“せっかく壮太が俺をイメージしてくれたんだったら、その役、やってもいいかなって……”
これってどういう意味なんだろう? 本人に聞きたかったけど、なんだか切り出せない。僕が卓也を演劇の主役にしたのって、本人にとって本当によかったんだろうか?
芝居のミーティングが終わり、僕は卓也と一緒に帰りながら、物思いに捉われていた。
駅前の商店街に差し掛かった。
一寸、どこかに寄れないかな、話したいことがあるから……
そう切り出したかったけど、勇気が出なかった。
学校帰りに卓也と二人きりでどこかに寄ったことなんかこれ迄したことがない。僕にとっては重大事件で、デートと一緒なんだから……
「あのさ……」
「なんだよ?」
僕となんかつきあってくれるだろうか? 不安にかられる。
向こうに何軒かファーストフードの店の看板が見える。マックは下校中のうちの学校の生徒達が多く出入りする。あまり人に見られたくない。その先にはスタバもある。スタバだったらいいかも……
夕暮れ時の商店街。学校や勤め帰りの人達で賑わっている。
ようし、勇気を奮って、スタバに誘おう。
「あのう…… よかったらそこでお茶でも……」
そう言いかけた時……
え?
卓也が突然、走りだした。
な、なんで……?
逃げだした? 僕が嫌だから……?
慌てて後を追いかける。
「ど、どうかしたの?」
「彼女だよ」
「彼女……?」
「彼女、見つけた……」
「彼女って…… 誰?」
「YURIだよ」
「え?」
女装した僕の画像をYURIのメールアドレスで送って以来、卓也が嶋田友梨佳のことを彼女だと決めつけることはなくなった。前に学校の廊下で嶋田友梨佳を見かけた時、彼女はうちのクラスの洋子と一緒にいて楽しそうに話していた。内気で男の人が苦手だって聞いていたけど、洋子といる時はあんな顔をするんだなって、その笑顔に見とれていると、こちらに気づいた洋子が、「ありがとう、松崎君に言ってくれたんでしょう?」って声をかけてきた。「うん、まあ……」僕は曖昧に答えてから、「嶋田さんと仲いいんだね」って、関係ないことを言った。すると、怪訝そうにしてから、「壮太君が松崎君と仲がいいのと一緒よ」と、どう捉えていいのかわからないことを返してきた。まあ、それはともかく、卓也は嶋田友梨佳よりも別の物に関心を示すようになり、その点僕の目論見は成功したのだけど、厄介な問題はなおも続きそうだった。
見ると、向こうの交差点に、赤いワンピースに長い髪をした女性の背中が見えた。女性は横断鋪道を渡り終え、交差点の向こう側に達しようとしていた。
あれって、お姉ちゃん……?
僕の目にはそれが姉の後ろ姿に見えた。僕がこっそり借りた赤いワンピースを着て、ロングヘアのウィッグまでつけていた。
なんであそこにいるの? 美容専門学校の帰り? でも、なんでウィッグなんてつけているの? ああ、よりによってあの服装の時にあのウィッグを……!
「なんで、卓也のSNSのフォロワーがこんな所にいるの? この街の人かどうかもわからないのに……」
並んで駆け続けながら声をかける。
「だって、あの髪型であの服だよ。あの写真と同じじゃないか」
「あんな服、どこでだって売っているんじゃない? ただ似ているだけだよ」
卓也は僕の言うことなんて聞いていない。全然歩を緩めようとしない。
「待てよ、もう信号が赤になる、間に合わないよ」
目の前の青信号が点滅している。卓也は低学年の悪ガキみたいに無理矢理渡ろうとする。
「待ってったら!」
僕は叫び、横断歩道に足を踏み入れたところでわざとしゃがみこんだ。足を挫いたフリをした。
卓也が振り返った。歩行者用の信号が赤に変わった。右折してきた車が僕の前で停車した。
卓也が歩道を引き返して来て、
「どうしたんだ?」
と、しゃがみこんでいる僕を見下ろした。
「足を挫いて……」
「しょうがないなあ」
手を差し出して、僕を立たせてくれた。
卓也の掌の柔らかい感触を腕に感じた。僕達は交差点の前に戻った。そこで赤になった信号が変わるまで待ち、交差点を渡った時にはもう姉の姿は見えなかった。
卓也が姉の後を追うのを諦め、僕を心配して横断歩道を戻ってきてくれたことが嬉しかった。そればかりでなく、その後も僕のことを心配してくれた。
「おまえ、大丈夫か?」
と、わざと足を引き摺るようにして歩いている僕を見かね、
「たしかあそこにスタバがあっただろう? そこで休んでいくか?」
