誰かが君に恋している

 文化祭前日、体育館の舞台を借りての立稽古のできる日だ。衣装合わせも兼ね、僕は本番でのユリナの衣装となるドレスを着て演技することになる。

 一時間前、衣装係の子から、派手なピンク色のドレスを渡された。

 僕は小柄で痩せていたから、もとは神崎が着る予定だった女の子用のドレスも無理なく着れた。家でこっそり姉の服を着ていたくらいだ。抵抗感はない。ピンクの色はきれいだったし、フリルも可愛いと思った。

 体育館に隣接した男子更衣室で着替えると、扉の外で女子達が声をかけてきた。

「壮太君、どう? 着替えは済んだ?」

 扉を開けた見て、女の子達はきゃあきゃあ笑った。ただ一人、装係の子は「なんかねえ……」と、浮かない顔をした。

「なにか問題でも……」

 自分ではうまく着こなせていると思っているのに。やはり変なのだろうか? 男が女の服を着るのって、他の人から見たら、たんに気色悪いとしか感じないのだろうか?

 衣装係の子は僕の姿をジロジロ眺め回して、

「まあ、当日はお化粧してもらうけど、それはいい?」と聞いた。「大丈夫、道具は私が持ってくるし、私達がきれいにメイクしてあげるから」

「うん……」と、僕は頷いた。

 化粧なんかどうってことない。自分でもできるけど、それは黙っていた。

「やっぱり髪型がどうもねえ……」と、衣装係は首を傾げた。「女の子にしては髪が短かすぎるのよねえ……」

 問題はそこか……

「仕方ないよ。それは……」と、一緒にいた洋子が口を出した。「髪は急に伸ばせないし、伸ばせたとしても、壮太君は男なんだから、校則にひっかかるんだし……」

「そうよねえ、校則かあ。男の子って不便よねえ」

「私達もあんまり長すぎると風紀の先生に小言を言われるけど、男子はそもそも長髪は禁止なんだものねえ」

「男の人でもさ、昔のキムタクみたいに、髪が肩までかかっているのってカッコいいよね」

 本当にそうだ。何故、男は髪を伸ばしちゃいけないのか? 服装も違えば、髪型も違う。性別に関係なく、自分が好きだと思う格好でいたいのに。自分も女の子達の話に加わりたかったけど、こんなこと、彼女達の前で言えなかった。

「顔の輪郭の長い人って、長髪が似合いそうよねえ」

「そうよねえ、氷室君なんかそうだよねえ」

 男の髪型の話で女の子達がまたキャアキャア盛り上がっていると、体育館の舞台の上で小道具の設置を手伝っていた氷室と委員長も傍に寄って来た。女子の一人が彼の名前を呼んだのが耳に入ったのかもしれない。

「着替えは済んだのか?」

 氷室はドレスを着た僕を見て眼を細めた。

「いいじゃん、壮太……」

 もう一人の主役は、男子高校生の役で、衣装は自前の学生服のままである。卓也は氷室の背後で、ぼんやりと僕を見ていた。

 舞台の設置も終了したようである。出演者が順番に舞台に上がり、全幕通しての立稽古を行った。
 



 家に帰ると、母も姉も家にいて、既に食卓には夕飯が並べられていた。

「今日はずいぶん遅かったのね」

「うん、文化祭の準備で……」

「明日はいよいよ文化祭ね」

 姉は飲酒でもしているみたいに機嫌がよさそうだ。彼氏とうまくいっているのだろう。

「私も明日は観に行くから」

 僕は口に含んでいた飯を慌てて飲み込んだ。

「だ、駄目だよ」

「駄目って、なにか? 私の母校よ。彼も私の通っていた学校が見たいって言うし……」

「あ、あの人も連れて来るの?」

「そうよ」

「お姉ちゃんは試験前でしょう? そんな暇あるの?」

「あるわよ」と、あっさりと答えた。「言ったでしょう? 美容師の試験は合格率高いんだから。私なら楽勝よ」

 でも、別に僕を観に来るわけじゃないだろう。僕のクラスの発表の時間に体育館に来るとは限らないし。姉なんかどうせ模擬店で焼きそばとお好み焼きを食べれば、それで満足して帰っちゃうだろう。

