【次に出すコンクール、何かよく分からないけどエントリー用にサイト登録? が必要らしい~。めんどいけど、みんなやっといて】
届いたLINEのグループトークに目を通すと、ちょうど織音から追加でリンクが送られてきた。
多分、こういうのは部長である胡桃がやるべきなのだろうけど、織音はいつも率先して声を上げてくれるから助かる。
そもそも、胡桃は人前に立つのがあまり得意じゃない。厳格な家庭で育ち、学校でも真面目を貫いた結果、いつの間にか優等生というレッテルを貼られ、断れない性格ということも相まってクラスの委員長や部活の部長を任されているに過ぎないのだ。
背負わされた期待を裏切らないように、毎日必死に優等生を演じている。と言っても、もうずっとこの調子なので、すっかり板に付いているから苦ではなかった。
胡桃は一人の部屋で少し唸り、やらなければならないことが出来たという免罪符の元、目の前の参考書を閉じてベッドに身を投げ出す。
「了解しました、っと」
胡桃の送ったメッセージに続いて、凪と燿からも同じような文面が届く。
【龍之介、ちゃんと今夜中にやっておいてよね。明日の部活でチェックするから】
織音の忠告に、いつも通り龍之介は反応を示さない。ただ、この五人のグループトークに胡桃の送ったメッセージは既読が四つついているから、龍之介もトークは見ているのだろう。それに、龍之介が返事をしないのはいつものことだ。ちなみに、織音が龍之介に敬語を使わないのもいつものこと。そのことに関して龍之介が織音に言及することもないし、容認しているのだろう。
織音が送ってくれたリンクを開く。どうやら、今時珍しい会員登録をしないとサイトの中身を見られない仕様らしい。
手順に従って、会員登録を進める。メールアドレスの入力や、何やら同期がどうとか、胡桃はネットに詳しくないので、表示される『OK』ボタンを作業的に押していく。
最後に仮登録で届いたメールに添付されたリンクを開く。それで、正式登録が完了のはずだった。
ブツッという嫌なノイズと共に、突然スマホの画面が暗転する。
急な出来事に、胡桃は暗くなったままの画面をしばらく見つめ、その後、我に返って画面を何度かタップするも反応がない。電源ボタンをいくら押してもうんともすんとも言わなかった。
「もしかして、壊れた……?」
じわりと気鬱な思いが滲む。
充電器に繋いでみたり、色んなボタンを同時に押したり、出来ることをとにかく試しても、やっぱり起動する気配は微塵もない。
「嘘でしょ~、最悪だぁ……」
つい、独り言も声が大きくなる。
スマホが使えないと、色々と不便だ。誰かに連絡するにしても、手段も連絡先も全部スマホの中だし、わざわざリアルで書き残したりするはずもない。
SNSは見ることが出来ないし、音楽だって聞けない。アラームももちろんセットできない。何なら、部屋に時計もテレビもないので、現在の時刻だって分からないままだ。
こんなにも生活の全てをスマホに委ねていたなんて。今さらながら、その事実がどこか怖く思えた。
絶対、明日は携帯ショップに行こう。
胡桃は固く決意する。
現代人に必須のスマホが使えないなんて、どう生きろと言うのだ。支払いはPayPay、移動はアプリのSuica。もはやスマホは生活の基盤そのものだ。
ふと、思った。スマホの修理や機種変更って、未成年だけで完結できるのだろうか。親の同伴や同意が必要なら、実に厄介だ。もちろん、未成年の胡桃のスマホは親名義での契約だし、携帯ショップに行っても対応してもらえない可能性は高い。
思わず、重いため息が零れる。スマホを落とすでもなく、握るでもなく、ただ顔の上にぱたりと乗せる。すっかり熱を冷ました長方形のそれが、胡桃の体温を奪っていく気がした。代わりに少しの重さと鬱々とした気持ちだけが残る。
目を閉じ、暗闇と静寂に身を委ねた。
考えても解決するわけじゃないし、諦めよう。
そう思った刹那、閉じた瞼越しに強い光が瞳の奥を刺す。思わず勢いよく起き上がると、顔の上から滑り落ちたスマホが床を叩いて転がる。
光球の残滓が視界を漂い、キシキシと鈍い痛みに随分と身体に悪いものを受けたような気持ちになる。
「……あれ? 直ってる?」
床に転がるスマホは、先程までの黒暗々ではなく、眩しいばかりの明かりを浮かべていた。安堵の息と共に、思わず「良かったぁ」と口から零れ落ちる。
きっと、突発的なバグか何かだったのだろう。この暗転が頻繁に起こるなら困るけど、とりあえず一安心だ。
スマホを拾い上げ、胡桃はあることに気が付く。
ホーム画面が……違う? それに、スマホにロックがかかってない?
