誰かが君に恋している

“本当ですか? その人がどんな人であってもですか?”

“本当です”

“その人の容姿がどんなに醜くてもですか?”

“どんな人であっても好きになります”
  
 顔画像を送って欲しいという卓也からのメッセージに何度か返信したけど、それ以来返信していなかった。
 けれど、YURIのアカウントの受信箱にはTAKUYAの新着メッセージが溜まっていた。
 
“YURIちゃん、なんで返信してくれないの? 俺のことを想っているだなんて、あれ、やっぱり、嘘? 俺のことからかったの? 嘘なら嘘でいいよ、はっきり言ってくれよ”
 
 もうたまらなくなった。

 僕は、SNSの画面の画面のメニューから、「返信する」を選択した。
 
“本当です。全然騙してなんかいません。初めてあなたの画像を見た時から、ずっと好きでした”
 
 一度返信すると、続けざまに二通、メッセージが届いた。
 
“こんなんじゃ、全然YURIちゃんのこと、わからない。いったい誰なんですか? 本当にいるんですか? からかっているだけなら、もうやめてください”
 
“YURIちゃん、あなたは誰なんですか? やっぱり俺のことを思ってくれている人なんて、いないんじゃないですか?”
 
 僕はこっそりと姉の部屋に忍び込んだ。

 姉は僕とは五つも年が離れている。高校を卒業した後、一般企業に事務職として就職したが、三年で退社した。突然、美容師になるなんて言いだして、二年制の美容専門学校に通い始めた。今は専門学校の二年目だ。

 高三の時、自分が何になりたいのかよく考えもせずに進路を決めたのだろう。とりあえず就職してみたものの、平凡な会社員生活に飽き飽きして、あっさり転職を決めたって感じ。もともとチャランポランな性格だから、学生に飽きたから就職、仕事に飽きたから学生って、この先もそんな人生を繰り返すんじゃないか? まあ今のところ、来年の春に美容師の国家試験を受けるつもりでいる。合格したら免許が取れ、どこかの美容院で働くつもりではいるらしいけど。わりと美人で、服のセンスがいいってことは認めるけど、姉に称賛すべき所があるとしたらそのくらいじゃないか。

 そんな姉は今はまだ学校にいるはずだ。いや、遊び好きの姉だ、もう学校は終わってまた友達とどこかに寄っているのかも。どちらにせよ、この時間は家にはいない。

 姉の部屋のクローゼットを開ける。そこに詰まっているカラフルな衣装に眼を奪われる。

 女の人の服って、すごく華やかできれいだ。赤や黄色やピンク、オレンジや紫、いろんな色の服があって、フリルやレースやリボンの飾りもついている。なんで男と女とで着る物にこんなに差があるのだろう、男の服にはなんでこんな可愛い飾りがついていないんだろうと、いつも疑問に思ってきた。男の服では使われる色の数だって限られている、それも紺や茶やグレイ、暗色の物が多いし……

 クローゼットの中から一着を取り出した。姉がデートの時に着て行くお気に入りのやつ。僕も前々から着てみたいと目をつけていた。

 クローゼットの中の棚に、スタンドに載せられたロングヘアのウィッグも見つけた。

 姉は今はショートヘアだが、たまにロングにしてみたくなることがあるらしい。通信販売で注文したウィッグが届いた時、「ね、いいでしょう、これ」って、自慢して僕に見せた。「長い髪はテニスするのに邪魔だし、飲食店でバイトもしづらいし、手入れもたいへんだし……」って、後に美容師になる人がなにを言っているんだか、「ね、これをつければ簡単に長いサラサラの髪になれるんだよ」だって…… 70年代のアニメで観た“お蝶婦人”の躍動感のある長髪に憧れてテニスを始めたくせに、結局、テニスが理由で伸ばしかけていた長い髪をばっさり切った。高校時代にテニス部だった姉は、今も休みの日にはたまにコートに出かけているようだけど。

 クローゼットの扉を閉じると、次には化粧台の上にずらっと並べてある数々の化粧品に眼が行った。ファンデーション、アイシャドウ、口紅…… 美容専門学校に通っているだけあって、メーキングも得意らしい。いろいろ揃っている。その一つを手に取り、瓶の中の鮮やかな色彩に暫し見とれている。

 こんなことしなくたって、ネットで拾ったとびっきりの美人の画像を添付して送りつけるという方法もある。でも、そんなことしたらアウトだ。完全になりすましだ。ならば…… 女装していようが自分の画像を添付するならなりすましにはならない。YURIは僕なんだから。自分は嘘は吐いていない。SNSのプロフの性別は未入力だし、卓也に送ったメッセージにも、自分の性別は男だとも女だともノンバイナリーだとも書いていない。向こうが自分のことを女だと思い込んでいるのはわかっているけど……

 鏡に映る自分の顔を眺めては、もっと可愛くなりたいって思ってきた。男だけど、可愛くなりたい、卓也の眼に止まるくらいになりたいって…… 僕の祖父はもういなくて、仏間に写真が飾ってあるだけだけど、姉と一緒におままごとをしたりビーズアクセサリーを作っていた僕を見ると、眼を怒らせて怒鳴りつけた。家の中で何やっているんだ、男だったら外で遊んでこんかって……

 これも前々から疑問だった。なんで男の子は外で遊ばなきゃいけないんだろう。なんで男が可愛いのは恥ずべきことなんだろう。可愛い男が好きだっていう人も少なからずいるのに……

 鏡台の前に座った僕は、鏡の中の自分の顔を眺めながら、化粧品の一つを手に取った。