「なあ、今度の土曜、おまえんち行っていい?」
卓也が僕の家へ来た日の翌週も、また家に来たい素振りを見せた。
「駄目だよ」
「芝居の練習、したいんだよ」
「駄目だよ、駄目、駄目、駄目……」
どの口が言っているのか? 先週来た時は全然練習に身が入っていなかったくせに。
「練習だったら、家じゃない所でやろうよ。学校とか……」
「おまえの家がいいんだよ」
「なんで家じゃないと駄目なの? 立稽古なんだから、もっと広くて動き回れる所の方がいいんじゃない?」
「だって、おまえの姉さんに会えないじゃん」
「はあ?」
絶句だ。やっぱりそれが目当てだったんだ。
「まだ僕の姉貴がYURIだと疑っているの?」
卓也は頷いた。ほんのり顔が赤くなっている。
「ばかばかしい、いい加減にしてよ。いい、今度の土曜日は学校だよ、学校で練習だ」
そう強く言い放ったのに、その日、卓也は突然家を訪ねて来た。
「なんだよ、うちは駄目だって言っただろう?」
「だからさ、誘いに来たんだよ」
「誘いって……」
「これからおまえと一緒に学校に行こうと思ってさ」
普段は誘いに来たりなんかしないのに、なんでこんな時に限って…… それに、練習は午後からで、まだ昼前だ。まだ早いんじゃないのか?
「え? もう行くの? 僕、まだ昼ご飯食べていないし」
「俺は済ませてきたから。ブレイクランチだけど。いいよ、おまえが昼飯食っている間、俺はおまえの部屋で待たせてくれれば……」
それが目当てか? わずかな間だけでも僕の家に上がり込むことが……
「姉貴だったら、今、家にいないよ」
「え? いないの?」
なんだかがっかりした顔。やっぱりだ。姉がめあてで家に来たんだ。前回会ったのも同じ時間だったし。午前中のこの時間だったら会えるかと……
姉は今頃、外で彼氏と会っている。外で待ち合わせてから、彼氏を家に連れて来るのだ。今日は家には父も母もいて、朝から二人でソワソワしている。
「壮太、誰か来ているの? ひょっとして……」
と、家の奥から声がした。続いて母が姿を現した。
「こんにちは」
と卓也は挨拶した。
「なあんだ、おまえのお友達かい……」
母はてっきり姉が彼氏を連れて帰ってきたのかと思ったんだろうけど…… “なあんだ”って、卓也だってお客さんなんだから、失礼じゃないのか。
「お友達なら、家に入ってもらいなよ」
母の言葉に二人が同時に返答した。
「あ、いいよ、すぐでかける……」
と言いかけたが、卓也は僕より大きな声で、
「すみません、そうさせてもらいます」
卓也と瞬時顔を見合わせた。
すると、向こうはまるで僕の母親の代わりにでもなったように、
「おまえ、まだ昼飯食べていないんだろう?」
「別にいいよ、途中でコンビニでパンでも買って、学校で食べるから……」
モタモタしていると姉が彼氏を連れて家に来てしまう。卓也を姉に会わせるわけにはいかない。彼氏がいるとわかったら、きっと傷つく……
「でもよ、昼飯はちゃんと家で食べた方が……」
何言ってんだか。普段学校でも昼食は売店の菓子パンで済ませているのに。自分だってそうじゃないか。
なのに、母は卓也に感心したように頷いて、
「壮太、せっかくお昼ご飯作ってあるんだから。お友達がそう言って下さるんだから、食べてから行けばいいんじゃないの?」
なんて余計な口を出してきた。
「いや、でも……」
