10月に体育祭が終わると、その翌月には文化祭が控えており、生徒達は今度はその準備に掛からねばならなかった。
クラスごとに展示か発表かの出し物をしなければならないのだが、その日のホームルームの議題は、うちのクラスはなにをするかと、担当は誰にするかだった。去年は展示だったため、今年は発表で演劇をやることに決まった。携わるメンバーも何名か選出された。主に部活動をしていない、生徒会やなにかの委員もしていない、時間に余裕のありそうなメンバーが選ばれたのだろう、僕も卓也もその中に入っていた。部活動をしている洋子と手芸部の女子が二人と、それとクラス委員長も例外的に入っていたが、洋子は文芸部で演劇に使えそうな戯曲を知っていそうだからという理由で、手芸部の女子は舞台衣装を任せられそうだからという理由で、クラス委員長はクラスの代表だからという理由で選ばれていた。それでメンバーはこの日の放課後、第一回目のミーティングを行うことになった。
女子の間からロミオとジュリエットのような恋愛劇をやりたいという声があがった。でも、ロミオとジュリエットは定番すぎる、去年も三年のクラスがやっていたし、今年もどこか他のクラスがやるかもしれない。他のクラスと被るのは避けたい。ならば、絶対に被らないようにオリジナルの芝居を作ろうということになった。
「ストーリーはどうする?」
「誰が考えるの?」
「脚本を書ける人って、この中にいるの?」
そこで文芸部の洋子がすっと手を上げて発言した。
「私、壮太君を推薦します」
え? 僕……?
皆が一斉に僕の方を見る。かあっと顔に火が点いたようだった。芝居の脚本なんてとんでもない。出演するのはもっと嫌だから、衣装作りや舞台設置の裏方に回ろうと思っていたのに。
「壮太君は元文芸部で、たくさん本を読んでいるし、小説だって書いているんです」
なにもこんな所でそんなことバラさなくたって…… へえっという感嘆の声が皆の間から漏れ、ますます僕の顔は熱くなった。
「だ、だったら…… 洋子さんは現在も文芸部だし、洋子さんの方が適任じゃない?」
そうだ、元文芸部よりも現役の文芸部の方がよいに決まっている。彼女は自分にその役が回ってくるのを予期して、それを避けるために早々と僕を推薦したのではないかと詮索したくなってくる。
僕は対抗して発言したが、彼女は落ち着いている。こちらが反論してくるのも事前に予測していたことだったのか……
「私は散文は得意じゃないもの」と、あっさり返してきた。「私は詩が専門なの」
「そうよね、洋子は校誌にもよく詩を書いているものね。詩よりも小説の方が断然物語性はあるものね」
と、女子生徒の一人が口添えした。
洋子と仲の良い女子だったので、これも予測の成果か、前もって示し合わせていたんじゃないかと疑った。
「だったら、自作の詩をモチーフにして、物語を作ってみるとか…… 寺山修二なんか詩人で劇作家だし……」
負けまいと反論してみたものの効果なしだ。皆の反応は薄い。寺山修二の名前を出したって、高校生じゃ洋子以外は知らなさそうだし……
「壮太君って、どんな小説を書いているの?」
「恋愛ものよね?」
「胸キュンするやつなの?」
なんて女子の間から口々に質問が飛んでくる。
「官能小説じゃないのか?」
男子までもがふざけて笑い混じりに言ってくる。
それを聞いて卓也が豪快に笑い、女子は嫌そうにしてみせるが、やはり笑っている。
皆は僕が小説書いているっていう話題から抜け切れていないようだ。ただネットの小説サイトに自作の作品を上げているだけで、“いいね”なんて全然つかないし、なんの評判にもなっていないのに。
「よし、じゃあ、ここは壮太に任せていいんじゃないか」
