冷酷無比な竜王さまに嫁いだら溺愛型だった



幾らなんでも、冷酷無比と言われる竜王に嫁ぐことになるだなんて。
ことの発端はいつもの癇癪だ。

「嫌よ!竜王に嫁ぐなんて!」
妹の美世(みよ)が癇癪声を上げる。
「冷酷無比で気に入らないと纏めて氷漬け!?そんな恐ろしい竜人、ごめんだわ!」
この世界には人間と竜人がいる。竜王さまは竜人たちの象徴である。しかし届く噂は美世の告げた通り。

「落ち着きなさい、美世。この家は代々竜王に花嫁を輩出してきた巫女の家なのだ。今更反故になど出来ない!」
お父さまが叫ぶ。
竜人には女性が少ない。故に人間から花嫁を娶るのだ。その中でもうちは竜王に花嫁を嫁がせてきた。

「なら咲柚(さゆ)が行けばいいじゃない!」
美世が私を指差す。

「咲柚には既に婚約者がいるだろう!」
そうだ。私は長女として既に竜人の三雲(みくも)さまと婚約をしている。

「それなら私が三雲さまと結婚するわ!三雲さまだって私の方がいいって……もうあんなことまでしちゃったんだから」
「美世、お前……姉の婚約者に手を出したのか!」

「やだ、先に声をかけてきたのは三雲さまよ。冴えないお姉さまよりも私の方がいいって……」
確かに私は地味だし黒髪黒目の平凡顔。美世は薄茶の髪と瞳の美少女だが。
しかし三雲さまに裏切られていたなんて。

「婚約者らしいことなんて何一つされてないんでしょう?」
「……それは」
「私なんて会いに来られる度に衣やお菓子をもらっているわ。あなたはどうなの?」
「……」
「何ももらってないんでしょう?三雲さまが言っていたもの」
婚約者と言っても数回しか会ったことがない。会ったことがあっても会話などほとんどしたことがない。

「あんたみたいな平凡女、話すだけでも嫌なのですって」
声が気に入らない、しゃべり方が気に入らないとしゃべることすら禁止された。女は黙って男の言うことに従えと。しかし美世とは違ったのだ。

「もういい!竜王さまには咲柚、お前が嫁ぐんだ!」
「……はい」
鬼気迫るお父さまの言葉に断ることなど出来なかった。
私はいつも貧乏くじ。何も言い返せず、ただ怒鳴られるままに従うだけ。
どうすれば……どうすればこの地獄から抜け出せるのだろう。

※※※

――――思えばいつもこうだ。

幼い頃、私はまだ何も分かっていなかった。

「お母さま、あのお人形さんが欲しい!」
それはただの子どものごく普通の風景だろう。しかしお母さまはカッと目を見開いた。

「ふざけるんじゃないわよ!」
「いたっ」
パシンと頬に痛みが走る。そしてじんじんと、熱を持つ。

「あんたがそんな地味な見た目で生まれたから竜王さまに嫁がせることが出来なくなったのよ!!他に婚約の貰い手が見付かっただけ感謝しなさい!」
この家は竜王さまに花嫁を嫁がせてきた。だからこそ私の役目はそのはずだった。

「その分美しく生まれた美世が竜王さまの花嫁になる。これで我が家は安泰だわ!だからあんたは……っ」
「いたい!お母さま、いたい!」
乱暴に腕を引っ張られる。

「煩いわね!あんたは黙って大人しく嫁げばいいの!それがあんたの役目なのよ!」

「いやぁ……っ、いたい……いたいよぉ……わああぁぁぁんっ!」
嫁ぐのが嫌だとか、そんなんじゃない。幼い時分に理解できるはずもない。

でもお母さまに愛されないこと。
理不尽な大人からの暴力。

それが辛くて、悲しくて、ただ泣き叫ぶことしか出来なかった。

「いたいよぉ……」
「煩い!泣くんじゃない!煩いのよ!」
バシン、バシン、バシンバシンバシン。
そんなものを毎日のように受けた。

愛されることを諦めた。泣いても誰も守ってくれないのだと知った。

――――いつしか泣くのをやめた。

「やったぁ!新しいお人形さんだぁっ!」
「ふふふ、美世は本当に美しいわねぇ。ほうら、新しい着物も買ってあげるわよ」
「わぁい!じゃぁねぇ、わたし、あれが欲しいの!」
美世がきゃっきゃとものをねだる様子を見せつけられながら私はひとり立ち尽くすだけだった。