「お友達にはうちで休んでもらってさ」
「いや、だから、それは……」
僕が何度も口答えして玄関でモタついているうちに、まずいことに姉が帰って来た。
「あら、どうしたの?」
背後からの声にぞくっと武者震いが走った。
姉の後ろにはきりっとした背広姿の男性が立っている。顔は芸能界にいてもおかしくない逸材。卓也とは勝負にならない。向こうが映画俳優なら、卓也なんかお笑い芸人。あ、もちろんこれは一般人の眼から見たらの話で、僕自身は全然そう思っていないけど。
ただ幸運だったのは、姉はウィッグを着けていなかったことと、あの赤いワンピースも着ていなかったこと。
「お母さん、こちら、私の……」
と、イケメンの男性を母に紹介した。
「初めまして、私、娘さんとおつきあいさせていただいている……」
低音のよく通る声もイケメンだ。
母も家ではあまり見せることのない恭しさで、
「まあまあ、よくいらっしゃいました」
と、狭い玄関で相手と頭がぶつかり合いそうなくらい深くお辞儀をした。
卓也も姉が連れて来た相手のイケメンぶりに圧倒されたであろう。後から来た客に土間の端に追いやられ、ぽかんと口を開けている彼の、可哀そうなくらい吃驚した顔をそっと確かめた。家の奥から父も顔を出してきて挨拶に加わり、僕も両親に上がり框の隅に追いやられたから同じだったけど。家の中が俄かに騒がしくなった。父も母も姉の連れて来た客にかかりきりで、挨拶が済むとすぐさま奥の座敷へと案内しにかかった。僕の客の卓也なんか父には一度も見向きもされなかったようで、そのまま玄関に放置だ。まあ、卓也としてはそれよりも、姉からこの前のように声をかけてもらえなかったのが辛かっただろうけど。
もう僕は昼食を放棄し、卓也を連れて早々と家から退散した。卓也はもう何も言わず僕に従った。僕がコンビニで自分の昼飯を買うのにも黙ってついてきた。
芝居の練習は学校の中庭で行ったけど、度重なる失恋に消沈した卓也はこの日も身が入っていないようだ。
そんなに嘆くことないのに……
元気のない卓也に、僕はこう言って励ましてやりたかった。
YURIは僕の姉ではない、別にいるんだから……そう、すぐ目の前に……
卓也が僕の家へ来た日の翌週も、また家に来たい素振りを見せた。
「駄目だよ」
「芝居の練習、したいんだよ」
「駄目だよ、駄目、駄目、駄目……」
どの口が言っているのか? 先週来た時は全然練習に身が入っていなかったくせに。
「練習だったら、家じゃない所でやろうよ。学校とか……」
「おまえの家がいいんだよ」
「なんで家じゃないと駄目なの? 立稽古なんだから、もっと広くて動き回れる所の方がいいんじゃない?」
「だって、おまえの姉さんに会えないじゃん」
「はあ?」
絶句だ。やっぱりそれが目当てだったんだ。
「まだ僕の姉貴がYURIだと疑っているの?」
卓也は頷いた。ほんのり顔が赤くなっている。
「ばかばかしい、いい加減にしてよ。いい、今度の土曜日は学校だよ、学校で練習だ」
そう強く言い放ったのに、その日、卓也は突然家を訪ねて来た。
「なんだよ、うちは駄目だって言っただろう?」
「だからさ、誘いに来たんだよ」
「誘いって……」
「これからおまえと一緒に学校に行こうと思ってさ」
普段は誘いに来たりなんかしないのに、なんでこんな時に限って…… それに、練習は午後からで、まだ昼前だ。まだ早いんじゃないのか?