アイコンの奥に透ける背景は、体育館らしき場所で撮られた集合写真だった。バスケットボールを持つ人たちの笑顔がぼやけて写っている。
胡桃は首を傾げた。スマホのホーム画面なんて、何度も目にしてきたはずだ。自分のホーム画面を忘れるわけはないし、そもそも胡桃はこの集合写真に見覚えがなかった。
そして、遅れて他の違和感にも気が付く。ホーム画面に並ぶアプリのアイコンが、全然知らないものになっている。もちろん、LINEとかYouTubeとか、一つ一つは知っているものばかり。ただ、胡桃のスマホのはずなのに、アイコンの配置も並び方も全く異なっていた。
「なに、これ……」
やっぱり、壊れた? それともウイルス?
それにしても、自分のスマホなのに、知らない人たちの集合写真とアイコンの群れは形容しがたい気持ち悪さがある。
あっ、そうだ。LINEとか大丈夫なのかな……。
もし、ホーム画面だけじゃなく、LINEのアイコンやSNSの名前なんかが変わっていたら面倒だ。
一抹の不安に背を押され、LINEを開く。見覚えのない着せ替えの起動画面。そして、表示されたホーム画面上部のアカウント名に、思わず息が詰まる。
――星屋燿
状況を理解できない脳内が、自然と何度もその文字を目で追わせた。
見間違いなんかじゃない。確かに燿のアカウント名だ。名前の後に読み仮名を括弧で付ける特徴的なアカウント名だし、やけに凝った構図で燿を撮ったアイコンも確かに見覚えがあった。
「えっ……どうして……」
トーク画面をタップする。ずらっと並んだ履歴の二番目に、美術部のグループトークがある。他の履歴は見知らぬ個人トークで、思わず目を背けるように美術部のトークを開いた。
【龍之介、ちゃんと今夜中にやっておいてよね。明日の部活でチェックするから】
最後の発言者は織音のままだった。どうやら、胡桃のスマホが一時的に暗転している間に会話が進むことはなかったらしい。
トークを遡って、胡桃は今日何度目かのため息を零す。他者が発言した左側のもの。そして、このアカウントが送信した右側に表示されるもの。胡桃本来のアカウントの発言は、やっぱり左側表示だった。
つまり、このアカウントは正真正銘、燿のものだ。――いや、LINEだけじゃない。
ホーム画面に戻り、背景の画像に目を凝らす。タンクトップのユニフォームの人たち。その手元にはバスケットボール。画質が荒く、顔まではよく分からないが、燿と龍之介と思しきシルエットの人物が見て取れた。
〝写真〟のアイコンをタップする。画面に表示される画像は、一つを除いてどれも見覚えがない。唯一、覚えのある画像は一番新しく保存されたものだった。
賞状を手に持ち、中央で爽やかな笑みを浮かべる燿。その両脇を埋める胡桃と凪、織音の姿。今日の夕方にみんなでファミレスで撮った写真だ。
こんなことがあり得るのだろうか。そう思いつつ、胡桃はようやく自分のスマホに起きている不可思議な出来事に結論を付ける。
どういうわけか、自分のスマホの中身が燿のものになってしまったらしい。
一体全体、何が起こっているのやら。夢でも見ているのだろうか。
自分のスマホの中身はどこに行ってしまったのか。燿は困っていないだろうか。事態を呑み込んでからも、疑問は溢れるように次々と湧き起こる。
一日をこなして疲れた頭には重過ぎる出来事だった。
しかし、半信半疑だった、スマホの中身が他人のものになるという現象が確信に変われば、疑問と同時に一つの感情がむくっと芽を出す。
ずらりと並んだ写真フォルダの一覧をゆっくりとスライドする。四方系に規則正しく並んだ画像の群れが、指の動きに合わせて流れていく。
その時、ピロンッ! というアプリの通知音が鳴り、胡桃は我に返った。僅かに弾んだ肩を撫で下ろし、深呼吸をする。
「良くない。良くない」
自分に言い聞かせ、写真フォルダを閉じる。
【突然、ごめんね。胡桃です。どうしてか分からないけれど、急に燿くんのアカウントになっちゃった。直し方が分かる人いたら教えてください】
美術部のグループトークに送信しておいた。勝手に色々といじられるのは燿もいい気分にならないだろうし、こういうことは早めに謝って伝えておくに限る。
本当、踏んだり蹴ったりだ。せっかく壊れていなかったと思ったのに、今度は他人のスマホの中身になっちゃうなんて。
結局、明日は携帯ショップに行くことになりそうだ。
その日、燿のアカウントで送ったチャットには、返信はおろか、既読の一つすらつかないままだった。
