温かさ。
光義の言う温かさが何を意味してるのかわからないけど、また昔のことを思い出した。
陽だまりに包まれ、手を握る。
小さかった俺は安心して眠れる場所を見つけたんだ。それが彼……光義の隣。
あんなに好きだったのに、引っ越しという別れは突然やって来た。子どもながらに人生の残酷さを呪った。
「話は戻るけど、望はもっと我儘になってよ。我慢しないで、俺にはたっぷり甘えて」
「〜〜……っ。……俺にそんなこと思うの、地球上でお前だけだよ」
同い年に甘えられるほど俺はピュアじゃない。どちらかと言うと頼られるのが嬉しい方だ。
でも光義も同じことを思ってるんだろう。
( 悩む……! )
できれば光義の方から甘えてほしいけど、最終的には彼の笑顔を見たい。熟考の末、見栄やプライドから手を離した。
「でも、努力する。お前に、あ……甘えられるように」
「望……」
目を見て宣言する。光義は瞳を揺らし、頬を赤くした。
何でお前が照れるんだと言いたかったけど、可愛いからヨシとしよう。
「あ、そういや早速甘えたいことあったな。放課後勉強教えてくれ!」
「もちろん。望が望むなら朝まで付き合うよ」
「ダメ寝ちゃう」
でも、近いうちに光義を家に呼びたいと思ってる。彼と同じクラスになったことを伝えたら母も喜んでたし。
うん、試験終わったら光義と家で遊ぼう!
ご褒美があれば勉強も頑張れる。心の中でガッツポーズし、その週はテスト対策に奔走した。
そして、大事なテストの結果は。
「やったー! 全教科赤点回避!」
「望、やったね!」
テスト用紙を机に並べ、光義と喜びを分かち合う。
これで補習は免れるぞ。罪悪感なく光義と遊べる。
「勉強も頑張ったね。偉いよ」
「や、お前が教えてくれたからだし。それにほぼ八十点以上のお前に比べたら喜ぶレベル低過ぎて情けないな」
「そんなことないよ。勉強してた範囲が急に変わったんだから」
光義は俺の前に屈み、優しく頭を撫でてきた。
「もっと自分を褒めな?」
「光義……ありがとな」
結局は光義のおかげだ。彼といると自己肯定感上がって半端ない。プリントを鞄に仕舞ってホクホクしてると、光義は耳元でこそっと囁いた。
「話は変わるけど、望。触りたい」
「直だな」
「だって、一週間に一回は絶対抱き締めたい」
そう言う光義の顔は超真剣だ。可笑しくて仕方ないけど、俺も同じだから頷いた。
放課後。教室を出て、廊下を抜ける。最上階の踊り場へ着くと、光義は振り返りざまに俺を抱き締めた。
「回復した」
「ははっ」
同じく。離れて、互いに額を突き合わせる。ささいな時間だったけど、胸の中が満たされた。
けどあることを思い出し、慌てて顔を上げる。
「光義。今日金曜じゃん! 下着鑑賞会は……」
「あ、そうだね。でもそれはもういいよ」
光義は俺の頬を指で押し、肩を揺らした。
「見たいって言えば見せてくれるもんねー。俺の可愛い恋人は」
「ったく……」
悔しいがその通り。これからは彼の望みをバンバン叶えるつもりだ。
「しょうがないな。今見るか?」
「え、いいのっ?」
ベルトに手を掛け、手際良く引き抜く。
今思うと、光義の変態趣味に順応し過ぎていたんだろう。このときには何の躊躇もなくズボンを下ろせるようになっていた。
そしてこの愚行を俺は一生忘れない。時を戻して、このときの自分に右ストレート及び左アッパー、ラリアットをかましたい。
試験が終わって喜んでいたのに、今は後悔の海に沈んでいる。
放課後クラスメイトの楯山に呼び出され、一枚の写真を見せられたからだ。
「いきなりごめんね。でも俺、望のことが心配で」
「…………」
体育館裏に呼ばれた為シメられるのかと思った。幸い暴力ではなかったが、楯山が翳したスマホに写るそれは俺を社会的に殺していた。
「屋上に行けないのに、二人が階段上っていくから気になっちゃって。そしたら望がズボン脱いでたから、びっくりして撮っちゃった」
