昔の光義もオホーツク海のようにクールな少年だった。ただ今と違うのは、俺との接し方もドライだったこと。
少なくともベタベタ構ってきたり、猫可愛がりしてきたことはない。どちらかと言うとそれをするのは俺の方だったと思う。
( 幼い頃の光義は、マジでお姫様みたいだった気がする )
あいつ、何であんなに変わったんだ?
心当たりは皆無で、ひとり首を傾げる。
夏休みも間近。いよいよ太陽に焼かれる日が増えてきて、防暑グッズが手放せなくなってきた。
登校途中だというのにコンビニでアイスを買いたくなる。でも今我慢して放課後光義と食べた方が美味しい気もするし……悩む……!
迷いまくってフローズンのスポドリを取り、レジへ向かう。コンビニから出ると、同じ高校の子達をちらほら見かけた。
今さらだけど、高校三年生って際どいなあ。
法律上は成人してるのに、バイトしたことない子はまだ社会を知らない。親の庇護下にいて、だけど一歩踏み外したら底に真っ逆さまの絶壁に立っている。
子どもじゃないけど、大人とも言えない微妙な歳。
「……よし」
それでも。願わくば、今年いっぱいは高校生を謳歌したい。やっと新しい高校に慣れたし。何より、あんなに会いたかった光義と恋人同士になれたから。
「望くん。光義くんと付き合ってるんだって?」
「ごふっ!」
学校に着いて早々、教室で鉢合わせた東間くんに禁断の質問をされた。スポドリを飲んでいたから盛大に噎せこみ、袖で拭う。
「ご、ごめんごめん。直球過ぎたね。光義くんとラブラブなんだって?」
「あまり変わってないけど……楯山から訊いたの?」
「うん。ごめんね、あいつも口軽いから……でも俺もあいつも、他の子には絶対言わないよ! 安心して!」
東間くんは手を振り、ひよこのようについてきた。悪気がないのは重々わかってるから、鞄を置いて声を潜める。
「付き合ってる。何やかんや、紆余曲折、かくかくしかじか」
「良いじゃん。望くんってホワホワしてるから、BL漫画なら受けっぽいなって前から思ってたんだ。念の為訊くけど、受けで合ってる?」
「東間くん。俺らは受けとか攻めとか決めるようなフェーズに至ってない。風紀委員も驚きの、清く健全なお付き合いをしてるんだ」
東間くんは中性的で可愛い見た目をしてる。彼こそ世間一般で言う“受け”っぽいが、哀しき哉、脳内が腐敗しシュールストレミング並みの臭いを放っている。クラスメイトに聞こえないよう、小声で袖を引いた。
「そっかあ。そうだね、望くん高校生だもんね。初々しくて良いと思うよ」
と、高校生の東間くんは言うのだ。
「SMとか興味あったら言ってね。いつでも教材と道具貸すから! 初心者でもあんま痛くないやつ!」
「ありがとう」
畢生そんな機会は訪れないと思うけど、一応お礼を言う。
俺は同性愛者だ。だからBLもちょいちょい読んだことがある。甘々な話が多く、感触は少女漫画とそんなに変わらない。だからこそ夢物語のように、自分とは遠い世界だと思っていた。
それが、まさか自分が溺愛される側になるとは。
ていうか待てよ? 冷静に考えると、彼は身近で相談できる唯一の相手じゃないか。
「ね、東間くん。ちょっと訊きたいんだけど……恋人同士なら、男が甘えても問題ない?」
俺はまだ遠慮してる。見栄や自尊心、そして羞恥心としっかり同居してる。
光義に甘えたいけど、咄嗟にブレーキをかけてしまう。それを何とか直したかった。
東間くんは質問の意味がわからないというように、近くの壁に背を預けた。
「もちろん。極端な話、女の子に甘えてる男の子だっているじゃん。膝枕して〜とか、頭撫でて〜とか」
「あぁ……なるほど……?」
「そう。だから性別なんて関係ないよ。甘え上手は恋愛上手。無防備な姿を見せて、相手が警戒を解いたところで一気に攻めるのがセオリー」
ちょっと論点ズレてきた気がするけど、こと恋愛に関しては東間くんの知識はすごい。スマホのメモにとりながら、甘える極意について聞いていった。
「光義くんに甘えたいってことは、やっぱり望くんは受けだね。おめでとう」
何がおめでとうなのかわからないが、最後は握手で締め括った。自席に着き、椅子の後ろ半分に体重をかけてグラグラ揺れる。
別に攻めが甘えても良いと思うんだけどナー。わんこ攻めとか見たことあるけど、あれまさに攻めが甘えてると思ふ……。
すっかりBL脳ができあがったとき、光義が教室に入ってきた。彼は俺と目が合うと、花が開くような笑顔でやってきた。
「おはよ、望。今日は早いね」
「おはよ。何か早くに目が覚めちゃって……」
俺の恋人はオアシスだ。からからの砂漠に現れた清涼な泉そのもの。
そこに飛び込んで溺れてもいいと思ってる。俺はマジでやばい。
「そっか。わりといつも遅めだからびっくりしたよ」
「ウン。だっ。あのさ、光義」
「ん?」
「早起きした。から、撫でて」
「…………ん?」
案の定、光義は笑顔のまま固まった。
大変だ。世にも恐ろしい沈黙を生み出してしまった。
すごくわかる。接続詞としては無理やり過ぎるし、時と場所がそぐわない。
第一回ドンドンドン引き祭りを開催したい。そして跡形もなく爆破したい。
やっぱ慣れないことはするもんじゃないな……。互いに無言で見つめ合ってると、光義は静かに瞼を伏せた。
「……どこがいい?」
「え?」
「頭とほっぺ」
光義は俺の手を引き、立ち上がらせた。驚いてフリーズしてると、つかつか歩いて廊下へ出てしまった。
引かれるまま男子トイレに入り、個室に入る。
ふぁーッ展開速すぎ! そして行動力あり過ぎ!