まずいことに他より発言力のありそうなクラス委員長が洋子の意見に乘ってしまった。
「じゃあ、決まり」と、すかさず洋子が後に続く。「次のミーティングまでに壮太君が脚本を書いてくること。登場人物の配役もお願いね」
「え? 困るよ、そんなの……」
僕の声なんか誰も聞いていない。一斉に沸き起こった拍手で掻き消された。僕が諦めて口を噤むまで、皆は拍手を止めないつもりだ。
勝手なんだから…… もう、どうなっても知らないからな……
拍手が鳴り止んだ後で、そう言ってやりたかったけど、度胸がなくて声にできなかった。
戯曲なんか書いたことがない。かといって、ただ物語が書きたいだけだから、小説にこだわっているわけでもないけど。ゲイが主役で古典的名作にもなった舞台劇って数々ある。まずはマーティン・シャーマンの「ベント」だ。プイグの「蜘蛛女のキス」だってもとは対話形式からなる小説だったけど、後に戯曲化され舞台劇になった。それからファイアスタインの「トーチソングトリロジー」……
僕が悪戦苦闘して書き上げた芝居のタイトルは、「誰かが君に恋している」それまで書いていた自作の小説を戯曲に書き換えたものだ。
主役はタクヤとユリナの二人。タクヤは高校三年の 18歳。ユリナはタクヤと同い年で幼馴染。サラサラの長い髪をした美しい娘で、タクヤは図体ばかりデカくて平凡で見映えのしないタイプ。
中学生になる前に東京へ引っ越していったユリナが、5年ぶりに故郷の町に帰ってきた。タクヤは美しい年頃の娘へと成長した彼女と近所の公園で再会する。
タクヤはずっとユリナのことが好きだった。だけど、彼女と眼も合せられない。彼女はあまりにも自分と差がありすぎるから。
ユリナ 「どうしたの? こんな所へ呼び出したりして……」
近所の公園。日曜の夕暮れ時。ブランコで数人の子供達が遊んでいる。
ユリナ (子供達に目を奪われて)「まあ、私もここは好きだけど……」
タクヤ 「あのさ……俺……」
ユリナ 「なあに?」
タクヤ 「俺……」
ユリナ 「なあに?」
タクヤ (足元の地面ばかりを見つめて)「……」
ユリナ (俯いているタクヤを見つめて)「……」
タクヤ 「やっぱり、いいよ」
ユリナ 「いいって、なにが……?」
タクヤ 「言うの、やめた。言ってもしょうがない」
ユリナ 「なによ、それ? 大事な話があるって言うからここまで出てきたのに」
タクヤ 「ごめん」
ユリナ 「あなた、変よ。言いたいことがあるなら、はっきり言ったら?」
タクヤ 「だから、ごめん……」
ユリナ (大きく溜息を吐いて)「しょうのない人ね」
タクヤ 「そうだよ、しょうがないんだよ、俺……」
ユリナ 「なんかウジウジして……」
タクヤ 「そうだよ、蛆虫だよ、俺……」(足元の地面を靴の踵でトントンと蹴る)「この土の中に隠れ潜んでいる虫けらと同類なんだよ」
ユリナ 「ねえ、タクヤ、もっと自分に自信をもちなさいよ」
タクヤ 「駄目だよ、俺なんか……」
ユリナ 「駄目って、なんでそう決めつけるの?」
タクヤ 「俺って、なにも取り柄がないもの。見てくれだってよくないし……」
ユリナ 「そんなことないよ。あなたにだってあなたの良さがあるよ」
タクヤ 「でも、少しばかりそんなものがあったって、誰も気づいてくれないよ。俺を気に入ってくれる奴なんかどこにもいないし……」
ユリナ 「いい? 人は皆、多様なんだよ。あなたのことが好きだって、世界のどこかにきっといるものよ」
タクヤ 「どこにいるんだよ? そんな奇特な奴……」(顔を上げ、反抗期の少年らしい怒りの目でユリナを見据える)「どこにもいないよ、そんな奴……」(再び目をそらし、卑屈に歪んだ笑みを浮べる)「いるんだったら御目にかかりたいよ!」