※※※

――――そして、現在。
婚約は美世と三雲さまのものとなった。

『私、婚約者が欲しいの』
何もかも与えられた美世は竜王さまとの縁談を切り、言葉通り何でも手に入れた。

「美世、遂にぼくたちは一緒になれるんだ!」
銀髪に瞳孔が縦長の金色の瞳、白い竜角、銀色の尾の竜人が美世を抱き締める。
「ええ、三雲さま!」

「ああ、やっとこの冴えない女から解放される。もううんざりだったんだ」
「んもう、正直に言ったらかわいそうよ」
「ふん、こんな女のことを気にするだなんて、美世は本当に優しい子だ」
「やだ、三雲さまったら」
私はいつまでこんなものを見せつけられるのだろうか。

「おい、咲柚。お前いつまでここにいる」
「え……っ」

「ぼくと美世の間を邪魔するな!消えろ!」
激しい風が衣を裂き、血飛沫が舞う。竜人の異能だ……!

「きゃあぁぁぁあぁっ」
激しい痛みに思わず悲鳴を上げる。

「無様だな」
三雲さまがせせら笑う。

「その傷だらけの身体で竜王さまの前に出てみろ」
「……っ」

「きっとご機嫌を損ねて捨てられるに違いない!それとも氷漬けにされるかもなぁっ!あの御方はお怒りになるとその場一帯を氷漬けにされたそうだ」
「……っ」

「お前もそうなるんだよ」
「そんな……」

「あっはっはっはっはっはっ」
「ふふふふふっ、あははははっ」
何て……ひどい。私は竜王さまの花嫁にもされず殺されるのか。

※※※

三雲さまにズタズタにされた衣と肌にお父さまもお母さまも怒り狂った。

美世や三雲さまにじゃない。こんな失態を働いた私に。

「竜王さまのご機嫌を損ねた際はお前自身が死んで詫びるのだ!我が巫女の家の名に傷をつけるんじゃないぞ!」
「……はい、申し訳、ありません」
震える声でひたすら土下座した。

頭を蹴られ、踏まれ、お父さまの怒りが収まるまで……ひたすらに。お母さまもそれを止めやしない。私は地味で平凡で……不出来な娘だから。

「無様だわぁ。生け贄に相応しいわね」
その最中美世がせせら笑う声が聞こえる。

私は花嫁じゃない。生け贄として捧げられるのか。

※※※

――――幼い頃、私はお母さまに捨てられた。泣くことも許されず、美世が欲しいものは美世のもの。

それでも……。

「お父さま、私、この着物が欲しいわ」
美世が私の着物を指差した。新しいものなど買ってはもらえない。古着を大切に大切に着回していた。

「咲柚!咲柚!」
お父さまが怒鳴る。

「その着物を美世にあげなさい」
「でも……」
着古した着物でも私にとっては唯一のお気に入りだった。

「我が儘言うんじゃない!美世が欲しがっているんだぞ!!」

ドスンッ。

乱暴に床に投げられた。

「ほら!早く脱げ!!」
「いや……っ!やめてっ!」
お父さまが帯代わりの肩巾を乱暴に引きちぎる。

「我が儘言うんじゃない!何て聞き分けの悪い!」
「せめて……着替えさせ……っ」
「煩い!美世が欲しがっているんだぞ!」
何で……何で何で何で……っ。美世が欲しがるからってどうして……どうしてこんな目に遭わないといけないの……?