だって…… ラッキー。向こうから誘ってくれた。
スタバまで引き返した。僕の足(全然痛くないけど)を気遣って、注文も僕の分までカウンターに取りに行ってくれて、二人分の飲み物をボックス席まで運んできてくれた。
卓也と向き合って座る。胸がドキドキ。これって僕にとっては初デートだ。
なにか話さなきゃ。相手を退屈させちゃいけない。女の子の話とかすれば喜ぶんだろうな。でも、女の子の話なんて僕にはムズいかも……
「ねえ、あのう……」
「なんだよ?」
「本当によかったの? 芝居の主役……」
「うん……」
「僕、卓也に悪いことしちゃったんじゃないかと思って……」
「なに言ってんだよ? 俺、おまえに感謝したいくらいだよ」
「え?」
「だって、俺みたいなのが恋愛劇の主役だよ、それも相手役が神崎なんだもの」
「はあ?」
「おまえが配役で俺を主役に選んでくれた時、俺、頭の中がぼーっとなっちゃったよ。芝居とはいえ、神崎みたいな人を相手にできるんだもの。あの話、ラストシーンは、二人で向き合ってあいつから愛を告白されるんだろう?」
「まあ、そうだけど……」
「芝居だからなんだけど、俺が人からコクラレるなんてさ、こんなチャンス、二度とないよ。俺、タクヤの役、やるよ、相手が神崎なら!」
そ、そ、そこか……
「まあ、向こうは俺が相手では嫌がっているようだけどな」
「え……? 別にそんなことないでしょう?」
「いや、そうなんだよ」
自信たっぷりに卓也は断言する。
僕は首を捻った。たしかに配役決めの時、神崎は不満そうな顔をしていたけど、それって、相手役が不満だったからなんだろうか?
「どうしてそう思うの?」
「どうしてもだよ」
「……」
「俺は彼女とは小学校から同じ学校だったんだ。彼女が俺を嫌っているのはよくわかっているんだ」
「そうだったの?」
「うん、まあ……」
「僕、そんなの全然知らなかった…… なんだ、知っていたら、あんな配役にしなかったのに……」
「いや、配役はあれでいいよ」と、卓也は相好を崩している。「彼女が俺をどう思ってようと、俺は彼女が好きなんだ」
え? なに? 僕、もう失恋……? 初めてのデーとのつもりだったのに…… って、相手にはその気がないんだから、わかりきったことなんだけど。
動機はどうあれ、卓也がやる気になってくれているので、僕は安心した。思いは少々複雑だけど。
“俺が人からコクラレるなんてさ、こんなチャンス、二度とないよ……”
そんなことないんだけどなあ……と、言ってやりたかった。
その夜、僕が家に帰ると、姉は既に帰宅していた。
赤のワンピースを着ていた。ウィッグはもう着けていなかったけど。
「お姉ちゃん、今日は何処に行っていたの?」
姉はギョッとして僕を見た。
「な、なによ、学校よ、決まっているでしょう」
顔がきれいなのは認めるけど、そんな怖い眼で睨みつけられると、性格はどうなのかと思う。
「なんで学校に行くのに、その恰好なの?」
「別にいいじゃない。お洒落して行ったって……」
「普段はウィッグなんて着けていないよね?」
「ど、どうして知ってんの?」と、また眼玉を大きくして睨みつけてくる。「見たの?」
僕は頷いた。
「駅の近くで……」
「そうよ、今日は学校、サボッたのよ」
「サボッて、なにしてたの?」
「知り合いと会っていた。今は地方にいる人で、出張でこっちに来ていて、今日じゃないと会えないっていうから、会いに行っていたのよ」
それから、こちらが聞きもしないのに声を張り上げて、
「私はね、壮太みたいなガキじゃないの。大人のつきあいっていうものがあるんだから!」
「その人って、男の人の人?」
「……」
「わざわざウィッグを着けて会いに行ったってことは…… 男って長い髪の女性が好きだから……」
「ピンポーン!」
調子っぱずれの声で急におどけたように言った。
「そうよ、彼氏よ」
そして、うっすらと顔に自慢するような綻びを作り、
「将来、あんたのお兄さんになる人かもね」
なんて言った。
どういう意味かって聞いたけど、勿体ぶって詳しくは話してくれなかった。
なんだか悔しかった。姉といい、卓也といい、堂々と自分には好きな人がいるって公言できる身分の人達が羨ましかった。
これってどういう意味なんだろう? 本人に聞きたかったけど、なんだか切り出せない。僕が卓也を演劇の主役にしたのって、本人にとって本当によかったんだろうか?