ユリナ (叫ぶ)「ここにいるわ!」
タクヤ (驚く)「……」
ユリナ 「今になって気づいたの、私……本当はあなたが好きだった……」
タクヤ (声を震わせて)「ユ、ユリナ……」
ユリナは、一歩前へ踏み出し、タクヤに近づく、
タクヤ 「ありがとう……」
二人は互いの手を取り合い、顔を近づけ合う。
僕が自分の作った台本をリーディングし終えると、それまでおとなしく聞いていた聴衆からわっと歓声があがった。
「いいじゃない、そのストーリー」
「なんかほっこりするような話ね」
「うん、よくできているよ」
意外と評判はよかったようだ。
「それで、配役はどうするの?」と、洋子は尋ねた。「それも決めてあるんでしょう?」
「うん……」
僕は頭の中にあったことを表に出した。
「主役のユリナは神崎さん。タクヤは松崎卓也……」
主役に指名された神崎には皆納得していたようだけど、卓也の指名にはそうではなかった。芝居のあらすじを読み聞かせた後は、
「いい、いい」って褒めてくれていたのに、配役を発表した後では、皆人が変ったみたいに黙りこくった。
「主役の神崎さんはいいんだけど……」と、暫くしてようやく女子生徒の一人が口を開いた。「もう一人の主役が松崎君? たしかに役のタクヤと名前が一緒とはいっても……」
「そうよね。あ、別に松崎君がいけないっていうわけじゃないけど、主役なんだから、ここはもう少し見栄えのする人の方が…… たとえば氷室君みたいな……」
「待てよ、役のタクヤは見栄えのしない奴なんだろう?」と、委員長が口出しした。「だったら、松崎でいいんじゃないか?」
失礼にも聞こえる発言だが、自分でもそれを認めているのか、卓也はおとなしくしていた。
「芝居なんだから、氷室君がその見栄えのしない男性を演じればいいのよ、演技でどうにでもなるでしょう?」
そう言ったのはもう一人の主役を指名された神崎だ。彼女も自分の相手役は氷室みたいなタイプにやってもらいたいのか……
「さっきらか氷室、氷室っていうけど、氷室はここにはいないだろう? 発表のメンバーに入っていないんだから」
「だから、氷室君みたいな人よ。他の人でも松崎君よりはマシでしょう?」
「それは松崎に失礼だろう?」
先程の自分の発言だって失礼ではないかとは思ったが、委員長はマジになっていた。神崎と委員長が言い合いになり、収拾がつかなくなった。女子達(委員長もだけど)があんな言い方をしてタクヤが傷ついていないか心配だったし、彼を主役に指名したことがそのきっかけなのだから、僕は責任を感じた。
そこへ洋子が口を挟んだ。
「でも、壮太君が、主役の男の子の名前をタクヤとしたのは、松崎君をイメージしたからじゃないの?」
「うん、まあ……」
洋子の指摘に僕は悪びれるように頷いた。押し黙っている卓也とは怖くて眼を合わせられなかった。
「だったら、松崎君は適役じゃないの。今から氷室君に依頼してメンバーに加わってもらってもいいけど、氷室君がタクヤをやる場合は演技が必要になる。松崎君なら地でいいんだから、そのまま芝居の中の人物になりきれるんだから……」
聞いている卓也はどんな気持ちだろう? こういう場での発言は苦手なのか、未だ沈黙を守っている。ここでも褒められているって感じではなさそうだし……
「そうそう、そうだよ」と、委員長が同意した。
「うーん、でもねえ」と、女子達は不満そう。
「ね、松崎君、タクヤの役、できるわよね?」と、洋子が促した。
「う、うん……」
漸く卓也が重い口を開いた。あまり乗り気ではなさそう。
「俺、全然主役なんて柄じゃないけど…… でも、せっかく壮太が俺をイメージしてくれたんだったら、その役、やってもいいかなって……」
え? それ、どういう意味?
