誰かが君に恋している

 一転してこの日の卓也は機嫌がいいみたいだ。一時間目の授業が終わるとすぐ、ニヤニヤしながら僕の席に来た。

「いいもの見せてやろうか?」

 スマホの画面を差し向けてきた。

 里奈の新しい画像でも入手したのかと思ったが、見せられた画像は里奈ではない、別人だ。赤いワンピースを着た長い茶色の髪の人の横顔。

「ねえ、彼女って、どう?」

「どうって……」

 恥ずかしくていつまでも眼を向けていられない。写っているのはまさしく自分自身。姉の部屋で女装して、父から譲り受けたデジカメで自撮りした自分の画像(僕はスマホを持っていなかった。親が買ってくれないので、ないと写真が撮れないと愚痴を言ったら、もう使わないからと父が自分のデジカメをくれたのだ)。横顔なのはできるだけ自分だとバレないようにするため、目に蔽い被さるくらいのウィッグのロングヘアが素顔をうまく隠してくれたようだ。

「可愛いだろう?」

 可愛いって……

 思いがけない言葉に胸を両手で鷲掴みにされ、上下左右に揺さぶられているようだった。この画像の人を可愛いって思ってくれているのか……? つまりは、この僕を……

 この画像を見て、卓也はたいそうがっかりするだろうと思っていた。女にしてはなんか顔の作りが粗いし、鼻とかデカいし、色も黒くて肌もザラザラしてそう。眼のいい奴だったら、こいつオカマだってわかるんじゃないか? まあ、姉の服は可愛いし、ウィッグのサラサラの髪もきれいだとは思うけど、それにしても……
 
 卓也はこの画像の被写体が僕だとわかっていないようだ。

「う、うん……」

 曖昧に頷くと、卓也は笑って目尻を下げた。

「なんだ? 気のない返事だなあ」

「この人、どうかしたの?」

「ほら、前に話しただろう? 俺のSNSの新しいフォロワー。画像もらったんだ。この子って、本当にいたんだなあ、それもこんなに可愛い子だよ」

「そう……」

「初めてこの子からもらったメッセージに書いてあったんだ。人は皆ぞれぞれ、俺みたいな男でもさ、いいと思う人は必ずいるんだって……」

「へえ……」

「メッセージをもらった時は嬉しかったけど、ただの気休めだと思っていたよ。だって、どこの誰だかわからない人からなんだもの。その人が本当にいるのかどうかもわからなかったし……」

「そ、そうだね……」

「でも、俺、これですっごい励まされた。YURIちゃんが実在するんだってわかったら……」

 卓也の嬉しそうな顔を見て、その瞬間だけ後ろめたさは消えた。メールを送ってよかったと思った。だたし、その瞬間だけだ。事実を知った時、つまり、YURIが自分だと知られた時、卓也はすごいショックを受けるだろうし、傷つくだろう……
 
 だから……

「なに話しているんだ?」

 後ろの席の級友が僕の背後から机の上の卓也のスマホを覗き込もうとした。僕は素早く掌で包み込むようにそれを覆い隠し、卓也に突き返した。

「なに見ていたんだよ?」

「別に、なにも……」

 と、後ろの席に素っ気なく返した。ここで変に慌てたりしたら、かえって疑いを招くだろう。僕は冷静であるべく努めた。

「誰? これ」

 だけど、奴が後ろの席から手を伸ばして卓也のスマホを取り上げた時、僕は動揺のあまりどうにかなりそうだった。

「誰だよ。可愛いじゃん」

 一気に顔に火が点いたようになった。

「俺の知り合いだよ」

 火は拡大した。あちこち飛び火しそうだった。

「おっ、誰? それ」

 通りかかった氷室がスマホを奪い取った生徒の背後から覗き込んだ。

「可愛いじゃん、この子」

 イケメンの氷室が褒めたものだから、いったいどんなの子なのかと、女子生徒達の関心も招き寄せたようだ。

「えっ。なに、どうしたの?」

 女子達が殺到する。群がる。卓也のスマホが氷室の手を通して、集まって来た女子達の手から手へと渡る。僕の画像も他の生徒達の目から目へと晒されてゆく。

「この子、誰?」

「松崎君の知り合い?」

「えーっ、彼女?」

 幸いなことに、誰一人そこに写っているのが僕だと気づいていないようだけど……

「というか、その子ってさ……」

 と、氷室が言いかけて、僕の顔をじっと見た。

 え? なに……? なんでこっちを見る……?

 次の授業の教師が教室に入って来た。僕の席に集まっていた生徒達が慌てて自席に着いた。卓也も自分のスマホを取り返し、大事そうに抱えて自分の席に戻っていった。

 授業中、僕は授業に身が入らず、屡々卓也のいる席に眼を向けてばかりいた。

 あのYURIの画像、当分の間は卓也のスマホの中で重宝されるに違いない。スマホのストレージにしっかり保存され、折あるごとにそこから取り出されては、その所有者の目の中で再生を繰り返されるのだろう。

 だから……

 YURIが自分だなんて、絶対に知らせてはいけないと思った。