両片想いは両成敗




「望、おはよ!」
「光義。おはよっ」

翌日。正式に恋人となった、記念すべき初めての朝。
高校の最寄り駅に降りると、ちょうど光義もホームを歩いていた。
「望、昨日はよく眠れた?」
「ああ……」
光義が心配するから、本当は眠れたと嘘をつくべきなんだけど。
「……あんま眠れなかった。何かひとりで舞い上がっちゃってさ……」
瞼を伏せ、頬を掻く。
胸を張って恋人と言える関係になった。そう思ったらドキドキが止まらなくて、ベッドに転がっても中々寝つけなかった。
寝返り百回近くしたし、アドレナリン半端ない。
さすがに笑われるかと思ったけど、光義は大真面目な顔で咳払いした。
「望でも、そんなことあるんだ」
「でもって何だよ。東間君のことで麻痺ってんのかもしんないかど、俺は本来めちゃくちゃ感情豊かなんだぞ」
改札口を抜けて抗議すると、光義は可笑しそうに口元を手で覆った。
「あははっ、そうだね。ごめんごめん……嬉しくて」
「嬉しい?」
「望が俺のことを考えてる。それだけで、俺も舞い上がりそうなほど嬉しい」
歩く度に光義の前髪が風に吹かれ、光に反射する。
颯爽と進む彼は非の打ちどころがない。そんな彼が俺のことで一喜一憂しているのはいささか非現実的だった。
これは自惚れるわー……。
「お前と何しようか、めっちゃ考えてる」
「ほんと? 楽しみだなあ」
わざとぶつかり、肩を突き合わせる。なんてことない通学路が楽しいものに変わった。昨日と同じ景色と思えないほど、新緑も花の色も鮮やかだ。
プラス、光義が輝いて見えて仕方ない。
「やべ、ペンケース忘れた」
「俺予備あるから貸すよ」
「あ、ありがと」
予備があるとか優秀過ぎる。光義にお礼を言い、自分の席に座った。
ちょっと前まではどうやって彼をかわそうか考えてたのに、不思議だ。
今はどうしたら彼が喜ぶか考えてる。
視点が変わると新しい気付きも増える。光義を見て頬を染める女子。期待が込もった目で光義を見る先生達。
どうやら想像以上に、俺の恋人はすごいみたいだ。それがちょっと誇らしくて、反対に不安でもある。
果たして俺はいつまで彼の特等席にいられるのか……。
「望、はい。あーん」
「ちょいちょい! ここ学校!」
昼休み。中庭のベンチに座った光義は、俺の口元にミニドーナツを差し出した。
昨日のノリでやってしまうのもわかるが、学校でのろけるわけにはいかない。光義の手を掴み、そのまま彼の口の中に誘導させた。
「ごめん。嫌だった?」
「いやっ嫌ではない! ただ、ほら……誰かに見られたら噂されて、居づらくなるだろ?」
声を潜めて告げると、光義はかぶりを振った。
「大丈夫だよ」
「は?」
「この学校、同性愛者多いんだ。誰々が付き合ってるって噂は時々聞く」
ミニドーナツを齧り、光義はパックの牛乳を飲んだ。
「そういうカップルを見つけるのが好きな奴がいるみたい。だから自然と情報が入るのかも」
「何だそれ。悪趣味だな」
「ね。でも、そんなとこだから……俺達が付き合ってるって噂が流れても、皆の接し方はそんなに変わらないかもよ」
うー……仮にそうだとしても、やっぱまだ心の準備がなぁ……。
光義と結ばれたばかりだし、しばらくは平穏に過ごしたい。完全二人だけのときにイチャイチャしよう。
「……お前が俺と付き合ってるって噂が流れたら、お前に片想いしてる全女子が俺を刺しに来る」
恋愛って難儀だ。綺麗なことより、下手したら醜い部分の方が多いかも。俺も、光義が誰かと仲良く話してたら疎外感半端ないもん。
友達ですらこれなんだから、女子とイチャイチャしてたらやっばいな。今から怖い。
「あ〜……! 俺性格悪い!」
「何、どうしたの?」
「お前には俺だけ見ててほしいと思っちまう。他の子達がお前と仲良く話しててもさ……俺はこの学校の誰よりもお前と長く過ごしたんだ、とか。誰も知らない、お前の可愛くて小さい頃とか知ってるんだ、って言いたくなる」
早い話、自慢だ。醜い独占欲が爆発してるんだ。
光義は光義で、俺とは違うひとりの人間なのに。最低過ぎて嫌になる。
拳をつくって額をゴンゴンしてると、不意に耳元で囁かれた。

「心配しないで。俺は望しか見えない。……物心ついたときからね」
「なっ」

驚いて振り返ると、鼻先をつつかれた。
光義は目を細め、懐かしそうに続ける。
「俺は冷めてるから、誰も近付こうとしなかった。でも望は、そんな俺に興味津々だったみたい」
「そ、そうだっけ?」
「うん。目をきらきらさせて、何とか俺を笑わせようと頑張ってたよ。別に何も面白くないんだけど、望があんまり必死だから笑っちゃった」
幼稚園に入るより前のことを話してるのかもしれない。しかし、俺はその頃の記憶なんて皆無だ。やっぱり光義は記憶力が尋常じゃない。
俺の一番古い光義の記憶は────向かい合って、どこかで眠ってたことだ。幼稚園なのか、どちらかの家なのか思い出せないけど。
「何でこんなに俺にかまうんだろ。って思ったら可笑しくてね」
「子どもだから許してくれ。多分、同い年だから嬉しかったんだよ」
互いに兄弟がいないから、遊び相手も欲していたはずだ。小さい頃の光義は女の子のようだったし、そりゃ興味津々にもなる。
「ね。子どもって面白いよね」
光義は正面に視線を戻し、自身の膝に頬杖をついた。
「初めて目にした光に夢中になるんだ。そこに理由はなくて、一度でも見たら終わりなんだよ。傷を負うことになっても、あの温かさが欲しくなる」