をつき、俺の後頭部に手を回した。
「こっちこそごめん。幸せ過ぎて辛いんだ……」
もう片手で手を繋ぎ、頬にキスする。知らない人が見たらバカップル認定間違いなしだ。
でも、こうなるまで苦しいこともたくさんあった。やっと手に入れた関係だから、誰もいない場所では思いっきりイチャつきたい。喜びたい。
「まだまだこれからだよ、光義」
腰を浮かし、彼の額に口付けを落とす。不安そうな顔色が明るくなるまで、何度でも繰り返した。
「これ以上は無理! ってほど、笑わせる。だから何も心配するな」
「……やっぱり、望って時々男前だよね」
「時々ぃ?」
「嘘嘘。いつもかっこいいよ」
光義はくっくと笑い、徐に立ち上がった。
「さてと。お腹空いたかな?」
「うん!」
「よし。じゃ、ご飯つくろ」
目の前に手を差し出される。その手を握り、勢いよく彼の胸に飛びついた。





「生肉触ったの何年ぶりだろ。学校でカレー作ったとき以来……?」
「相当してないね」
切り分けた鶏肉を油で揚げ、バットの上に乗せていく。お店で売ってる唐揚げそのもので、もう涎が出そうだった。
「見ろよ、光義。これは唐揚げだ」
「唐揚げだね」
色も艶も香りも、食欲を掻き立てる。揚げたて熱々の唐揚げは人類が発明した最高のメニューだ。
光義は野菜も必要だと良い、アボカドサラダを作ってくれた。ドレッシングは手作り。
「ドレッシングって自分で作れるんだな。ビビった」
「調味料さえあれば何でも作れるよ。自分の好きな味加減にできるし、慣れたらこっちの方が良いぐらい」
ご飯も美味しそうに炊けた。ほとんど光義の言うとおりに動いただけだけど、何だか偉業を果たした気分だ。
「望、味噌汁はどう?」
「美味い!」
「味じゃなくて沸騰してないかの確認を……いや、大丈夫。よそろっか」
味噌汁も俺の希望で、かきたまにしてもらった。ふわふわの卵にとろとろの玉ねぎが加わると、意味わからんほど美味しかった。
「いただきまーす!」
「いただきます」
光義と両手を合わせ、白飯を頬張る。そしてすぐ、唐揚げにかぶりついた。
「望、美味しい?」
「おいひい」
はふはふしながら食べてると、視線に気付いた。正面を見ると光義は満足そうにこちらを眺めていて。
「……光義、どした。腹減ってないの?」
「んーん。ただ、美味しそうに食べるなぁと思って」
光義はお茶を飲み、箸をとった。
「何か、ふとした時に思い出すんだよね。昔もお昼になるとパンにかぶりついて、必死に食べてたな、とか」
「う……恥ずかしいな、それ」
来年は高校卒業だ。そろそろ大人らしく、品よくしないといけない。光義を見習い、姿勢を正した。
「落ち着いて食べよ……唐揚げを上品に食うにはどうしたらいい?」
「うーん……ナイフとフォーク使ったら良いんじゃない?」
「適当だな!」
光義は味噌汁をすすり、もぐもぐと食べ始めてる。それを見たら可笑しくて、結局いつものように食べた。
「光義。教えてくれてサンキューな」
「こんなの教えたうちに入んないよ。それに、望はご飯のことは心配しなくていい」
「どして?」
「一緒に住んだら俺がつくるから」
ふぁっ。
光義の眩しすぎる笑顔に、危うく唐揚げを落としかけた。
「炊事は俺が担当。どうかな?」
「……よい」
むしろ頼む。真顔で頷くと、光義は子どものように無邪気な笑みを浮かべた。
テレビのBGM。温かい部屋。湯気の立った器。
何かもう、全部が愛おしかった。