誰かが君に恋している

“ねえ、タクヤ、もっと自分に自信持ちなさいよ!”

 最終幕、クライマックスのシーンだ。東京からユリナが帰ってくる。ユリナは幼馴染のタクヤと夕暮れの公園でばったり再会する。タクヤはユリナに告白しようとするが、勇気が出ない。そんないじけた彼をユリナが励まそうとする。

“駄目だよ、俺なんか……”

 おどおどとタクヤが返してくる。

 上手い。卓也の演技にも卒がない。

 僕は息を大きく吸い込むと、力を込めて台詞を吐き出した。これはこの物語で僕が一番言いたかったことだ。ユリナの台詞だけじゃない、僕自身の言葉でもあるんだから。

“いい? 人の価値観は皆、それぞれなのよ”

 めいっぱい大声で叫んだ。自分でも信じられないくらい声がよく通った。広い体育館に響き渡った。

 このまま観客全員に言って聞かせてやりたい。

 卓也が好きだ、自分は男だけど、同じ男の卓也が好きだ……!

“あなたのような人が好みで、あなたのことが好きだっていう人も、この世界のどこかには必ずいるのよ”

 中学の頃から言われてきた。物心がついた時にいろいろ厳しく言ってきた祖父は他界していていなかったけど、この世界には同じような考えの持ち主達が大勢いるんだ。やれ男なら学生服を着ろ、男なら帽子を被れ、男なら髪を短くしろ、男なら身体を鍛えろ、男なら運動くらいできなきゃ駄目だ、そして男なら女を……

“どこにいるんだよ? そんな奇特な奴……”

 だけど、僕は男が好きだ。男だけど男が好きだ。笑うなら笑えばいい。男だからこうでなきゃならないなんて、勝手に決めるな。男だからじゃない。自分が着たいからその服装にしたい。自分が似合っていると思うからその髪型にしたい。自分が望むからそれをやりたい。自分が好きだからその人のことを思っていたい…… 何故、それが許されないのか……?

“いるわよ、きっと……“

“どこにもいないよ、そんな奴……“

“ここにいるわ!“

 僕は絶叫した。ユリナの台詞だけど、そこに自分の本心をも重ねて。

“初めてあなたを見た時からよ、私……ずっとあなたが好きだったの……!“

 顔を横に向けた。結局、ラストの場面はこうなった。唇と唇を近づけ合うのではなく、ユリナは横を向いてじっとタクヤを待ち受けるのだと…… 最後にタクヤが“ありがとう……”って呟いてから、相手の頬に自分の唇を近づける。唇が頬に触れる寸前、照明が暗くなり、幕が下りる。そういう演出になっている。

 なのに、タクヤはなかなか最後の台詞を言わない。

 なんだ? どうしたんだ? 台詞を忘れた? まさか、短い台詞だ。たった一言、“ありがとう……”って呟くだけじゃないか。

 これまでが完璧だった。卓也は完璧に演技していた。故にこんな閉幕間際になって最後の簡単な台詞が出てこないなんて信じられない。

 こんなとこで詰まってどうする? 大切な人に完璧な演技を見せるんじゃなかったの? そうだ、大好きな彼女は観客席にいるかもしれないじゃないか? 一般席にいる栗色の髪の女の人は僕の姉じゃなくて、ひょっとしたらYURIかもしれないじゃないか……

 横に向けた首がだんだん痛くなってくる、じっとしているのは辛い。卓也、なにやっているんだ? 僕の横顔を眺めているのか? この横顔になにかあるのか? 僕の横顔…… ああ、一度だけ送ったYURIの画像も横顔だった……

「さっきの台詞……」

 ようやく低い声でぼそっとなにかを呟いたと思ったら、台本にはない台詞だった。それも僕にしか聞こえない声で……

「前にYURIがメールに書いてきたのと同じだ……」

 え? なに? なに言ってんの? これってアドリブ? 卓也にそんな度胸あんの?

 卓也は僕の顎を掴み、僕の顔を正面に向かせた。真剣な眼でこちらを睨みつけている。僕は息を飲んだ。

 こんな演出、予定になかった。こんなシーンも台本にはない。ああ、駄目だ、どう対応していいかわからない、もう終わりにしていい…… 

 右のスポットライトが消えた。でも、まだ左のスポットライトが残っている。僕の顔を照らしている。左のスポットライト、氷室じゃないか? もう消していいのに、なんで消さないんだよ……!?

“譲ってやるのはファーストキスだけだけどな。二度目のキスは俺がもらうからな”

 眩しい光に眼を眩ませながら、氷室のその言葉が頭に浮かんだ。ひょっとして、急かしている? 馬鹿な…… みんな見ている。嶋田友梨佳も、香坂も、神崎も、僕の姉も、姉の彼氏も…… こんな所でそんなことできるわけ……

 その時だ、卓也の声を聞いた。

「YURIは……おまえだったんだな……」

 彼は僕を両腕で抱きしめ、僕の顔に自分の顔を近づけた。

 瞬時、なにが起きたのかわからなかった。ただ唇に柔らかい卓也の唇の感触を感じた。いつまで経っても消えないスポットライトの光の中、大勢の観客が見守る中でだ。

 きゃあああっ!

 観客席の間から悲鳴のような歓声が沸き起こった。

 ピーピーピー!

 男子生徒だろう、指笛を鳴らす音も聞こえた。

 今、ようやく照明が落ちた。氷室が今頃になって、残っていたスポットライトの片方を消したのだ。

 闇の中で絶大な拍手が鳴り響いた。

 どうして……? 
 
 僕が最初に舞台に登場した時には、観客席からどっと笑い声が響いたのに。“気色ワリー”“オカマー”って揶揄する男子生徒の声も聞こえたのに。いや、今もそう思っている人は少なからずいるんだろう。だって、人の価値観は多様だから…… ただ言えることは、そう思っていない人も必ずいるということ……

 暗闇の中で暫く、僕は自分でもしっかりと卓也の身体に両腕を回し、彼の身体を夢中で抱きしめていた。

 拍手は鳴りやまず、僕の耳には、僕達を祝福する歓声のように聞こえた。         (了)