スマホには、俺が光義に下着を見せる為ズボンを下ろしてる瞬間がおさまっていた。
「びっ、びっくりしたのはわかる。でもそこですぐ写真撮る……余裕があるのはおかしくない?」
動揺し過ぎて口から心臓が出そうだ。でも光義のことを思って何とか耐える。
冷静に返すと楯山は眉を下げ、ため息をついた。
「前から心配だったんだよ。光義が望に付き纏ってるの気付いてたから」
楯山はスマホを口元に近付ける。光義と同じで高校生らしかぬ魅力があるから、些細な仕草にも目を奪われた。
「幼馴染って言ってたけど、こういうこともする仲なの?」
「どどどどういうこと?」
「だから、ズボン脱いだりさ。付き合って、合意の上でやってるなら良いけど……無理やりやらされてるなら見過ごせない」
どうやら楯山は、俺が光義に脱げと命令されたと思ってるみたいだ。
数週間前ならその通りだけど、昨日は違う。俺が自ら脱いだんだ。誤解を解かないと光義が下着フェチのど変態に認定されてしまう。おおかた事実……だけど……っ。
「無理やりじゃないよ!」
パニックながら何とか否定した。光義が困ることだけは避けたい。震えそうになるのを隠し、必死に言い訳を考える。
「俺が自分で脱いだんだ。パンツ食い込んで、気持ち悪かったから」
「嘘下手だね。そんなのトイレですればいいことじゃん。脱ぐ必要があったんだろ?」
仰る通り。目を逸らすと、不意に顎を掴まれた。
「怖がらなくていいよ。俺は望を助けたい。望の力になりたいと思ったんだ」
どうしよう。良い奴だけど困ってしまう。
光義はバレても構わないみたいだけど、付き合ってることは隠したい。やっぱり皆が皆受け入れて、今まで通り接してくれるとは思えないから。
俺はともかく、光義が傷つくのは絶対嫌だ。引っ越しのときに散々傷つけた……これ以上は許されない。
「本当に……無理やりじゃないんだ。付き合ってもいない。俺は、その……下着を視られるのが好きなんだ」
とは言え。
もう少しマシな嘘があったと思う。楯山は少しの間フリーズしていた。
「ええと、それは……露出狂、みたいな?」
「うん。でも誰でも良いわけじゃなくて、できればその、冷たい目のひとがいい。俺の中では光義がゾーン」
心の中で光義に懺悔し、楯山に頭を下げる。
「気持ち悪いこと言って本当にごめん……自分でも気持ち悪いと思う」
「ま、まぁまぁ……人それぞれだし、良いんじゃないかな。東間も似たようなタイプだしさ」
内心泣きたくなってると、楯山はスマホをポケットに入れて距離を詰めてきた。
「でも、光義は望の下着見ることを了承してるの?」
「了承?」
「だって、冷静に考えて男の下着見たいわけないじゃん? 光義は迷惑してるかもしれないでしょ?」
確かに。ザッツライト過ぎて言葉に詰まる。
ここで「了承してる」と答えたら、やはり光義も変態にカテゴライズされてしまう。光義は一般人ってことにしないと。
「いや……俺が頼んでるだけ。光義は優しいから、嫌々下着を見てくれるんだ」
「ふうん……やっぱ話だけ聞くと、望の方が暴走してるかも」
「改心します! もう光義に下着見せつけたりしない……というか露出趣味はやめるから、このことは誰にも言わないでほしい。頼む……!」
もし楯山の意志が強ければ、学校中に噂を広められるかもしれない。でもそれだとやっぱり光義にも被害が及ぶ。
嘘に嘘を重ね過ぎて大変なことになってるけど……何としても変態は俺だけということにしたい。
両手を合わせ、瞼を瞑る。足音はさらに近付いてきた。
「望、顔上げて。心配しなくても誰にも言わないから」
「ほ……本当?」
見ると、楯山は頷いた。
「何回も言ってるだろ。俺は望が困ってると思ったんだ。違うなら全部解決」
「楯山……あ、ありがとう……!」
やっぱり良い奴だ。
優しい言葉に胸を撫で下ろす。が、すぐにその安心は崩れ落ちることになった。
「代わりに、その役目俺が引き受けるよ。“そういう”の慣れてるから、安心して頼って?」