「早く脱げ!」
強引に着物を剥ぎ取られ、肌着姿で震える。

「このグズめ!」
鈍い痛みが身体中に響き渡る。また身体のアザが増えていく。

「ほうら、美世。美世の欲しがっていた着物だぞ」
「わぁい、お父さま、大好きよ!」
「はっはっはっ。美世はかわいらしい娘だ」
私は……お父さまにとっても娘じゃないのか。

――――私は両親に捨てられたようなものだ。

※※※

――――嫁ぐ、と言っても帰る家などどこにもない。

出来るだけばれぬように肌色の包帯を巻かれる。切り傷と、また新たに付けられたアザだらけの身体。厳重に白無垢を着せられ馬車で竜王さまの宮に向かう。

「花嫁さま、どうぞこちらへ」
「……はい」
花嫁と呼ばれる度に『生け贄さま』と呼ばれているような気がしてしまう。

静謐な畳の間。竜王さまがお掛けになるだろう上座。

「竜王さまがお見えになります」
ついに竜王さまが来られる……!竜王さまはやはり恐ろしいお方なのだろうか。

どうしよう。この白無垢の下の傷やアザがバレてしまったら。お怒りを買ってしまったら。私はここで……死ぬのか。

ポロポロと涙が溢れる。涙などとうに渇れたはずなのに。

「竜王の嫁になることはそんなに嫌か」
「……っ」
男の人の声にハッとする。

目の前に立つのは藍色の髪、瞳孔が縦長の氷色の瞳、絶世の美貌。
金色の竜角に藍色の竜の尾。翼は収納可能なのか今は見えない。

そしてどこまでも……冷たい瞳。

「そうか……お前もか」
ダメだ……いけない。ご機嫌を損ねたら……っ。

「ち……ちがい、違います!」
「……」

「違います……から……!その……お願いしますっ!」
必死で頭を下げた。どうか怒りが収まるまで。そうすればまた……生き延びられるから。

「……ふん、どうでもいい」
「……っ」

「余計なことはするな。俺の平穏を乱すな。ただそれだけだ」
「……はい」
何とか……生き延びられた……?

呆然としながらも、彼の気配が消えたのが分かりホッとする。

「花嫁さま、お部屋にご案内いたします」
「……は、はい」
案内してくれる侍女は栗色の髪に浅黄の瞳の女性だ。

「さて、お着替えを」
「いえ……自分でやります!」
帯をほどかれたらバレてしまう。

「しかし……」
「お願い……します。見られたく、なくて」
「……承知いたしました。湯浴みは部屋の右、着替えは置いておきます」
「は、はい」
「脱いだ白無垢はこちらで畳みますので置いておいてくださいませ」
「……分かりました」
「しかし……」
ビクン。彼女の機嫌を損ねてしまったろうか。

「何かあれば遠慮なくお呼びくださいね」
「は……はい」
ここの侍女は意外にも優しい女性だった。彼女のお陰で隠せた……だろうか。

するりと白無垢を脱ぎ、簡単に広げておく。無理に畳めばシワになってしまうから彼女に任せた方がいいだろう。

「包帯は……あった」
湯浴みに向かうために包帯の予備を取り出す。

「……行こう」
とぼとぼと湯殿に向かう。湯が傷に沁みる。それを必死に我慢しながらやっとのことで湯から上がる。

「あ……血が」
身体を拭き取った布に血が沁みてしまう。

「しまった……どうしよう」
これではバレてしまう。

『花嫁さま』
「……っ」
扉の向こうから彼女の声がする。

『時間がかかっているようですので。何かございましたか?』
「いえ……その……何でも……っ」
どうしよう……どうしよう。これじゃぁ私。

「うう……っ」
『……っ!失礼いたします!花嫁さま!?』
湯殿の扉が開く。

「ひ……っ」
「……その傷とアザは……」
「ご……ごめんなさい……っ」
慌てて地に額をつけようとすれば彼女が慌てて止めてくる。

「そんなことはお止めくださいませ!花嫁さま」
「で……でも……」
「大丈夫です。それを隠されていたのですね」
「ご……ごめんなさい……っ」
「謝らなくていいのです」
彼女が優しく抱き締めてくれる。彼女の着物も汚れてしまうかもしれないのに。

「女の子ですもの。隠したいと思うのは当たり前のことです」
「……」
「布のことは気にしなくて大丈夫です。こちらで処分いたしますから。それと傷薬も持ってきますね」
「だけど……」
「そのままにしておけば化膿してしまいます。女の子なのですから肌はきれいに保たないと。竜王さまも悲しまれます」
竜王さま……っ。

「でも私は死ぬんじゃ……」
「誰がそのようなことを?花嫁さまは竜王さまの妻として幸せになるのですよ」
「生け贄じゃ……」
「そんなことはありません。花嫁さまはまごうことなく竜王さまの伴侶として生涯幸せになるのです」
「幸せに……?」
私が……いいの?