眼を合わせられなかった卓也の顔をこの時まともに見た。卓也も僕を見ている。睨んでなんかいない。その優しい眼差しに、思わず胸がキュッと締め付けられる。
「あ、でも、神崎が、俺が相手役でも嫌でなければだけど……」と、卓也は慌てて付け加えた。「神崎が嫌だって言うのなら、俺は役を下りる。別の奴に代わってもらうよ」
「どうなの? 神崎さん?」と、洋子が聞いた。
「わ、私は……」と、不承不承に答えた。「別にいいけど……」
眼を背けている。完全には納得していない様子。
「ようし、じゃあ、決まり!」
委員長のこの一声で決まったようだ。主役の二人は、最初に僕が提案したとおり、ユリナは神崎で、タクヤは松崎卓也。
それと、芝居の監督は、脚本を担当したことから僕がやることになった。
クラスごとに展示か発表かの出し物をしなければならないのだが、その日のホームルームの議題は、うちのクラスはなにをするかと、担当は誰にするかだった。去年は展示だったため、今年は発表で演劇をやることに決まった。携わるメンバーも何名か選出された。主に部活動をしていない、生徒会やなにかの委員もしていない、時間に余裕のありそうなメンバーが選ばれたのだろう、僕も卓也もその中に入っていた。部活動をしている洋子と手芸部の女子が二人と、それとクラス委員長も例外的に入っていたが、洋子は文芸部で演劇に使えそうな戯曲を知っていそうだからという理由で、手芸部の女子は舞台衣装を任せられそうだからという理由で、クラス委員長はクラスの代表だからという理由で選ばれていた。それでメンバーはこの日の放課後、第一回目のミーティングを行うことになった。
女子の間からロミオとジュリエットのような恋愛劇をやりたいという声があがった。でも、ロミオとジュリエットは定番すぎる、去年も三年のクラスがやっていたし、今年もどこか他のクラスがやるかもしれない。他のクラスと被るのは避けたい。ならば、絶対に被らないようにオリジナルの芝居を作ろうということになった。
「ストーリーはどうする?」
「誰が考えるの?」
「脚本を書ける人って、この中にいるの?」
そこで文芸部の洋子がすっと手を上げて発言した。
「私、壮太君を推薦します」
え? 僕……?
皆が一斉に僕の方を見る。かあっと顔に火が点いたようだった。芝居の脚本なんてとんでもない。出演するのはもっと嫌だから、衣装作りや舞台設置の裏方に回ろうと思っていたのに。
「壮太君は元文芸部で、たくさん本を読んでいるし、小説だって書いているんです」
なにもこんな所でそんなことバラさなくたって…… へえっという感嘆の声が皆の間から漏れ、ますます僕の顔は熱くなった。
「だ、だったら…… 洋子さんは現在も文芸部だし、洋子さんの方が適任じゃない?」
そうだ、元文芸部よりも現役の文芸部の方がよいに決まっている。彼女は自分にその役が回ってくるのを予期して、それを避けるために早々と僕を推薦したのではないかと詮索したくなってくる。
僕は対抗して発言したが、彼女は落ち着いている。こちらが反論してくるのも事前に予測していたことだったのか……
「私は散文は得意じゃないもの」と、あっさり返してきた。「私は詩が専門なの」
「そうよね、洋子は校誌にもよく詩を書いているものね。詩よりも小説の方が断然物語性はあるものね」
と、女子生徒の一人が口添えした。
洋子と仲の良い女子だったので、これも予測の成果か、前もって示し合わせていたんじゃないかと疑った。
「だったら、自作の詩をモチーフにして、物語を作ってみるとか…… 寺山修二なんか詩人で劇作家だし……」
負けまいと反論してみたものの効果なしだ。皆の反応は薄い。寺山修二の名前を出したって、高校生じゃ洋子以外は知らなさそうだし……
「壮太君って、どんな小説を書いているの?」
「恋愛ものよね?」
「胸キュンするやつなの?」
なんて女子の間から口々に質問が飛んでくる。
「官能小説じゃないのか?」
男子までもがふざけて笑い混じりに言ってくる。
それを聞いて卓也が豪快に笑い、女子は嫌そうにしてみせるが、やはり笑っている。
皆は僕が小説書いているっていう話題から抜け切れていないようだ。ただネットの小説サイトに自作の作品を上げているだけで、“いいね”なんて全然つかないし、なんの評判にもなっていないのに。
