勝手に覗いて幻滅すんなよ

 「……悪かった」

 龍之介に言われた一言目が、それだった。

 相変わらず、不器用な人だと思ったし、どうして彼が謝罪するのだろうとも思った。

 あれは誰がどう見ても、自転車で歩道橋を下るなんていう子供じみたことをした奴らが悪い。燿だって、龍之介のことを責めるつもりは微塵もなかった。むしろ、龍之介を(まも)れたことに誇りすら覚えているのだから。

 だから、謝罪を受けてもどう応えたらいいのか正解が見つからない。それでも、燿は龍之介と違って器用だ。

 「これくらい全然余裕です! 龍之介先輩が怪我しなくて良かったですよ。それに、試合に出られなくったって、マネージャーが出来るから、僕はそれで満足ですよ」

 半分本音で、半分嘘だった。

 医者曰(いわ)く、どうやらもう過度な運動は出来ないらしい。それも一時じゃない。あの事故で、燿は左足に一生抱え続けなければいけない呪いをかけられてしまった。

 急に知らない世界に来てしまったみたいだ。

 でも、やっぱり龍之介に謝られるのはおかしいと思った。

 「あっ、でも僕が入院している期間、龍之介先輩は練習サボっちゃ駄目ですよ。最後の中体連、僕の分まで龍之介先輩には頑張ってもらわないといけないんですからね」

 これは本当のこと。

 「……分かってる」

 「それに僕、勉強にも集中しなきゃなって思ってましたし。うちの学校、偏差値高くてついて行くの大変ですからね」

 これは嘘。

 「あと、美術部なんかも興味あるなぁ。彼女が美大目指してるらしいんで、僕もかじろうかなって思うんですけど、ウチって兼部いけましたっけ?」

 これも嘘。

 長いこと学校を休むことになったが、自分の居場所がなくなる心配はしていなかった。人望には自信がある。もちろん、退院後はすんなりとみんなの輪に戻っていけた。むしろ、後遺症のせいか、周りに人だかりが出来ることが増えたくらいだ。

 みんなの優しさに触れ、バスケが出来なくなった悲しみは燿を(むしば)まずに済んでいた。こんなに素敵な人たちに恵まれているのだから、いつまでもウジウジとしていては駄目だ。

 部活は退部せず、マネージャーの一員として部員のサポートに徹することにした。後悔はない。今さら、チームを去る選択肢は毛頭なかったし、純粋に最後まで仲間でいたかった。

 悲劇の主人公なんかに、燿はなりたくなかった。

 しかし、どうしてか龍之介を含む部員の全員が、燿の前ではバスケをすることを躊躇う素振りを見せた。だから、燿はわざと怒った。

 「これで全国大会に行けなかったら、僕が悪者になるじゃないですか。だから、勝ちましょう。もちろん、僕だってまだ仲間です! 全力でサポートしますよ!」

 と鼓舞も交えると、チームの士気は以前よりも一層高まった。その様子をコートの外側から眺め、まるで漫画みたいだ、と呟く。

 「星屋、これ用具室に運んでおいてくれ。あぁ、でもそうか……おい小林、代わりに行ってくれ」

 大量の備品を抱えた顧問の視線が、自然と燿の左足へと向く。

 だから、気を遣わないでほしいんだって。

 「大丈夫ですよ。これくらいなら、何にも問題ないので」

 そう言い、燿は半ば強引に顧問から備品を受け取る。足の痛みを悟られないように、貼り付けた笑顔でごまかした。

 残ると決めたのなら、足を引っ張っちゃ駄目だ。マネージャーの仕事だって、案外悪くない。コートの外から俯瞰すれば、チームの見えなかった問題にも気が付ける。改善点を挙げてコーチに進言すれば、試合に出られなくてもチームの役に立てる。

 だから、僕は大丈夫だ。

 みんなが縦横無尽にコートを駆ける。汗だくになって、跳ねて、転んで。点が入れば笑顔でグータッチ。(きん)()で試合に敗れてしまえば悔しさを浮かべる。時にはチームメート同士でぶつかり合うことだってある。

 今までの当たり前だった光景を今日も燿はコートの外から眺めていた。

 ふとした瞬間、ずくんと胸が重く(うず)く。心にじりじりとめり込むようなこの感情の正体は、一体何なんだろう。

 絶対に全国行こうぜ! そう願ってみんなでお揃いにした左足のミサンガを無意識にぎゅっと握りしめていた。

 まだみんなに(すが)りついていたかったのか、それとも引きちぎりたかったのか、この時の燿には分からなかった。