勝手に覗いて幻滅すんなよ

         ◇

 どうやら、私は優等生らしい。自覚はないのだけど、昔から友人や先生から言われ続けたから、多分そうなのだろう。

 誰にでも平等に接する。優しさを忘れない。決して驕らない。先生の言うことはちゃんと聞く。全部、母に言われた通りにするだけで、みんなが勝手に胡桃に優れた子という評価を下していく。

 誰も難しいことは言わないし、怖くも、苦しくもない。

 だから、私は幼い頃から外の世界が好きだ。

 「胡桃ちゃんって、いつも家で何を食べてるの?」

 クラスの友達にそう聞かれたのは小学五年生の時だった。漠然とした問いかけだったけど、質問した子の目が淡い羨望に満ちていたから、胡桃はすぐにその質問の意図を理解した。

 「みんなとあまり変わらないと思うな。今朝は食パンだったし、夜ご飯はシチューってお母さんが言ってたよ」

 「えー、本当に? てっきり、高いお肉とか美味(おい)しいケーキが毎日出てくるんだと思ってた」

 目の前で頬杖をついて夢心地に語る友人に、胡桃は苦笑いを零す。

 これくらいの年頃になると、胡桃自身も、周りも、胡桃の家が裕福だということに気が付く。

 父は大手銀行のそれなりにいい役職で、母も有名大学卒。五つ上の兄は今年から難関高校に通っている。自宅はここら辺では一番大きく、確かに目立つ。

 家柄も胡桃の評価を勝手に上げていく要因の一つなのだろう。というか、この家に生まれたから、胡桃は最初から〝出来る子〟というラベリングをされている。普段からそのラベルが剥がれてしまわないようにしているだけのこと。

 そう、胡桃は家柄に恵まれた、将来を期待される子供なのだ。

 流石ね。やっぱりあの家の子だ。そんな言葉に包まれて、これまでも、これからも生きていくことになる。十一歳にして、胡桃にはその自覚がある。

 「それでは先日の小テストを返却します」

 授業終わり、担任の言葉に胡桃は肌が粟立つのを感じた。今日がテストの返却日だなんて聞いていない。サプライズもいいところだ。

 「柳胡桃さん。はい、今回もとてもいい点数ですよ。頑張りましたね」

 「……ありがとうございます」

 口元に薄く笑みを携えて、胡桃は答案用紙を受け取る。点数を見るのが怖くて、視線は上げたまま足早に自分の席へと戻る。そして、裏返した答案用紙をゆっくり(めく)った。

 最初に六という文字が見えて、胡桃はがっくりと肩を落とす。百点満点のテストなのだから、一と〇以外はあってはならない数字だというのに。

 結局、テストは九六点。二問間違えてしまっていた。

 今から家に帰るのが億劫だ。

 学校が終わり、そのまま塾へと直行する。まだ授業の開始には時間がたっぷりあったが、胡桃はいつも自習室で勉強しながら待つのが日課だ。

 自習室は中学生ばかりで、小学生はいつも胡桃しかいない。だから、ここでも真面目な子として通っていた。

 やがて、授業の開始時間が近付くと、同い年の子たちが塾に続々とやって来る。サッカーボールを脇に抱えながら走って来る子、スマホ片手に数人でわいわい談笑を重ねる子たち。

 塾は授業が始まるまでは、学校のように色々なルールがあるわけじゃないから、学校の教室とは少し違う空気がある。

 この自由で、和気藹々とした空間が胡桃はちょっとだけ苦手だ。

 嫌いじゃなくて、苦手。娯楽を制限されている胡桃はみんなと話を合わせるのが難しいし、何をしてもいい、だけど始まる前から勉強しているのはちょっと違うよね? みたいな、暗黙の了解のような雰囲気はとても居心地が悪い。自分がいることで、空気が淀む気がする。

 「ねー、胡桃ちゃんもお肉屋さん行こうよ」

 そう声をかけられ、振り返る。数人の男女グループの子たちだ。

 塾の隣にはお肉屋さんがあり、小学生でも買える安価なコロッケや唐揚げが売られているため、塾が始まる前によくみんなが買って食べていたことは知っていたけれど、誘われたのは初めてだった。

 困るなぁ。喉元に浮かんだその言葉を呑み込む。

 「ごめんね、今お金持ってないんだ」

 と嘘を吐いた。

 本当は財布を持っているし、お金だってある。いつもコロッケ美味しそうだなと思って見ていたから、もちろん食べてみたい。だけど、家に帰ったら母に毎日財布の中身を確認されるのだ。何に使ったのか聞かれた時、ごまかせないだろうし、買い食いをしたなんて素直に言えば怒られるのは目に見えている。

 すると、一人の女の子が胡桃の手を引く。

 「じゃあ、私の半分分けてあげるから一緒に行こ!」

 「えっ、でも悪いし……」

 「いいから、いいから」

 どうやら、この子たちはどうしても胡桃を連れて行きたいらしい。罪悪感と嬉しさが混じり合う。

 でも、やっぱり悪いし断ろう。そう思った時、

 「柳~、ちょっと来てくれ」

 塾の先生に呼ばれ、断る免罪符が出来た。残念がる女の子に後ろ髪を引かれつつ、手を離す。

 「何か用ですか?」

 胡桃が尋ねると、塾の先生は周りをきょろきょろと見渡し、胡桃に百円玉をそっと差し出した。

 「コロッケ一個九十円。ほら、みんなと行ってこい」

 「いや、でも……」

 渋る胡桃に先生は強引に百円玉を握らせる。

 「みんなには内緒な。鞄に入っていたとでも言っておけ」

 「……いいんですか?」

 「授業には遅れんなよ。あと、俺はあの肉屋のコロッケで二回やけどしたことがある。気を付けろよ」

 そう言い、話は終わりだと言うように、先生は再び手元のスマホに目を落とした。

 「……ありがとうございます!」

 胸がぽかぽかする。だから、やっぱり外の世界は好きだ。