両片想いは両成敗



俺は馬鹿だ。救いようのないアホ。愚の権化。
楯山と別れた後、自己嫌悪のあまり壁に激突した。
( 何でトイレの個室に行かなかったんだ……! )
トイレの個室なら下着を披露していいわけじゃない。わかってるけど、一番悔やまれるのはここだ。軽率な行動が生んだ結果だから、全て自業自得。
でも、楯山が最後に言った台詞が気になる。
「望、今日ずっと難しい顔してる。大丈夫?」
「あっ……」
翌、昼休み。やはり顔に出ていたのか、光義が心配そうにこちらを見つめていた。
光義に昨日のことは話してない。悩ませるだけだし……最終的に俺ではなく自分のことを責めそうだから、余計な心労はかけたくなかった。
「大丈夫だよ。昨日も寝不足でさっ」
俺ひとりが起こした事件で済んでるのは不幸中の幸いだ。
「テスト勉強から解放されたから、調子乗ってゲームしてた。あはは」
「そっか。じゃあ今日は早めに寝な?」
光義は安堵の色を見せ、微笑んだ。
この笑顔を守らねば。決意は固まる一方だけど、楯山の気遣いも強まっていく。

「望ってよくおにぎり食べてるよな。パンよりご飯派なの?」
「んぐ……」

いつものようにベンチで光義と昼を食べてると、楯山がやってきた。わずかに身構えたけど、彼はその場に屈み、俺に笑いかける。
「ご飯派っていうか、おにぎりか好きとか?」
「う、うん。炊き込み系とか全部好き」
「お。じゃあ今度昼飯買ってくるよ。俺の最寄り駅に美味いおにぎり屋できたから」
「え! あ、ありがとう……!」
おにぎりに罪はない。食べ物につられるのはチョロいと
思うけど、素直にお礼を言う。楯山は任せろと言って踵を返した。
「あ、そうそう……放課後、ちょっとだけ話できる?」
「あぁ……」
光義の視線を感じたけど、軽率に突き放すわけにもいかない。小さく頷くと、彼は微笑み、光義にも手を振って去っていった。
「望、いつの間に楯山と仲良くなったの?」
光義は足を組み、俺の方に向き直る。つい緊張して、目をそらしてしまった。
「や、別に何もないよ! 俺もわかんないけど、楯山がよく話しかけてくれるようになっただけ」
「そう……」
今まで全然話したことがないから、おかしいと思うのは当然だ。気になってるだろうに、光義はそれ以上何も訊いてこなかった。
嫌だな。疑われるのはもちろんだけど……疎外感とか与えてたら。
心の中で光義に土下座し、ご飯を飲み込んだ。飲み込むのが大変な上、その日は初めて、いつもの味がよくわからなかった。


