「ねえ、胡桃、今度部活ない時に一緒に服買いに行こ! 今セール中なんだって」
テーブルを挟んだ向かい席の織音が、スマホの画面をこちらに向ける。彼女のスマホの画面には、昨年の年末に完成したばかりのショッピングモールのサイトが表示されていた。
胡桃も一度一人で立ち寄ったことがあるが、オープンして間もない頃だったことや、周りに大きなショッピングモールが今までなかったこともあって、とんでもない人の多さにすぐ帰る羽目になった。織音の話では、今は混雑ぶりが多少はマシになったらしい。
「いいよ。楽しみにしているね」
すると、織音が意外そうに「マジ?」と聞き返してくるので、胡桃は快く頷く。ずっとこういった誘いは断りがちだったから、織音からすれば驚きがあったのだろう。
「駄目元で誘ったんだけど。ほら、胡桃の家って厳しいじゃん?」
「あー、うん。でもね、中間と期末どっちもすっごくいい成績だったから」
ぽりぽりと頬をかく。無意識に上げた視線が、意味もなく宙を漂う。
「うわー、嬉しっ。あたし、今から胡桃のコーデ考えるわ。おそろの服とか買っちゃう?」
「む、無理だよ。私、染井さんみたいにスタイル良くないし」
それに織音の服や小物のセンスは、彼女だから似合うのだ。何の特徴もない自分が真似したら、きっと服に着せられているみたいになってしまう。
思わず、自分と織音の姿を比べてしまい、胡桃は手に持ったピザをそっと手元の皿に戻した。
燿の祝賀会と称して、四人でファミレスに来てからのことを思い起こすと、織音の細身な体形がどのようにして維持されているのかがよく分かる。ドリンクバーはウーロン茶だし、頼んだ食事にはみんなが不思議に思わない最低限だけ手を付ける。
しかも、きっと織音はそれらを無意識に行っている。だって、彼女は他人からの評価を気にするような人間じゃないからだ。無自覚にストイックなのは、流石にちょっとズルい。
胡桃がピザを置いたのは、そんな織音へのせめてもの抵抗だ。とは言っても、自らの皿に取ったのだから、結局後で食べることになるのだけど。
「いいですね、二人で買い物。ずるいなぁ。僕たちも二人で行きます? 凪先輩」
「えっ……い、いや、僕、服とかよく分からないから……」
胡桃の隣に座る燿に、向かい席の凪が勢いよく首を振る。
「でも凪先輩、お洒落なブレスレット着けているじゃないですか。あれですか? 彼女――っと……」
燿が慌てて口を閉ざす。一瞬の静寂。そして、燿はチラッと織音の方を見た。
「ん? どした? ごめん、今の話聞いてなかった」
スマホから目を離した織音が、静まり返った空気に首を傾げる。
胡桃はそっと心の中で息を漏らす。危なかった。せっかくのお祝いが、変な空気になるところだった。
織音に恋愛の話はタブーだ。胡桃も詳しくは知らないが、織音はそういった類の会話になるとあからさまに不快感を示す。
それに本人も常々言っているのだ。恋愛なんてくだらない。勝手にやってる分にはいいけど、あたしにその感情を向けないでほしい、と。
しかし、そんな彼女の事情をみんなが知っているわけもなく、容姿に恵まれている彼女はよく告白をされるのだが、その度に不機嫌な面持ちになるから、胡桃や凪が必死に宥めるのだ。
苦手とかじゃない、拒絶という言葉が正しいような反応なので、きっと織音は恋愛に関して何かしらのトラウマ的なものがあるのだろう。
「いえ、凪先輩のブレスレットがお洒落だなって話をしていたんですよ」
流石は空気の読める燿だ。変に焦りを見せることもなく、自然と話の流れを戻す。
「ん? あぁ、これね」
そう言い、織音は鞄から凪が着けているブレスレットと同じものを取り出した。
「凪とおそろで買ったんだけど、学校で着けてるとみんなに、やっぱり付き合ってるんじゃんとか茶化されてウザいんだよね。つか、やっぱりって何なの」
なるほど、と胡桃は一人で納得する。実際、胡桃も数日前から凪のブレスレットには気が付いていて、気になっていたのだ。凪はお洒落に無関心という印象だったので意外に思っていたが、織音とのお揃いなら理解できる。
