誰かが君に恋している

 深夜遅くまで勉強したのが祟ったのか、その翌日はずっと眠かった。授業中に何度か居眠りをしそうになった。

 四時間目は移動教室だ。僕と卓也は隣のクラスで授業を受ける。卓也はトイレに寄っていったので、僕は先に一人で隣の教室に入った。

「やあ」と、香坂が声をかけてきた。なんだか待ちかねていたように、僕が座った席に寄って来た。

「メール届いていたよ」

「そう」

「今度、壮太にもメール送るから」

「うん」

 香坂のくれるメールって、どうせ成子坂46に関することばかり書いて送ってくるのだろう。はっきり言って関心ない。自分にとっては迷惑メールフォルダに直行すべきものでしかないのだけど、そんなことおくびにも出さずに頷いてみせる。

「でもさ、壮太のメールって、なんで送信元の表示名がワイ・ユー・アール・アイなの?」

「え……?」

 瞬間、大量の血の気が頭の中をさーっと引いてゆくようだった。中学の時、朝礼での校長の長話に耐えられず貧血で倒れたことがあったが、そのみっともない過去の前兆を思い出した。

「最初誰からのメールかわからなくって、詐欺メールかもって思って不安だったんだけど、件名はそれっぽくないし、本文開いたら壮太だったんで安心したよ」

 昨夜、香坂にメールを送った時、メールソフトはYURIのアカウントでログインしたままだったんだ…… 僕はそれに気づいていなかった……

「それで、なんで名前、ワイ・ユー・アール・アイなの? メールアドレスにも“YURI”ってついているし……」

「そ、それは……」

 百合の花が好きだから……

 なんて、コッパズカシクなるような言い訳を考えたが、そんなの口にできない。その時…… やばい、教室の後ろの引き戸の隙間に卓也の姿が見えた。

「あの、そのアドレスなんだけど……昨夜、まちがえて送っちゃって……」

 早口になって言い始める。卓也にこの話を聞かれたくない。

「あれは古いアドレスで…… もう使っていないやつで……」

 卓也がこっちを向いた。僕と香坂が話しているのに気づいた。

「迷惑メールが多くて、変えたんだ、だから、こっちのアドレスに変えて欲しいんだけど……」

 顔に笑みを浮べ、こっちを見ながら近づいてくる。僕はまた一段と話すスピードを上げた。

「だから、今日、家に帰ったら、もう一度送り直すよ、今、使っているアドレスで……」

「そうなんだ……」

「おっ、なに話しているんだ?」

 卓也が到着した。僕の隣の席の机に教材を置くと、早速話に口を挟んできた。

「べ、別に……なんでも……」

 と、僕は言いかけたが、

「壮太にメールアドレス、教えてもらったんだ」

 と、香坂が何気なしに言った。

「今度は二人にメール送るよ。壮太のメールアドレスもわかったから……」

 どうか余計なことを言わないでくれ…… 心の中で必死に神に祈ったけど、その願いは簡単に唾棄されたようだ。香坂は口を閉じようとしない。

「なんか壮太のアドレスって、変わっていてさあ……」

「ああ、やたら長いんだろう?」

「長い?」

 香坂が怪訝な顔をする。

「いや…… 名前が……」

 その時、まだ神は僕を見捨てていなかったのか、教師が教室に入って来た。香坂は話を止め、慌てて自席に戻った。

 神に感謝すべきか。いや、時間の問題だ。今、感謝しても、この後すぐにまた神を恨まなければならなくなるだろう…… そう思った。




 四時限目の授業が終わった。次は昼休みだ。

 さっきの話の続きをするつもりだろうか? 香坂がこっちへ来ようとしている。

「卓也、購買部にパンを買いに行こう」

 僕は席を立ち、さっさとこの教室から出ようと卓也を促した。

「そうだな」

 香坂が来た。スマホを手にしている。昨夜僕が送ったメールを卓也に見せるつもりなんだ。

“これが壮太のアドレスだよ、変だろう、名前がYURIだって……”

 香坂が自分のスマホの画面を卓也の前に突きつける、そこには卓也のよく知っているメールアドレスが表示されている……

 その場面を想像してぞっとした。顔がひきつる。

「早く行こうよ!」

「なに慌てているんだよ?」

「早く行かないと、売り切れちゃうよ!」

 僕が急いで卓也を連れ出そうとすると、背後から香坂が追ってきた。

「あ、俺達、パン買いに行くんで……」

 すぐ後ろに迫って来た奴に、卓也はそう断りを入れた。僕も調子に乗って思いきり迷惑そうな顔を向けてやった。別に向こうが悪いわけじゃないのに。

「おまえは昼は弁当だろう?」

「うん……」

 差し出しかけた手の中のスマホを、香坂は引っ込めた。

 廊下に出ると、僕は、香坂が弁当持参でよかった、一緒にパンを買いに行くとか言われなくてよかったとほっとした。