届いたLINEのグループトークに目を通すと、ちょうど織音から追加でリンクが送られてきた。
多分、こういうのは部長である胡桃がやるべきなのだろうけど、織音はいつも率先して声を上げてくれるから助かる。
そもそも、胡桃は人前に立つのがあまり得意じゃない。厳格な家庭で育ち、学校でも真面目を貫いた結果、いつの間にか優等生というレッテルを貼られ、断れない性格ということも相まってクラスの委員長や部活の部長を任されているに過ぎないのだ。
背負わされた期待を裏切らないように、毎日必死に優等生を演じている。と言っても、もうずっとこの調子なので、すっかり板に付いているから苦ではなかった。
胡桃は一人の部屋で少し唸り、やらなければならないことが出来たという免罪符の元、目の前の参考書を閉じてベッドに身を投げ出す。
「了解しました、っと」
胡桃の送ったメッセージに続いて、凪と燿からも同じような文面が届く。
【龍之介、ちゃんと今夜中にやっておいてよね。明日の部活でチェックするから】
織音の忠告に、いつも通り龍之介は反応を示さない。ただ、この五人のグループトークに胡桃の送ったメッセージは既読が四つついているから、龍之介もトークは見ているのだろう。それに、龍之介が返事をしないのはいつものことだ。ちなみに、織音が龍之介に敬語を使わないのもいつものこと。そのことに関して龍之介が織音に言及することもないし、容認しているのだろう。
織音が送ってくれたリンクを開く。どうやら、今時珍しい会員登録をしないとサイトの中身を見られない仕様らしい。
手順に従って、会員登録を進める。メールアドレスの入力や、何やら同期がどうとか、胡桃はネットに詳しくないので、表示される『OK』ボタンを作業的に押していく。
最後に仮登録で届いたメールに添付されたリンクを開く。それで、正式登録が完了のはずだった。
ブツッという嫌なノイズと共に、突然スマホの画面が暗転する。
急な出来事に、胡桃は暗くなったままの画面をしばらく見つめ、その後、我に返って画面を何度かタップするも反応がない。電源ボタンをいくら押してもうんともすんとも言わなかった。
「もしかして、壊れた……?」
じわりと気鬱な思いが滲む。
充電器に繋いでみたり、色んなボタンを同時に押したり、出来ることをとにかく試しても、やっぱり起動する気配は微塵もない。
「嘘でしょ~、最悪だぁ……」
つい、独り言も声が大きくなる。
スマホが使えないと、色々と不便だ。誰かに連絡するにしても、手段も連絡先も全部スマホの中だし、わざわざリアルで書き残したりするはずもない。
SNSは見ることが出来ないし、音楽だって聞けない。アラームももちろんセットできない。何なら、部屋に時計もテレビもないので、現在の時刻だって分からないままだ。
こんなにも生活の全てをスマホに委ねていたなんて。今さらながら、その事実がどこか怖く思えた。
絶対、明日は携帯ショップに行こう。
胡桃は固く決意する。
現代人に必須のスマホが使えないなんて、どう生きろと言うのだ。支払いはPayPay、移動はアプリのSuica。もはやスマホは生活の基盤そのものだ。
ふと、思った。スマホの修理や機種変更って、未成年だけで完結できるのだろうか。親の同伴や同意が必要なら、実に厄介だ。もちろん、未成年の胡桃のスマホは親名義での契約だし、携帯ショップに行っても対応してもらえない可能性は高い。
思わず、重いため息が零れる。スマホを落とすでもなく、握るでもなく、ただ顔の上にぱたりと乗せる。すっかり熱を冷ました長方形のそれが、胡桃の体温を奪っていく気がした。代わりに少しの重さと鬱々とした気持ちだけが残る。
目を閉じ、暗闇と静寂に身を委ねた。
考えても解決するわけじゃないし、諦めよう。
そう思った刹那、閉じた瞼越しに強い光が瞳の奥を刺す。思わず勢いよく起き上がると、顔の上から滑り落ちたスマホが床を叩いて転がる。
光球の残滓が視界を漂い、キシキシと鈍い痛みに随分と身体に悪いものを受けたような気持ちになる。
「……あれ? 直ってる?」
床に転がるスマホは、先程までの黒暗々ではなく、眩しいばかりの明かりを浮かべていた。安堵の息と共に、思わず「良かったぁ」と口から零れ落ちる。
きっと、突発的なバグか何かだったのだろう。この暗転が頻繁に起こるなら困るけど、とりあえず一安心だ。
スマホを拾い上げ、胡桃はあることに気が付く。
ホーム画面が……違う? それに、スマホにロックがかかってない?