「自分たちだって財布とかお揃いのものにしてるくせに。あたしが女で、凪が男だからイコールで付き合ってるってなるわけ? はぁー、やだやだ。みんな頭の中が恋愛に支配されてるっつの。マジ鬱だわ」
「そんなことないですよ! 自分、凪先輩と染井先輩の関係ってめちゃくちゃ憧れます。みんな、普通だったら異性だからって、やっぱり恋愛意識が出てくると思うんですよ。でも、二人は互いに親友だって明言していて、唯一無二の関係って感じで羨ましいです!」
燿は目を輝かせながら言い退けた。
こういう時、胡桃は織音に同調することで彼女を宥めることしか出来ない。そうすると、どうしても空気が重たいままなのだ。しかし、燿はあえて前のめりに二人の関係を肯定することで、場の空気を自ら率先して明るい方へと引き戻した。胡桃には出来ないことだ。
そりゃ、人気あるよね。
そのまま自然に話題をすり替える燿を見て思った。
ふと視線を上げると、凪と目が合う。すると、彼はすぐに胡桃から視線を逸らした。恥ずかしがり屋な彼のいつも通りの行動なのに、今の凪はどこか後ろめたさを感じているような気がした。
ドリングバーを取りに席を立った織音と凪の背に、燿は危なかったと言いたげな安堵の息を零す。
「ふふっ、お疲れ様」
「いえいえ、自分で踏みかけた地雷だったので。ちょっと考えれば、あのブレスレットは染井先輩が選んだものだって考えが浮かぶはずだったのに。僕って、まだまだですね」
「そんなことないよ。私だって、予想できなかったし。でもね、染井さんは悪い人じゃないから、嫌いにならないであげてね。まっすぐで自分の意見を曲げないところが、彼女の素敵なところでもあるから」
燿は目を丸くして、それからふっと声を漏らした。
「大丈夫ですよ。僕、染井先輩のこと人間的に好きですし。でも、ありがとうございます。僕にも気を遣っていただいて」
「本当は助け船を出さなきゃって思ったんだけど、必要なかったね。流石、燿くん」
「えー、そうだったんですか。じゃあ、今度は助けてくださいね」
ずいっと燿が顔を近付けてくる。きらきらとしたまっすぐな燿の眼差しに、胡桃はちょっぴり恥ずかしくなった。見えない燿の尻尾がぶんぶんと左右に揺れている気がする。
どぎまぎしてうるさい思考を退けるように頭を横に振る。
危ない、危ない。こうして沼っていくのか……。
「それにしても、龍之介先輩にも来てほしかったですね。まあ、龍之介先輩って中学の時からこういうのには参加しない人だったんで、予想通りではあるんですけど」
「そういえば、二人とも同じ中学校のバスケ部だったんだっけ?」
二人の通っていた中学校は、他校だった胡桃も知っているようなバスケの強豪校だったはずだ。
「はい。と言っても、僕と龍之介先輩は小学生の時からバスケのクラブが一緒だったんで、もっと前から知り合いでしたね」
「そうだったんだ。じゃあ、美術部に入って彼がいてびっくりしたでしょ」
「ですね。てっきり、またバスケ部に入っていると当たり前に思っていたので。龍之介先輩が美術部って、ちょっとって言うか、すごく変ですね」
燿は冗談交じりに笑う。
「僕もドリンクバー取ってきますね」
単に胡桃の勘違いかもしれないが、燿の足のことを含めれば、色々と憶測してしまう。
燿は普段、体育は見学がほとんどらしい。バスケ部に入るのは難しかっただろう。
燿の左足には、くすんだ色のミサンガが着けられていた。清潔感のある彼の服装では少し異質に思える。いつも着けているそのミサンガには、一体どんな想いが込められているのだろうか。
なんて、そんなこと聞けるはずもないけど。
でも、例えば胡桃が燿の足を気遣って、代わりに彼の飲み物を取りに行くのは違う。きっと、燿だってそんなことは望んでいないはずだ。
それにしても、龍之介はどうしてバスケ部に入らなかったのだろうか。きっと、何かしらの事情があるのだろうけど、龍之介のことをよく知らない胡桃には到底分からないことだった。
「みんな、色々と事情があるんだなぁ」
でも、これを隠しごとや秘密と呼ぶのは違う気がする。話さなくていいことだって、きっと沢山ある。胡桃にだって、もちろんある。
みんな、思いやりを持っているだけだ。
だって、本当に隠したいことは、その片鱗すら匂わせちゃいけないのだから。