「よし、じゃあ、ここは壮太に任せていいんじゃないか」
まずいことに他より発言力のありそうなクラス委員長が洋子の意見に乘ってしまった。
「じゃあ、決まり」と、すかさず洋子が後に続く。「次のミーティングまでに壮太君が脚本を書いてくること。登場人物の配役もお願いね」
「え? 困るよ、そんなの……」
僕の声なんか誰も聞いていない。一斉に沸き起こった拍手で掻き消された。僕が諦めて口を噤むまで、皆は拍手を止めないつもりだ。
勝手なんだから…… もう、どうなっても知らないからな……
拍手が鳴り止んだ後で、そう言ってやりたかったけど、度胸がなくて声にできなかった。
戯曲なんか書いたことがない。かといって、ただ物語が書きたいだけだから、小説にこだわっているわけでもないけど。ゲイが主役で古典的名作にもなった舞台劇って数々ある。まずはマーティン・シャーマンの「ベント」だ。プイグの「蜘蛛女のキス」だってもとは対話形式からなる小説だったけど、後に戯曲化され舞台劇になった。それからファイアスタインの「トーチソングトリロジー」……
僕が悪戦苦闘して書き上げた芝居のタイトルは、「誰かが君に恋している」それまで書いていた自作の小説を戯曲に書き換えたものだ。
主役はタクヤとユリナの二人。タクヤは高校三年の 18歳。ユリナはタクヤと同い年で幼馴染。サラサラの長い髪をした美しい娘で、タクヤは図体ばかりデカくて平凡で見映えのしないタイプ。
中学生になる前に東京へ引っ越していったユリナが、5年ぶりに故郷の町に帰ってきた。タクヤは美しい年頃の娘へと成長した彼女と近所の公園で再会する。
タクヤはずっとユリナのことが好きだった。だけど、彼女と眼も合せられない。彼女はあまりにも自分と差がありすぎるから。
ユリナ 「どうしたの? こんな所へ呼び出したりして……」
近所の公園。日曜の夕暮れ時。ブランコで数人の子供達が遊んでいる。
ユリナ (子供達に目を奪われて)「まあ、私もここは好きだけど……」
タクヤ 「あのさ……俺……」
ユリナ 「なあに?」
タクヤ 「俺……」
ユリナ 「なあに?」
タクヤ (足元の地面ばかりを見つめて)「……」
ユリナ (俯いているタクヤを見つめて)「……」
タクヤ 「やっぱり、いいよ」
ユリナ 「いいって、なにが……?」
タクヤ 「言うの、やめた。言ってもしょうがない」
ユリナ 「なによ、それ? 大事な話があるって言うからここまで出てきたのに」
タクヤ 「ごめん」
ユリナ 「あなた、変よ。言いたいことがあるなら、はっきり言ったら?」
タクヤ 「だから、ごめん……」
ユリナ (大きく溜息を吐いて)「しょうのない人ね」
タクヤ 「そうだよ、しょうがないんだよ、俺……」
ユリナ 「なんかウジウジして……」
タクヤ 「そうだよ、蛆虫だよ、俺……」(足元の地面を靴の踵でトントンと蹴る)「この土の中に隠れ潜んでいる虫けらと同類なんだよ」
ユリナ 「ねえ、タクヤ、もっと自分に自信をもちなさいよ」
タクヤ 「駄目だよ、俺なんか……」
ユリナ 「駄目って、なんでそう決めつけるの?」
タクヤ 「俺って、なにも取り柄がないもの。見てくれだってよくないし……」
ユリナ 「そんなことないよ。あなたにだってあなたの良さがあるよ」
タクヤ 「でも、少しばかりそんなものがあったって、誰も気づいてくれないよ。俺を気に入ってくれる奴なんかどこにもいないし……」
ユリナ 「いい? 人は皆、多様なんだよ。あなたのことが好きだって、世界のどこかにきっといるものよ」
タクヤ 「どこにいるんだよ? そんな奇特な奴……」(顔を上げ、反抗期の少年らしい怒りの目でユリナを見据える)「どこにもいないよ、そんな奴……」(再び目をそらし、卑屈に歪んだ笑みを浮べる)「いるんだったら御目にかかりたいよ!」
ユリナ (叫ぶ)「ここにいるわ!」
タクヤ (驚く)「……」
ユリナ 「今になって気づいたの、私……本当はあなたが好きだった……」
タクヤ (声を震わせて)「ユ、ユリナ……」
ユリナは、一歩前へ踏み出し、タクヤに近づく、
タクヤ 「ありがとう……」
