凍てつく回廊に、脅えきった三雲さまの様子。
三雲さまは震える手で氷月さまに頭を下げている。
「ど……どうかお許しください、竜王さま!」
「何をだ?言ってみろ」
「こ……こたびの美世の無礼を……」
「それだけではないだろう!」
「ひ……っ」
「そう言えば……白羽は風の異能を持つのだったな」
「……っ」
三雲さまの顔が真っ青に染まる。
「そ……それは?」
「異能の残滓。取り分け竜の血が濃い竜王一族は伴侶に対する他の竜人の残滓に敏感だ」
残滓……っ!そう言えば竜人にはそう言う能力があるのだ。
「咲柚が嫁いできた時。咲柚は傷だらけだった。そこに纏わり付いていた残滓……」
氷月さまが冷たく三雲さまを見下ろす。
「……お前のだな」
気付いていたんだ……!
「な……何を、仰って……ぼくは、何も知らな……っ」
「白々しい嘘を吐くんじゃねえ!」
カッと烈火の炎が灯る。
「ひ……っ」
「どういうつもりかは知らないが……俺の花嫁に傷をつけた。その事実には変わらない」
「その……じ、事情があるのです!そ……その、咲柚が……そうだ咲柚が悪いんだ!」
「咲柚が何をしたって言うんだ!」
「だ……だって……咲柚がぼくの婚約者でなければぼくは……美世と婚約できたのに……っ」
「そんなもの、家が契約したものだろう。咲柚のせいではないし、咲柚を傷付けていい理由にはならないだろ!」
「だけど……だけど……美世!た、たすけ……」
「私は何も知らないわ。あんたが勝手にやったことだもの」
「そんな……っ」
三雲さまが驚愕の表情を浮かべる。この期に及んで美世が掌を返した!?
「さて……白羽三雲。俺の花嫁に手を出した以上、白羽家もろともただでは済むと思わないことだ」
「そ……そんな」
三雲さまはひとり孤独に崩れ落ちる。
「それから……」
氷月さまがひとり我関せずの美世を睨む。
「ふふふっ」
しかし美世はこの場の雰囲気にまるで似合わぬ勝ち誇った笑みを浮かべる。
「氷月さまぁ」
氷月さまの名を……っ。
「元々は私が氷月さまの花嫁になるはずだったの」
それは……事実だが。
「なのに咲柚が強引にその座を奪ったから私は咲柚の婚約者だった三雲さまと婚約せざるを得なかった」
嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ……っ!
「さらには三雲さまが落ち目になるなんて……私ってとってもかわいそうな女の子だと思わない?」
「は?」
「氷月さまだってそんなずるくて、さらには女の魅力もない咲柚よりも、かわいくて清楚な私の方がいいでしょぉ?」
ずるいのは……美世の方じゃない!
「だからぁ……」
「ふざけるな」
「は??」
美世が呆ける。氷月さま……!
「咲柚がずるくて魅力がないだと?そんなわけあるか!咲柚は優しくて芯の強い子だ。咲柚の悪口を言うな!」
氷月さまは分かってくださっている。私のことを裏切らないでいてくれる。
「ひ、氷月さまは騙されているのよぉっ!目を覚まして!」
「目ならとっくに覚めている!それに……貴様に名を呼ばれる筋合いはない!」
「な……そんな!氷月さま!私の方が咲柚よりも……っ私こそ、竜王さまの花嫁としてふさわしいはずよぉっ!」
「お前は却下だ」
「は……?」
「巫女の家は他にもたくさんある。遣わされた花嫁がふさわしくないと思えば突き返す気だった」
「そんな……」
初めて聞いた。あの縁談は強制ではなかったのだ。むしろ試される縁談だった。
「だから俺は……咲柚だから花嫁に迎えたんだ」
氷月さま……!私も……氷月さまだったから……っ。
氷月さまは美世の甘言を退け、私のために戦ってくれているんだ。
「やめて!」
私は……もう弱虫なんかじゃない……!
「は……?何よ。咲柚のくせに私に意見する気?咲柚のくせに咲柚のくせに咲柚のくせに!!」
「私だからだよ!」
「はぁっ!?」
「私は……私は何も悪いことなんてしてない!氷月さまへの輿入れだってあなたが嫌がったから……あなたが三雲さまと浮気していたから私が嫁ぐことになったの!!」
「何でたらめ言ってるのよ!氷月さまぁ、こんなの事実無根よぉ。咲柚は嘘つきなの!」
「名を呼ぶなと言っただろう」
氷月さまの鋭い視線が美世を制する。
「咲柚、よく頑張ってる。さすがは俺の妻だ」
「氷月さま……!うん……私、氷月さまの花嫁になれてよかったと今は思うの!」
「咲柚……!」
「だから美世、ありがとう」
「は……?」
「そしてさようなら」
「な、何を……」
「私は氷月さまの妻として生きていく。その座は誰にもあげない。あなたにも。これは私が選んで掴みとった道だから!」
「な……何なのよぉっ!咲柚のくせに咲柚のくせに咲柚のくせに!ずるいずるいずるいずるいずるいずるい!」
美世は自分の思い通りにいかないといつもそうだ。そして怒鳴られ蹴られ、いつも恐くて畏縮した。
だけど今は……。
「いい加減にして!」
「はぁ……?」
「私には氷月さまがいるから。もうあなたの癇癪に脅えたりなんてしない!」
「何よ私の癇癪って!まるで私が悪いみたいじゃない!」
「自分が悪いことにすら気が付いていないの?かわいそうなひと」
「わ……わたしは、私はかわいくて誰にでも愛される!私はかわいそうなんかじゃないわっ!!私は悪くない悪くない悪くない!!」