「望。何か遠慮してる? 俺はいつでも下着見ることできるけど」
「大丈夫!! その趣味からは足洗ったから!!」


最上階の踊り場で自分の声が響く。帰りのホームルームが終わると同時に、楯山に呼び出された。俺が欲求不満になってないか心配してるみたいだ。彼は優しい。……そして嘘をついてる俺が百パーセント悪い。
申し訳なくて土下座したいぐらいだ。でも本当のことは言えないから、首を横に振った。
「あれは多分、いっときの病だったんだ。今は下着見られたいとか思わないもん。むしろ見られたくない」
「昨日の今日で気が変わったの? もう駄々っ子だねえ」
そっぽを向いてると、楯山は苦笑した。
「望、本当のこと話してよ。別に脅すつもりなくて、力になりたいんだ。……俺達の為にも」
俺達?
誰のことを言ってるのか訊こうとしたとき、真後ろから手が伸びた。
「はわ!」
「何の話してるの? ……二人とも」
恐る恐る振り返ると、先に帰るよう伝えたはずの光義が佇んでいた。怖いぐらい無表情で、俺の口を手で塞いでいる。何の話か尋ねてるけど、楯山に話させたいようだ。
「光義……」
楯山も困ったように目を泳がせている。少しバツが悪そうに見えた。
「別に、大した話じゃないよ。ね、望?」
「下着がどうのこうのって聞こえたけど?」
光義は俺の口から手を離したが、今度は胸に抱き寄せてきた。
「盗み聞きは良くないよ。……って言いたいとこだけど、俺もここで同じことしたからなぁ」
楯山は瞼を伏せ、降参のポーズをとった。光義は顔を強張らせ、小さく息をつく。
「やっぱり、前にここで俺と望を見てたのは」
「そ、俺。キスの邪魔してごめんな」
ようやく気付いた。ここでポッキーゲームをしたとき光義が慌てていたけど、楯山が見ていたんだ。
待てよ? 見てたってことは、彼はもう俺と光義の関係を……。
「光義、望に下着を見てほしいって頼まれてるんだろ? その役俺が代わろうか?」
「頼まれてないよ。俺が望に頼んでるんだ」
ああ! 言っちゃった!!
「光義、おま……何で言うんだよ。言わなきゃ性癖バレずに済んだのに!」
半泣きで問い詰めると、光義は首を傾げた。
「だって、望が頼んでるって勘違いしてるみたいだから。それとも、楯山に嘘ついたの? ……俺が変態だと思われない為に」
「……っ」
もちろん、そう。答えなくても伝わったらしく、目元を優しく撫でられた。
「ありがと、望」
「うう……いや、自業自得だから……」
でもいっぱいいっぱいで、結局嗚咽してしまった。まさか自分がこんなにメンタル弱いと思わなくて、尚さら戸惑う。
「ひとりで何とかしようとしなくていいんだよ。俺も無警戒だったし、責任がある」
「うっ……ごめん」
「大丈夫。泣かないで、ね」
光義は俺の頬を手ではさみ、あやすように撫でた。俺が泣き止んだことを確認し、楯山に向き直る。
「何が目的? 本気で望の下着が見たいわけじゃないだろ?」
「ん? うん……まあ、望自体は可愛いと思うけど」
楯山がおどけると、光義は目を細めた。
「嘘嘘! 冗談だから落ち着け! だって、お前ら付き合ってんだろ?」
目元を袖で拭い、光義の横顔を見守る。本当は否定するべきなんだろうけど。
「そうだよ」
光義ははっきり告げた。
「だから望を傷つけることは絶対許さない」
楯山に毅然と言い放つ光義は、いつもと全然違う。
そもそも嘘をついた俺に怒るべきなのに、それもしない。
自己嫌悪で大変なことになるから、まず俺に怒ってくれ。
「光義、楯山は悪くないんだ。俺が悪い! お前と付き合ってること隠さなきゃって思って……それにお前のフェチを隠そうとして、露出狂のふりしたから。ごめん……!」
スタートはそこだ。二人に懺悔して頭を下げると、この場にそぐわない楽しそうな笑い声が聞こえた。
「望、お前想像以上だな。重々知ってたけど、マジで良い子」
見ると、楯山は耐えきれないという様子で笑っていた。光義はやっぱり殺気を放っていたけど、楯山は構わずに続ける。
「ごめんな。光義と付き合ってると思ってたけど、どうしてもお前の口からちゃんと聞きたくて」
「え!」
彼の告白に顔が引き攣る。
でも、やっぱりそうか。下着事件の前にポッキーゲームを見ていたなら、恋人同士と思うのが自然だ。
じゃ、俺はまた道化を演じてたのか。下着を見られたい変態として振る舞った、あの努力は空振り……。
虚しさと羞恥心で真っ白になる。楯山は涙でぬれた目を擦り、両手を合わせた。
「本当にごめん。光義に殺されるから、ほどほどでやめようと思ってたけど」
「一日でも駄目」
「すみません」
楯山は光義に謝り、スマホに入った写真を削除した。
「万が一、光義に脅されてたら絶対助けなきゃと思ったんだよ。なんつっても俺の恋人の恩人だし」
恋人? って、誰だ?
光義と視線を交わしてると、楯山はまたスマホを翳した。画面に映ってるのは、やはり俺達のクラスメイト。
「東間のこと庇ってくれてただろ?」
「恋人って、東間くん?」
楯山と東間が写ってる写真を見て、腑に落ちた。聞けば楯山は、学校でも同性愛者が過ごしやすい空気にしたいと思ってるらしい。
「それもほどほどだけどね。逆にちょっと仲良いだけで、ホモとか揶揄われる方が何とかしたい」
「わかる」
光義は即答した。反応速すぎて本当にわかってるのか謎だ。
それでも、安心感から脱力した。変態枠から外されたことはもちろん、光義が傷つかずに済んだことが一番ホッとしてる。
「東間は虐められるのが好きっていう特殊な趣味してるから良いけど、望はそうじゃないだろ?」
「う、うん」
「それなのに、誰かの為に頑張りまくるの凄いよ。光義が可愛がるのもわかる」
楯山はうんうん頷き、ひとりで納得してる。隣では光義も頷いていた。
「東間もよく望のこと話してるよ。優しくて可愛くて、闇夜に降りた天使みたいだって。たまにはああいうタイプに酷いことされてみたいって言うから叱っといたけど」
「ああ、頼む。俺の望をSMの妄想材料にしないで」
( ………… )
一件落着。しかしディープな話のせいで、最後は俺だけ取り残されてる感が否めなかった。