現代の夢文化と伝説についての民俗学的考察

③ 大滝村に伝わる昔話・伝承集

――鏡が沼 不思議なはなし 口承記録――

※本資料は、昭和初期〜閉村直前までに大滝村周辺で採取された聞き書き・手記を編集したものである。
語り手の年齢・立場により内容に差異が見られる。



【一】鏡が沼のはじまり

(聞き手:村役場嘱託/昭和12年)

「あそこはな、
ただの沼でねぇ。
昔っから、“鏡”だって言われてきた所だ。」

「水、覗くとよ、
自分の顔が映んだべ?
んだげんちょ、
よぐ見ると
映ってんのは
今の顔でねぇ時があんだ。」

「若ぇ頃だったり、
もう死んだはずの
家のもんだったりな。」

「だから
長ぇごど
覗いちゃなんねぇって
ばあさま達は言ってた。」

※この語りでは、「向こう岸」の話は出てこない。



【二】向こう岸の迎え

(聞き手:小学校教員/昭和28年)

「霧出た朝はな、
鏡が沼さ近づぐな
って
俺も散々言われた。」

「霧の向こうに
人、並ぶ時があっから。」

「白ぇもん着てよ、
笠深ぐかぶって、
ずらーっと
何人も立ってんだと。」

「数ぇようとすっと
途中から
霞んで見えねぇ。」

「あれは
迎えだって
年寄りは言ってたな。」

「誰の迎えかは
言わねぇ。
言うと
連れてがれっから。」

※「迎え」が誰を迎えるのかは明言されない。



【三】足を取られる沼

(聞き書き:農家の女性/昭和41年)

「覗ぐとよ、
足、持ってがれんだ。」

「沼の縁っこ、
ぬかるんでねぇのに、
すーっと
引っ張られんの。」

「子どもん時、
友達が
それで
落っこった。」

「助けようとして
手ぇ出したら、
冷たくてよ。」

「水じゃねぇみてぇな
冷たさだった。」

「あの沼は
下、ねぇって
ばあちゃん言ってた。」

※この証言では「夢」の話は出てこない。



【四】夢に出る沼

(手記:村医師のメモ/昭和50年)

「鏡が沼について、
患者が奇妙な共通点を語る。」

「夜、夢に沼を見る。
霧が深い。」

「向こう岸に
人影がある。」

「溺れる感覚で
目が覚める。」

「目覚めた後、
水の匂いが
身に残るという。」

「単なる夢とは
思えない例が
重なっている。」

※医学的所見は記されていない。



【五】帰り方の話

(聞き書き:閉村直前の老人/昭和56年)

「帰り方?
ああ、
それは
書ぐな。」

「書ぐと
読んだ人も
行ぐがら。」

「昔は
帰ってきた人も
いた。」

「んだげんちょ、
ダムで
水、被ったべ。」

「もう
戻る道は
ねぇ。」

「今は
迎えしか
来ねぇ。」

※この証言の後半部分は、原資料では破損しており欠落している。



編集注(資料全体について)
•「鏡が沼」は
 映す・迎える・落とす・夢に出る
 という性質が、語り手によって強調点が異なる。
•しかし
 霧/向こう岸/白装束/水の匂い
 はほぼ全ての記録に共通する。
•「帰り方」については
 意図的に語られない、または記録が欠落している。