二人は互いの手を取り合い、顔を近づけ合う。
僕が自分の作った台本をリーディングし終えると、それまでおとなしく聞いていた聴衆からわっと歓声があがった。
「いいじゃない、そのストーリー」
「なんかほっこりするような話ね」
「うん、よくできているよ」
意外と評判はよかったようだ。
「それで、配役はどうするの?」と、洋子は尋ねた。「それも決めてあるんでしょう?」
「うん……」
僕は頭の中にあったことを表に出した。
「主役のユリナは神崎さん。タクヤは松崎卓也……」
主役に指名された神崎には皆納得していたようだけど、卓也の指名にはそうではなかった。芝居のあらすじを読み聞かせた後は、
「いい、いい」って褒めてくれていたのに、配役を発表した後では、皆人が変ったみたいに黙りこくった。
「主役の神崎さんはいいんだけど……」と、暫くしてようやく女子生徒の一人が口を開いた。「もう一人の主役が松崎君? たしかに役のタクヤと名前が一緒とはいっても……」
「そうよね。あ、別に松崎君がいけないっていうわけじゃないけど、主役なんだから、ここはもう少し見栄えのする人の方が…… たとえば氷室君みたいな……」
「待てよ、役のタクヤは見栄えのしない奴なんだろう?」と、委員長が口出しした。「だったら、松崎でいいんじゃないか?」
失礼にも聞こえる発言だが、自分でもそれを認めているのか、卓也はおとなしくしていた。
「芝居なんだから、氷室君がその見栄えのしない男性を演じればいいのよ、演技でどうにでもなるでしょう?」
そう言ったのはもう一人の主役を指名された神崎だ。彼女も自分の相手役は氷室みたいなタイプにやってもらいたいのか……
「さっきらか氷室、氷室っていうけど、氷室はここにはいないだろう? 発表のメンバーに入っていないんだから」
「だから、氷室君みたいな人よ。他の人でも松崎君よりはマシでしょう?」
「それは松崎に失礼だろう?」
先程の自分の発言だって失礼ではないかとは思ったが、委員長はマジになっていた。神崎と委員長が言い合いになり、収拾がつかなくなった。女子達(委員長もだけど)があんな言い方をしてタクヤが傷ついていないか心配だったし、彼を主役に指名したことがそのきっかけなのだから、僕は責任を感じた。
そこへ洋子が口を挟んだ。
「でも、壮太君が、主役の男の子の名前をタクヤとしたのは、松崎君をイメージしたからじゃないの?」
「うん、まあ……」
洋子の指摘に僕は悪びれるように頷いた。押し黙っている卓也とは怖くて眼を合わせられなかった。
「だったら、松崎君は適役じゃないの。今から氷室君に依頼してメンバーに加わってもらってもいいけど、氷室君がタクヤをやる場合は演技が必要になる。松崎君なら地でいいんだから、そのまま芝居の中の人物になりきれるんだから……」
聞いている卓也はどんな気持ちだろう? こういう場での発言は苦手なのか、未だ沈黙を守っている。ここでも褒められているって感じではなさそうだし……
「そうそう、そうだよ」と、委員長が同意した。
「うーん、でもねえ」と、女子達は不満そう。
「ね、松崎君、タクヤの役、できるわよね?」と、洋子が促した。
「う、うん……」
漸く卓也が重い口を開いた。あまり乗り気ではなさそう。
「俺、全然主役なんて柄じゃないけど…… でも、せっかく壮太が俺をイメージしてくれたんだったら、その役、やってもいいかなって……」
え? それ、どういう意味?
眼を合わせられなかった卓也の顔をこの時まともに見た。卓也も僕を見ている。睨んでなんかいない。その優しい眼差しに、思わず胸がキュッと締め付けられる。
「あ、でも、神崎が、俺が相手役でも嫌でなければだけど……」と、卓也は慌てて付け加えた。「神崎が嫌だって言うのなら、俺は役を下りる。別の奴に代わってもらうよ」
「どうなの? 神崎さん?」と、洋子が聞いた。
「わ、私は……」と、不承不承に答えた。「別にいいけど……」
眼を背けている。完全には納得していない様子。
「ようし、じゃあ、決まり!」
委員長のこの一声で決まったようだ。主役の二人は、最初に僕が提案したとおり、ユリナは神崎で、タクヤは松崎卓也。
それと、芝居の監督は、脚本を担当したことから僕がやることになった。
