冷酷無比な竜王さまに嫁いだら溺愛型だった



――――竜王の宮で生活し始めて暫く経った頃。

仕事で使うらしき本が収められた棚に整理整頓された机。氷月さまはここでお仕事をされているのだ。

「よく来たな、咲柚」
「は、はい。氷月さま」

「ここに来るのは始めてだろう?」
「え……ええ。難しそうな本がたくさんあります」
「興味があれば読んでもいいぞ」
「私に分かるでしょうか?」

「咲柚はたくさん本を読むし……少し違う種類の本を読んでみても面白いと思うぞ」
「それなら……今度見に来てもいいでしょうか」
「もちろんだ。いつでもおいで」
「で……ではお仕事の邪魔にならない程度に……お邪魔します」
「ああ」
それにしてもたくさんの蔵書で、あちらこちらには適度に積み分けられた書類も見える。

「その……それで今回はどうしてここへ?」
「ああ、そうだった。宴の件だ」
「……宴?」
それって偉いひとが集まって会食や飲み会をするものだったろうか。
美世がよく両親に連れていってもらっていたが……私はさっぱりだった。

「今度竜王が花嫁を迎えたことを祝う宴が開かれる」
「花嫁って……私?」
「ふふっ。咲柚しかいないだろう?」
「う……うん」

「だけど私は宴とか……初めてで」
「心配ない。主役なのだから俺の隣に座っていてくれれば、俺が指示を出すし、出席者たちとのやりくりも手伝う」
「出席者って……どんな方たちが来るんでしょうか……」

「宴には懇意にしている竜人や高貴な身分のものたちが出席する」
「それって……」
もしかして三雲さまの実家も出席するのだろうか。ぶるり、と悪寒が走る。

「どうした?咲柚」
氷月さまが立ち上がりこちらにやって来る。
「その、何でも……」
「何でもないわけがない」
氷月さまの顔が……近い。

「また顔が真っ青だ」
「それは……」
「言ってみろ。何があっても俺がついている」
その力強い言葉に頬が照ってしまいそうなほど熱を帯びる。

「その……白羽家も参加するのかと……思って」
「……白羽。そうか、咲柚は白羽三雲とかつて婚約関係にあったのか」
「知って……っ」

「無論。花嫁のことは調べる。それも大切な咲柚のことならなおさらだ」
大切な……っ。

「妙な話だと思った。ずっと婚約者がいたはずの咲柚が俺に嫁ぎ、白羽三雲はその妹美世と婚約した」
「それは……私に魅力がないから」
三雲さまも愛想をつかした。

「魅力がないから?そんなわけあるか!咲柚は誰よりも優しく、誰かのためならば強くあれる子だ」
「それって……」
まさに私が憧れていた姿ではないか。いつの間にか私は氷月さまの目にもそのように映ることが出来ていたの?

「その魅力も分からないとは……目が節穴なのではないか?」
「節穴……」
あの三雲さまがそんな風にまで言われるなんて。

「しかしその節穴に感謝もしているんだ」
「感謝……?」

「そのお陰で俺は咲柚に出会えたのだから」
「……っ!」

「今回の宴、敢えて白羽家の参加を省いてはいない」
「……っ」
と言うことは三雲さまが美世と共にやって来るかも知れないと言うこと。

「何があっても俺が咲柚を守る」
守ってくれたあの時のような熱い眼差し。

「それに……見せ付けてやるのも一種の意趣返しになると思わないか?」
「み……見せ付けて……っ!?」
「そうだ。俺が咲柚を溺愛するところを見せ付けてやれば、逃がした魚はさぞ大きかったことを嘆き後悔するだろう?」
「それはその……私にそんな価値があるのか……」
「あるに決まっている」
「……氷月さま」

「嫁いできたあの時の咲柚の目を忘れたことはない」
「……っ」
「俺のことをまっすぐに見てくれた。傷だらけだってのに、力強く」
「氷月さま……」
「俺はそんな咲柚を誇りに思う」
「……!」

「だから安心してくれ」
「……はいっ」
こんなにも氷月さまは私のことを認めてくださっている。

「私……頑張ります。氷月さまの隣に堂々と立てるように!」
「ああ、その意気だ。咲柚のその力の籠った目は何ものにも変えがたい。俺の好きな目だ」
「……っ!はい……!」
私も私を好きになれるような気がしてしまう。氷月さまは不思議な方だ。