テーブルを挟んだ向かい席の織音が、スマホの画面をこちらに向ける。彼女のスマホの画面には、昨年の年末に完成したばかりのショッピングモールのサイトが表示されていた。
胡桃も一度一人で立ち寄ったことがあるが、オープンして間もない頃だったことや、周りに大きなショッピングモールが今までなかったこともあって、とんでもない人の多さにすぐ帰る羽目になった。織音の話では、今は混雑ぶりが多少はマシになったらしい。
「いいよ。楽しみにしているね」
すると、織音が意外そうに「マジ?」と聞き返してくるので、胡桃は快く頷く。ずっとこういった誘いは断りがちだったから、織音からすれば驚きがあったのだろう。
「駄目元で誘ったんだけど。ほら、胡桃の家って厳しいじゃん?」
「あー、うん。でもね、中間と期末どっちもすっごくいい成績だったから」
ぽりぽりと頬をかく。無意識に上げた視線が、意味もなく宙を漂う。
「うわー、嬉しっ。あたし、今から胡桃のコーデ考えるわ。おそろの服とか買っちゃう?」
「む、無理だよ。私、染井さんみたいにスタイル良くないし」
それに織音の服や小物のセンスは、彼女だから似合うのだ。何の特徴もない自分が真似したら、きっと服に着せられているみたいになってしまう。
思わず、自分と織音の姿を比べてしまい、胡桃は手に持ったピザをそっと手元の皿に戻した。
燿の祝賀会と称して、四人でファミレスに来てからのことを思い起こすと、織音の細身な体形がどのようにして維持されているのかがよく分かる。ドリンクバーはウーロン茶だし、頼んだ食事にはみんなが不思議に思わない最低限だけ手を付ける。
しかも、きっと織音はそれらを無意識に行っている。だって、彼女は他人からの評価を気にするような人間じゃないからだ。無自覚にストイックなのは、流石にちょっとズルい。
胡桃がピザを置いたのは、そんな織音へのせめてもの抵抗だ。とは言っても、自らの皿に取ったのだから、結局後で食べることになるのだけど。
「いいですね、二人で買い物。ずるいなぁ。僕たちも二人で行きます? 凪先輩」
「えっ……い、いや、僕、服とかよく分からないから……」
胡桃の隣に座る燿に、向かい席の凪が勢いよく首を振る。
「でも凪先輩、お洒落なブレスレット着けているじゃないですか。あれですか? 彼女――っと……」
燿が慌てて口を閉ざす。一瞬の静寂。そして、燿はチラッと織音の方を見た。
「ん? どした? ごめん、今の話聞いてなかった」
スマホから目を離した織音が、静まり返った空気に首を傾げる。
胡桃はそっと心の中で息を漏らす。危なかった。せっかくのお祝いが、変な空気になるところだった。
織音に恋愛の話はタブーだ。胡桃も詳しくは知らないが、織音はそういった類の会話になるとあからさまに不快感を示す。
それに本人も常々言っているのだ。恋愛なんてくだらない。勝手にやってる分にはいいけど、あたしにその感情を向けないでほしい、と。
しかし、そんな彼女の事情をみんなが知っているわけもなく、容姿に恵まれている彼女はよく告白をされるのだが、その度に不機嫌な面持ちになるから、胡桃や凪が必死に宥めるのだ。
苦手とかじゃない、拒絶という言葉が正しいような反応なので、きっと織音は恋愛に関して何かしらのトラウマ的なものがあるのだろう。
「いえ、凪先輩のブレスレットがお洒落だなって話をしていたんですよ」
流石は空気の読める燿だ。変に焦りを見せることもなく、自然と話の流れを戻す。
「ん? あぁ、これね」
そう言い、織音は鞄から凪が着けているブレスレットと同じものを取り出した。
「凪とおそろで買ったんだけど、学校で着けてるとみんなに、やっぱり付き合ってるんじゃんとか茶化されてウザいんだよね。つか、やっぱりって何なの」
なるほど、と胡桃は一人で納得する。実際、胡桃も数日前から凪のブレスレットには気が付いていて、気になっていたのだ。凪はお洒落に無関心という印象だったので意外に思っていたが、織音とのお揃いなら理解できる。
「自分たちだって財布とかお揃いのものにしてるくせに。あたしが女で、凪が男だからイコールで付き合ってるってなるわけ? はぁー、やだやだ。みんな頭の中が恋愛に支配されてるっつの。マジ鬱だわ」