「悪いのはお前だ!!」
氷月さまの雷が落ちる。
「ひ……っ」
「咲柚の様子を見ればお前が咲柚に何をしてきたかくらい想像がつく」
「わ……わたしは、何も……私のせいじゃ……っ」
「お前のせいだよ。全部、全部」
「嘘よそんなの!」
美世がこちらに向かってこようとするが、制止する。
「何よこれ!?」
美世の足元が凍り付いていた。
「竜王の不興を買ったのだ。これくらい当然のことだろう?」
氷月さまがニィとほくそ笑む。
「何ですって!?こんなの卑怯よ!」
「卑怯な手を最初に使ったのはお前たちではないのか?白羽の力を使って咲柚を傷付けた」
「私は何も知らない!」
「この期に及んでシラを切れると思うな!お前たちも白羽家も同罪。即刻我が宮から出ていってもらおうか」
いつの間にか駆け付けた武人たちが彼女たちを取り囲む。
「いやっ!いやぁっ!」
しかし足を氷漬けにされた美世が抵抗できるはずもない。
「くそ……くそ……お前、そんなにぼくを貶めたいのか!」
苦し紛れに三雲さまがこちらを見てくる。
「貶めたのはあなたの方でしょ?抵抗できない私に風の異能で襲い掛かった。最低なことだよ」
「そんなの、美世がやらせたんだ!」
「あなたも嬉々としてやっていたように見えたけど。あなたたちは立派な共犯。今さら言い逃れ出きるなんて思わないで!」
「……っ」
三雲さまが……いやもうさま付けなんて必要ない。ここまで言い返されると思わなかったのか、三雲が黙りこくる。
「連れていけ」
氷月さまの冷めきった言葉と共に三雲たちが追い出される。
「さて……片付いたか」
「うん……氷月さま、ありがとう」
「何の。咲柚のためだ。当然のことだ」
「だけど……どうして?」
「少し胸騒ぎがしてな。俺の勘は当たるんだ」
「うん、当たったね」
「咲柚を助けられて良かった」
「私も……」
氷月さまがいたから勇気を出せたのだ。
「ありがとうな」
「それは私のセリフなのに……」
「でも俺の妻になれて良かったと言ってくれた」
「うん。選んでもらえて良かった」
「ああ。咲柚、宴に戻ろうか。もうあのような無礼なやからはいない」
「そう……だね」
あんなに恐かった美世たち。しかし勇気を出して言い返したこと。氷月さまが味方をしてくれたことで追い返せた。
「今更ながら……ホッとして」
「咲柚、こちらへおいで」
氷月さまがそっと抱き寄せてくれる。
「何があっても俺が守るから」
「うん……ありがとう。氷月さま」
氷月さまがいればこれからも私は弱虫でいずに済む。勇気を出して前に進むことができるから。
氷月さまと共に宴会場に戻れば賑やかながらも優しい祝福を浴びる。
「竜王さまが花嫁を迎えるとは」
「ああ、何とめでたい」
「末長くお幸せであられますよう」
いつの間にかこんなにも私たちの結婚を祝ってくれるひとびとに溢れていたなんて。
「咲柚」
「氷月さま」
「これからもよろしくな」
「こちらこそ」
氷月さまと末長く良き夫婦であれますように。そんな願いを込めて、乾杯した。
※※※
宴が終わり、宴会場は片付けで忙しない。一方で竜王の宮の居住区は静寂に包まれている。
「氷名はもう眠ってしまったろうか」
月明かりが優しく降り注ぎ、ちょうど眠たくなる時間である。
「そうかも。遊んであげられなかった分、明日はたくさん遊べるといいな」
「そうだな。氷名のことも……ありがとうな」
「私の方こそ……!氷名くんはとってもわかいくて……それからね、氷月さまのことが大好きで」
「ふふっ。最近は『にいさま』と呼びながら駆け寄ってくれるからかわいいのなんの。今まで恐がられているとばかり思っていたから」
「それは……」
「けど氷名との距離が縮まったのも……咲柚のお陰だと思ってる」
「……私」
「ああ。偶然咲柚が氷名を見付けてくれた。あの時は手当てをしようとしてくれていたのに、悪かったな」
「ううん、氷名くんを大切にしている証拠だもの……!」
「咲柚は優しいな」
「氷月さまこそ……っ!」
「俺は氷の異能のせいで冷たいだの冷酷無比だの散々言われてきたから、そう言ってもらえるのが嬉しいよ」
「そう言えば……その噂」
「今までは竜王らしくしようと放置していたが……咲柚に恐がられるのなら少しは丸くなっておいた方が良かったろうか」
最初の出会いのことを言ってるの……?
「そ……そんなことっ!その、恐くなんてないから。氷月さまはいつだって優しくてカッコいいよ」
「ああ、嬉しいよ。咲柚」
氷月さまが優しく微笑む。
「咲柚、愛してる」
ふわりと抱き締める、優しい腕。
「わ……私も」
「うん?」
まるでその答えを待っているかのような静寂が下りてくる。
「私も……愛してる」
この気持ちを氷月さまに届ける勇気を。
私は既に、この手に持っている。
「ああ、咲柚」
抱擁は確かな熱を持ち、ひんやりとした回廊がその熱をより一層掻き立てる。
「氷月さま」
幸せな、幸せな時間。私は氷月さまと幸せになるのだ。やっと……幸せになれるのだ。
「さて、夜は冷えるだろう。咲柚の身体を冷やしては大変だ。寝室に行こうか」
「うん」
寝室ではすやすやと寝息を立てる氷名くんの姿がある。起こさないように2人でそっと布団に入れば、今夜も幸せな夢を見られるような予感がした。