※※※

――――夕飯の時間には昼間にあったこと、遊んだことや楽しかったことを話すのが日課になっている。

「うたげ?」
「そうだ。近々兄さまと咲柚で言ってくる。氷名はお留守番になるが浅黄がついていてくれるぞ」

「ひなだけいけないの?」
「もう少し大きくなったら行けると思うが……宴ではある程度座っていなくてはならない」
「ひな、すわってられるよ」
「そうか?お夕飯の倍以上……だけどできるか?」
「……っ」
氷名くんが『ほんとなの?』と目を向けてくる。

「私も初めてだけど、主催側なら……お招きしている側ならそうかも」
「ひな……おるしゅばんしてる」
やはり何事にも興味を持ってしまう年頃。ずっと座っているのは辛いだろう。

「でもにいさまとさゆ、いないのさみしいの」
「心配ない。帰ってきたらたーんと遊んでやる」
「うん、私も」

「……!やくそく」
「ああ、約束だ。その代わりちゃーんといいこにしてるんだぞ?」
ぽふぽふと氷月さまの手が氷名くんのふわふわの髪を撫でる。
「うん……!」
かわいい氷名くんがいいこで待っていてくれるのなら、私も頑張れそうかも。

※※※

――――竜王の宮の広間には続々とお膳が並べられていく。
私たちは主催の席に腰掛け参加者たちの来訪を見守る。

「お会いしたことのない方ばかりで……」
身分の高そうな竜人に人間の花嫁たち。宴に参加したことのない私には誰が誰だか。

「問題ない。俺が教えるから」
「ありがとう……氷月さま」
「それに俺を差し置いて花嫁を拘束しようとするような命知らずはいないから俺に合わせておけばいい」
「わ、分かりました!」
上手くできるだろうか……。緊張はするが、今日のために氷月さまが用意してくれた衣を見れば少し落ち着いた。

「その着物も似合っているな」
「氷月さま……っ!」
「咲柚には咲き誇る花が似合うな」
柄もさることながら、今まで見たことのないような上質な着物だ。美世だって着たことがないだろう。

「でも……その、今までここまでの柄物なんてほとんど着たことがなくて」
宮では小ぶりな花のあしらわれたものなどは着せてもらったが。

「これからはよく着るようになる。すぐになれる」
「そうだと……いいです」
こんな素晴らしいものを着るのは緊張したが侍女たちが丁寧に着付けてくれたからか、どこか安心感もあるのだ。

※※※

高貴な衣に身を包んだ竜人や華やかな衣の花嫁たち。こんなすごい方々の中に自分が混ざってもいいのだろうか?

そんな不安に苛まれつつも宴は時を進めていく。

「竜王さま、花嫁さま。この度にお会いできて誠に光栄でございます」
「ああ。貴殿も良く来てくれた。今宵の宴を楽しむが良い」
「ありがたきお言葉にございます」
次々と挨拶に来る参加者に氷月さまは凛として対応なさっている。やはり普段の顔と竜王としての顔は違うものの根底あるものは同じだと知っているから安心できるのだ。

「咲柚、代わりないか」
「はい、大丈夫です。氷月さま」
氷月さまが対応してくださっているから私はただただ感心しながら見送るだけである。どこかもどかしくも今の私にできることは大人しく隣で微笑んでおくことだろうか。

「良かった。俺も咲柚が隣にいてくれると落ち着くんだ」
「私がいると……?」
「そうだ。面倒な挨拶も苦ではなくなる」
面倒ってそんな、主催にあるまじきことを。

だけどどこか微笑ましくもなってくる。

「氷月さまったら」
私にも役に立てることがあること。それが嬉しくて……微笑ましい。

「ふふっ。そろそろ挨拶も落ち着くだろうし、俺たちも宴の膳をゆっくり食べられる」
「は……はい!美味しそうです!」
「料理人たちが今日のために腕によりをかけてくれたからな」
「ええ」
宴会料理と言うものは初めてだが、だからこそか。どんな味がするのか楽しみである。