「そんなことないですよ! 自分、凪先輩と染井先輩の関係ってめちゃくちゃ憧れます。みんな、普通だったら異性だからって、やっぱり恋愛意識が出てくると思うんですよ。でも、二人は互いに親友だって明言していて、唯一無二の関係って感じで羨ましいです!」
燿は目を輝かせながら言い退けた。
こういう時、胡桃は織音に同調することで彼女を宥めることしか出来ない。そうすると、どうしても空気が重たいままなのだ。しかし、燿はあえて前のめりに二人の関係を肯定することで、場の空気を自ら率先して明るい方へと引き戻した。胡桃には出来ないことだ。
そりゃ、人気あるよね。
そのまま自然に話題をすり替える燿を見て思った。
ふと視線を上げると、凪と目が合う。すると、彼はすぐに胡桃から視線を逸らした。恥ずかしがり屋な彼のいつも通りの行動なのに、今の凪はどこか後ろめたさを感じているような気がした。
ドリングバーを取りに席を立った織音と凪の背に、燿は危なかったと言いたげな安堵の息を零す。
「ふふっ、お疲れ様」
「いえいえ、自分で踏みかけた地雷だったので。ちょっと考えれば、あのブレスレットは染井先輩が選んだものだって考えが浮かぶはずだったのに。僕って、まだまだですね」
「そんなことないよ。私だって、予想できなかったし。でもね、染井さんは悪い人じゃないから、嫌いにならないであげてね。まっすぐで自分の意見を曲げないところが、彼女の素敵なところでもあるから」
燿は目を丸くして、それからふっと声を漏らした。
「大丈夫ですよ。僕、染井先輩のこと人間的に好きですし。でも、ありがとうございます。僕にも気を遣っていただいて」
「本当は助け船を出さなきゃって思ったんだけど、必要なかったね。流石、燿くん」
「えー、そうだったんですか。じゃあ、今度は助けてくださいね」
ずいっと燿が顔を近付けてくる。きらきらとしたまっすぐな燿の眼差しに、胡桃はちょっぴり恥ずかしくなった。見えない燿の尻尾がぶんぶんと左右に揺れている気がする。
どぎまぎしてうるさい思考を退けるように頭を横に振る。
危ない、危ない。こうして沼っていくのか……。
「それにしても、龍之介先輩にも来てほしかったですね。まあ、龍之介先輩って中学の時からこういうのには参加しない人だったんで、予想通りではあるんですけど」
「そういえば、二人とも同じ中学校のバスケ部だったんだっけ?」
二人の通っていた中学校は、他校だった胡桃も知っているようなバスケの強豪校だったはずだ。
「はい。と言っても、僕と龍之介先輩は小学生の時からバスケのクラブが一緒だったんで、もっと前から知り合いでしたね」
「そうだったんだ。じゃあ、美術部に入って彼がいてびっくりしたでしょ」
「ですね。てっきり、またバスケ部に入っていると当たり前に思っていたので。龍之介先輩が美術部って、ちょっとって言うか、すごく変ですね」
燿は冗談交じりに笑う。
「僕もドリンクバー取ってきますね」
単に胡桃の勘違いかもしれないが、燿の足のことを含めれば、色々と憶測してしまう。
燿は普段、体育は見学がほとんどらしい。バスケ部に入るのは難しかっただろう。
燿の左足には、くすんだ色のミサンガが着けられていた。清潔感のある彼の服装では少し異質に思える。いつも着けているそのミサンガには、一体どんな想いが込められているのだろうか。
なんて、そんなこと聞けるはずもないけど。
でも、例えば胡桃が燿の足を気遣って、代わりに彼の飲み物を取りに行くのは違う。きっと、燿だってそんなことは望んでいないはずだ。
それにしても、龍之介はどうしてバスケ部に入らなかったのだろうか。きっと、何かしらの事情があるのだろうけど、龍之介のことをよく知らない胡桃には到底分からないことだった。
「みんな、色々と事情があるんだなぁ」
でも、これを隠しごとや秘密と呼ぶのは違う気がする。話さなくていいことだって、きっと沢山ある。胡桃にだって、もちろんある。
みんな、思いやりを持っているだけだ。
だって、本当に隠したいことは、その片鱗すら匂わせちゃいけないのだから。