「そうですよ、花嫁さま」
「……その、あなたは」
浅黄(あさぎ)と申します」
「浅黄さん」
「侍女に『さん』は不要です、花嫁さま」
「咲柚……でいいです」
彼女になら……と思ったのだ。

「咲柚さま」
「は……はい。その、傷とアザ、のこと」
「竜王さまにはナイショですよ。女の子同士の約束です」
「……は、はい」
浅黄の優しい言葉に温かい涙が伝う。
こんなにも情けない姿を見せているのに浅黄は傷薬を塗ってくれて、湿布薬を貼り包帯を巻いてくれた。

さらには着替えも厚手のものにしてくれた。

「この後は竜王さまとの晩餐となります」
「その……っ」

「竜王さまは本当はお優しい方なのです。大丈夫ですよ」
「私は怒らせてしまったのでは……」
「誤解されやすい御方なのですよ。気にされてはなりません」
「……」
浅黄が言うのなら本当にそうなのだろうか。それにあの方は……蹴ったり殴ったり……しなかった。

だから浅黄に勧められ少しだけ前に進んでもいいのかもしれないと思った。

晩餐の場に姿を現した竜王さまは相変わらず厳しい顔をされている。機嫌を損ねないように、大人しくしていないと。

「おい」
「……」
「聞いているのか、咲柚」
「ひ……っ、な、名前を……」
どうして竜王さまが私の名前を呼ぶの?

「結婚したのだから当然だろう」
「……申し訳ありません」
「別にいい」
「……」
怒られたわけでは……ない?

「……食べないのか」
「……え」
「先程から全く箸をつけていない」
「その……食べていいと、言われていないので」
竜王さまの許可がないのに箸をつけていいはずがないのでは?

「は……?」
「その……申し訳」
「謝るな」
「その」
「お前はすぐに謝る。それはやめろ」
「……ごめんなさ……、あ……っ」
謝ってはいけないのだった。
でも……それならどうすれば。

「とにかく、食べろ。目の前に膳があるのなら食え」
「は……はい」
お膳に並べられた料理は彩り豊かでどれも温かい。実家では冷えた余り物しかなかったから。美味しいものは全て美世のものだったのだ。

※※※

卓にはたくさんのご馳走が並んでいる。

「これも食べたぁい!あ、これも私のもの!」
その中からまずは美世が食べたいものを食べる。

「これは嫌い。犬にでも食わせれば?」
そう言って美世が嫌いなものを私の前に置かれた皿に投げ付ける。

「さぁ、食べなさいよ!餌よ!もちろん犬なんだから口で食べなさい?犬は手や箸は使わないんだから!」
「は……はい。ありがとうございます」
「私の優しさに感謝しなさいよ」
美世が勝ち誇ったように笑う。

「美世は本当に優しいなぁ」
「こんな出来損ないにもご飯を分けてあげるだなんて」
両親は狂ったように美世を褒めた。

「さぁ、食べなさいよ、犬!」
「……は、はい」
もう、羞恥心などない。そんなものすらなくなった。こんなものでも、こんな食べ方でも。食べなくては生きていけなかったから。

※※※

――――久々に、箸を持った。
人間として食事をしている。

こんな美味しいものを食べていいのかと戸惑いながらも、私は言われたことをやるしかない。それしか……できない。

だけど竜王さまは私に人間として食べさせてくれたのだ。

「……好き嫌いと言うわけではないのか」
「……?」
「いや、別にいい」
竜王さまは顔を背け食事を再開される。私も早く食べなければ。竜王さまを待たせてはいけないから。

急いで食べようとすれば竜王さまの食べる速度が弱まる。もしかして合わせてくれている……?
浅黄の言っていた通り本当はお優しいお方なのだろうか。

――――どうしてか竜王さまは恐いおひとではないような……ただそんな気がしてしまった。