「え? もう行くの? 僕、まだ昼ご飯食べていないし」
「俺は済ませてきたから。ブレイクランチだけど。いいよ、おまえが昼飯食っている間、俺はおまえの部屋で待たせてくれれば……」
それが目当てか? わずかな間だけでも僕の家に上がり込むことが……
「姉貴だったら、今、家にいないよ」
「え? いないの?」
なんだかがっかりした顔。やっぱりだ。姉がめあてで家に来たんだ。前回会ったのも同じ時間だったし。午前中のこの時間だったら会えるかと……
姉は今頃、外で彼氏と会っている。外で待ち合わせてから、彼氏を家に連れて来るのだ。今日は家には父も母もいて、朝から二人でソワソワしている。
「壮太、誰か来ているの? ひょっとして……」
と、家の奥から声がした。続いて母が姿を現した。
「こんにちは」
と卓也は挨拶した。
「なあんだ、おまえのお友達かい……」
母はてっきり姉が彼氏を連れて帰ってきたのかと思ったんだろうけど…… “なあんだ”って、卓也だってお客さんなんだから、失礼じゃないのか。
「お友達なら、家に入ってもらいなよ」
母の言葉に二人が同時に返答した。
「あ、いいよ、すぐでかける……」
と言いかけたが、卓也は僕より大きな声で、
「すみません、そうさせてもらいます」
卓也と瞬時顔を見合わせた。
すると、向こうはまるで僕の母親の代わりにでもなったように、
「おまえ、まだ昼飯食べていないんだろう?」
「別にいいよ、途中でコンビニでパンでも買って、学校で食べるから……」
モタモタしていると姉が彼氏を連れて家に来てしまう。卓也を姉に会わせるわけにはいかない。彼氏がいるとわかったら、きっと傷つく……
「でもよ、昼飯はちゃんと家で食べた方が……」
何言ってんだか。普段学校でも昼食は売店の菓子パンで済ませているのに。自分だってそうじゃないか。
なのに、母は卓也に感心したように頷いて、
「壮太、せっかくお昼ご飯作ってあるんだから。お友達がそう言って下さるんだから、食べてから行けばいいんじゃないの?」
なんて余計な口を出してきた。
「いや、でも……」
「お友達にはうちで休んでもらってさ」
「いや、だから、それは……」
僕が何度も口答えして玄関でモタついているうちに、まずいことに姉が帰って来た。
「あら、どうしたの?」
背後からの声にぞくっと武者震いが走った。
姉の後ろにはきりっとした背広姿の男性が立っている。顔は芸能界にいてもおかしくない逸材。卓也とは勝負にならない。向こうが映画俳優なら、卓也なんかお笑い芸人。あ、もちろんこれは一般人の眼から見たらの話で、僕自身は全然そう思っていないけど。
ただ幸運だったのは、姉はウィッグを着けていなかったことと、あの赤いワンピースも着ていなかったこと。
「お母さん、こちら、私の……」
と、イケメンの男性を母に紹介した。
「初めまして、私、娘さんとおつきあいさせていただいている……」
低音のよく通る声もイケメンだ。
母も家ではあまり見せることのない恭しさで、
「まあまあ、よくいらっしゃいました」
と、狭い玄関で相手と頭がぶつかり合いそうなくらい深くお辞儀をした。
卓也も姉が連れて来た相手のイケメンぶりに圧倒されたであろう。後から来た客に土間の端に追いやられ、ぽかんと口を開けている彼の、可哀そうなくらい吃驚した顔をそっと確かめた。家の奥から父も顔を出してきて挨拶に加わり、僕も両親に上がり框の隅に追いやられたから同じだったけど。家の中が俄かに騒がしくなった。父も母も姉の連れて来た客にかかりきりで、挨拶が済むとすぐさま奥の座敷へと案内しにかかった。僕の客の卓也なんか父には一度も見向きもされなかったようで、そのまま玄関に放置だ。まあ、卓也としてはそれよりも、姉からこの前のように声をかけてもらえなかったのが辛かっただろうけど。
もう僕は昼食を放棄し、卓也を連れて早々と家から退散した。卓也はもう何も言わず僕に従った。僕がコンビニで自分の昼飯を買うのにも黙ってついてきた。
芝居の練習は学校の中庭で行ったけど、度重なる失恋に消沈した卓也はこの日も身が入っていないようだ。
そんなに嘆くことないのに……
元気のない卓也に、僕はこう言って励ましてやりたかった。
YURIは僕の姉ではない、別にいるんだから……そう、すぐ目の前に……