芝居のミーティングが終わり、僕は卓也と一緒に帰りながら、物思いに捉われていた。
駅前の商店街に差し掛かった。
一寸、どこかに寄れないかな、話したいことがあるから……
そう切り出したかったけど、勇気が出なかった。
学校帰りに卓也と二人きりでどこかに寄ったことなんかこれ迄したことがない。僕にとっては重大事件で、デートと一緒なんだから……
「あのさ……」
「なんだよ?」
僕となんかつきあってくれるだろうか? 不安にかられる。
向こうに何軒かファーストフードの店の看板が見える。マックは下校中のうちの学校の生徒達が多く出入りする。あまり人に見られたくない。その先にはスタバもある。スタバだったらいいかも……
夕暮れ時の商店街。学校や勤め帰りの人達で賑わっている。
ようし、勇気を奮って、スタバに誘おう。
「あのう…… よかったらそこでお茶でも……」
そう言いかけた時……
え?
卓也が突然、走りだした。
な、なんで……?
逃げだした? 僕が嫌だから……?
慌てて後を追いかける。
「ど、どうかしたの?」
「彼女だよ」
「彼女……?」
「彼女、見つけた……」
「彼女って…… 誰?」
「YURIだよ」
「え?」
女装した僕の画像をYURIのメールアドレスで送って以来、卓也が嶋田友梨佳のことを彼女だと決めつけることはなくなった。前に学校の廊下で嶋田友梨佳を見かけた時、彼女はうちのクラスの洋子と一緒にいて楽しそうに話していた。内気で男の人が苦手だって聞いていたけど、洋子といる時はあんな顔をするんだなって、その笑顔に見とれていると、こちらに気づいた洋子が、「ありがとう、松崎君に言ってくれたんでしょう?」って声をかけてきた。「うん、まあ……」僕は曖昧に答えてから、「嶋田さんと仲いいんだね」って、関係ないことを言った。すると、怪訝そうにしてから、「壮太君が松崎君と仲がいいのと一緒よ」と、どう捉えていいのかわからないことを返してきた。まあ、それはともかく、卓也は嶋田友梨佳よりも別の物に関心を示すようになり、その点僕の目論見は成功したのだけど、厄介な問題はなおも続きそうだった。
見ると、向こうの交差点に、赤いワンピースに長い髪をした女性の背中が見えた。女性は横断鋪道を渡り終え、交差点の向こう側に達しようとしていた。
あれって、お姉ちゃん……?
僕の目にはそれが姉の後ろ姿に見えた。僕がこっそり借りた赤いワンピースを着て、ロングヘアのウィッグまでつけていた。
なんであそこにいるの? 美容専門学校の帰り? でも、なんでウィッグなんてつけているの? ああ、よりによってあの服装の時にあのウィッグを……!
「なんで、卓也のSNSのフォロワーがこんな所にいるの? この街の人かどうかもわからないのに……」
並んで駆け続けながら声をかける。
「だって、あの髪型であの服だよ。あの写真と同じじゃないか」
「あんな服、どこでだって売っているんじゃない? ただ似ているだけだよ」
卓也は僕の言うことなんて聞いていない。全然歩を緩めようとしない。
「待てよ、もう信号が赤になる、間に合わないよ」
目の前の青信号が点滅している。卓也は低学年の悪ガキみたいに無理矢理渡ろうとする。
「待ってったら!」
僕は叫び、横断歩道に足を踏み入れたところでわざとしゃがみこんだ。足を挫いたフリをした。
卓也が振り返った。歩行者用の信号が赤に変わった。右折してきた車が僕の前で停車した。
卓也が歩道を引き返して来て、
「どうしたんだ?」
と、しゃがみこんでいる僕を見下ろした。
「足を挫いて……」
「しょうがないなあ」
手を差し出して、僕を立たせてくれた。
卓也の掌の柔らかい感触を腕に感じた。僕達は交差点の前に戻った。そこで赤になった信号が変わるまで待ち、交差点を渡った時にはもう姉の姿は見えなかった。
卓也が姉の後を追うのを諦め、僕を心配して横断歩道を戻ってきてくれたことが嬉しかった。そればかりでなく、その後も僕のことを心配してくれた。
「おまえ、大丈夫か?」
と、わざと足を引き摺るようにして歩いている僕を見かね、
「たしかあそこにスタバがあっただろう? そこで休んでいくか?」
だって…… ラッキー。向こうから誘ってくれた。