光義の溺愛モードに改めて恐れ慄いてると、不意に唇に触れられた。
「せっかく望が甘えてくれてるのに、周りにひとがいたら思う存分可愛がれないからさ」
「光義くん……」
さっきまで東間くんと話してたせいで、思わずくん付けしてしまった。
しかし嬉しいのは事実なので、火照った頬を隠すように俯く。
「すまん。我儘言っていいか?」
「どうぞ」
「全部撫でて」
倒れそうなほど恥ずかしいお願い。でも光義は驚くでも笑うでもなく、俺の手を取ってキスをした。
「仰せのままに。俺のお姫様」
朝のチャイムが鳴り響く。
ホームルームが始まる直前、俺と光義は教室に飛び込んだ。
「こら、望と光義。廊下を走るなよ」
「す、すみません!」
担任の先生に謝りながら、そそくさと自分の席に戻る。個室の中で調子に乗っちゃったけど、間に合ってよかった。
( ん? )
スマホが鳴った為、メッセージ欄を開く。光義から届いたもので、「襟直した方がいいよ」と書かれていた。
ああ、やばい。スマホのミラーを起動し、自分に向ける。そこには乱れた襟元。首筋には、わずかに残る紅い花びらが散っていた。
健全なお付き合い。って、どこまでが健全なんだ。
考えれば考えるほどこんがらがって、底無し沼に沈んでいく。
だって、傍にいたら触れたい。抱き締めたいし、キスしたい。この欲求は、充分不純なんじゃないか。
でも別にそれ以上を求めてるわけじゃない。俺はただ、光義と笑い合えればいいんだ。
……なんて、ひとりでツッコんでみたり。アホ過ぎる自問自答を繰り返し、今日も放課後を待つ。
「望、ナデナデはもういいの?」
「…………」
空き教室に移動し、教卓にもたれる。光義はにやにやしながら俺の隣に頬杖をついた。
「今朝の望めっちゃ可愛かったなあ〜。毎日ああやってお強請りしてほしい」
「ああ……」
アタマ・ナデナーデを毎日。それは確かに、最高過ぎて頭がバグる。デメリットは羞恥心で精神崩壊することぐらいか。
光義は俺の頬をつっついて遊んでいたが、次第に髪を指に絡ませ、伏せるように両肘をついた。
「明日も撫でていい?」
「うん。うんっていうか……お願いします」
会釈すると、彼は嬉しそうに笑った。はぁ。可愛い。
「俺、光義が好き過ぎてやばい。冗談抜きでキャラ崩壊してる」
「転校初日にキャラ崩壊してたから大丈夫だよ」
「やめろ。そうじゃなくて……マジで、露骨にイチャついてみたい。って欲望と闘ってんだ」
額を押さえ、深いため息をつく。
あざと過ぎて引いてしまう。でも、これ以上抑えられない。
俺はもっと光義と……友達じゃできないことをしたい。
「なぁ、光義。俺のこと好き?」
「わ。……なるほどね」
光義は体を起こし、笑ってみせる。でも耳も首元もほんのり赤くて、照れてるのがよくわかった。
俺が光義を振り回してる。最低だと思う反面、喉が鳴った。
「大好きだよ。望は? 俺のこと大好き?」
「そりゃ……大大大好きだよ」
でも結局光義の方が一枚上手で、俺は真っ赤になる。
「お前の全部独り占めしたい。我儘で横暴な恋人だからな」
「ん~~。いいよ」
手を引かれる。光義は下に屈み、俺を教卓の中に引き込んだ。
「俺の全部望にあげる。だから俺も望が欲しい。照れてる顔も葛藤してる声も、全部ちょうだい」
なんて熱い告白だ。俺には到底真似できない。
頷いて、彼の胸に顔をうずめるのが精一杯だ。
「あげるよ。だからこれからもずっと一緒にいて。……頼む」
「もちろん。……頼むのは俺の方だよ」
光義は瞼を伏せ、苦しげに笑った。
「望がいなくなって……どれだけ望のことが好きだったか気付いたんだ。後悔してもしきれないほど」
「光義……」
俺は逆に、彼が好意を持ってくれてることが不思議で仕方なかった。いくら連絡手段を持ってないと言っても、一方的に関係を切ったのと等しいことだから。
恨まれても仕方ないこと。なのに、俺の懺悔の八年と、彼が過ごした八年は全然違った。
彼はずっと俺に会いたいと思ってくれていた────。
そんな奴を好きにならない方がおかしい。顔を上げ、彼の唇を塞いだ。
何度か音の鳴るキスをして、そっと後ろに引く。
「大丈夫。今は俺の方が、お前のこと好き過ぎて生活できないから」
「ほんと?」
「ほんと。……だから、ひとりで過ごしてると苦しいんだ。今日は親も家にいないし」
光義の口元を指で撫で、はにかんだ。
「で、提案なんだけど。光義、今日俺の家に来ない?」