「どころでお姉ちゃん、髪、ずいぶん伸びてきているけど……」と、僕は前から気になっていたことを聞いた。

 食品関係の店でバイトをするのに、いちいち髪をゴムで縛るのが面倒だとか言ってずっとショートヘアにしていたのだ。その姉の髪が今はもう肩のラインにかかっている。

「伸ばすの?」

「勿論よ」

 ただ長いだけじゃない。ボリューム感のある髪はきれいにパーマネントされてふわっとしている。色だって栗色に染めている。うちの学校の校則じゃ、パーマも染毛も禁止だから、こんな人が文化祭に現れたらきっと目立つだろう。

「もうバイトもやめちゃったしね。来年からは美容師の仕事オンリーになるだろうし。美容師なんだからきれいな髪型を誇示しないとね」

 そんな理由じゃないだろう、と僕は思った。口にして言わなかったけど。あの彼氏のためだろう。女性の長い髪に惹かれる男性は多いんだから。卓也みたいに……

 もしも卓也が文化祭で姉に会ったりしたら、どうなるか……? いや、それはもう済んだことだ。姉に婚約者がいることはもう知られている。姉はその婚約者を連れて来ると言っているし、その人と一緒にいる姉とばったり会ったとしても、妙な気は起こさないだろう。



 
 メールソフトのYURIのアカウントで受信トレイを確認したら、メールが二通来ていた。

 一通はなんと、香坂からだった。
 
“まだ新しいメールアドレスを教えてもらっていないので、こちらの古いアドレスへメールを送ります。成子坂46のフアン投票では里奈に入れてくれたんだって。サンキュー。御蔭で彼女はまだ二軍のメンバーに残れそうだよ“
 
 そこまで読んで、なんだそんなことかと思った。こうやって普通にメールをくれているところをみると、僕がこのアドレスで卓也にメールしていたことは香坂も卓也もまだわかっていない(つまりは、僕がYURIだってことを卓也はまだ知らない)みたいだった。あれ以来、この古いアドレスについては二人の間で話題になっていないのか…… 僕はメールの続きを読んだ。
 
“それと、明日の文化祭では卓也と二人で芝居の主演をやるんだって? 卓也には学校で「頑張れ」って伝えたけど、壮太にはまだだったので、このメールで伝えるよ(この頃俺のこと無視してない? なんか学校では話をする機会がないんだけど)。壮太、明日は頑張れ。香坂”
 
 香坂からのメール、嬉しかった。あいつのこと、ずっと誤解していたようだ。“励ましてくれてありがとう”それと“里奈が二軍に残れてよかった”って後で返信しようと思った。YURIのメールアドレスからではなく、本来の自分のメールアドレスから。そうすれば、香坂はこのYURIのアドレスのことは忘れてくれるんじゃないか……
 もう一通のメールは、卓也からYURIに宛てたものだ。YURI宛てにまだメールが届いている。やはり彼はまだ自分がYURIだってわかっていないのか。
 
“YURIちゃん、明日は文化祭の本番です。緊張します。芝居の相手役は男です。男だけど、けっこう可愛いんです。その子が今日、立稽古で、女の子の服を着て舞台に上がったんだけど、正直、可愛いなって思ってしまいました。なんだか向こうは俺のこと、気に入ってくれているみたいで、それはそれで嬉しいけど、変な期待持たせてはいけないから、わざと素っ気なくしていました。あ、誤解しないでください。自分には全然そういう気、ありませんので。俺はYURIちゃん一途です。では、明日の文化祭、頑張ります。TAKUYA”
 
“自分には全然そういう気、ありませんので”

 その言葉が針のように冷たく心に突き刺さる。仕方ないことだとわかっていても、当人からはっきりと言葉で知らされてしまうと……

 でも、僕のこと、可愛いって思ってくれたんだ。

“気に入ってくれているたいで、それはそれで嬉しいけど”とも書いてある。

 僕のこと、可愛い…… 気に入ってくれて嬉しい…… これって、僕には最大の言葉なんじゃないか。それ以上はもう望めないんだから……

 この後、僕は珍しくYURIのメールアドレスからTAKUYAに宛ててメールを送った。
 
“TAKUYAさん、明日の文化祭、頑張って下さい。応援しています。YURI“