スタバまで引き返した。僕の足(全然痛くないけど)を気遣って、注文も僕の分までカウンターに取りに行ってくれて、二人分の飲み物をボックス席まで運んできてくれた。
卓也と向き合って座る。胸がドキドキ。これって僕にとっては初デートだ。
なにか話さなきゃ。相手を退屈させちゃいけない。女の子の話とかすれば喜ぶんだろうな。でも、女の子の話なんて僕にはムズいかも……
「ねえ、あのう……」
「なんだよ?」
「本当によかったの? 芝居の主役……」
「うん……」
「僕、卓也に悪いことしちゃったんじゃないかと思って……」
「なに言ってんだよ? 俺、おまえに感謝したいくらいだよ」
「え?」
「だって、俺みたいなのが恋愛劇の主役だよ、それも相手役が神崎なんだもの」
「はあ?」
「おまえが配役で俺を主役に選んでくれた時、俺、頭の中がぼーっとなっちゃったよ。芝居とはいえ、神崎みたいな人を相手にできるんだもの。あの話、ラストシーンは、二人で向き合ってあいつから愛を告白されるんだろう?」
「まあ、そうだけど……」
「芝居だからなんだけど、俺が人からコクラレるなんてさ、こんなチャンス、二度とないよ。俺、タクヤの役、やるよ、相手が神崎なら!」
そ、そ、そこか……
「まあ、向こうは俺が相手では嫌がっているようだけどな」
「え……? 別にそんなことないでしょう?」
「いや、そうなんだよ」
自信たっぷりに卓也は断言する。
僕は首を捻った。たしかに配役決めの時、神崎は不満そうな顔をしていたけど、それって、相手役が不満だったからなんだろうか?
「どうしてそう思うの?」
「どうしてもだよ」
「……」
「俺は彼女とは小学校から同じ学校だったんだ。彼女が俺を嫌っているのはよくわかっているんだ」
「そうだったの?」
「うん、まあ……」
「僕、そんなの全然知らなかった…… なんだ、知っていたら、あんな配役にしなかったのに……」
「いや、配役はあれでいいよ」と、卓也は相好を崩している。「彼女が俺をどう思ってようと、俺は彼女が好きなんだ」
え? なに? 僕、もう失恋……? 初めてのデーとのつもりだったのに…… って、相手にはその気がないんだから、わかりきったことなんだけど。
動機はどうあれ、卓也がやる気になってくれているので、僕は安心した。思いは少々複雑だけど。
“俺が人からコクラレるなんてさ、こんなチャンス、二度とないよ……”
そんなことないんだけどなあ……と、言ってやりたかった。
その夜、僕が家に帰ると、姉は既に帰宅していた。
赤のワンピースを着ていた。ウィッグはもう着けていなかったけど。
「お姉ちゃん、今日は何処に行っていたの?」
姉はギョッとして僕を見た。
「な、なによ、学校よ、決まっているでしょう」
顔がきれいなのは認めるけど、そんな怖い眼で睨みつけられると、性格はどうなのかと思う。
「なんで学校に行くのに、その恰好なの?」
「別にいいじゃない。お洒落して行ったって……」
「普段はウィッグなんて着けていないよね?」
「ど、どうして知ってんの?」と、また眼玉を大きくして睨みつけてくる。「見たの?」
僕は頷いた。
「駅の近くで……」
「そうよ、今日は学校、サボッたのよ」
「サボッて、なにしてたの?」
「知り合いと会っていた。今は地方にいる人で、出張でこっちに来ていて、今日じゃないと会えないっていうから、会いに行っていたのよ」
それから、こちらが聞きもしないのに声を張り上げて、
「私はね、壮太みたいなガキじゃないの。大人のつきあいっていうものがあるんだから!」
「その人って、男の人の人?」
「……」
「わざわざウィッグを着けて会いに行ったってことは…… 男って長い髪の女性が好きだから……」
「ピンポーン!」
調子っぱずれの声で急におどけたように言った。
「そうよ、彼氏よ」
そして、うっすらと顔に自慢するような綻びを作り、
「将来、あんたのお兄さんになる人かもね」
なんて言った。
どういう意味かって聞いたけど、勿体ぶって詳しくは話してくれなかった。
なんだか悔しかった。姉といい、卓也といい、堂々と自分には好きな人がいるって公言できる身分の人達が羨ましかった。
