ぼんやりとした気持ちで美術室に戻ると、燿は未だ独り言を呟きながら織音のスマホの中身を物色していた。
「うわっ、ネトフリの履歴が洋画ばっかりだ。解釈一致~。あ、でもアニメとかも見るんだな。意外と守備範囲広い、と」
「燿くん……」
燿と接するなら、感情的になっては駄目だ。そう言い聞かせ、なるべくゆっくりと呼吸をする。
「あっ、お帰りなさい、胡桃先輩。それにしても、染井先輩も中々につまらないスマホの中身っすねぇ。引っかかるのはパスワードのかかった写真フォルダと、Amazonの履歴くらいかぁ。除草剤なんて何に使うんすかね。親に頼まれて買ったとか?」
それは考えにくいんじゃないかな。と燿の発言につい耳を傾けてしまう。織音が両親にどういう感情を持っているのか、胡桃は知っている。もちろん、織音は隠さないから、燿だって知っている。
それならば、織音が両親の言うことを素直に聞いて、代わりに注文するとは思えない。聡い燿ならすぐにその答えに辿り着きそうなものだけど。
「燿くんはどうして……えっと、みんなの秘密を知りたいと思うの? それに裏垢のことだって……。もしかして、私たちのこと嫌い?」
「ええ、嫌いっすよ」
迷いもなく返された言葉にはあまり傷付かなかった。だって、何となく予想が付いていたから。
「私たち、何かしたかな? もし、燿くんの傷付くことを私たちがしちゃっていたなら、ちゃんと謝らせてほしいの」
すると、燿は心底不機嫌そうに顔を歪ませる。
「優等生うっぜぇ~。でも、別に気にしなくていいっすよ。謝る必要もないっす。だって、僕は大抵の人間が嫌いっすから」
また少し鼻の奥がツンと痛くなって、奥歯を食いしばる。何だか、この数日でメンタルがすごく弱くなった気がする。
「まー、でも、このまま胡桃先輩と染井先輩が何も秘密がないなら、二人のことはギリ嫌いになれないかもっすね」
「隠しごとがある人が嫌いなの?」
震えそうな声を抑えて尋ねる。
「そうじゃないっすよ。染井先輩も、胡桃先輩も、可哀想なんすもん」
「可哀想? 染井さんは……分かるけど、私も?」
「そうっすよ? むしろ、胡桃先輩の方が染井先輩の何倍も僕の中では可哀想ですけど」
どういうことだろう。胡桃は自分のことを可哀想だなんて思ったことがない。
黙り込んだ胡桃を見て、燿が仕方なくという風に続ける。
「僕なら、胡桃先輩の家には絶対に生まれたくありません」
その言葉で、全て理解した。燿は何もここ数日の出来事を言っているのではなかった。
「夏でも頑なに長袖。吹奏楽部の先輩が言っていましたよ。胡桃先輩、体育の時とかトイレで着替えるんですってね。タトゥー入れてるんじゃないか、なんて冗談を言われてましたけど、違いますよね?」
「…………」
「厳しい家庭環境。部活の時、偶然見えちゃった腕の青あざ。馬鹿でも分かりますよ。ってか、美術部の全員勘付いていますし」
胡桃を射抜くような燿の目力に、全部を見透かされている。そんな気持ちにさせられた。
「胡桃先輩の秘密がそれだけなら、僕はあなたのことは嫌いにはなれません」
燿にも、ちゃんと彼なりの価値観が存在する。弱い者の味方、とはまた違うのだろうけど、燿の中に善悪の基準はしっかりとある。その価値観が多くの人とはズレている。それだけのことだ。それなら、やっぱり頭ごなしに彼を批判するのは間違っているのかもしれない。
果たして、胡桃が燿のことを咎められるだけの人間なのか考えた時、きっと胡桃はそっと首を横に振るのだろう。
「うわっ、ネトフリの履歴が洋画ばっかりだ。解釈一致~。あ、でもアニメとかも見るんだな。意外と守備範囲広い、と」
「燿くん……」
燿と接するなら、感情的になっては駄目だ。そう言い聞かせ、なるべくゆっくりと呼吸をする。
「あっ、お帰りなさい、胡桃先輩。それにしても、染井先輩も中々につまらないスマホの中身っすねぇ。引っかかるのはパスワードのかかった写真フォルダと、Amazonの履歴くらいかぁ。除草剤なんて何に使うんすかね。親に頼まれて買ったとか?」
それは考えにくいんじゃないかな。と燿の発言につい耳を傾けてしまう。織音が両親にどういう感情を持っているのか、胡桃は知っている。もちろん、織音は隠さないから、燿だって知っている。
それならば、織音が両親の言うことを素直に聞いて、代わりに注文するとは思えない。聡い燿ならすぐにその答えに辿り着きそうなものだけど。
「燿くんはどうして……えっと、みんなの秘密を知りたいと思うの? それに裏垢のことだって……。もしかして、私たちのこと嫌い?」
「ええ、嫌いっすよ」
迷いもなく返された言葉にはあまり傷付かなかった。だって、何となく予想が付いていたから。
「私たち、何かしたかな? もし、燿くんの傷付くことを私たちがしちゃっていたなら、ちゃんと謝らせてほしいの」
すると、燿は心底不機嫌そうに顔を歪ませる。
「優等生うっぜぇ~。でも、別に気にしなくていいっすよ。謝る必要もないっす。だって、僕は大抵の人間が嫌いっすから」
また少し鼻の奥がツンと痛くなって、奥歯を食いしばる。何だか、この数日でメンタルがすごく弱くなった気がする。
「まー、でも、このまま胡桃先輩と染井先輩が何も秘密がないなら、二人のことはギリ嫌いになれないかもっすね」
「隠しごとがある人が嫌いなの?」
震えそうな声を抑えて尋ねる。
「そうじゃないっすよ。染井先輩も、胡桃先輩も、可哀想なんすもん」
「可哀想? 染井さんは……分かるけど、私も?」
「そうっすよ? むしろ、胡桃先輩の方が染井先輩の何倍も僕の中では可哀想ですけど」
どういうことだろう。胡桃は自分のことを可哀想だなんて思ったことがない。
黙り込んだ胡桃を見て、燿が仕方なくという風に続ける。
「僕なら、胡桃先輩の家には絶対に生まれたくありません」
その言葉で、全て理解した。燿は何もここ数日の出来事を言っているのではなかった。
「夏でも頑なに長袖。吹奏楽部の先輩が言っていましたよ。胡桃先輩、体育の時とかトイレで着替えるんですってね。タトゥー入れてるんじゃないか、なんて冗談を言われてましたけど、違いますよね?」
「…………」
「厳しい家庭環境。部活の時、偶然見えちゃった腕の青あざ。馬鹿でも分かりますよ。ってか、美術部の全員勘付いていますし」
胡桃を射抜くような燿の目力に、全部を見透かされている。そんな気持ちにさせられた。
「胡桃先輩の秘密がそれだけなら、僕はあなたのことは嫌いにはなれません」
燿にも、ちゃんと彼なりの価値観が存在する。弱い者の味方、とはまた違うのだろうけど、燿の中に善悪の基準はしっかりとある。その価値観が多くの人とはズレている。それだけのことだ。それなら、やっぱり頭ごなしに彼を批判するのは間違っているのかもしれない。
果たして、胡桃が燿のことを咎められるだけの人間なのか考えた時、きっと胡桃はそっと首を横に振るのだろう。