そっと箸を伸ばしかけた……その時だった。

「ちょっと、どう言うことよ!」
その声にビクンと肩が震える。

「どんな惨めな姿をさらすのか笑ってやろうと思ったのに!」
「や、やめてくれ。美世。竜王さまの御前だぞ!」
美世と……そして三雲さまだ。

「竜王さまは冷酷無比な恐ろしい方だって……なのにあんな……っ」
美世が悔しそうに唇を噛む。

「それに何よあの上等な着物!私だって持ってないのに!」
「着物なら今度ぼくが買ってあげるから」
「あれよりも上等な着物じゃないと嫌よ!」
「いや……それはさすがに……」
「ちょっと……それでも私の婚約者なの!?せっかくあんたと婚約してあげたのに何なのよこの扱い!」
「美世、どうか機嫌を直してくれ……」
必死に美世をなだめる三雲さまだが、美世はぷんすかと悪態をつくばかりで周囲も何だと怪訝な目を向けている。

「あれが白羽三雲と竜胆美世か。全く耳ざわりな」
「氷月さま……」
「問題ない」
氷月さまが控えていた武人に声をかける。

すると三雲さまと美世の元に数人の武人たちが歩みより2人を宴会場の外に連れ出していく。

「ちょっと!何なのよ!まだご馳走も食べてないのに!」
「や、やめてくれ。美世!これ以上竜王さまの不興を買ったら……っ」

「白羽の倅の方は分かっているようだが。何なんだ、あの阿婆擦れは」
「あ……あば……っ」
あまりの言葉に吹き掛ける。みな美世を褒め称えてばかりだったから、美世がそのように称されたのは初めてかもしれない。

「だがこれで静かになったな」
「は……はい」
「ほら、お膳が冷めきってしまう。早く食べよう」
「え……ええ!」
せっかく料理人たちが作ってくれたんだもの。
早速箸をつければ、ひとつひとつの味付けや飾り付けもこだわっていることが分かり感心してしまう。

「何か気に入ったものがあればこれからも出させよう」
「その……全部美味しくて、どうしたら……」
「ははっ。料理人たちに言ったら喜ぶな。たくさん食べてやれ」
「はい!」
ぱく……ぱくと口に含みながらひとつひとつを大切に堪能する。

「咲柚、疲れたのならお手洗いや休憩に出てもいいんだぞ」
「その……氷月さまは」
「俺はあまり離れられないが、たまにはな。ずっと座っていては疲れるからな。あ……」
「どうしたのですか?」
「少しくらいなら氷名を連れてきても良かったか?いやしかし大勢の目にふれて疲れてしまうかも」
「ではもう少し大きくなってから……ですね」
「むぅ……やっぱりそうだな」
主に氷月さまが過保護すぎてまだまだ秘蔵っ子になりそうだ。

「それでは氷月さま、お手洗いに」
「ああ、俺は待っているから言っておいで」
「はい」
すっくと立ち上がれば、侍女たちが続いてくれる。

「お疲れでしたら簡単な足もみもいたしますわ」
「いや……その、そこまででは」
「あら……長時間の宴会を乗り切る秘訣でもありましてよ」
「それなら疲れたらお願いしようかな……」
「ええ。いつでも仰ってくださいませ」
侍女と歓談しつつお手洗いに向かおうとした時だった。

「見付けたわよ、咲柚!」
「美世……!?」
「私の名前を呼ばないでちょうだい!このぶすが!」
「……」
美世に怒鳴られいつものように反射的に俯いていまった。
「まぁ何ですの?奥さまに対して無礼な!」
しかし侍女が果敢に言い返してくれてハッとする。

「煩いわね!そんなブスに荷担するなんて!」
「きゃっ!?」
美世が侍女を突き飛ばしたのだ。

「やめて!」
「黙りなさいよ!あんたが竜王さまの妻?ムカつくムカつくムカつく!」
噂だけで嫌がったのは美世の方なのに。

「調子に乗ってるんじゃないわよ!三雲さま、やって」
「だ……だが、美世。竜王さまの用意した衣だぞ」
「関係ないわ。分不相応なものを着ているんだから、分からせてやれば竜王さまだって愛想を尽かすはずよ!」

「な……何を」
「黙れ!醜女の癖に生意気な!」
三雲さまが迫る。

「ひ……っ」
「いいから来い!」
「痛……っ」
乱暴に手首を掴まれ思わずすくむ。しかしその時だった。

「その手を放せ!」
私を安心させてくれる声とともに……三雲さまに氷のつぶてが襲い掛かったのだ。

「うわあぁぁぁぁっ!!」
三雲さまの悲鳴と共に不快な手の感触が外れ、優しい腕に包まれる。

「さぁて、一体どう言うことか……説明してもらおうか」
氷のように凍てつく視線と共に怒りに燃える氷月さまの顔を捉えた。