勝手に覗いて幻滅すんなよ

 八月も終わったというのに、まだまだ暑い日が続く。店先に並ぶ向日葵を見て、ちょっと不思議な気持ちになった。

 龍之介は今、八月の延長線にいる。そんな気がした。

 長かった夏休みが今日で終わるからって、何かが変わったのか。そう問われると、きっと色々悩んだ挙句、何も変わっていない、と答えるだろう。ただ高校最後の夏が過ぎ去ろうとしている。それだけのことだ。

 目に見えるものは、何も変わっちゃいない。店先に並ぶ花の種類も、うだるような暑さも、まだ何もかも。

 「今日もお見舞いのお花ですか?」

 店員の女性に声をかけられ、振り向く。もう何度も顔を合わせた人だ。最初の頃の緊張はなく、龍之介は椅子の上で少し背を丸めた。

 「ええ、まあ」

 「いつも必ずお花を持って?」

 「見舞いといえば花かなって思って、一応」

 店員の女性はふふっと小さく微笑んだ。

 「素敵ですね」

 龍之介は首を傾げる。もしかして、見舞いって毎回花を持って行くわけじゃないのだろうか。

 「そうなんすかね……」

 「はい、私なら嬉しいですもん」

 「はぁ……」

 喜んでもらうためというより、少しでも誠意を見せるために持って行っているのだけど。それを今、口にするのは無粋なことくらい、人との会話が苦手な龍之介でも流石に分かる。

 包んでもらった花を持って、花屋を出る。青天の空を仰いで息を吸い込めば、花の甘い香りがした。

 やっぱり、この匂いは慣れそうもない。

 「龍之介先輩」

 病院への道すがら、唐突に名前を呼ばれる。

 「燿……」

 龍之介を待ち伏せていたのか、燿は道沿いの木に背中を預けていた。たまたまそこにいた、なんて偶然はないだろう。

 「胡桃先輩が、龍之介先輩なら多分病院だろうって。病院まではこの一本道しかないですし」

 正直、気まずい。自業自得とはいえ、燿には色々と言われたし、八月七日以降は部活が休みだったから、燿と顔を合わせたのはあの傷の晒し合いが最後だ。

 しかし、久しぶりに会った燿は、少し大人びて見えた。最近の鼻につく雰囲気とも、以前までの爽やかな雰囲気とも違う。まるで()き物が落ちたような佇まいを見せていた。

 「何か用かよ」

 そう問うと、燿は小さく頷いた。

 これから俺は、燿とどう関わっていけばいいのだろう。

 これまで通りでいいのだろうか。それとも、何かを変えなければいけないのか。そもそも、今の燿との関係って名前を付けるとしたら何なんだろう。あの事故以降、友達と呼べる関係ではないし、知り合いという程他人でもない。それでも結局、昔も今も龍之介の(ふところ)に一番深く入り込むのは燿だ。

 「学校が始まる前に、けじめを付けておこうと思って」

 燿の目に迷いは見えなかった。

 あぁ、そうか。燿の中では、もう自分たちの関係に名前が付いているんだ。

 「それで?」

 そう返せば、燿は呆れたように笑う。

 「やっぱり、龍之介先輩は会話が下手っすね」

 「うるせぇよ」

 燿が龍之介のことをよく分かっているように、龍之介だって燿とは長い付き合いなのだ。だから、今から燿が話そうとしていることは想像が付いたし、覚悟も必要なかった。

 「僕はあの事故で、色々なものを失いました。いっぱい苦しんで、傷付いて。これからもきっと、たくさん傷付く」

 「あぁ……。俺もたくさん傷付いた。苦しんだ。これからもたくさん傷付く」

 「だから、会話下手ですって」

 ちょっとだけ、二人して笑い合った。

 燿は目を閉じ、大きく深呼吸をする。

 二人に降り注ぐ陽射しは残暑と呼ぶにはあまりに強い。燿はその熱を名残惜しそうに全身で感じている。そんな風に見えた。

 「ずっと、助けて良かったって思いたかったんです。でも、気が付きました。僕は多分、龍之介先輩のことを一生恨み続ける。何の罪もないあなたを呪って、(かて)にして生きていく。だから、僕たちはやっぱり前のような関係には戻れません。それはきっと互いのためにならない。忘れましょう、とは言いません。部活ではどうせ顔を合わせるんですし」

 「……そうだな」

 燿は少し悲しそうに――いや、昔のようにきらきらとした眼差しで龍之介を見つめ、晴れ晴れしい笑みを零した。

 「僕は龍之介先輩のことが嫌いです。どうか、このまま嫌いでいさせてください。そうやって、僕のこれからの支えになってほしいです」

 あぁ、やっと終わってくれた。

 龍之介が書いた小説のような綺麗な結末なんて、どこにも存在しない。

 でも、これでいい。何となく、そう思えたんだ。