アイコンの奥に透ける背景は、体育館らしき場所で撮られた集合写真だった。バスケットボールを持つ人たちの笑顔がぼやけて写っている。
胡桃は首を傾げた。スマホのホーム画面なんて、何度も目にしてきたはずだ。自分のホーム画面を忘れるわけはないし、そもそも胡桃はこの集合写真に見覚えがなかった。
そして、遅れて他の違和感にも気が付く。ホーム画面に並ぶアプリのアイコンが、全然知らないものになっている。もちろん、LINEとかYouTubeとか、一つ一つは知っているものばかり。ただ、胡桃のスマホのはずなのに、アイコンの配置も並び方も全く異なっていた。
「なに、これ……」
やっぱり、壊れた? それともウイルス?
それにしても、自分のスマホなのに、知らない人たちの集合写真とアイコンの群れは形容しがたい気持ち悪さがある。
あっ、そうだ。LINEとか大丈夫なのかな……。
もし、ホーム画面だけじゃなく、LINEのアイコンやSNSの名前なんかが変わっていたら面倒だ。
一抹の不安に背を押され、LINEを開く。見覚えのない着せ替えの起動画面。そして、表示されたホーム画面上部のアカウント名に、思わず息が詰まる。
――星屋燿
状況を理解できない脳内が、自然と何度もその文字を目で追わせた。
見間違いなんかじゃない。確かに燿のアカウント名だ。名前の後に読み仮名を括弧で付ける特徴的なアカウント名だし、やけに凝った構図で燿を撮ったアイコンも確かに見覚えがあった。
「えっ……どうして……」
トーク画面をタップする。ずらっと並んだ履歴の二番目に、美術部のグループトークがある。他の履歴は見知らぬ個人トークで、思わず目を背けるように美術部のトークを開いた。
【龍之介、ちゃんと今夜中にやっておいてよね。明日の部活でチェックするから】
最後の発言者は織音のままだった。どうやら、胡桃のスマホが一時的に暗転している間に会話が進むことはなかったらしい。
トークを遡って、胡桃は今日何度目かのため息を零す。他者が発言した左側のもの。そして、このアカウントが送信した右側に表示されるもの。胡桃本来のアカウントの発言は、やっぱり左側表示だった。
つまり、このアカウントは正真正銘、燿のものだ。――いや、LINEだけじゃない。
ホーム画面に戻り、背景の画像に目を凝らす。タンクトップのユニフォームの人たち。その手元にはバスケットボール。画質が荒く、顔まではよく分からないが、燿と龍之介と思しきシルエットの人物が見て取れた。
〝写真〟のアイコンをタップする。画面に表示される画像は、一つを除いてどれも見覚えがない。唯一、覚えのある画像は一番新しく保存されたものだった。
賞状を手に持ち、中央で爽やかな笑みを浮かべる燿。その両脇を埋める胡桃と凪、織音の姿。今日の夕方にみんなでファミレスで撮った写真だ。
こんなことがあり得るのだろうか。そう思いつつ、胡桃はようやく自分のスマホに起きている不可思議な出来事に結論を付ける。
どういうわけか、自分のスマホの中身が燿のものになってしまったらしい。
一体全体、何が起こっているのやら。夢でも見ているのだろうか。
自分のスマホの中身はどこに行ってしまったのか。燿は困っていないだろうか。事態を呑み込んでからも、疑問は溢れるように次々と湧き起こる。
一日をこなして疲れた頭には重過ぎる出来事だった。
しかし、半信半疑だった、スマホの中身が他人のものになるという現象が確信に変われば、疑問と同時に一つの感情がむくっと芽を出す。
ずらりと並んだ写真フォルダの一覧をゆっくりとスライドする。四方系に規則正しく並んだ画像の群れが、指の動きに合わせて流れていく。
その時、ピロンッ! というアプリの通知音が鳴り、胡桃は我に返った。僅かに弾んだ肩を撫で下ろし、深呼吸をする。
「良くない。良くない」
自分に言い聞かせ、写真フォルダを閉じる。
【突然、ごめんね。胡桃です。どうしてか分からないけれど、急に燿くんのアカウントになっちゃった。直し方が分かる人いたら教えてください】
美術部のグループトークに送信しておいた。勝手に色々といじられるのは燿もいい気分にならないだろうし、こういうことは早めに謝って伝えておくに限る。
本当、踏んだり蹴ったりだ。せっかく壊れていなかったと思ったのに、今度は他人のスマホの中身になっちゃうなんて。
結局、明日は携帯ショップに行くことになりそうだ。
その日、燿のアカウントで送ったチャットには、返信はおろか、既読の一つすらつかないままだった。



