誰かが君に恋している

 文化祭が4日後に控えていた。文化祭の前日は通し稽古の日で、各クラスの発表チームごとに交代制で、体育館のステージを決められた時間だけ使用できることになっていた。

 昼休み、僕は氷室と一緒にいた。一緒に購買部にパンを買いに行き、校庭で昼を食べた。普段は彼は委員長や運動部の生徒達と一緒にいるのに、何故か一人仲間達から離れて、「壮太、一緒に飯食おうぜ」って僕を誘ってくれた。お陰で僕は卓也と親しくなる以前のように、昼休みの間を一人でぽつんと過ごすことから免れえた。まあ、別に一人は苦にならないけど。僕からすれば、卓也が氷室に入れ替わった感じ。

 卓也には休み時間を一緒に過ごすような友達がたくさんいるから。僕がいなくても、また前のように成子坂46のフアンの奴らと一緒に過ごすのだろう。里奈のフアンはいなくても、真由とか千夏とか他のメンバーのフアンがいる。フアン投票日も近いらしいし、その話で盛り上がるだろう。どうしても里奈のフアンと話がしたいんだったら、隣のクラスへ行けば香坂がいる。

 僕と氷室が急に接近しているのを、卓也はどう見ただろう。いや、別になにも感じないのではないか。そんなこと、彼にはどうだっていいことなのだから。

 そうして昼休みを過ごし、僕が氷室と一緒に中庭から教室へ戻る時、廊下で卓也と擦れ違った。

 卓也は僕を見て、呼び止めた。

「壮太、ちょっと……」

 僕につられて氷室も立ち止まったが、僕に目配せをして一人教室に入っていった。

 目配せの意味、わかっている。二人でゆっくり話でもしていろってか。でも、無駄だ。今更、何をどう話せというのか……

 卓也と向き合う。デカい図体が前を塞ぐ。

 何の用だ? 稽古をサボッたことで責めるつもりか? それとも……

「おまえさ……」

 卓也はマジな顔をしている。

 遂にバレたか…… 僕がYURIであること……

「成子坂46のフアン投票、誰に入れるつもりだ?」

 はあ?

「里奈のフアン、やめたんだろう? なら、誰に入れる?」

 話って、そんなこと……? 

「別に、誰にも……」

「里奈以外ならさ、メンバーの誰が好きだ?」

「だから、別に、誰も……」

 あーっ、鬱陶しい。もう言ってしまいたい。女性には魅かれない。魅かれるのはおまえにだって……

「そうか、誰にも投票しないのか」

 卓也は残念そうに呟き、

「ならさ、他に入れる人いないんだったら、里奈に……」

 そんなこと…… 内心呆れながら僕は頷いた。

「別に、いいけど……」

「本当か?」

 と、両の目尻を下げて、子供のようなあどけない顔で笑う。

 単純だ…… この人、こんなに単純なのか…… あれこれ考えていた自分が馬鹿みたいだ。

「ところで、おまえさあ」

「なに?」

「俺のこと、避けてない?」

「え?」

「昨日も今日も昼休みは氷室と一緒にいたんだろう?」

「うん……」

「なんで急にあいつとつきあうようになったんだよ? 昨日は稽古サボッて、学校の帰りに一緒にゲームセンターに行ったんだって?」

「ど、どうして……」

「どうして知っているのかって? もうみんな知っているよ。昨日の昼休みはさあ、なんか二人っきりでいちゃついていたって……」

 昨日の昼休みは滅多人の来ない校舎裏にいたけど、衣装係の子に見られたっけ。帰りに寄ったゲームセンターなんか、それこそ誰に見られていてもおかしくない。

「あの二人、怪しいって話題になっているよ。氷室には女子のフアンが多いからな。下級生の間ではファンクラブができているっていう話だし…… あいつの噂はすぐに広まるよ。それに今じゃ腐女子っていうのか、男同士のそういう関係を詮索したがるのもいるっていうし……」

「……」

「だからさ、おまえのことも腐女子の子にしっかりチェックされているんじゃないか?」

 卓也は喋っている間ずっと笑顔だ。こちらの不安なんか全然意に介していないっていう感じ。

「おまえにはそんな趣味ないのにな」

「……」

「今はもうそうじゃなくってもさ、前までは里奈が好きだったんだろう? 俺が送った画像見て、可愛いって言っていたもんな」

 可愛い…… それは感じる。女の子の着る服って、可愛いもの。あんな服、自分も着てみたいって感じる…… でも、性的に女の子が好きなんじゃない……

「香坂が、おまえが成子坂46の里奈のフアンだなんて変だと思っていたんだなんて言っていたけど、変なのはあいつだよなあ。おまえだってちゃんと女の子に感じるんだろう? 別に女の子が嫌いだっていうわけじゃないよなあ」

「……」

 僕は黙っていたけど、心の中では相手に対してこう詰問していた。

 だったら……どうなんだよ? もしもそういう奴だったら、どうするんだ? なにを感じる? 

 僕はそれが知りたい…… 

「里奈はもう好きじゃなくてもさ、里奈以外の誰か他に好きな子がいるんだろう? やっぱり一軍の子か? まあ、成子坂46には他にもいい子がいっぱいいるからなあ……」

「里奈は……嫌いだ……」

「うん、それは聞いたよ」

「一軍の真由も千夏も嫌いだ……」

「ああ、そうなんだ」

「46人全員嫌いだ……」

「へえ、そうなのか……」

 これには少し驚いたようだが、成子坂46以外に好きな子がいるとみてとったようだ。すぐに平静さを取り戻して、

「それで、おまえが好きなのは……?」

「……」

 もう誤魔化すのは嫌だ。偽るのは嫌だ。

 誰が好きかなんて、答ははっきりしている、でも、声にできない。言葉が喉につかえる。

「どうした?」

 卓也が不思議そうに首を傾げている。

 なんでわからない? もうわかっているだろう? じっと卓也の顔を見つめる。怖くて他人の目を見られない僕が、圧迫感のない卓也の顔だけは正面からじっと見ていられる。ああ、これだけでもうはっきりしていることではないか……?

 教えてやろうか? おまえだ…… 僕が好きなのは、お、ま、え……

 その時、チャイムが鳴った。

 ほっとした。まだなにか言いたげな卓也の横を擦り抜け、僕は教室に入った。